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冬のニオイ(ショート)

作者: 木残 あうら

少し開いた窓から入り込む風と、それが運び込む冬の澄んだニオイで頭が冴える。私はこのニオイが好きだ。朝、夕焼けの様に低い位置からオレンジ色で世界を照らし、道を行き交う人々の息が白く輝く、あの澄んだ汚れの無い空気、時間がたまらなく好きだ。

さて、冴えた頭で考える、ここに来て何日が経っただろう。いや、考えるまでもない。二週間と四日目。私が拐われて、ここについてから二週間と四日経ったのだ。

理由なんてありふれたものだ。どこにでもある内容だろう。単純に身代金目的の様だ。拐われる直前名前を確認されたので、誰でも良かった訳じゃない。騒ぎもせずに捕まった。いや、拐われた。

この世には運命と呼ぶものがあるのだろうと思う。そして私は運命には従うものだと思っている。例え、それが理不尽でも、無様でも、その場の運命には従うものだと思っている。

運命とは、生きている中で、過ぎていく時間…つまり過去の積み重ねにより決められた未来の事だ。それは過去をなぞる事で、より深く不変の「さだめ」となる。

私は、漫画や映画のように未来は変えられると軽々しく言うことは出来ない。未来が見えても変えられた事が無いからだ。その場の運命を変えても違う時に変えた結果の皺寄せが来ると知ったからだ。未来は変えられない。

未来が変えられたら、世界から戦争は無くなり、世界の寿命が伸びる。日本も長寿国とは呼ばれなくなるだろう。そして、変えられる世界なら、喜びも悲しみも、驚きや迷いも、変えられない頃よりきっと水溜まりに張った氷より希薄なものとなるだろう。

だが、現実は変えられない。未来も運命も曲げることも切ることも出来ない。

私は今の自分を七歳で受け入れた。五年前だ。こうなることはわかっていた。私は才能があった。胎児の頃から記憶を持ち、物事を記憶することは一切を漏らさず、そして、忘れなかった。才能はそれだけに止まらなかった。未来視、瞬間的に起こる脳裏の未体験映像を見る才能があった。

記憶する才能に瞬間的未体験が合わされば、それは忘れられない一ページとなる。

それは日常の事から、今日に至るまでの非日常まで色々な事を教えてくれた。

五秒後のものもあれば、何年後のこともある。私の才能はそれらを逐一記憶した。

そして、今の状況が私が一番年を取った瞬間的未体験、人生の最後だ。

通信手段は無い。没収された。ガムテープで後ろ手に拘束された。足も勿論拘束された。ガムテープの上から紐で縛る入念さ、恐れ入る。口には布を入れられて、その上からガムテープで栓をされる。そして、場所は地方の山の麓、この辺境じゃ、見つからない。さらに、あと、五日間は霧が濃くて捜査の邪魔をする。

犯人は全員で五人。建物は木造二階建て、隠しロフト付き。キャンプ施設かな?…何にせよ、その隠しロフトに放られて、外から鍵、自分からは出られない。

そして、極めつけは、私の両親。身代金を払わない。この才能を持ってからというもの、妙に落ち着いてしまったから、気味悪がっていたからなぁ、あの二人は。さらに、父親は実の母親再婚相手だし。金持ちだけど。そのせいで私はこうなったわけだ。邪魔者が消えればそれだけに楽なものだ。

警察には行方不明と言うだろうが、そこまで必死にはならないだろう。

犯人側の要求にも応じない。人質として価値が無いからだ。だが、犯人達も後には引けない。両親に私の悲痛を聞かせようと私をなぶるだろう。だが、私はぶれない。黙ったままだ。

これでもかと痛め付けられても何の反応もしない私に苛立つ一人が私をナイフで刺し殺して、エンドを迎える。

…これが二週間と四日目の夕方に起きる事だ。つまりは今日この後だ。

もう、数時間も無いだろう。小さい頃から何も嬉しく無かったな。

悲しい事も無かったな。驚きや迷いも無かったな。未来が見れても良いこと無かったなぁ、恨むよ神様。私に才能を押し付けたあなたを。

わかっても変えられない。喜びも悲しみもない。薄い人生だった。

ああ…下から音がやって来る。怒りに満ちた足音だ。

でも、冬のニオイ…澄んだ冷たいこの冬のニオイは好きだったなぁ。

もう少しだけ、この冬のニオイの中で過ごしたかったな…。

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