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若隠居長太郎と能面の女子衆  作者: 武良 保紀
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連載第二回

三章 長太郎、探る

 次の一の日。また御塩噌方同心様のお屋敷に長太郎が行く日でございますが、ちょっと同心様をつかまえて長太郎、いくつか訊いてみます。

「同心様。突然ではございますが、破損奉行の大久保様というのはどのようなお方でいらっしゃいましょうか」

「何じゃ、藪から棒であるな。何用かあるか」

「すぐにというわけではございませんが、破損奉行様ということになりますと大工仕事のたぐいへもお顔が広うておられるかと思いまして、もし常用の材木問屋でもおありならそのお店より大工へもお顔が効くであろうから私どもより醤油や味噌を買うていただけないかという、商売心を私が起こした……のであれば格好がよろしうございますが、実のところは弟にけしかけられてございます」

「ふん、その方らしいの。大久保様は破損奉行の中でもそのお役目を最も長く務められておいでじゃ。破損奉行三人様のうち(おさ)に当たると言うても良かろう。木曾屋という材木問屋をここ十数年お使いである」

「左様でございますか」

「ただし、儂から大久保様に話を通し、そこからさらに木曾屋へ口利きなどと言う虫の良いことを考えてはならぬ。大店故なかなか取引も難しかろうが、その方自身の器量にて繋がりを付けよ」

「はい、かしこまりましてございます。お手間をお取りいただきまして誠にありがとうございました」

(それだけわかれば十分じゃ)

 と長太郎、心の中でぺろりと舌を出します。その日は、とりあえず嘉納様の日記より、おそらくはお芳のことであろうと思われるご息女に関する記述を閉門の時間まで抜き書きを続けます。この日はそれだけで十分な成果でございます。


(まだ誰やわからんが、とりあえずその破損奉行と材木問屋が大久保様と木曾屋とするならば、この間にやましいことがなければ「そのようなことはない」で終わらせたはずや。謀反逆賊などと言う大事に仕立て上げて、嘉納様を亡き者としなければいけなかったのは、裏を返せば嘉納様が本当のことを知っていたからに違いない)

 長太郎の勘はそう告げております。根拠は極めて薄弱。しかしこれをせなんだら投了しかあとに残っておりません。

 数日後になります、長太郎、その日はお芳には母屋の方の仕事をしているように告げます。そして傳次郎のところに行きまして。

「傳次郎、番頭のお仕着せが余ってないかいな」

「そら余ってますけどそんなもん何に使わはりますねん」

「またいつぞやのように大坂の町中を当て処ものうふらふらしたいんじゃが、隠居の格好で歩いてるとどこ行っても妙な目で見られてな。指差されずに歩きたいなあという、まあそれだけの話じゃ」

「左様か。箪笥の中にしまってまっさかいに、お芳なら知っとりますわ」

「そうか、それなら出してもらうわ」

 ということで着替えました長太郎。もう一回傳次郎のところへ行て姿を見せます。

「どや、どこぞの番頭に見えるか」

「兄さんの弟やさかいはっきり言わせてもらいますけどな、まあどこぞの店の番頭やろうということにはなりまっしゃろな。そやけど、大店の風格はおまへんで」

「そうかそうか、そら良かった」

「何を喜んではりますねん、怪体な人やな」

「ほなら大坂の町をちょっとふらついてくるわ。帰りはいつやわからんで。風の向くまま気の向くまま……」

「何を納まってはりますねん。行くなら早よ行きなはれ」

 というようなわけで町へ出ました長太郎。まず何をしますかというと、鰹節屋へ参ります。一番安い鰹節を一本買いまして、店の人にすっくりかいてもらいます。今、鰹節と言うても一本の鰹節見たことある方のほうが少のうございますが、この時分は鰹節というのは使う度にかくものでございました。そやさかい店のほうでも買うなり一本丸々かいてくれなんて客当たったことがない。怪体な顔して見られながら、それを紙袋に全部しもうてもろて懐へ入れます。

 そして材木町へ。見当といたしましては、南へ南へまず行きますな。そやけどいつぞや芝居見に行た道頓堀までは行かず、今度はお城の方、東へ少し向きを変えますというと材木町という町名が今でも残っております。その中で木曾屋。さすがの大店でございます。

「ごめんを」

 なるたけ情けない声を出して店に入る。

「へえおこしやす。これ、お茶とおざぶ」

「いやいや、どうぞお気遣いのないように。もう見てもうたらそれがすべてでございまして、小さい漬物屋の番頭をしております。蔵の方が少々傷みまして、普請するのも小さい店でございますので思うに任せず、ちょっとでも安うに材木を譲っていただけるところを探してこの材木町のお店を片端から訪ね歩いているような次第でございます。まあついでと言っては何でございますが、材木問屋様なら職人もいろいろご存じかと思いまして、そこまでご紹介願えればと」

「はあ、そうだっか。えらい御大変なことで。蔵が傷んだとおっしゃいましたが大体どんな具合です」

「壁がなあ。一箇所ごそっと抜けてしまいまして、穴それそのものはそんなに大きいもんやないんですが、周りの材木も相当傷んでおりまして、高さ一間幅半間、すっくり仕替えるより他なかろうなと」

「ああ、左様か。すんまへんな。うちちょっと大きい仕事が立て続けに入っておりますので、手前どもでは請けかねますわ。この近所には店が仰山おまっさかいに、よろしければご紹介いたしますが」

「どうかそうおっしゃらず。もうだいぶに前方(まえかた)になりますが、そう十年くらい前だっしゃろかな。この店からえらい安うでやってもろたと知り合いから聞いております」

「まあその時はうちもさほど仕事がなかったんでっしゃろなあ。今はご公儀の普請も請けさせてもらいます御用達となっておりますので、手前どもも忙しなっておりまして」

「そうおっしゃらず、帳面だけでも見てもうて確かにこうやったということだけでも聞いとかなんだら、この店教せてくれた人にも面目が立ちません」

「難儀やなあ。調べたらよろしいの。そら、調べるくらいは調べますけどな。何年前ですて。十年から十二、三年。案外良え加減でんな。普請の中身はどんなんです。亀屋留五郎さんの持ってる長屋、おーい店の。十年から十五年前までの帳面持っといで」

「さすがは大店ですな。こんな古い帳面が埃もかぶらんとさらのように取ってある」

「べんちゃら言うてもまかりまへんで。亀屋留五郎……かめや、とめごろう……生きもんの亀に屋でよろしいな。留五郎は、留まるという字に数字の五に郎ですな。……ざっと見たところ、そんなん請けてまへんで」

(ないはずや、儂が今適当に思いついた名前やさかいあったらびっくりするわ)

 と肚の中では思いながら

「私確かに聞いたんです。もっと良う見とくなはれ」

「どう見てもおまへんわ。こらなんぞのお間違いやないかいなと思います。手前どもではちょっとその商売は請けかねますわ」

「ほんまに、おまへんか。はぁ……左様か……」

 長太郎、わざとがっかりして見せまして。

「ほなまあ、諦めますわ。どうもお手取りまして申し訳ございません。一文の買いもんもようせんとご無礼でございますが、おおきにありがとうございました」

 肩落として店を出ます。出たらすぐに横手の路地へ走り込みまして、買うてきた鰹節からひとつかみ道の上へ置きますというと自分は角に身を隠す。じきに野良猫が数匹たかります。その中でもとりわけやんちゃそうなのを二匹つかまえましてどうするかと言いますと、木曾屋の店の奥につながる窓。そこに買うてきた鰹節をまず全部ぶちまけまして、そのあとにこの猫を放り込む。

 そら店の奥は猫が走り回りましてにゃあにゃあにゃあにゃあ。それを捕まえようと店の者が手を出しますと猫はふぎゃあぁというて引っ掻き回す。こんな性質(たち)の悪い嫌がらせするのはどこの餓鬼じゃあ、と怒声が聞こえる。えらい騒ぎになります。店の者が何事かというわけでみんな奥の部屋へ集まってしまう。

 長太郎、その隙を見ましてもう一回店に入ってさっき奥から出させた昔の帳面をくるくるっと風呂敷に包んでしまうというと素知らぬ顔してすーっと出て行きます。

 木曾屋のほうでは何とか猫騒動を鎮めますというと店の営業に戻りますな。そやけどさっき出してきた古い帳面が見えん、行方が知れんということになります。それなりに大事ではございますが、古い帳面なんて見ることはそうないし、帳面無くしたてなことになると店の恥でもございますし「まあ、そのうち見つかるやろ」で納めてしまいます。

 木曾屋からも山紀屋からもちょっと外れました茶店に腰を下ろしまして木曾屋の帳面を良う良う読み込みます。

(十二、三年前に大久保様に某かの賄賂が渡されて、御用達の座を手に入れた。もちろん「賄賂」と正直につける店はないやろうけど、不自然な大きな動きが何かあるはず……)

 そういう考えでございました。しかし、そんな大きなお金をごまかすのは並大抵やない。上手いこと隠したようでも、妙な大金の流れというのはあるはずでございます。ところがそんな様子は全くない。これは完全に長太郎の読みの外れでございます。長太郎、これは痛かった。

(当てが外れた……相手もそんな簡単なもんやなかったか)

 今度こそほんまに肩を落とします。頼んどいて食べてなかった団子が少し固となっておりますのを一気に食べますというと冷めたお茶をずずずと啜ります。

 それでもなお諦め切れんと何遍も帳面繰っておりますと、これだけきっちりした家やのに一年だけ妙な項目があることに気付きます。

「雑損 六両」

(一文や二文ならともかく、両とまとまると雑損で片付けるには大きすぎるな。商売やってると僅かな銭があるはずやのになかったり、ないはずやのにあったりするのは儂も良う良うわかってはおるつもりやけど、まあそういうときに帳面の〆伸ばすこともでけんし雑損雑益で片付けることもないではない。そやけど六両てな大金、雑損にするには大きすぎるし、大体毎日の締めでわかるじゃろう、細かいものが積み重なったものならば、こんな切りのいい数字になるわけがない。こんな金高雑損で「なかったなあ」で終い、なんておよそ商売人のすることやないなあ。これはただの雑損やない。この六両を百倍にも二百倍にも効かせた何かがあるんやろう……)

「堂島か」

 ひとことつぶやきます。僅かな銭が大金に化けると言いますとこの大坂では堂島をおいて他にございません。

(すぐにでも堂島へ駆けつけたいところやけど、あんまり動きすぎたらいつ誰に目をつけられるやわからん。ここはぐっとこらえて、次にどう動くか考えてから堂島へ探りを入れる方が良かろう)

 というわけでその日は店に帰ります。

「今戻った」

「何です兄さん。出がけの言いようにしてはえろう早う帰んなはったな」

「うん、まあな。今日はふらふらしてても何や楽しのうてな。早う戻ってきた」

「その風呂敷包みは何です」

「出たけども何もなしで帰るのも癪やさかい、本屋に行て何冊か買うてしもた」

「ああ左様か。まあお疲れでしたな」

「確かに疲れた。夕ご飯まで横になってるわ」

 てなわけで隠居小屋へ戻って自分でござ敷いてごろりと横になりますが、頭の方はくるくると回転しております。

(堂島へ行て訊いて回れば何かわかるかも知れんが……訊きようによっては探ってることがばれるかも知れんな。何をどう聞けば良えか、こら少々考えとかなあかんな。今日の木曾屋の一件がひょっとしたら怪しまれてるかわからんし、手をつけるにしても少し日にち空けた方が良さそうなな……)

 そういうわけで、その日は晩の御膳をいただいたら早々に眠ってしまいます。


 念のため、一の日をふたぁつ挟みました。もうここまで来ると正直長太郎といたしましても嘉納様の日記をそこまで丁寧に読み込まんでも良え、これ以上のことは何も書いてないんやろうしというような気分でございますが、嘉納様のお芳可愛やのことだけはなんぼあってもお芳の心を開かせるに無駄ではなかろうということはございますし、ここで急にこの嘉納様の日記を読みに同心様のお宅を訪ねるのをやめても何や怪しまれる元になるかもわかりまへん。何にもなかったようなふりしてひたすら日記を調べております。


 その合間のことでございます。お芳をいろんなところに連れて行ってみようという。今回も芝居見物ということでございます。

「お芳、また芝居を見に行ってみぃひんか」

「ご隠居様のお供ならどこへでも行かせていただきますが、今度はどういうお話でございますか」

「今度は時代物になるな。忠臣蔵の通し。こら時代物の中の時代物。それも通しとなるとなかなかお目にはかかれんで。話の中身は……ま、こら行ってみてのお楽しみというやつじゃな。どうや来てくれるか」

「ご隠居様のお出向きになる場所ならば、どこへでもお供いたします」

 というわけで、二回目の道頓堀。木戸銭を払いまして、立ち見で見ております。忠臣蔵の話というのは、もう申し上げるまでもございませんな。大序から始まりまして、最初の山場と言えますのが四段目。昔は「通さん場」と申しまして、客の出入りはもとより出入りの者の、表方の出入りまで止めまして客を芝居に集中させたもんやそうでございます。かなり長い丁場でございますが、鳴り物は一切使わずにチョボの三味線一丁でもたすという場でございますな。言うてみればとにかく役者の芝居以外の要素を極限まで省きまして芝居に集中させるという趣向で、役者の力量がこれでもかと言うほど発揮されます。

 幕が上がりますというと、塩谷判官館の場。上手には上使がふたり。石堂右馬之丞と薬師寺次郎左衛門が控え居ります。石堂は情け深く判官に接しますが、薬師寺というのが意地が悪い。見ててもむかむかするのがこの薬師寺でございます。判官が黒紋付きで座りますというと

「これはこれはご上使とあって、石堂殿、薬師寺殿、お役目ご苦労に存じます。何はなくとも御酒一献」

 こう申しますな。それを受けて薬師寺が

「なに御酒。それよかろう。この薬師寺、御合いな仕る。が、本日上使の趣き聞かれなば御酒も喉へは通りますまい。だははははぁっ」

 見ている観客のはらわたも煮えくりかえるこの薬師寺の意地の悪さでございます。そこへ石堂がこれを制して懐から書き付けを取り出します。

『上意』

 ここで判官が座を正してそこへ平伏をなさいます。

『一つこの度、伯州の城主塩谷判官高貞儀、場所柄日柄を弁えず私の宿意を以て殿中にて高ノ武蔵守に刃傷に及びし段、咎軽からず。国郡没収の上その身は切腹申しつくるものなり』

「上使の趣、謹んで承る上からは、何はなくとも御酒一献」

 薬師寺がここで横槍を入れる。

「これさ、これさ、判官殿、またしても御酒、御酒と。自体この度の咎、縛り首にも及ぶべきところを、我が君のありがたい思し召しで切腹申しつけられるる上からは、早々、用意あってしかるべきはず。見れば当世流の長羽織、ぞべらぞべらとしめさるは、ははあ、判官殿には血迷うたか、狂気ばし召されたか」

 こう言うて薬師寺が挑発するわけでございますが、判官、取り乱すこともなく

「不肖ながら判官高貞。血迷いもせぬ、狂気も仕らん。今日上使と聞くより、かくあらんことかねての覚悟。ご両所。ご覧くだされ」

 ここで着物をしゅっと脱ぎますと、下にはきっちり白装束、死に装束の用意ができてございます。諸士が出てきて畳を二枚裏返しまして白い布を敷いて四隅に(しきび)を置く。切腹の場ができるわけでございますな。判官がそこへ直る。上手から力弥が九寸五分、三宝の上に乗せて、しずしずしずしずと持って出てきて判官の前へ置きます。下からすっ……と覗き込む。判官がそれへ合わせるように見下ろす。いつまでたっても行こうとせんので判官が(行け、行け)と目で伝えます。力弥はそれに対して(行けませぬ)とイヤイヤを致します。目でのやりとりが二度繰り返される。三度目に判官がぐーっと睨みつけて、力弥がしおしおと下手へ控えます。ここで石堂。

「あっぱれなるお覚悟。感じ入ってござる。この期に及び申し置かるることのあらば、また承ることもござろう」

 要するに最後に何か言いたいことがあるのなら聞いてやろうというわけで。

「この期に及び申し置くこととてなけねど、ただ殿中にて刃傷のみぎり、本蔵とやらに抱きとめられ……無念……」

「おぉ、ご用意良くば……心お静かに」

 つーん、つーんと三味線が入る。これがまた場を引き立たせるもので。ここで判官が上を取って膝のところへ敷きます。切腹の作法ですな。

「力弥、力弥、由良之助は」

「いまだ参上、仕りませぬ」

「存上で対面せで……残念なと伝えよ」

「はぁーっ……」

 ここで九寸五分を持ち上げますというと、三宝を後ろに回してお尻の下へ入れます。刀が左手にあるうちはまだものが言えましたんやそうでございます。判官が二度三度と遠くを見やりまして

「力弥、力弥、由良之助は」

 力弥も辛抱できんようになってばたばたばたばたと走り回る。花道の付際、揚げ幕の方を見込んで、父上はなぜこうも遅いかと気を揉みます。

「いまだ参上……」

 つかつかつかつかっと戻ってまいりまして

「仕りませぬ」

「存上で対面せで……残念なと伝えよ」

「ははぁーっ」

「ご両所、ご覧くだされ」

 九寸五分を持ち替えますというと、左の脇腹に突き立てます。これがきっかけ。花道の揚げ幕がさっと開きます。飛び出してくるのが国家老、大星由良之助。もう気も何もかみずってございますな。袴の紐を結び、結び、ばたばたばたばたと出てまいりまして、花道の七三というようなところで平伏をいたします。

 石堂が言葉をかける。

「おお、聞き及ぶ由良之助とはその方か。苦しゅうない、近う、近う」

「ははぁーっ」

 喜んで行こうとすると、もう御主君既にお腹を召している。遅かったかという思い入れで懐へ手が入ります。腹帯をひとつぐっ……と締めます。床の三味線がとーん、とーんつ、つんつんつんつんつつつつつー。

「御前」

「ゆ、ゆ、ゆ……由良之助か……」

「ははぁーっ」

「遅かったぁっ……」

 お腹を召される前であってもいかん、事切れてしまった後でもいかん、この頃合いで出てくるんですな。これがまた見ている観客の心をぐっと打つもんで。長太郎もぼろぼろに泣きながら横手のお芳を見ますというと、目から確かに涙が流れております。今この場ではその話はしてやろまい、そう思って、長太郎も舞台へ目を移します。その後、最後まで見まして、終わった後、茶店で団子を当てにお茶だけ飲みますな。

「どうや、お芳。今日の芝居は気に入ったか」

「はい、私には世話物より合うているようでございます」

「そうか、そら良かった。また見に来ることがでけたら良えな」

 そういう簡単な感想だけ聞いて、長太郎はその日、店へ帰ります。そのまま晩ご飯。相変わらずお芳と差し向かいでご飯を食べております。

「お芳、おまはん、今日四段目の判官切腹場で泣いてたな」

「ご覧になっておられましたか。お見苦しいところをお目にかけました」

「何の見苦しいことあろか。あら大体泣かすように作ってある話じゃ。おかしいときは笑う、悲しいときは泣く、これで良えのと違うかな」

「そうおっしゃっていただきますと私も気が楽でございます」

「ひとつ訊いて良えか」

「何かございますか」

「何で話の最後やのうて四段目で泣いたんや」

「それは……」

 何と答えるか迷うておりますお芳に、訊くなら今かと長太郎、覚悟を決めましてすっぱりと切り込みます。

「こら儂の思い違いかも知れんが、おまはんお侍様の家の生まれと違うか」

「……」

「儂が聞いたところによると、おまはんと同い年ぐらいになるご息女をお持ちの御吟味役与力やったお侍様が謀反を企んでお腹を召されている。奥方様とご息女は財産没収の上お役を免ぜられ追放じゃ。おまはん、そのご息女やないか」

「このところ、お侍様のお宅へお出向きになることが多かったのは、そのことのお調べでございましたか」

「迷惑やったかいな。そやけど心配せんでも良え。今のところ、このことは儂の他には誰も知らん。そうやったらそうやと言うてくれたら良えし、違うなら違うで良え。言いとなかったら黙っててくれたら良え。おまはんの考えどおりこの場だけの話にしようやないか」

 ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ、ゆっくりと数えるような時が流れます。長太郎もそういうことかと得心いたしまして

「そうか、まあ、そういうことにしようか」

 そう言いますと、お芳も覚悟を決めたように話し始めます。

「お父上は……功を焦られたのにございます」

「功を焦った。どういうことや」

「おそらくは、私の醜いのをお嘆きになって、ご自分がいくらかでも手柄を立てておかないと嫁のもらい手もなかろうと、そうお考えになったのであろうと思います」

「ほう。なぜそう思う」

「破損奉行様が材木問屋から袖の下を受け取ったとおっしゃってお調べになっておりました。ですが、材木問屋がお奉行様に大金を渡していたということは、いくら調べましても出てこなかったのでございます」

「なるほどなあ」

「ご隠居様、どうかこのことは誰にも仰らないで下さりませ。私はもう町人として生きていく覚悟を決めております。お願いいたします。拝んでお願いいたします。どうかこのとおり……」

 深々と頭を下げますお芳を見てむしろ長太郎の方がびっくりしてしまう。

「そんな大層なことせんでも良え。おまはんはうちの大事な女子衆じゃで、うちに居ってもらわんと困るで。前も言うたとおり、傳次郎がお前を()かそうと言うても儂がそうはささん、安心してこの家で働いてて貰ろて良えんや。ずっとここに居っておくれ」

「ありがとうございます」

「このことは、おまはんと儂だけの内緒ということにしておこう。それで良えな」

「はい」

 その後、ご飯を食べ終わりますというとお芳は母屋の方へ帰って行きまして、長太郎がひとりぽつんと残されます。

(町人として生きていく覚悟、なあ……いずれ折があれば、その覚悟というの、見せてもらおうか)


 日が改まります。

「傳次郎、悪いんやけど、今日はおまえの服の中でも、割ときれいなのんを貸してもらえんかな」

「お貸しすることそのものは別に嫌やおまへんけど、兄さんが自分から小洒落た格好しようなんて珍しやおまへんか。こんな朝からどこぞへ繰り出しなはんのですか。言うときますけど、散財やったらお金は渡せまへんで」

「それじゃ。『どこぞの若旦那が、こんな早うから繰出しなさる』そう思われてみたいんじゃ。気分だけなと味おうてみたい。一張羅とは言わんで、そこそこ見苦しないのをお願いでけんかな」

「さよか。まあ、お芳なら場所知っとりまっさかい、言うて出してもらいなはれ」

 まあそんなこんなで今日は割と良え着物を着ました長太郎。お芳を相手に着物を広げて見せまして。

「どや、小増しな店の若旦那にでも見えるかな」

「はい、ご隠居様は元々お年がお若うございますので、そちらの方がずっとお似合いでございます。ときに今日は、どういったご用事でございましょうか」

「別にお茶屋へ行こうというわけやないねん。早よから繰出す若旦那の気分だけでも味わいにな。すまんけど、握り飯ふたつこさえてくれるか」

 と言うて握り飯を受け取りますと、それを懐へ入れます。そこそこのものが懐に入ってるような体ができあがります。

「ほな行てくる」

 店をぽいっと出ますと言うと、足取りを辿られんように大坂の町を二、三回くるくるっと当てものう歩きまして、堂島でございます。見当で言いますと山紀屋のある伏見町からはやや北西(きたにし)ということになりますが、日本一大きな米相場があった場所でございますな。当時日本国中の米の値段がここで決まったという。

 米相場にもいくつか種類がございます。正米取引、帳合米取引、石建米取引、大きく分けてこの三つがあったんやそうでございます。正米取引というのはわかりやすい。米の現物があってこの米なんぼで売ろうなんぼで買おうという取引でございます。

 帳合米取引というのは、なんぼの銭に対してなんぼの米を渡そう、なんぼの米に対してなんぼの銭を払おうというのを約束しておくわけでございます。期日までに、約束の銭、約束の米を引き渡して取引が終わるという仕組でございまして、実はこれが世界初の先物取引。今日でもそうでございますが、先物取引というのはいくつかの役割がございます。

 そのひとつが損をする可能性というのを潰しておくことですな。たとえば一万石なら一万石の米をなんぼで買おうという約束ができあがります。約束がでけてから引き渡しまでに時間がございます。その間に値段が下がってしもたりしたら買うた方が損をしますわな。安いもんに高いお金を払わんならんのやさかい。その代わり、今度別の人にそれを売る方の約束を同時にしておくわけでございます。こうしておくことで、売る方で買うた方の損をなくすことができる。損をする危険が避けられるわけでございます。その代わり、上がったら上がった分だけの利益が出るかというとそれは諦めな仕方がない。

 もうひとつの役割がいろんな思惑を持った人がいついつまでにできるはずの米をこれだけの銭で買おう、これだけの銭で売ろうということをかなり前から腹づもりしておきますというと、高う売れそうやさかいもうちょっと用意しようかとか、安うなりそうやさかい控えよかとか、そういうことで今日流に言いますと「需要と供給の最適化」ができるわけでございます。結果として長い目で見れば暴騰暴落を避けることができるそうで。

 もうひとつ忘れてはならない役割がございます。これだけのものをなんぼの銭で買おうという約束がでけまして、期日までにその品物が値上がりする場合がございます。上がったとしても、約束はもうでけておりますんで、買主はその値段でものを買えます。そしたらそれをまた売ることがでけるわけでございます。それは上がった値段での取引になりますので、差額分だけが儲けになります。下がった場合、品物の売手が得をいたします。その儲けを今度また何かにつぎ込もうという、要するに投機でございますな。

 帳合米取引というのは、最低単位が百石であったそうでございます。百石とまとまりますというと売買の単位としては大きい。当然得も損も破格に大きくなります。とてものことに素人に手の出るもんやない。これはもう完全に玄人の仕事でございました。

 もうひとつ石建米取引というのがございました。これは単位が二十石とずっと少のなります。石建米の方は、一般人でもギャンブル感覚で手を出す人がちょこちょことおったと言います。言わば、玄人の仕事の大々的な取引に素人がちょこっと乗っからせてもろて、いくらか利益を上げようという制度が当時からあったわけでございますな。

 そういうところに目をつけた小金持ちでございてな顔して長太郎、堂島へやってまいります。米会所に顔を出しまして。

「お尋ね申します。石建米取引というのをしたいんですが、どうしたらよろしいかな」

「何です、藪から棒でんな。相場師になりたいとおっしゃるんですか」

「いやいや、玄人になろうというわけやないんで。ただまあ、何と言うか、遊ぶだけ遊んでしもて、茶屋遊びにも飽きたなあてなところで、そうなってくるとやりとなるのが銭のやりとりですわ。せやけど、博打てなもんに手を出したら、見つかったらお上の罪になりますがな。それよりもずっと面白うて、しかもお上の罪にならん、石建米取引ちうのはそういうもんやと聞いてきたんですが」

「あーそれやったらやめときなはれ」

「何でだんねん」

「一両や二両の銭博打に張るのとわけが違いまっせ。そら儲かったら大きなりますわ。その代わり損も大きい。下手したら百両くらいの銭あっちゅう間に穴開きまっせ。朝金満家やった人が夕景には乞食になろうという、ここはそういう場所です。悪いことは言わん、お上の目盗んで博打やってなはれ」

「そう言わんと。ものは試しと言うことで、この懐見とくなはれ。これは今日すっくりなくなっても良えもんだんねん。やり方だけなと聞かんと帰ったら今日は寝るに寝られん」

「難儀やなあ。それやったら両替屋へ行きなはれ。玄人の相場師と取り次いでくれまっさかいに。それにしても、やめといた方が良えと思いますがな」

 そういうわけで両替屋へやってきました長太郎でございます。

「ごめんを。ここへ来たら石建米取引に乗せてもらえると聞いてきたんですが、違いおまへんやろうかな」

「へえへえ、手前どもで取り次がせてもらいますが、初めてやらはりますか」

「そうだんねん。この懐見とくなはれ。これは今日なくなっても良えもんやということで用意してきたもんでんねん。これを効かしたろちゅうわけで」

「左様か。ほな、なんぼほどご用意で」

「いやいや、いきなりなんぼかんぼと言うて金高言うんも頼りのうおますわ。上がるんや下がるんや何もわからんと張ることもでけん。今日はとりあえず勉強ということで、ここしばらくの上がり下がりを教せてもらえまへんかな」

「はあ、まあ、おっしゃることはわかります。そらもうずーっと帳面はついておまっさかいに、お見せいたしますが、どれくらいご覧になります」

「わたいも負ける遊びはしとないので、そうでんなここ十五年くらいの上がり下がりをまず見せてもろて、勉強してからほんまに張ろかと思いますが」

「ご慎重なこってんな。かましまへん。これ子ども。十五年前からの米の値段帳みな持っといで」

 というわけで長太郎の前に帳面が山と積み上がります。

「こらまたえらいもんでんな。こないおまんのか」

「一日のうちにも上がり下がりがおまっさかいな」

「ほなまあ、見せてもらいます」

 というわけで帳面に取りかかる長太郎でございます。このころから相場にはもう既に今日で申します折れ線グラフのようなものがあったんやそうでございまして、毎日毎日の上がり下がりが線で示されております。これが十五年分あるんやさかい、そらちょっとやそっとの量ではございません。ずーっと見ていきますと、十二年前の秋に一日でえろう下がってえろう上がった日がございます。

「ちょっとお尋ねいたしますが、この日だけえろう下がって上がっとりますが、この日はなんぞおましたんかな」

「ああ、十二年前のことでっしゃろ。その日はなあ。いまでも語りぐさになっておますねん。旗の振り違えがあってなあ。それも一日に二回」

「旗の振り違えと言いますとどういうことです」

「こんなことも知らんと来はったんですか。米の出来不出来が、値段にもろに跳ね返ってくることはおわかりですな」

「へえへえ、そらわかります」

「そやさかい、一刻も早ように米の値段を知ろうちゅうわけで、旗振りっちゅう仕組ができておまんねん。これ、ほんまはお上から禁令が出てるんですけどな。そら、出来高がなんぼになるかてなことできるだけ早う知りたいのは相場師の性だっせ。そやから、高い山に登ってな。旗振って各地の米の出来映えを知らせようっちゅうわけですが、京、大津、その向こうと続く東からの旗振りを取り次ぐ旗振り師と、堺、紀州、その向こうからの南の旗振り師が、どういうわけか旗を振り間違うて」

「はあはあ」

「ふたりとも、最初は今年は例年にない大豊作やと言うて送ってきたんですが、そのあとじきに逆に大凶作やと。ところがそれも間違いで、まあぼちぼちやということで当たり前の値段に納まったんですがな。悪い夢みたいな一日でしたな」

「左様か。そら、ここ堂島でもえらい騒ぎになりましたやろ」

「そら大変なもんでしたで。朝は金満家やった人が夕景には乞食になるというのがここ堂島ですが、そんな人が仰山あふれかえりましたわ」

「左様かあ。けどそうなると、逆にお儲けになった人もいはりましたんやろな」

「そうですなあ。あんさんみたいにふらっと石建米取引しに来はった人が、えげつない儲けを出さはりまして、高笑いで帰って行かはりましたな」

「その人は、その後もちょいちょい来はりますか」

「それがその人はそれっきり。どこのどなたはんかもよう分かっておりまへんねん」

「左様か。えらいことがおますんやな」

 当たり障りのう相槌だけ打ちましたが、長太郎の頭の中には既にぴーんと響くものがございました。ただ、そこで帰ったらそのことだけ調べに来たと丸わかりでございます。その日は一日帳面と差し向かいになりまして、一生懸命米の値段の上がり下がりを勉強しているような振りをいたします。その間に店の人にお茶出してもろうて、持ってきた握り飯をふたつ片付けます。

 夕景になりまして。

「どうもおおけお世話になりました。帳面見終わりましたのでお返しいたします」

「一所懸命見てはりましたなあ。どうです、ひとつお張りになりますか」

「いやいや、これ見さして貰ろて己が不勉強を思い知りました。米の値段の決まりようをもうちょっと良う良う勉強してからまた来さして貰います。どうもお邪魔をいたしました。ごめんを」

 そう言うて両替屋を後に致します。


「いま戻った」

「ご隠居はんお帰りやす」

「ご隠居はんお帰り」

 声に見送られて離へ戻った長太郎でございます。夕飯までの間にござの上にごろっと寝転がりまして。

(儂の考えが間違うてなければ、虫食いがかなり埋まってきたな。今度はその旗振り師というのを探し出して問い詰めてみたいもんやが……さて、どう持って行こうかな)

 その日の晩ご飯でございます。

「お芳、今日はお弁に奈良漬けを五切れほど切って入れてくれてあったが、あら最近入ったんかいな」

「はい、昨日届いたとのことでございます。味見ということで旦那様も召し上がりましたが、ご隠居様もお味の方は確かかと思いまして、ついでと言うては失礼でございますが、お味を見ていただこうと思いまして入れましたものでございます」

「そうかそうか。あら美味しかったな。京にも美味しいお漬け物はようけあるが、奈良も古い都だけあっていろいろと美味しいものがあるな。あれは酒粕漬けやさかい、食べたあとにちょっとお腹の中がほっこりと温もって、食べたなあという気になるもんじゃな。良う気を利かせてくれた。やっぱりおまはんは頼りになるな」

「もったいないお言葉にございます。今日はどちらへお越しでしたか」

「いつものことながら、どこということはないねん。若旦那がこんな早よから繰出しなさるなあという目をひとしきり集めたあとは、天満橋の袂にある茶店でお城を見上げながらお握りいただいて、あとはふらふら歩きながらちょっと気になった店を冷やかしたり、まあそんなことして遊んできた」

「いつも持ち歩いておられる帳面にはどのようなことをお書きですか」

「あぁ……あれはな、歩いてるうちにいろんなことを考えるもんやさかい、思いついたら書き付けているんやが……中身は聞かんといてくれ。あとから見たら自分でも良うこんなあほらしいことをわざわざ帳面につけたもんやなと思うようなことばかりじゃ。そんなもんでも良う放かさんのが悪い癖じゃな。そのうちに何かになるかなと思うてな。あんなもん、見たら損がいくで」

「はい、必ず見ないようにいたします」

「そう言うてくれたら嬉しい。おまはんはそう言うところは義理堅いでな。信用できるさかい。必ず、丁稚連中なんかに言うてくれなや」

 そんなやりとりで晩ご飯が終わります。長太郎といたしましてもお芳が勝手に帳面見ることだけはないやろうと信頼がおけるわけで。そっちは今のところは話が広がらんようにきっちり押さえの石を置いておけばそれで良え。

 問題は旗振りの間違いの件でございます。この時分、米の出来高を知らせるための旗振りというのが各地にございました。米相場がこのころ堂島にしかなかったかというと決してそんなわけではございません。日本各地にいくつかございました。しかし圧倒的に大きかったのが堂島。そやさかい、堂島へ至る旗振りのルートというのもいくつか用意されておりました。どこからどこへ知らせようというのがひとつだけやのうてふたつ、みっつと決められていたわけでございます。ですが、東は琵琶湖の東岸や現在の滋賀県甲賀市の土山、その時分は一名「相場振山」と言うたそうでございますが、そのあたりからの情報が流れてくるこちらは千里山、紀州泉州の方はと申しますとこれが天保山で集約されておりました。そやからここを間違うと皆間違う。

(間違いなあ。たまたま同じ日に、たまたま同じ刻に、たまたま同じ中身で間違うやなんて、それはかなり無理があるんと違うかな。またちょっと一芝居打つしかないか……。けど少々銭がいるかも知れん、再々傳次郎に無心もしにくいし、決まった小遣いの出る日を待とうか)


 それから何日かたった日のことでございます。その日はえらい嵐の日でございました。朝から昼にかけてはまだましやったんでございますが、お昼ご飯の済んだころからは母屋と離とを行き来するのも難儀するような具合で。ご飯が済んでもお茶碗下げることもままならんと言うような。お芳は何とかこのお茶碗を母屋へ持って行こうとしたんでございますが、長太郎が引き留めます。

「無理せいでも良えがな。この雨やったら途中で滑ってこけるやわからんで。もうちょっと様子見てからでも、どうということはない。しばらく待とう」

 というわけで様子を見ております。特にすることもないさかい、しょうもない話をしたり、碁を打ったり。

「雨の具合はどうじゃろな」

「はい、だんだんと強うなっております」

「あかんなあ。夜までには峠越えるやろかな」

 そんな具合で待っておりましても一向に弱まる気配がございません。

 夜になりまして。嵐はますます勢いを増しております。

「お芳、こらあかんで。今日は母屋へは帰られへん。母屋でせんならんことあるか」

「いえ、特にこれと言うてございませんが」

「ほな、今日は諦めてこの離で寝たらどうや」

「いえ、そういたしましてもお布団が」

「お客様用に布団も枕も一式揃たある。これ使うたら良えやないか。考えたらおまはんとひとつ屋根の下寝たてなことまだない、今日は枕を並べて寝ようやないか」

 長太郎も自分が何を言うてるかくらいはわかった上で言うております。人が悪いようでございますが、お芳の以前申しておりました覚悟というのを見てやろうというつもりでわざと言うとるわけで。枕を並べよう、そう言うたらお芳が体を固うしたんが長太郎にもはっきりとわかりました。

「……はい」

 返事も一瞬の間をおいて返って参ります。

(そういうことやな)

 そう思いましたので、お芳に布団を敷かせてその中に潜り込みますと言うと早々に寝息を立てる……真似をいたします。

(この子は芯から町人になることはでけん、やっぱり元のお侍に戻してやらなかわいそうやな)

 そんなことを考えながら、ほんまの眠りに落ちていく長太郎でございます。


 次の日はうそのような良え天気。長太郎が目を覚ましますというともうお芳は母屋へ戻っております。いつものように朝ご飯を済ませまして、長太郎はお芳を母屋へ帰します。いくらもせんうちに傳次郎が珍しく離へやってくる。

「もうし、兄さん」

「おお、傳次郎、珍しいやないか。なんぞあったんか」

「なんぞあったんかて、とぼけなはんな。男同士の話でっしゃないか。昨日の夜は、お芳をこっちに泊めて、どうしなはった」

「どうて、寝るまではしょうもない話したり、碁打ったり」

「へえへえ」

「で、夜になっても嵐が止む気配がないさかいに、こっちに泊まったらどうやと」

「ほうほう」

「それで寝た」

「で」

「で、って、それだけや。起きて今朝や」

「それだけて、それだけですか」

「何を聞きたがってんのや」

「……」

 傳次郎が呆れとも怒りともつかんような顔をしばらく百面相したかと思いますと、畳をひとつぽんと叩きまして

「これ兄さん」

「何じゃいな大きな声出して」

「仮にも若い男と女子、ひとつ屋根の下枕を並べて寝てて、少しは思うところもおまへんのか」

「思うところて、妙な気かいな」

「そうですその妙な気です」

「そんなこと言うたかて、隠居に子ができるてなことになったらお前も困るじゃろ」

「そら困ります。困らいでか。せやけど、これは山紀屋の主としてやのうて男として言いたい。お芳かて半分覚悟決めてまっせ。そこまで女子に思わせて、手を出さんてこれどういうことですねん。いっぺんこの弟を、そういうことで困らせてみとおくなはれ」

「儂なんで怒られてるんやわからん。隠居らしい振る舞うたつもりやけどな」

「そらご隠居はん言うたらそういうもんや。そやけどな兄さん。あんたただの隠居やないんでっせ。七十や八十のお爺さんと違いますねん。嘘でもまだ遊びたい盛りの二十三でっしゃないか。若い女子に手ぇどころか小指のひとつもかけんて、男として情けないわ、ほんまに」

「何度も言うようやけど、儂ゃ隠居として相応しい振る舞うたつもりじゃで、そないあかんことかいな」

「大体兄さん、あんたあまりにも欲がおまへんねん。いっぺん女郎買いにでも行て、楽しみのひとつもこさえたらよろし。溺れたらあかんけど、遊びたいという気持ちは働こうという気につながりまっせ」

「女郎買いならいっぺん行たがな。お父っつぁんにおんなじように言われて。そこそこかわいい子が付いてくれた。せやけど、間に銭が入ってると思たら、どうしてもそういう気にならなんだんや。おまはんが憎いわけやない、儂はこういうあかん男や、今日は外れくじ引いたと思てこれで堪忍しておくれと言うて儂ゃ一分出して謝ったんや。大体向いたないねん。その辺のことはもう放っとおいとおくれ」

「情けないなあ……せやけど、これだけは言うときまっせ。わたいは次男坊が家の主やってる今が当たり前やとは思とりまへんねん。兄さんがやる気になってくれたら、この家の主の座を兄さんに返して、身を引くつもりはいつでもできてまんねん。ちょっとは主らしい気を取り戻そうということも平生から考えとおいておくなはれ」

 そんなわけで弟に叱られた長太郎。お芳の方はその日一日少ぉしぎこちのう接している感じでしたが、相も変わらん長太郎を見て少しづつ元に戻っていきます。

(傳次郎、悪いけど儂は主には戻らんで。儂は何としてもこの子をお侍に戻さなあかん。それには、商売と奉公人の生活を背負わないかん立場は少々柵が多すぎるねん)


四章 長太郎、謀る

 それから何日か。長太郎は思案をしておりました。

(とりあえず千里山と天保山の旗振り師に会うてはみたいが、そんなとんでもない失敗した旗振り師はもう辞めてるじゃろなあ……今それやってる人から辿れば行き着きはするんじゃろうが、長々辿ってる間に逃げられるかも知れんなあ。手紙でもことづかったことにして訊いて回るのも手かも知れんが、ひょっとその旗振り師がまだやっとったら手紙届けに来た男がいきなり十二年前の話始めたらおかしいしなあ……どっちから行ても伸るか反るかの賭けやな)

 よっぽど考えてから、やっぱりここは辞めさされてる方に賭けた方がよかろう、そういう結論に至ります。

 怪しまれんように隠居の格好から普通の服に着替えまして、山歩きせんなんさかい草鞋(わらじ)や手甲、脚絆その他諸々手回しまして、適当な茶店で山歩きの用意をしますというととりあえず集まる情報の多い方、千里山の方から訪ねにまいります。

「もうし。米の出来高を旗振って知らせてる旗振り台はこちらですかな」

「せやけど。なんぞ用かいな」

「人に頼まれて人捜ししてますんやが、名前も知らされてまへんねん。ただ、十二、三年前にここで旗振ってたということしか、儂にはわからんので。失礼やけど、あんた何年この仕事してなはる」

「それ聞くためにこの山登ってきたの。またえらい苦労やなあ。何のために」

「儂も用件は知らんけど、お礼にかなり良え銭貰ろてまんねん。どうか教えとおくなはれ」

「んなこと言われたかて、儂もこの商売始めて四年や。十三年前のことなんて知らんで」

「ほな、あんたの前が誰やったか分からんか」

「この近くに住んどった又兵衛ちう男や」

「その家、詳しい教えとくなはらんか」

「教えるのはかまわんが、旗振りやらなんだらこんなとこに住んでることないのやさかいたぶんもう宿替えしてるで」

「ほな、そこまで行てまた訊くしかまへん。教えとくなはれ」

 こうしてその又兵衛のところへ行きます。

「もうし。ちょっとお尋ねいたしますが、旗振りやってた又兵衛さんのお宅はこちらですかいな」

「又兵衛さん。悪いけど聞いたことおまへんな」

「おたくはここに住まはってどれくらいになります」

「三年目ですな」

「前に住んでた人知らあらしまへんか」

「悪いけど、ここが空き家になってたところへ越してきてますんでな。良う分からんわ」

「ほな、この辺りで一番古うから住んでる人はどなたはんになりますかな」

「それやったら斜向(はすむ)かいの……」

 あっちで尋ねこっちで尋ね。足で稼ぐと言いますか、まことに泥臭いやり方で辿り辿ってようやく探り当てましたのが元旗振り師の佐平。その居所だけ突き止めておきまして、嗅ぎ回ってるのがいるで、てな話が回らんうちにおんなじように泥臭く天保山で旗振り師をやっておりました政吉という男も突き止めます。そうしておいてから傳次郎から毎月の小遣いを貰う日を待ちます。


 その小遣いを受け取ったら「ちょっと出てくる」と言いまして出ました長太郎、まずは履物屋へ行きまして、安い反り返った雪駄を一足買いまして草履から履き替えます。そのあと四、五町も離れました古手屋に向かいます。なるたけ柄の悪そうな着物を買いますというと

「すんまへんが、これに着替えたいんでな。お二階を貸して貰うてよろしか。それから今着てるこの服と、持ってるこの草履。これを預かってて貰いたいんですがな。売るんと違いますで。お預けしときまっさかいさかいどうぞお売りにはならんように。また預かり賃はこんだけ出しまっさかい。ほな、お借りをいたします」

 と言うて二階へ上がり、だらしのう着流しに着こなします。ついでに髷の刷毛先をちょっと(いが)めますというとさらに柄は悪そうになります。体がないさかいに、もひとつ迫力には欠けるかも知れんが、とりあえずこいで良え。

「ほなよろしいに」

 そう言うてわざとなるたけ柄悪そうな歩き方で雪駄をちゃらちゃら言わせながら町を歩きます。

(もうひとつ何か欲しいなあ。あめ玉でも舐めもってしゃべったら悪そうな感じ出るやろか)

 そう考えて、駄菓子屋へ寄りましてどんぐり飴を五つほど買います。その上で佐平のところへ行きまして、わざと飴玉を口の中で歯にぶつけてからから言わしながら。

「すまんな。佐平さんというのは、あんたか」

「誰やお前。何の用や」

「儂が誰かなんてどうでも良えことと違うか。あんたが十二年前にしたことに比べたら」

 佐平の顔から血の気が引いた。

「その様子見るに、やっぱり間違いないようやな。あんたの旗の振り違いのことや」

「儂はもうその商売辞めたんや。間違いでもう続けられんと思たからきっぱりとな。いまさら誰に何を言われる筋合いもないわ」

「で、商売替えの駄賃に貰ろたわけか」

 これも長太郎の推測の中にしかないことでございまして、完全なかまかけでございますな。そやけど、とりあえず図星は突いたようで。

「……」

「儂ゃあんたみたいな雑魚を食いたいんと違うんや。あんたに銭渡したあいつがわしの獲物や。何があったかはもう掴んでるんやで。あんたがここで全部言うなら、なるたけあんたは()るないように話は持て行ける。せやけど、儂の出方ひとつでは、堂島の相場師が皆寄ってあんたの体を引き千切りにくるで」

 佐平の額に汗がじぃわりと浮かんでまいります。

「言うか言わんか、はっきりして貰おか」

「誰や知らん男から、旗を振り違うよう頼まれた……」

「なんぼで」

「三両や。たった三両だけの小遣い稼ぎや。そんな大したことやないやろ」

「その三両だけのために、どれだけの人がなんぼの損出したと思う。あのときの旗振りの佐平は今ここにいると儂が触れ回ったら、あんたまた商売替えしてどこぞへ逃げんならんのと違うか」

「……儂は、どうしたらいい」

「あんた、字ぃ良う書くか」

「名前ぐらいより、良う書かん……」

「ほな、自分が何頼まれて、何をしたか全部ここで言え。儂が紙に書くさかい。それから名前だけ書いて、そこに爪印捺せ。まずはじめ、十二年前、どこの誰やわからん男に旗の振り違いを頼まれた。それで良えのやな」

「間違いない……」

何時(いつ)何時(いっ)かじゃというのは覚えてるか」

「米の取れるころとしか、覚えてへん」

「ならこっちで調べた日にしとく。その男に振り違いの礼として三両貰うた。これで違いないな」

「間違いない」

「断ろうとは思わなんだんか」

「三両小判見せられて、目が眩んだんや」

「貰ろといてやらんということは考えなんだんか」

「やらなんだらどうなるやわかってるやろな、と言われた」

「良う断らなんだのも、半分は怖かったてなとこか」

「そういうところが皆目なかったとは言えん」

「ほな、ここに名前と爪印や」

 そう言うて書くもん書かしまして、その男の人相風体まできちんと聞き出しますと長太郎、だめ押しをいたします。

「言うとくけど、儂ひとりでやってることと違うぞ。後ろになんぼでも人はついてる。逃げようなんて考えやがったら、それこそどうなるや分からんぞ。言うこと言うて貰うときにはまた儂が来るなり他の者が来るなりするさかい、それまではどう言うて謝るかせいだい考えとくんやな」

 もちろん後ろに付いてるなんて完全なはったりでございますが、こういうときはちょっと怖がらせておくくらいでちょうど良え。佐平の方はもう完全に怖がってしもうておりますんでね。言いたいこと言うた者勝ちでございます。

「分かった。何とか、良えようにしてくれ……。あの男が何で旗を振り違えと言うて儂に三両もくれたんかは儂知らんのや。大それたこと考えてやったことと違う。その証文、どこの誰に持て行くんか知らんが、儂はただ目先の小遣いだけに目が眩んだんや。それだけは、それの持って行き先の人に必ず言うてくれ」

「あんたの出方やな。ただ覚えとけ。やれと(そそのか)した者より、ほんまにやった者の方が罪は重いぞ。儂が知ってるのやさかい、逃げたらほんまのお尋ね者や。ただではすまんぞ。事ここへ至ったら、知ってること皆言うて謝るのが、ちょっとでも罪の()るなるただひとつの手や。ほなまた、言うこと言うて貰うときを待っとけ」

 こうしてひとり目は片付けます。ひとり前が三両なら、ふたりで六両。こんなわかりやすい勘定はございません。大方そんなところやろうと見当をつけながら、ふたり目の政吉のところへ向かいます。

「すまんな。政吉さんというのは、あんたか」

「誰やぃお前は。儂に喧嘩売りに来たんやったらなんぼでも買うたるぞ」

 そう言うと政吉、片手に割り木を掴みます。佐平よりだいぶ気性の荒そうな感じで。

「ほう。割り木掴んだか。それで儂をどうする気や」

「決まったらぁあほんだら。儂に何の用があって喧嘩売りに来たんか知らんが、ただで帰すと思うてか。半殺しにして放り出したらぁ」

「なるほどなあ。何やったら全殺しでも儂は構わんぞ。そうなったらお前が十二年前にやったことでお尋ね者になるだけの話や」

「十二年前やと……何者や、おまえ」

「ちょっと怖じ気づいたところ見ると、皆目覚えがないわけでもなさそうやな。儂はその十二年前のことを調べて回ってる者や。言うとくけど、ひとりでしてることと違うぞ。ひょっと儂が無事帰らんてなことになったら、動く者はなんぼでもおる。やったこと皆言うて、神妙にした方が良えんと違うかな」

「旗……の、話か」

「分かったあるやないか。その旗をどうした」

「振り間違うた」

「間違うた……か」

 長太郎、顎を突き出して下目に政吉を見やります。そして一言。

「ほんまのこと言うたらどうじゃい」

 長太郎にしては精一杯の力できつめに声を張り上げます。

「お前は銭貰うてわざと旗を違うように振った。そやろがぃ」

「……お前は、儂をどうしたいんや」

「安心せえ。儂の獲物はお前みたいな小物と違うんや。お前に銭渡した男、それが儂の狙いや。今ここで言うこと言うんやったら、全くなしにはでけんがなるたけ罪の軽るなるほうへ持て行たるわ。お前、字ぃ良う書くか」

 こうして二枚目の証文をきっちり取りました長太郎。古手屋に帰りますと、預けてあった着物と草履に着替えなおします。

「もしかしたらこれからちょいちょいお世話になるや知れませんので、二階は儂の分として三畳ほど空けておいては貰えませんかな。何をおっしゃる、もちろんちゃんと家賃は払わせていただきます。ええ、こんなもんでどないですかな」

 秘密基地も確保でございます。店へ帰りまして、その夜じっくりと考えます。

(おそらく、木曾屋は御用達の座を得るために、大久保様に銭を渡すことを考えた。そやけど、そのまま渡したら見つかることもあるやろうと思て、旗振り師に銭を払うて米の値段を無茶苦茶に下げたり上げたりして、そこへ大久保様の息のかかった人間を送り込んで大儲けをさした。とりあえず、旗振り師に銭が渡って振り違いをさしたことまでは間違いない。けども銭を渡した男が木曾屋の差し向けた男やという証拠がない。また、その振り違えの日に大儲けした男が大久保様の手の者という証拠もない。ここまでは割とすっと調べがついたが、こっから先探るのはかなり大変やろうなあ……どうしたもんやろか)


 これには長太郎も悩んで悩んで悩み抜きました。どう考えてもここから先の調べをつけるのは至難の業でございます。お芳にも、食事だけさしたらあとは母屋へ帰し、ひとりっきりで悩み続けております。ある日の夕食時のこと。

「ご隠居様、ここ数日何かお考えのようですが、お悩みごとでもおありですか」

 いきなりお芳がそう切り出してきます。

「そんな風に見えるか」

「はい、何事かずっとお考えで、私からの話しかけのお答えにもどこか上の空でいらっしゃいますし、御膳をお召し上がりの時も何か時分が来て目の前に食べ物が並ぶので仕方なくお召し上がりになっているように見えます」

「ああ、そんなことが顔に出てるかな。実はな。こないだ御塩噌方同心様のお宅へ寄らしてもろて、誘われて碁を打っておったんじゃが、同心様がこうおっしゃった『山紀屋、その方の本気の腕を見せてみよ。何となれば、この碁盤はこのまま置いておくにより、次の時まで考えていても構わぬ』とな。今度盤の前に座らせていただくときまでに、これぞという一手を考えとかんとならんのじゃが、なかなか難しいな」

「つまり、碁のことでお悩みですか」

「つまり、そういうことや」

「……ご本心ですか」

「そうでないように見えるか」

「ご本心だとは思えません」

「何でじゃ」

「碁のことでお悩みなら、碁盤に石を並べて考えるのが一番良いやり方でございます。ですがご隠居様はここしばらくお好きな碁石と碁盤に手をつけてすらいらっしゃいません。そもそも、そんな遊び事でお悩みなら……」

 ここでお芳も少し、このまま踏み込んで良えのやら、というような顔を見せましたが、意を決したように口に出しました。

「それほどおやつれにはならないはずでございます」

「儂、やつれてるか」

「ここ数日のうちに、目に見えておやつれでございます」

「……そうか、儂、やつれてるか……」

 ここまで調べてきたことがぐるぐると頭の中を回ります。

(何気なく始めてみた探りであったけれども、儂もそこまで夢中になってたか)

 言われて始めて、自分が思いのほか真剣になっていたことに気がつきます。

「すまんな、心配かけて。そやけど、ほんまに大したことやないねん。また来るべき時が来たら話するさかい、しばらく見ててくれるか」

「いつでもお話し下さい。私がお力になれるかどうかはわかりませんが、お悩み事は口に出して言うだけでも楽になるということがございます。ご隠居様の言いたくても言えぬことを伺って、胸の内にしもうておくのもお仕事のひとつと思うております。どうぞ、何もかもおひとりで抱え込むというようなことのないよう、お気をつけ下さい」

「おおけありがとう。そういう言葉ひとことくれるだけでも、儂がどんだけ楽になるか分からんで。ほんまにおまはんに近くにいて貰うて幸せじゃ」

 お芳を母屋へ帰して改めて長太郎も思います。

(お芳の悩みを何とかしたろと思てるうちにいつの間にやら儂の悩み事になってたか。そうか、儂の悩み事か……)

「ほなら、儂が何とかするしかないな」

 口に出してつぶやきました。そして、ふふ、と口の中で含み笑い。

「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ……」

 例の歌を歌うともなく語るともなく口にしますと、喉の奥でくっくっく、と笑います。

「遊ぶか」

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