part.2
それはどうも子供の声らしかった。
私と若木くんは顔を見合わせた。意見は無言で一致した。私たちは泣き声のするほうへ歩みを進めることにした。先を越されたからか、私の涙は一旦引っ込んでいた。
子供は、近くにあったベンチの陰でうずくまっていた。男の子だ。まだ幼稚園児くらいに見える。
「おかあさーん!」
凄まじい大音声に、思わず眉をしかめてしまう。小さい子供は苦手なのだ。私だってまだ10年ちょっとしか生きていない子供だけど。
「どうしたの?」
若木くんが穏やかな声音でその子に話しかけた。びく、と肩を震わせて泣き止んだ男の子は、警戒するように若木くんを見上げた。
若木くんは大したものだった。地面に膝をついて目線を子供に合わせると、
「大丈夫だよ。僕が探してあげる」
男の子は、こくりと小さく頷いた。そして私に気付くと、ささっと立ち上がり、若木くんの後ろに隠れるようにして距離をとった。とても複雑な気持ちになった。
若木くんが聞き出したところによると、その子の名前は「まーくん」。いつの間にか「おかあさん」とはぐれて公園にいたらしい。それで怖くなって泣いたのだそうだ。
「まーくんはね、かけっこうまいんだ!」
「そうなんだ。じゃあ競争だ!」
きゃっきゃと楽しそうに手を繋いで走り出す2人を見て、ため息をついた。まーくん。正樹か、誠かは知らないけど、どうして一人称が自分の愛称になるのか。全く理解できない。我が身を振り返ってみても、最初から「わたし」と言っていた記憶しかないぞ。
私のこんな思いが子供ながらに分かるのか、まーくんは全く私に気を許した様子を見せなかった。若木くんとはすぐに打ち解けたのに、私が話しかけようとするたびに、さっと彼の後ろに隠れてお化けを見るような目で私を見るのだ。そんなに脅かしたつもりはないんだけどな。
まーくんが隠れていたベンチに座って、傍観に徹することにした。あれに混ざるのは、私には難易度が高すぎる。
『探しに行く必要はないよ』
さっき、若木くんが言ったことが蘇った。お母さんを探さなきゃ、と言ってみた私を、彼はやんわり思いとどまらせた。
『お母さんはすぐに戻ってくると思うよ』
『どうして分かるのよ』
『ううん、なんとなくかな』
彼にしては歯切れの悪いことを言った。
『それに戻ってこなくても、彼にとってはその方がいいかもしれない』
若木くんの言っていることは矛盾していたけど、それを指摘する気にはなれなかった。私は信じることにした。どんな時でも若木くんは頼りになるクラスの人気者だ。
そんな考えを巡らせていると、後方から声がした。
「まーくん!」
大人の女の人の声だ。首をちょっとひねると、公園の入り口に彼女の姿を認めた。短い髪の、やせた女の人だ。走ってきたのか、肩で息をしていた。少し落ちくぼんだ目には涙が浮かんでいて、前を強く見つめていた。その視線の先には、若木くんたちがいる。
母親らしきその人は私の横を通ってまーくんに駆け寄ると、抱きしめた。私も歩いていって、そばに立つ。若木くんの言った通りだった。本当に母親が現れた。これで一安心。
見つかって、よかったね。隣の彼に微笑みかけようとして、ぞっとした。彼の目はひどく冷たい光を宿していたからだ。
女の人は、初めて私に気付いたのか、深く頭を下げてきた。まーくんの手はしっかりと握られていた。
「本当にすみませんでした」
「いいえ。僕たちは何も――」
「ほら、マサキ。言うことがあるでしょ」
母親の言動に私は総毛立った。違和感が、どんどん強く、はっきりと成長していく。写真の中の人間が気付いたら笑っていたような、そんな感覚。
ああ、そんな。やっぱりそうなの?
「おにいちゃん、ありがとう」
まーくん、ことマサキ君は満面の笑みを浮かべると、私の横に立つ若木くんにお礼を言った。
「違うでしょ。マサキ。『おねえさん』よ」