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part.1

 

 夏の、日曜日の昼下がりのことだった。


 家への帰り道、私は若木良輝よしてるくんに会った。正確に言うと、寄り道した公園の中で、若木くんを見つけた。そう。先に気付いたのは私のほうだった。若木くんは池の柵に両腕をついて、もたれかかるようにして立っていた。


 綺麗な黒髪、白い肌。優しげな目つき、整った鼻、赤みのさした唇――大人びた横顔を見た瞬間、私は時を止められたような錯覚に囚われた。少し遅れて、心臓がトクンと跳ねる音がした。思わず私は、制服のスカートをギュッと握りしめた。


 私は、若木くんに恋をしていた。


 彼は中学の同じクラスの人気者でもある。端麗な容姿に加え博識で、しかもそれらをひけらかすこともない。たまに他の男子と混ざって馬鹿なこともしたりする。嫌みな感じが全くしない。


 そんな若木くんは、彼なら当然そうするだろうな、という行動をとった。歩みを止めた私に気付き、笑顔で手を振ってくれたのだ。長袖の白シャツが眩しい。私はとっさに、手を振り返してしまった。


 彼のたたずまいは絵になっていて、私には映画のワンシーンのように思えた。実は夢なんじゃと思いかけたくらい、妙に現実感がなかった。


 だから、若木くんがこっちに歩いてきたのを見て、私は慌てた。あたふたと前髪なんかを気にしてしまったあたり、完全に惚れているぞと妙に冷静なことを考えてしまった。


「帰り?」


 若木くんは尋ねてきた。さっきまでの幻想的な雰囲気は霧散して、急にリアリティが迫ってくる。あまりにいつもと同じ態度だったから、私も思わずいつも通りの受け答えをしてしまった。


「そうだよ」


 私と同じく彼も制服姿だったことも、非日常的な感じが薄まった理由かもしれない。


 照りつける夏の日差しに責められたような気がした。


「……若木くん。どうして?」


 彼はそっと目を伏せてから、また池に視線を戻した。水は濁っていて、中は見えない。噂によると、巨大な鯉が何十年も池の主として君臨しているという。


「悩みがあると、よくここに来るんだ」


 若木くんは少し遅れて、答えになってないような答えを口にした。


「でも、だって」


「山村こそ、どうしたんだ。日曜なのに、制服なんて着て」


 彼は私の言葉を遮りながら、よく見せる明るい笑みを浮かべた。ジョークのつもりだったんだろう。気まずい雰囲気を和らげるための。だけどそれは、お世辞にもうまいとは言えなかった。


 私は、そこで初めて泣きそうになってしまった。


 歪んだ視界の中で、若木くんが慌てふためくのが分かった。「わ、悪い。そんなつもりじゃ――」


 だけど私の目から涙がこぼれることはなかった。


「うわーん!」


 大きな泣き声が聞こえてきたからだ。






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