EIN GRAUER ENGEL
習作としての掌編です。束の間でも、お楽しみいただければ幸いです。
「私がいなくなったら悲しい?」
古びたマンションの一室、ダンススタジオの小さな出窓に腰かけた彼女の唐突な問いかけに、僕は答えることができなかった。
肩にかかる亜麻色の髪と、穢れのない灰色の瞳、曇り空から射す光に照らされた透き通るように白い肌。それらの完成された美を包み込む純白の絹織物の服。裾にあしらわれたフリルが、華奢な腰つきを覆い隠している。
僕は、彼女の露出した肩や大腿、ふくらはぎにかけて視線を這わせながら、言葉を探していた。こちらに向けられ続けている彼女の視線を感じて。
「それは、寂しいというか、えっと……」
トウシューズを履いた爪先から、また視線を戻して、彼女と目が合う。
「それで?」
澄んだ声で発せられる容赦のない質問は、全身の力が彼女に吸い取られていくようだった。やがて、彼女は飽きてしまったのか、溜め息をついて窓の外のくすんだ空に視線を向けた。
「ここにいると、何だか苦しい気がするの」
物憂げな表情さえ、著名な画家の絵を思わせる。
僕は回答をうやむやにして、新しいデッサン用紙を取り出すと鉛筆を走らせた。その音に反応するように彼女が僕のほうを見る。
「あ、向こう、見てて」
紙と彼女を交互に見ながら、構図が変わったことに気が付いて、指示を出してしまう。
彼女は、また、小さく溜め息をついて、僕を見るのをやめた。
お読みいただき、ありがとうございました。