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キッチンコーヒードリンカーⅡ  作者: 川野謙一郎
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妄想にふける男

 男はいつもコーヒーを飲みながらタバコをくゆらせている。キッチンでだ。換気扇があるからだが・・・。狭いアパートで独り暮らし、仕事には就いていない。だから、飲むのはもっぱら安く買いだめするインスタントコーヒー。部屋で気に入りの音楽を流しながらコーヒーを飲みタバコを吸っている。聴くのはだいたいジャズで、その中でも青木カレンばかり聴いている。彼女を知っている人は少ないかもしれないが、ジャズシンガーでテレビドラマの主題歌を歌ったりもしている。聴いていると心地よく疲れない。男は彼女の低音が特に気に入っている。ジャズの名曲などをカバーして歌う低音が力強く、また暖かみがあっていい。

 男にとってコーヒーとタバコは生きるうえで欠かせないものだ。お金がないから食べ物に困ってもコーヒーとタバコは確保する。それなしでは生きられないのだ。何度も禁煙を試みたが、そのたびに自殺願望に襲われる。タバコを吸ったほうが自殺せずにすんで長生きできるとゆう笑えない結果となっている。

 出かけるのは食料を買うときや喫茶店にランチを食べに行くとき。行く喫茶店はいつも決まっていて、タバコが吸える喫茶店だ。金沢の近江町市場の地下にある、色あせた感じのする雑然とした雰囲気の店で、おそらく何年も調律していないであろうピアノが置いてあったりする。ライブもやっているのでギターやアンプ、ドラムセットなども片隅に置いてある。男が行くと何も言わなくてもランチが出てくる。スタッフとは当然、顔なじみで決まってカウンターに座っていろいろ話したりする。

 男が貧乏なのは知っていて毎日は来れないし、その日のおかずを安く分けてもらい持ち帰る。ランチだけで2~3時間ねばっていてあとは水しか飲まない。ときには5時間ぐらいいて、他のお客さんに「住んでいるんですか?」とからかわれる始末。なにしろ早番のスタッフより長くいて「お疲れ様でした」と言ってカウンターに座っているんだから・・・。スタッフとの話や他のお客さんとの話は何気ない話から音楽、政治の話まで。だいたい変わった人が多い、男もその一人。




 男が仕事に就いていないのは、こころを病んでいるからだ。病を抱えてからもう二十年以上がたっている。男がしていることと言えば、詩を書くことだけでそれも二十年以上になるが本になることもなく。ときおり、例の喫茶店で朗読をするくらい。お客さんもそう入ることもないしノーギャラだ。たまに新聞の読者文芸欄に掲載されるが素人もいいところだ。

 当然ながら独り身で、付き合ってくれそうな人がいたが鈍感で気づかず、チャンスを逃してしまった。自分の気持ちにも鈍感で独りになってから、あの人を愛していたのかと気づく。どうしようもない人間だ。

 詩が浮かぶときは、だいたい近所を散歩しているときが多い。街路樹がある通りがあって、四季折々に姿を変える。春には桜が咲き、満開になると坂道をアーチ状に彩る。花びらが舞う中、桜の下を歩くのは気持ちいい。夏は暑さの中、太陽が照りつけ、目にまばゆいくらい緑が輝き涼をもたらす。秋は紅葉して、レンガの建物とあいまって美しい。冬は白い雲と逆光となって黒く映る枯れ木とのコントラストがいい。しかし、いつもそれを詩にしているから、もう書くことはなかなか見つからない。本来、旅に出て詩を書きたいのだが、そんなお金はない。空を見上げて書くことも多いし、部屋の中で感じたことを書くこともある。知性はないので感性で書く。これだと思った情景を脳裏に焼きつけ、部屋に帰り書いてゆく。何も考えず書くので5分ぐらいで書き上げる。難しい詩など書けない。




 ある冬の夜、男はいつもどおりキッチンでコーヒーを飲み、タバコを吹かしていた。青木カレンを聴きながら。そして、いつもどおり妄想する。彼女と付き合ったらどんなに幸せだろうと。一緒に散歩してなにを話そうか?

 いつもの散歩道をふたりでゆく。冬なので風が冷たいがそれも悪くない。ゆっくりとあたりの景色を眺めながら、ちょうどレンガの建物があるところをコートの袖が少し触れ合うくらいに寄り添って歩く。

「今日はいい天気だね」

「でも金沢の冬は寒いわ。今日は晴れてるからいいけど、いつも空がどんよりしてる。気が沈むわ」

「オレは、当たり前に思ってたけど、秋や冬の夜に稲光がして強い雨が降りつけるのは金沢だけみたいだ」

「そうよ、東京ではありえない」

「一度、稲光がしてるときに傘も差さず、豪雨にふたりで打たれながらキスしてみたらどうなるだろう?」

「いやよ、馬鹿みたい」

などと妄想する。




 男は数日前、普段何かあったときのために、こつこつ貯めたなけなしの金をはたいて、青木カレンのライブに行ったばかりだ。代々木ナルとゆうジャズライブハウスで、バーカウンターが奥にありテーブルもしっかりあって、やや中央にグランドピアノがあり、洒落た雰囲気のライブハウスだ。生の歌声はやはりいい。彼女はよく代々木ナルでライブをする。なんでもデビューしたきっかけが、そこのボーカルオーディションに出たことらしい。青木カレンのホームなのだろう。

 その夜は、真っ赤なドレスに身を包み、ピアノとのデュオで華麗に歌い続けた。ジャズの名曲のカバーや自身のオリジナルの曲を織り交ぜて、満席の客を魅了した。最後のほうで軽くサンタの格好をしてクリスマスソングを歌い(クリスマスが近づいていることを喜んでいいのか?どうせ独りなのに)と思ったが、その夜さえ楽しめばいいと、真っ赤なドレスのカレンサンタを眺めていた。(もしかするとこのために真っ赤なドレスを選んだのかなぁ)などと思いながら。

 ライブはやはり独特のよさがある。ピアノの隣で歌っていて、男が座っていた席からすぐそばだった。いつもCDで聴いている曲だが、アレンジが違うしアドリブもある。ピアノとだけの生の歌声は一夜かぎりのものだ。『スウィングしなけりゃ意味がない』などは、誰もが耳にしたことがあるのではないだろうか?

 男はライブの余韻に浸っている。ライブでは足を鳴らして首を揺らしながら、歌にピアノに聴き入っていた。男は、青木カレンと目が合っていて自分に向かって歌いかけてきたんじゃないだろうかと勝手に思っている。ただでさえ妄想してばかりいるのだから無理もない。

男が妄想するのは病気だからとゆうこともあるが、貧乏で暇だけはたっぷりあるせいもある。お金のかからない遊びだ。




男はクリスマスが嫌いだ。クリスマスを彼女と過ごしたことが一度もない。それもそのはずで高校生のころ以来、彼女がいない。愛のあるセックスをしたことがない。若いころ、半ば遊びで女と付き合ってセックスはしたが、その後えらい目にあった。別れを切り出すと「遊びだったのね」などと責められてどろどろしたことがあった。男はお互い暗黙の了解で遊びで寝たと思っていた。それ以来、セックスはソープですることにした。「遊びだったのね」なんて言われない。それどころかソープ嬢は別れ際に「また来てね」と笑顔で言ってくれる。当時は働いていたから多少のお金はあった。普通の女性と遊ぶのにもお金はかかる。ソープのほうが安上がりだったりもするしテクニックがある。エイズが社会問題になってからは行かなくなったが。

 男にとっての最悪なクリスマスは、精神科で入院して迎えたときだ。『精神科のメリークリスマス』コントに出てきそうだが、現実には笑えたもんじゃない。




 男は例の喫茶店にいた。だいたい普段は全身ユニクロ状態で、ジーンズだけが違うといったいでたち。貧乏人にとってユニクロはブランドだと言っている。ユニクロのヒートテックの底値がいくらか知っているし、どこのスーパーの何曜日が卵1パック百円だとか、何時ごろからお惣菜が割引になるとか、だいたい頭に入っている。H&Mはいいのだが、どこか邪道だと思っている。青木カレンのライブを観るため、東京に行った時はさすがに困った。自分の中では高価なセーターなどを着て行ったがコートがない。以前安く買った、普段着のプーマの裏地がボアのコートを仕方なく着ていった。そのコートはプーマのロゴが小さいので許されると勝手に判断した。男がユニクロ以外を着るときは先ほど書いた、この喫茶店で詩の朗読をするときなどで、夏はサッカーのプラクティスシャツばかりで洒落っ気がない。金沢の夏は蒸し暑くて、綿のTシャツを着ていると汗が肌にくっつくから嫌だ。確かに綿のTシャツは持っているが、初夏の頃に着る程度で、ちょっとカッコをつけたい時は麻のシャツとかだ。

 この喫茶店のカウンターでよく話していたのは政治の話だが、マスターが代わってあまり話題に上らなくなった。政治好きのお客さんも、あまり姿を見せなくなった。基本的にリベラルな人の集まりで保守的な人はあまり来ない。

 しかし、金沢は保守王国だ。石川県はと言った方がいいかもしれない。だからこの店のお客さんたちにとってはアウェーだ。保守的な人から見てアウトサイダーなのかもしれない。男もそうで、若い頃は地元のもろ保守的なところが嫌で刺激を求めて東京へ行った。その頃と比べると、少し金沢も変わっていて新しいことに挑戦している人や新しい店や街並みがあったりする。この喫茶店もそのひとつなのかもしれない。今はむしろ伝統的な家屋が少なくなって、街並みの維持のための取り組みがなされていたりする。男は、伝統や歴史を馬鹿にはしていない。保守とゆうが、日本の保守はむしろ日本的なものを壊し、欧米的なものを積極的に取り入れてきたのではないかと思っている。明治以来、そうなのかもしれない。舶来品とか言って重宝してきたきらいがある。ただ、男も欧米かぶれで他人のことは言えないが、自国の文化について知らないのに他国の文化を理解できるのだろうかと若い頃に思った。ニューヨーカーだのパリジャンだのになろうとしても本物にはかなわない。日本人がパリのエスプリを身につけたとしてもどうだろうか?粋だとかわびやさびを日本人自身が失いかけているが、粋なアメリカ人より粋な日本人こそ本物じゃないかと。今の若い人たちはそれに気づいているのではないかと男は思っている。





 男は、またいつものごとくキッチンでコーヒーとタバコで暇をつぶしていた。妄想が始まった。明石家さんまの『さんまのまんま』に出演したらどうなるだろう?もう毎週オンエアはされてないが、男は明石家さんまの大ファンだ。


「え~今日のゲストは、珍しいですね。詩人の方と聞いておりますが・・・」

ピンポーン、男がチャイムを鳴らすとさんまさんがドアを開けてくれる。

「どうも、はじめまして」

「あ~これはこれは、よく来てくださいました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。この番組に出るのが夢だったんです」

「それはうれしい」

「じゃあ、お飲み物はコーヒーとゆうことで聞いておりますが」

「ええ、コーヒーでお願いします」

「どうなされました?緊張してるようですが」

「いやぁ~さんまさんってほんとにいるんですね」

「当たり前や、いきなり何を言い出すんや」

「失礼なこと言って申し訳ないんですけど、さんまさんって嘘で塗り固められてるじゃないですか。もしかしたら、存在自体嘘なのかと思って」

「アホ、いるわ。ちゃんと存在してるわ!たいがいにせえよほんまに」

「いや、師匠の大ファンなんですよ。尊敬申し上げております。もう、さんまのまんまは欠かさず見てます」

「そうか、それはうれしいけど失礼にもほどがあるわ。架空の人物じゃないからなオレは」

「でも、嘘ばっか言ってますよね」

「なにがや!嘘嘘うるさいわ」

「憶えてます?」

「なにをや」

「大竹しのぶさんとうわさになってたとき・・・」

「いつの話やねん」

「まあ、ずいぶん昔の話ですけど・・・。忘れられないことがあって」

「なんや?」

「相手は女優ですよ。そんな、付き合うなんてあり得ません。もし結婚したら公開セックスします。って言いましたよね」

「ようそんなこと憶えてんな。本人が忘れてるわ」

「あの~今からでもいいんで。公開セックスしてもらえます?」

「アホ、できるか!だいたいもういい歳やねん。見たかないやろ!たいがいにせえよ。そんなことしたら捕まるわ!」

「まあよくそんな大嘘、思いつくなぁ~と思って」

「確かにな。まあそれはそやけど・・・」

「あとひとつだけ、聞きたいんですけど・・・」

「なんや!もうええやろ!」

「いや~ひとつだけお願いします」

「なんや?」

「大竹しのぶさんとの婚約指輪か結婚指輪だったか忘れましたけど、鉱山へ行って原石を掘ってきて作ったって・・・」

「オレ、そんなことゆうたか?」

「言いました。確かに言いました。オレはそれ聞いてさんまさんすごいなあ、そこまでするんだって最初信じたんですから」

「するわけないやろ」

「師匠、参りました」

「そやろって、そんなことで尊敬すんな!もうええ、早くお土産出して」

「そうですね。金沢から来たんでこれなんですけど」

「なんや?わっカニや。生きてんがな!」

「今日買って、そのまま持ってきたんで」

「これはどうすんねん?」

「ゆでるんですけど」

「おう、キッチンに大きな鍋があんなぁ思ててん」

「どうしたらええのや?」

「塩水でゆでると思うんですけど・・・」

「ほう、塩はどこや」

「あの~いつ言ったらいいかと思ってたんですけど・・・。出来上がったものが冷蔵庫に」

「はよ言えっ!もうそんなんいらんねん」

「出ましたね」

「なにがや?」

「冷ややかなつっこみ」

「お前な、ほんまいい加減にせえよ」

「ほんと申し訳ありません」

「あの~頼むから帰ってくれるか?」




 男はまたキッチンにいた。桑原あいのピアノを聴いていた。スティーブ・ガットとウィル・リーとのアルバムだ。相変わらずコーヒーを飲みタバコを吸いながら。桑原あいのピアノは完成度が高いのに自由だ。まるで空を飛んでいるような気分にさせてくれる。また妄想する。

 男は映像を撮ろうとしていた。能登の珠洲の海は夏になると透明で綺麗らしいから、そこを小さな漁船に乗って撮ろうとしている。音楽は桑原あいに頼むことにした。できるなら実際に撮っているところを見てもらって、音楽をつけてくれるようお願いした。一緒に漁船に乗っていた。潮風が心地よく、海は透き通っている。

「わ~綺麗。こんな海初めてかもしれない」

「オレもそうだよ」

「出来上がる曲が楽しみだな」

「どんな曲にしようかな?」

「いつもどおり自由にピアノを奏でてくれれば、きっといい作品になる。出来上がったらジャズじゃなかった。となってもいいよ」


 それからしばらくして、お互いに船酔いしてゲロを吐いてしまう。

「小さい船はやっぱ揺れるから酔いやすいな」

「ほんと、気持ち悪っ。あんまり見ないで!」

「ずっと見てたよ。ゲロ吐くところ」

「やだ、最低!」

「ついでだからキスしようか?」

「やだ、絶対やだ。なにがついでよ」

「お互いゲロ吐いたついで・・・。忘れられないキスになるよ、一生の思い出に。お互いゲロ吐いてんだから恥ずかしがることないよ」

「いやに決まってるでしょ。いらないわそんな思い出」

「作品のタイトルにしようか?キスはゲロの味がした」

「いったい何の作品にしたいの?」

「確かに趣味悪すぎた。ミルキーはママの味だけど、ゲロ味のキスってやだな。あっイルカが見える!」

「えっどこどこ?」

「嘘だよ、言ってみただけ。口直しに」


 男は、そんなバカなことしか思いつかない。




男は、例のごとくキッチンで青木カレンを聴いていた。クリスマスイブに独りきりで、近くのケーキ屋でショートケーキをひとつだけ買ってきて食べていた。(ケーキなど最初から買わなきゃよかったなぁ、寂しさがひときわ増すだけだ)などと思いながら。

 青木カレンを最初に聴いたのは、金沢の中心部にある柿木畠の小さな広場で紙コップのコーヒーを百円で売っていたので、それを飲みながら休んでいたときだ。テントのスピーカーから流れてきて、この曲いいなぁと思って、

「これ、誰の曲ですか?」

とテントのスタッフに聞いたら、

「青木カレン。これこれ」

と何気にiPodを見せてくれて、

「昨日、金沢に来てたんだけどね」

と言われ、えーっタイミング悪っ、と思ったのを今も憶えている。そこで聴いたのが『TOKYO Jz TRIPPIN'』とゆうアルバムで、さっそくアマゾンで購入した。

 たしか、その頃はゴールデンウィークでラフォルジュルネ金沢とゆう催しをやっていて、その年はジャズをテーマにしていたんだと思う。このアルバムは、けっこう初期のものでジャケ写の青木カレンの若さがうかがえる。それ以降のアルバムはだいたい購入した。

 ときどき、柿木畠へ行くとそのときの事を思い出してしまう。


男が青木カレンのアルバムのなかで、一番好きなのは『TRANQUILITY』だ。映画音楽をカバーしたもので、題名のトランキュリティーとゆうのは鎮静などの意味があるらしい。何度繰り返し聴いたかわからない。歌声に癒されるし病んだ心を鎮静してくれる。それと、この秋リリースされたオリジナルの『The Calling』も最近毎日のように聴いている。それまでのアルバムは、ほとんどがジャズやボサノバ、ときにはロックをカバーしたものだったのでオリジナルは新鮮に感じる。もうお分かりだろうが、男はジャズは聴いているが初心者だ。マイルス・デイビスやチャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、ジョン・コルトレーンなど、ビッグネームはひと通り聴いたが、最近はマイルス・デイビスをたまに聴くくらいだ。最初にジャズを聴いたのは、中古レコード店でチャーリー・パーカーとゆう名前だけは知っていたので、『ナウ・ザ・タイム』が傷入りで安かったとゆう理由で買って聴いたのがきっかけだ。


 男は、さっさとケーキを食べ終え、コーヒーを飲みはじめた。クリスマスイブ・・・。青木カレンと過ごせたら、どんなに幸せだろうと妄想にふける。

 部屋でふたりでいる。男はコーヒーを飲んでいる。彼女が飲むようなハーブティーなどはないから、彼女は自分で飲み物を用意してくる。そして、ケーキとプレゼントも。男は、彼女へのプレゼントになにがいいか考えたが、なにしろお金がない。口紅なら買えるだろうか?

「とりあえず、メリークリスマス」

男がコーヒーを飲み終えていった。

「シャンパン持ってきたからふたりで飲もう!」

青木カレンが、おもむろに紙袋からシャンパンを取り出す。

「ごめん、シャンパングラスがないんだ」

男が言うと、

彼女は平気な顔をして、

「うん。そう思った。なんでもいいわよグラスなら」

男はキッチンへ向かい、普段使ってないグラスを洗い持ってくる。

「こんなのしかないけど・・・」

男は、雑貨店で安く買ったグラスを出す。

「大丈夫よ。気にしないで」

彼女は笑顔で言う。

「まあ、あまり気にしてないんだけどね」

男が、不器用そうに笑いながら言うと、

「なによそれ!私がこんなに用意してきてるのに」

彼女は、少し茶目っ気のある怒りかたをする。

男は、テーブルにあるシャンパンを手に取り、

「一応、オレの役目かな?開けるのは」

彼女が頷くと、慣れない手つきでシャンパンを開ける。ふたが勢いよく天井にポンと飛んでゆき、シャンパンが瓶からこぼれる。

「へたくそ!」

「はっはっは、それベッドでは言わないで頼むから」

彼女は笑いながら、

「大丈夫、期待してないわ」

「なんだよそれ」

と男は当たってるだけに悔しそうに笑う。

「さあ飲みましょう」

「え~それでは、乾杯の音頭を・・・」

「何言ってんのよ。いちいちめんどくさいんだから。かんぱ~い」

と言って、彼女はクラスを上げて口をつける。

「いただきます」

男もシャンパンを飲むと、

「そう言ってシャンパン飲む人、始めて見た」

「まあ、いただきものだから・・・。ベッドで言って、終わった後こんなの初めてって」

「こんなにへたくそなの初めてって言えばいいの?」

「立ち直れないよ。そんなこと言われたら!」

彼女はおなかを抱えながらおかしくてたまらない様子で、

「シャンパン吹き出すところだった」

と言って、しばらく笑い続けている。

男はどうしていいかわからなくなって、とりあえず一緒にうすら笑いしながらシャンパンを飲む。

「いつまで笑ってるつもり?」

「だっておかしくて・・・。ごめん」

「まあ、いいけど・・・」

男が、しょうがなくシャンパンをついで飲んでいると、彼女は紙袋を取り出し、

「はい、プレゼント。開けてみて」

「お~、ありがとう」

男はそう言って、がさごそと中身を取り出して、

「あっコート。欲しかったんだこうゆうの」

と言いながら、さっそく着てみると、

「けっこう似合ってるんじゃない」

彼女は、ほっとした様子で男を見つめる。

「オレからはこれしかないんだけど・・・」

と恥ずかしそうにプレゼントを渡す。

「ありがとう。なに?あ~口紅。うれしいわ」

「そんなのしか買えなくてさ。真っ赤な口紅ってほんとありがちで悪いけど」

「いいの。そんなことは」

彼女がそう言ってくれて男は胸をなでおろした。

「誰かが言ってたんだけど・・・。口紅って赤が似あうかどうかわからないのに、たいがいの男は決まって真っ赤な口紅をプレゼントするって」

「確かにそうね。普段は真っ赤な口紅はそう使わないわ」

「やっぱりそうか、失敗した。まあ、気持ちだからってオレが言うことじゃないけど」

「それは大事ね」

男は、また胸をなでおろす。

「もしかして、いろんな男から真っ赤な口紅もらってたくさん持ってる?」

「ご想像にお任せします」

彼女は、意味ありげに笑いながらごまかしてくれる。

「男の幻想なのかな?大人の女には真っ赤な口紅をとゆうのは」

「たぶんそうね」

彼女は笑いながら言った。

「でもさ、オレは普段はナチュラルメイクでいて欲しいんだ女性には」

「すごい矛盾してるじゃない」

「そうなんだけど、きめる時には真っ赤な口紅でと思ってしまう」

「求めるものが多すぎるわよ」

彼女は、なかば呆れ顔で言う。そして、

「今度、そのコート着て一緒し散歩してね」

「ああ、もちろん。落ち着いた男と女って感じになると願いたい」

「なるわよ。きっと」

「いやあ、オレはもう老いぼれた男だけど」

「まあ、そう言わずに」

彼女は気遣ってくれ、

「ケーキ食べてよ」

とケーキを取り出す。男は、

「実は女性と一緒にクリスマスイブを過ごすのは初めてだからうれしいよ」

「そんなにもてない様には見えないけど・・・。ナイフある?」

「ああ、包丁なら」

と言って、キッチンで包丁をとり洗っていると、

「ほんといろんな物、ふだん使ってないのね」

と笑う。男は、次は皿を洗い出す。

「皿ぐらい使いなさいよ」

「いつも一人だから、一枚しか使わないんだ」

と不精な性格をさらけ出すと、

「あっフォークも洗わないと」

彼女は、すっかり呆れて、また笑い出す。

「どんな生活してんのよ。いったい」

「老いぼれ男の、なれの果て」

男は、笑いながら開き直って言う。そして、洗ったものを拭いてテーブルに置こうとする。性格にはこたつだが起き場所がないので乱雑においてある、いろんなものをコタツから適当におろすと、

「ふつう、片付けておかない?」

と、つっこまれる。

「これでも片付けてあるし、ペン立てにメモ帳にいろいろ整理はしてある。全部、床に置いちまえばそれでいい。狭いからしょうがないさ」

「そうゆう問題かしら?」

また、つっこまれる。

「う~ん。姑?」

「誰がよ?」

「あ~私です」

おとこは、慌てて訳のわからないことを言う。

「ケーキ、冷めないうちに食べよ!」

「暖かいケーキでも持ってきたと思ってんの?」

(やっぱ姑だ)男は、思ったが口にしようものなら・・・。

「いちいちうるさいとこも、起こった顔もなかなか可愛い」

部屋に微妙な空気が流れ、男は静かにケーキを切って皿にのせた。彼女は、まだ不機嫌そうにしている。

「まず、シャンパンで乾杯し直そうか」

「そうね」

「昔、オレの甥っ子が小さい頃、言ってたんだけど・・・。乾杯のこと、ぱんか~いって」

「ふふっ。くだらないけど子供は憎めないわね。ぱんかいしましょ」

ふたりは、乾杯すると少し砕けた雰囲気になる。

「シャンパンもおいしいし、ケーキもおいしそうだ」




 

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