第1話 潜入失敗
細々と連載する予定です。
日本から飛び立った最後の『移民宇宙船ニ‐八〇〇』に関わるな。そんな噂が各船団の間に流れていたのは、いつの頃だったろうか。噂自体も時の流れとともに、銀河の中に消えて行った。
「こちらタナカ。無事に潜入完了」
通信機に小声でささやく。了承の旨が伝えられる。ジュン・タナカは『移民宇宙船U-120』の軍人である。今回の任務は『移民宇宙船ニ‐八〇〇』への潜入であり、所定の場所で合流することであった。
どんな任務なのか詳細は知らされていないが、そのことに何の疑問もない。任務はただ任務なのだから。
この移民宇宙船では夜の時間なのだろう。夜空に月に星。なんて古典的な映像を上部に映し出しているのだろうか。
(・・・建物も随分と古典的だな)
ジュンにとって木造の建物がひしめいている光景など、初めて見るものであった。
故に、まさか木造の屋根が古くなり、穴が開きやすくなっていることなど思いにもよらなかったのである。
「わ・・・!!」
ドス。なんとか受け身は取れたが、とある木造の建物の中に落ちてしまった。
(しまった・・・)
屋根が抜けてしまっている。人が来る前に何とか脱出しなくては・・・。
周囲を見回していると背後から声がかかった。
『ほう、珍しい客だな』
とっさに銃を構えて背後に向き直る・・・誰も居ない?
『それも・・・珍しいな。お前、ちょうど良いな』
パァ―――――――――――――――――――――――
月明かりに反射していた鏡が輝く。光が一直線に向かってくる。体に何かが衝突したと思った。
・・・そして、ジュンは意識を失った。
(・・・明るい)
光が差し込んでいるのが分かる。自分の部屋ではないのか。いったい、どこで寝たんだ。やけに布団の質も良い。もっと寝たいと思ったのは初めてだった。
『起きたか』
自分の口が勝手に動いた。ジュンは驚いて体を起こす。そうだ、自分は任務中に・・・。
『起きたな。説明してやるから大人しくしろよ』
また、勝手に口が動いた。なんだ、この状況は。
『お前の体は俺が乗っ取った。なんてな。おい、鈴。来てくれ』
口が誰かを呼ぶ。
廊下から足音が聞こえ、身構える。
「ウカ様。お呼びでしょうか」
『体が起きた。飯にしてくれ』
「はい。失礼します」
紙で出来た扉が開くと、見慣れない服を着た少女が居た。
『障子と巫女服だな』
「はい?」
『体に説明してやったのさ』
「左様でございますか」
「ま、待て、なぜ口が勝手に話す。ここは何処だ。俺は・・・」
『黙ってろ。説明してやるから。まずは飯だ。鈴。用意してくれ。腹減った』
「かしこまりました」
少女は障子を閉めて去って行った。
『食事ができるまで少し説明してやろう。俺は宇迦之御魂神。この神社の祭神だ。気軽にウカ様と呼べ。で、さっきの女は鈴。この神社の巫女だな』
祭神、巫女・・・聞いたことのない言葉なのに意味が分かる。
『あー。いちいちお前の知らない言葉を説明するのも面倒だからな。俺がお前の体を使っているだろう。それで、直接俺の知識をお前に分けたんだ。で、またその逆もしかりだ。ジュン』
「俺の知識も・・・お前に」
『そうだ。で、結論だけ言っておくと、お仲間は全員捕縛されたからな』
「!!」
『昨日の事はどこまで覚えている?』
「・・・鏡が光ったところまで」
『そうか。じゃあ、その後の話をしてやるよ。大人しく聞くんだな』
俺が気絶した(憑依されたために意識が飛んだ)後の事情は、こうだった。屋根の抜ける音に起きた先ほどの女に対し、コイツが事情を説明。俺の知識の中にあった各員の潜入場所を知らせ、全員捕縛となったらしい。
『そう落ち込むな。元々、当てものが得意な連中が警戒してたんだ。それにしても、こんな憑依体質のヤツが俺の前に降ってくるとはな』
「・・・憑依体質」
「ウカ様。朝餉の支度が整いました」
『ほら行くぞ』
体が勝手に立ち上がる・・・口だけでなく体までコイツの自由になるのかと絶望した気分だった。