軽くて重い話
−−ある夏のとても暑い日に僕は『僕』に出遭った。
*
公園のちょうど木陰になっている場所にあったベンチの右側に僕。左側には『僕』が座った。『僕』の容姿は僕と違って幼い。だいたい小学校の低学年だった頃の背丈か。
「さいきん、ちょうしはどーよー?」
「まぁ、ぼちぼち」
軽く『僕』が尋ねてきたので、僕も程々に軽く答えておく。
「およめさんとは、うまくいってるー?」
「子供達に、いつまで新婚気分でいるつもりなんだと言われる程度には」
「……そ、そっか」
「そう」
しばらくミーンミンと蝉の鳴き声だけが響き渡る。
『僕』は若干引いていた。こういう話題は、お子様にはきつかったかもしれない。でも振ってきたのはあっちだ。僕は悪くない。あと仲が良いのは良い事です。
あちらばかり質問させるのも悪いので、僕は『僕』に聞いてみる事にした。少しばかり重いけれども。
「うちの子供達の成人を見届ける事は出来ると思う?」
ちなみにうちの子は十七歳で双子なので、成人式は三年後だ。
「まぁ、ギリギリー」
そうか、ギリギリなのかぁ……。
「じゃあ、孫の顔は見られるかな?」
そう聞いた僕に、『僕』はしばし黙り込んだ。かなり意地の悪い質問だったかもしれない。ちなみにうちの子達、恋愛とは程遠い。
少しの間まごついていたが『僕』は答えた。苦い物を口にしたような顔で。
「それはムリぽ」
でもその分、言葉は軽かった。
「無理かぁ……」
「どう考えてもアウトです」
「アウトかぁ……」
チラチラと『僕』を見る僕。すると『僕』はしょうがないなぁと言わんばかりに魔法の言葉を発した。
「しますかー、『悪魔の契約』ー」
「オッケー」
「そくとうとか早すぎ!」
『僕』は自分から取引を持ちかけたくせに、僕に「せめて内容を聞いてからしょーだくしようよ!」と愚痴った。
でも−−
「−−でもその狂気染みた執着心は嫌いじゃないです」
ニヤリと口端を吊り上げる『僕』。
「じゃあ成立という事で」
「せーりつということでー」
まいどありーと笑う『僕』の瞳に映る僕もニヤリと笑っていた。
「ちなみにデメリットは?」
「あ、それ今さら? 今さら聞いちゃうんだ?」
「まあ一応、聞いておかないと」
クーリングオフは出来なさそうだし。
「デメリットは−−−−−−−−−だよ」
何だ、その位なら安いものだ。逆に『僕』が僕に取引を持ちかけるメリットが見当たらない。
そう問うと、
「ぼくのしあわせが『ぼく』のしあわせなのでー」
と、返ってきた。
これの何処が悪魔の契約なのだろう? と思いもしたが、『僕』がそうだと納得しているのだから、そう言う事にしておこう。
「んじゃ、よきじんせいをー」
*
気が付いたら僕は、木陰のベンチに一人で座っていた。『僕』がいた場所にはもう何も無かった。