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枷の無い重みの代償。  作者:
chapter1 破滅の灯火
5/6

episode 4 ―レイドグ魔物店―

 人っ子一人通らない、夜の街道。

 街灯の灯りがあるとはいえ、視界を埋め尽くすは闇。ただひたすらに真っ暗闇なのである。

 しかしそれでも陰星からの光もある事から、多少は明るいといえる。もし仮に天候が悪く、陰星が雲に隠れていたと考えると……。考えただけでもぞっとする。それは既に暗闇ではない何か、まさしく深淵のようなものだ。

 そんな陰星から地表へ降り注がれる僅かな光。

 それはとある一軒のみすぼらしい建物を照らし出した。

「着いたぞ、素材屋だ」

 父はそう口にすると、その今にも崩れてしまいそうな程に古めかしい建物の前に馬車を停めた。

「え? ここ?」

 思わぬ不意打ちに素っ頓狂な声を上げてしまう。

 何しろ討伐しただけで18000Gも貰えてしまう魔物の素材を卸す場所が、こんなにも古い家だとは思わなかったのだ。それにどうにもおかしい。素材屋と知られているにも関わらず、人の気配はおろか、看板すらないのだ。普通、店であれば看板の一つや二つを出している筈なのだが……。

「驚いたか? そりゃ無理もない。でもな、目的はこの建物じゃない。……もっと下の話だよ」

 父はヴェルバを肩に担ぎながら、地面を指差した。

 下……? もしかして地下? 素材屋は地下に存在するのか?

 いや、それも行けば分かる事。

 ここは黙って、父について行く事に決めた。



●-●● --- ●●● ●-●● ●● ●●●- -●--●



 恐る恐る家の中に入ると、やはり予想通り、といった様相である。

 埃臭く、荒れ果て、とても何かを取引するような場所ではないのは確かだった。

 人が住んでいたような形跡すら見当たらず、家という形をとっているだけ、という印象を受けた。何しろ、装飾品から調度品、家具や“マター照明”すら存在しないのは明らかにおかしい。家具はともかくマター照明は生活の必需品であり、ことフェルフオルムに於いては最重要の代物だ。

 つまりこの家は、家としては殆ど機能していないのだ。

 そう、只の“家”としては、だ。

「こっちだ、サリナ」

 父に言われるがまま、背を追いかける。

 一歩一歩歩くたびに床が軋む音が木霊し、家の中は不気味な雰囲気に包まれる。

 外の夜風が遮断されているはずの室内である筈なのに、何故かここにいる時の方が寒く感じる。言わずもがな、恐怖によるものだ。

 ここまで暗く、ここまで寒く、ここまで静寂がこの場を支配していると、やはり何か、霊的な何かを感じざるを得ない。

 私は父にピタリとくっ付き、目を瞑りながら歩んでいた。


 ……どのくらい進んだだろうか。

 あまりの恐怖に極限まで鋭敏になった感覚は、私の思考を大きく引き伸ばした。

 故に無限にも感じられる長い回廊を歩かされたように感じたのだが、ふと振り返って目を開けてみると、まだ入口から10歩進んだか進んでいないかの距離だった。

 果てしない絶望感に苛まれつつ再び前方に意識を向けると、ふと足元の床の様子が違う事に気付いた。

 この家の床は、埃まみれである事を除けばあくまでも普通の床。しかしそこだけは違った。規則的に張られた木の板の床の中にただ一つ、色の違う大きな一枚板が張られた床。そこの場所だけかなり浮いた印象を受ける。

「着いたぞ、ここが本当の素材屋だ」

 父はそう言って、その浮いた床の部分に屈む。

 そして、端の方に僅かに空いている穴に手を突っ込み、一気に引き上げた。

 すると大きく埃を舞い上げつつ、その板はいとも簡単に外れたのだ。

 そして現れたのは……。

「階……段……?」

 恐らくここより下の地下に続くと思われる、隠し階段がその姿を現したのだ。

 突如出現した階段に驚愕を隠せないでいる――と同時に、その階段の先の曲がり角から僅かに漏れ出る明かりを発見する。しかしどうにも不思議な明かりで、私が普段から慣れ親しんできたマター照明の色――暖炉の火――とは全く異質なものだった。

 普通、マター照明から発せられる明かりは炎熱属のマターを利用しているため、それに帰属する“火”の色、即ち赤系統の色となるわけなのだが、階段の先に見える明かりは何故か“青色”をしている。赤以外の色彩のマター照明なんて見たことないし、聞いたこともない。

 つまりあの曲がり角の先には、未知のマター照明、またはそれに類する何かがあるのだ。

 恐怖心の中に、少しだけ高揚感が芽生えたような気がした。

 いや、好奇心が正しいのだろうか?

 どちらにせよ、私は父の背を追い階段を降りる事にした。


 階段を降り曲がり角を曲がる。

 そして“それ”が眼前に映り込むや否や、私を息を呑む事を余儀なくされた。

 “それ”は縦長のアーチ形状の門だった。ただ一つだけ普通の門と違う点を挙げるとすれば、その門の先が鮮やかな青色をした渦であった事だろう。

 じっと見ているだけで意識ごと身体が吸い込まれそうになるその不思議な渦。

 私はそれを知っている。過去、父が得意気に話をしていたのを思い出した。確かその名は……。

「“空間魔法転移門”だ。確か見るのは初めてだよな?」

 父が振り返りつつ言った。

 空間魔法転移門。名称を思い出したのを契機に、かつて父が話してくれた内容も記憶の隅から引っ張り出された。それはとある地点と、それとはまた別のとある地点。この二つの地点を結び、一瞬で行き来する事ができる魔法の門。マターの消費を必要としない、全く新たな魔法技術によるものだ。

 しかしこれは一般に流通しておらず、一部の上流貴族や王族のみが使用しているという話であった。何故こんな片田舎の、しかも使われても居ない古い一軒家にあるのか、それがどうにも不思議だったのだが……。

「よぉーっし、行くぞ。転移酔いに気をつけろな?」

 私が少しだけ真面目になって考察しているというのにも関わらず、父はさっさと進んでしまう。私は急いで父を追う。流石にこの暗闇に一人残されるのは勘弁して頂きたい。


 父は転移門の渦に片手を伸ばし、手の平で触れて見せた。

 その刹那、父の姿の輪郭が大きく揺らぎ、渦に呑まれていく。

 最初は手の平、次に肘、やがて肩まで呑み込まれ、父の身体が全て見えなくなるまでそう時間は掛からなかった。私もそれに習い、片手を転移門に近付ける。

 先程の父の様子を見ていて、恐怖心を覚えなかったといったら嘘になる。何せ、人の身体が未知の渦に呑まれて消えるなんていう光景を始めて目の当たりにしたのだから。

 一体渦に呑まれるとどうなるのか。

 もしくはどのような感覚なのか。

 それらは私を怖気づかせるには十分ではあった。だが、それよりもほんの少しだけ、好奇心が上回ったようだ。私はおっかなびっくりになりながらも、転移門へと手を触れる。

 ――手を触れた瞬間、強烈な違和感が襲う。

 渦の中心へ向かって、腕が突き抜ける感覚。若しくは何か強大な力で引っ張られるような感覚。そのどちらともつかぬ、認識を超えた超常的な力が働いたように感じられた。

 そしてそれとほぼ同時に、全身が大きく歪みだす。

 私は抵抗の一つも許されぬまま、その渦へと呑み込まれてしまった。



--●-- ●●●- -●●- ●--- ●-●● --● -●-●



 気が付くと目の前に父が居た。

 どうやら転移は成功したようだ。父の顔を確認できた事の安心感が、私の中に満たされる。

 ……しかしそれと時を同じくして、強烈な倦怠感、及び吐き気が身体の底から湧き上がってきた。恐らく、転移前に父が言っていた“転移酔い”というやつだろうか。私は思わずその場に膝から崩れ落ち、必死の形相で両手で口を塞ぐ。だが、先行していた吐き気の後を押すように、馬車酔いに近い感覚が一歩遅れてやってきてしまう。

 その後懸命に堪えるも、健闘虚しく私は吐く――――事は無かった。胃液がかなり上がってきたが、気合で押し戻す事に成功した。

 少しだけ休み、何とか立て直した私は父の方を見上げる。

「ハッハッハ! 初めてにしちゃよく耐えたな! ハッハッハ!」

 娘が死にかけているというのに、なんと呑気な父親であろうか。

 腰に両手を当て、高らかに大笑いしている。

 そんな父の後ろから、聞き覚えの無い年季の入った渋い声が唐突に飛んできた。

「おうおう小僧。自分の事を棚に上げて何言っとるんじゃ。小僧の初転移は店中に撒き散らして大騒ぎだったじゃろうが」

 そう言いつつ、父の後ろから姿を現す声の主。

 その人は、人間ではなかった。異様に小さい背丈、見るからに頑強な肉体、長く時を重ねたであろう立派に蓄えた顎鬚。

 その姿は、噂に聞く“亜人”。しかも“絶滅種”と言われている、“ドワーフ”であった。

「ふむ、嬢ちゃんは吐かんかったの? 掃除の準備をしとったんだがのう。なかなかに見どころがあるわい」

 そのドワーフの男性は、腕を組みながらそう言った。

「レイドグ、それだと俺が見どころが無かったような意味になるんだが?」

「すまんの、最初ハナからそんなもんはないわい」

「手厳しいねぇ……」

 父は肩を竦めつつ、ぼやくように呟いた。

 それにしても、父が小僧呼ばわりとは。ドワーフは極めて長命だという話を何かの本で読んだ記憶がある。私と父の間に親子程の差があるように、もしかしたらこのドワーフの男性――レイドグ――と父の間にも親子程、もしくはそれ以上の差があるのかもしれない。

 仮にそうであったとしたら、レイドグからして私はどんな感じなんだろう。……孫? もしかして曾孫?

 そんな事に思考を傾けていると、レイドグは膝を突いた体制のままの私に話しかけてきた。

「小僧の娘っ子じゃの? 大体は小僧から聞いてる。ワシは“レイドグ・カルンツェルモ”、このレイドグ魔物店の店主じゃ」

 レイドグは腕を組み、軽く自己紹介をした。

 レイドグ魔物店、ここが私にとって、まさに分岐点となる場所だった。

マター照明=正式名称、“炎熱マター半自動発現魔法具”。発火性の伴わない強い熱と共に、明かりを生み出す生活の必需品。炎熱属のマターを動力部に供給することで光を放つ。炎熱属形状は様々で、暖炉の形であったり天井に吊るすものもある。専用の魔法具である“供給機”を使えば、炎熱属のマターの使い手でなくても、マターを供給することが出来る。


空間魔法転移門=マター由来ではない新魔法技術“空間跳躍”によって創られた門。指定した地点と、また別に指定した地点を、目に見えぬ“魔導線”で繋ぐことによって、その間を高速で転移することが可能。また、一ヵ所の門に対し複数の門を繋ぐことも可能である。


亜人=人間とは別の括りの、人間に近い者達の総称。様々な種類が存在するがその中の一部の種を除き、差別、迫害、奴隷化などの、非人道的扱いを受けている。これには諸説あるが、ゴブリンやオークなどの知性の乏しい“劣悪亜人”と同一視してしまっていることが要因ではないかと言われている。


絶滅種=亜人や劣悪亜人の中で、絶滅が確認されている、若しくは確認できない程に数を減らした種を指す。亜人の中ではドワーフやドライアドが挙げられ、劣悪亜人では巨人やオーガなどがいる。

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