本当は怖い義経様
おれ、侍っす。いちおー侍っす。と、言っても、三男坊でウチは兄貴が継ぐので、おれはしたっぱの兵隊っす。
頼朝様が、逃げた義経様を、追いかけて殺せって命令するんで、東北の山ん中、汗水垂らして行軍中っす。苦しいっす、切ないっす。
「なんで、私らが兄弟喧嘩に巻き込まれて、こんなとこまで出張しなきゃあ、いけないのやら」
昔の幼馴染み、今では立派な女武者も、愚痴愚痴いいながら行軍してるっす。
女武者って、メッチャ強いんすよ。男社会の中で実力が認められてる、とかじゃなくて、シャレにならん強者っす。
旦那の代わりに戦場に出たっていう平家の女武者なんて、戦場で敵の頭をヘッドロックで兜ごと首をネジ切ったっすよ。素手で。
しかも、そのときは妊娠中で、本当の力の半分も出して無かった、とか言うんで、マジ勝てる気がしないっす。
この幼馴染みも、メッチャ強くて、昔から一度も勝てたことないっす。しかも、実家で陰陽道もかじってるんで、へたすりゃひとりで戦ができるっす。まじぱねぇ。
そんなのと昔からいっしょってことで、おれが一の子分、ということになってるっす。おれもそこそこ武芸には自信あるんすけど、隣と比べられて、いつもヘタレ扱いっす。切ないっす。
「私、心情的には、義経様に同情してんだけどねー」
「ちょっとー?ここでそんなこと声にだしちゃだめーっ」
「だって、ヘタレ無能の兄貴が、できる弟に嫉妬してるだけでしょ」
「たとえ事実がどうあれ、おれらは命令に従う働きアリっす。長いものには巻かれるっす」
「あんたは、昔からそんなんねー」
「おれらがここで問題起こして、実家がわやになるのは困るっす、兄貴の奥さんの実家にも迷惑かかるっす。姉御も御本家にゃー逆らえんでしょ」
「う……、それはそうだけどさー」
「所詮、おれらは頼朝様の便所紙っす」
「私はそこまで言ってない」
「便所紙として使い捨てられないように、なんとか生き延びるっす」
「なんでこー、男として手柄を立てて、一旗上げようとか、歴史に名を残そうとか、そういう発想ができないわけ?」
「幼い頃から、歴史に名を残すのはこーゆー規格外かーというのを、さんざん見せつけられたからじゃ、ないっすかね」
「なにそれ、私のこと?」
「感謝してるっす。おかげで己の器を知ったっすよ。身の程をわきまえるというのは、大事っす」
「卑屈ねー。一度きりの人生、思いっきりなんかやろうって気はないの?」
「思いっきり全開で才能を発揮して頑張った義経様が、今、頼朝様に追われてるっす」
「あー……」
「なんでここまで兄弟仲が拗れたかは、知らないっす。でも、おれは兄貴達とは、ことを構えたくは無いっすよ」
「おまえら、余裕あるなぁ……」
山の中の小さな村に着いたっす。なんか隊長が誉めてくれたっす。
「昔っから姉御に振り回されてたんで、身体は鍛えられてるっす」
呼び出した式がどんだけ強いか試したい、とかいう理由で小鬼と戦わされたりしてたっすよ。子供がカブトムシとクワガタ捕まえて、どっちが強いか勝負だーっていう、ノリで。
「今日はこの村で、一晩過ごす。しっかり休んどけ」
隊長の号令で皆が座り込むっす。やっぱ鎧来たまま山の中進むのは、疲れるっす。
でも、山の中で野宿にならなくて、助かったっす。村の人が怯えて引っ込んでるけど、侍の集団がいきなり来たから、仕方ないっすね。
「それにしても、なんすかね?この匂い」
「ん?なんか匂う?」
「なんつーか、獣臭いよーな、ちょい腐りかけっつーか、そんな匂いっす。匂わないっすか?」
姉御が腕を組んで、考え込むっす。
「あんた、ヘタレの臆病者だけあって、命の危機には敏感だからね……この村になにかあるのかも、ちょっと隊長と話してくる」
隊長の指示で、村の中央の広場で野宿っす。村の人達が屋根のあるところを勧めてくれたけど、いきなり来て迷惑かけるのはよくないので、皆が広場で横になるっす。交代で見張りもするっす。
真夜中に村の人達が襲ってきたっすよ。
「ほらきたーっ」
なんで姉御、楽しそうなんすか?
「全員起きろ!迎え討て!」
なんで姉御が命令してるんすか?
奇襲も前もって警戒してれば、なんとかなるっす。子供も年よりも血走った目で、鎌とか鍬で襲ってくるのが、なんか奇妙だけど。
相手農民、こっち侍の集まり。あっさり撃退したっす。ただ、村の人達がひとりも逃げないで、狂ったように襲ってくるので怖かったっす。
姉御が死んだ村の子供の口を手でこじ開けて、その口の中に手を突っ込んだっす。
「姉御、何してるんすか?」
「ほら、これ」
姉御が手を引くと、子供の口からずるずるずるっと何か出てきたっす。何か文字の書かれた紙の束に、木でできた小さな人形。
「この村人達は、呪詛をかけられてる。この村ひとつが追っ手を潰すための罠だったんだ。どうやら、義経様の配下には、外法を使う術師がいるね」
そういうの勘弁してほしいっす。村の人達がかわいそうっすよ。
「さすが姉御!」
「俺達の姫将軍!」
「姉御についていくぜ!」
「なんか負ける気がしねぇ!」
「姉御万歳!」
姉御が隊長と皆に説明してたので、被害少なく返り討ちできて、皆が姉御を褒め称えるっす。
「わし、隊長なんだけど……」
隊長の肩をたたいて、首を振るっす。姉御がいたら、たいていこうなるんすよ。
そのあとも、追っ手を撒くため、かたずけるため、いろいろ仕掛けられてたっす。おれらの隊には姉御がいるからなんとかなってるけど、陰陽やら外法やらの知識の無い他の部隊は、かなりヤバイことになってるのでは。
そのあとも、なんじゃかんじゃ有りつつ、おれらの隊からも、死人が出たりするような危機もあったっす。隊長、部下を守って死ぬなんて、影が薄いとか思って悪かったっす。あんた立派な隊長だったっすよ。
で、ついに義経様一行に追いついたっす。
「おのれ、兄上……、そんなにこの義経が憎いのか!」
いやー、いい男っすね。顔だけで同性から怨みを買う男っぷりっすね。
あのでっかいのが噂の弁慶っすかね。隣のすっげぇ美人は誰なんすかね。
これで、できれば義経様生け捕りにして、持って帰ればお仕事終わりっす。無駄な抵抗しないで降参してほしいっす。
でも、義経様は投降する気は無さそうっすねー。義経様の背中に、黒い炎が見えるような気がするっすよ。すげぇ怒ってるっす。
「兄上、この義経、簡単にはやられはしませんぞ。我が怨み、我が怒りを知るがいい!」
こう叫んだ義経様は、両手をパンと打ち合わせて、その手で印を組んで、バッバッバッと空中に指で何か描いてるっす。あれ?もしかして、外法使いは義経様、御本人?
義経様の目前の空間に、黄色の印が描かれてるっす。
「え?あの印ってまさか……」
姉御、あれがなにか知ってるんすか?そのとき見た姉御の顔が、ビビっていたっす。姉御が怯えるとこ、初めて見たっすよ。
義経様が呪詛を唱えはじめたっす。
いあ!いあ!はすたあ!
くふあやく、ぶるぐとむ
ぶるぐらとん、ぶるぐとむ
あい!あい!はすたあ!
「もきょーーーーーーーー!!」
姉御が聞いたことない悲鳴を上げるっす。
「全員撤退!ここから逃げろーっ!」
隊長がいなくなって、姉御が隊長代理になってるっす。その姉御が回れ右して、全力で走り出したっす。おれらも慌てて、槍を捨てて走ったっす。
「振り向くなよっ!振り向かずに走れっ!一歩でもここから離れるんだっ!」
姉御がここまで怯えるなんて。無敵の姉御でも、怖くて悲鳴あげたりするんすね。ちょっとかわいい。
「姉御ー、この笛の音みたいなのは、なんなんすか?」
「聞くなー!」
「あと、後ろからすげー風がふいてきてるっすよ、だんだん強くなってるっすよ」
「かまわず走れー!」
「おかしいっすね?風は後ろからふいてきてるのに、からだが後ろに引っ張られるような」
「振り向くなよ!ぜったい、振り向くなよ!」
姉御は外法対策に作ってた札を、あたりに撒き散らして走る。みんな走る。
俺の勘が告げるっす。あれヤバイ、まじヤバイ。シャレにならない絶望的な、なんてゆーか、深淵?暗黒?邪悪?荒御霊?なんて表現したらいいか解んない、名状しがたい何かっす。
走る走る走る。風に捕まったか、恐怖と興味に負けて振り向いた仲間が、人とは思えないような叫び声を上げているっす。
姉御が走りながら鎧を外して捨ててるので、真似して俺も鎧を外すっす。もちろん足は止めずに。
「みんな、鎧を捨てるっす。少しでも軽くするっすよ」
後ろから笛の音と風の音と兄上ーと叫ぶ声が聞こえてくるっす。まるで地獄から響くように聞こえるっす。これは、侍の面子とか体面とか、そんな次元の話じゃないっすねー。
「ちっくしょー!頼む、効いてくれっ!」
姉御が懐から出したものを、振り向きながら投げつける。そのために鎧、脱いでたんすか?とゆーか、振り向くなって言った人が、後ろを見ちゃったよ。
姉御が膝から崩折れるのを、倒れる前に肩に担ぐ。後方から、バキンバリバリとか、割れるような雷のような音がしたけど、振り向かないで走るっす。なにが起きてるかなんて、知らないっす。たぶん、普通の人が知ったらいけないようなことなんすよ。
体力の限界まで、姉御を担いで走ったっす。風がやんでいるのを感じて、辺りを見回したら、部隊の仲間は誰もいなかったっす。まだ、耳の奥に笛の音が残っているような気がするっす。
「姉御、無事ですか?」
肩から降ろした姉御を見ると、虚ろな目をしているっす。頬をペチペチ叩いても、反応が無いっすよ。何かブツブツ呟いているので耳を近づけてみると、
「……星が……ふたつの星が…………燃えるような、星が…………」
うん、かなり、ダメな感じっすねー
なんとか、人の住んでる村まで、姉御をおぶってたどり着いたっす。村の老夫婦に頼んで、姉御を住まわせてもらったっす。老夫婦の畑仕事を手伝い、村の狩人の手伝いをして、村に住まわせてもらったっす。姉御は寝たきりで、話しかけてもまともに返事もできなかったっす。
それでも、一ヶ月もすると回復して、もとに戻ったんですがね。
「『やっちゃん、怖くて眠れないよ』て、言いながら、おれの布団に潜りこんで、しがみついてきた姉御は、かわいかったっすねー」
「忘れろー!」
おれらのいた部隊は、全滅したことになってるみたいで、さて、どうしたものか。
このまま帰ってもいいんだけど、
「姉御、どーします?」
「どーしよっか、戻ったらなに言われるのかな」
「いやいや、今回はおれらじゃどーにもならないっす。おれらの責任じゃないっす」
「たしかにねー、でもこれで本家に戻ったら、まーた武者辞めて見合いしろとか、うるさいんだろーなー。武者でなにか手柄を上げて、役職について黙らせる予定だったのに」
「だったら、慌てて帰ることも無いっすね。なんか次のこと決めるまでは、しばらくこの村で養生させてもらうっすよ。それに、戻ってまた義経様を追いかけろとか命令されたく無いっす」
義経様御一行は、まだ捕まってない。追跡隊はことごとく返り討ちにあってるらしい。あれは人がどうにかできることの範囲を越えてるっす。
「そうねー。お前が意外と頼りになることも解ったし」
「なんのことっすか?」
「なーんでーもなーい」
この姉御が、いつまでもおとなしく村にいるわけもなし。そのうちまたなにかやるに決まってるっす。義経様がどこであの外法を見つけたのか、とか言い出すに違いないっすよ。そのときのために、食べるもの食べて体力つけとくっす。
今日は猪でも、狩りにいってくるっす。
終