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ルルドの風  作者: kikuna
6/11

6、西日が当たる部屋で

 岡田健太郎の出現は、思いがけず私が忘れていた物を色々と取り戻させている。

 例えば、この胸の高鳴りだ。

 浩介を失い、私は抜け殻になってしまっていた。

 人並みに喜怒哀楽はある。がしかし、それはどれもこれも、薄っぺらいベールの上にだけ存在していて、すぐに剥がれ落ちてしまうものだった。

 西日が差し込む窓に背を向け、私は一人まどろむ。

 部屋には、浩介と選んだ家具が並べれている。

 どうしても嫌いになれなかった。

 あんな仕打ちをされたのに、未練がましい女だと自分でも思う。だけどこうでもしないと、生きて来られなかったのも事実。


 部屋のチャイムが鳴らされ、私はふと時計を見る。

 

 人が訪ねてくることがない部屋。

 宅配業者が来る予定もない。

 居留守を使うかと思いつつ、のぞき窓に目を押し当てる。

 花束を持った花屋の店員らしき女性が立っているのが見え、恐る恐るドアを開ける。

 彼女は、岡田健太郎からの贈り物だと告げ、花束を私に手渡す。


 どういうことなのだろうか?

 気味が悪くなって、私は厳重にドアに鍵を掛ける。

 その花束には、メッセージカードが添えられていた。

 

 お誕生日おめでとう。

 そう記されたカードを見て、私は顔をしかめる。

 岡田健太郎なる人物が何者なのか、確かめるべく相手、麻衣子夫妻は旦那の仕事の都合で、遥か遠い国へと旅立っていた。


 ――特別何かをされた訳でもない。


 そう自分に言い聞かせ、私はそのままこの事実に目を叛ける。


 それからというもの、岡田は偶然を装い私の目の前に姿を見せるようになっていた。

 目的は一つ。

 俺と付き合って下さい。だった。

 そのしつっこさに警察を呼ぶまで話が発展していき、岡田はそれでも引き下がらず、一度だけデートしてくれたら諦めると言い張った。

 

 ――行くべきではない。


 ニュースで流れる自分の姿を想像しなかったわけではないが、私は彼との約束を果たすために身支度を整える。

 後ろで、小さく音を立て、浩介との幸せだった時間を写した写真が倒れる。

 ずっとその存在に気が付かないふりをし続けていた。

 しばらく、目を閉じるのが恐かった。

 あの日の光景が目から離れずにいたから。

 思い出したくないものほど、どうしてこう色鮮やかに残ってしまうのだろう。

 両親は戻って来いと、再三私に電話を寄こしていた。

 この部屋に住むことも、反対されたんだっけ。

 手に取り、埃を拭い取る。


 映画を観に行った帰りだった。

 その映画のロケを行われた街へ行ってみようと、二人で話した気がする。

 小春日和の午後。

 陽だまりが出来ている公園のベンチ。

 他愛もない会話。

 思い出したくはないのに、何かの拍子で顔を覗かせるそんな一コマ。

 こんなに鮮明に生きているのに……。


 何かを思い出しそうで思い出せず、私は岡田が運転する車の助手席に座った。


 なくすものなど何もない。

 有って無いような私の人生。壊れてしまうならそれでもいい。投げやりな気持ちがあったのは確かだった。とっくに諦めていたはずの思い。自分でも気が付かなかったけど、心のどこかで私は、浩介が戻って来るのを待っていた。それももう叶わない夢と知り、運転席にいる岡田を見る。

 胸の奥がチクチクと痛んだ。

 

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