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ルルドの風  作者: kikuna
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5、幻影の恋人

 華々しい会場。

 ウェディングドレスを着た麻衣子が、至福の笑みを私に向ける。


 結婚が決まり、私とのことを決着付けなければと思って、意を決して麻衣子は会いに来てくれた。どこまでが真実なのか、私には分からない。だけど一つだけ、浩介がもうこの世にいないのは、確かだ。

 しっかり刻まれた享年。私は、浩介にとって、いったいなんだったのだろう。そう思うと情けなくなる。結婚まで約束した間柄なのに、麻衣子が知っていて、私が知らなかった。滑稽じゃない。バカみたいに一人で泣きわめき、大事な友人を恨んでいたなんて。出来ればもう一度浩介に会って、横面を張り倒してやりたい。

 

 数回のお色直し。友人たちのスピーチ。

私と浩介にも同じように向けられていたはずの、数々の祝福の言葉。

 喉の奥が焼けるように痛む。

 居た堪れない思いでいる私は、ガチャガチャと煩く音を立てて食事をする、目の前の男性に、目をやる。

 ずっと、そこに居たのだろうか?

 無言で、目の前の料理を食べ続ける男性と目が合ってしまい、私は慌てて目を逸らす。

 「フォークとナイフって、どうも苦手なんだよな。すいません、箸をください」

 一瞬、私は目を疑った。

 ふと見せるしぐさや表情が、浩介と重なる。

 

 浩介もそうだった。

 あちこち海外旅行へ出かけているくせして、レストランではいつでも、箸を頼んでいた。ないと言われるとカバンに忍ばせてある、割り箸で食べだす始末だった。それがかわいらしくって、三つも年上の浩介を自然と私は、浩ちゃんと呼ぶようになっていた。

 

 箸を貰った男性は、屈託のない笑顔を私に向ける。

 「これ、いけますよ」

 魚料理を指さし、それを頬張る。

 

 キャンドルサービスにやって来た麻衣子に、私は祝福の言葉を手向ける。

 さっきまで、口いっぱいに料理を頬張っていた、男性の姿はなくなっていた。

 トイレでも行ったのだろうと、気にも留めていなかった私は、そのまま知人たちとの会話に夢中になり、それっきりそのことを忘れてしまう。


 久しぶりに、笑った気がする。

 お酒で火照った頬に手を当て、私は千鳥足で駅に向う。


 「あの」

 その声が、誰に向けられてのものなのか分からず、私はそのまま歩き続ける。

 「あのすいません」

 男性が私を追い越し、目の前に立ちはだかる。

 あの男性だった。

 「お名前、聞かせてもらっていいですか?」

 困惑する私に、彼は頭を掻き、唐突に、

 「こんなこと訊いてすいません。何か俺、あなたに一目ぼれしちゃったみたいなんです。ああちなみに俺は、岡田健太郎といいます。フリーのカメラマンしています」

 矢継ぎ早に言葉を連ねてきた。

 一瞬の間が出来てしまう。

 「ごめんなさい」

 足早に通り過ぎようとする私に、岡田は言葉を掛ける。

 「星を、星を見に行きませんか」

 心臓がドキドキしていた。

 電車に乗ってからもその鼓動は収まらず、忘れていた感情が私に蘇る。


 冬の坂道。少しのワインで顔が火照っていた。つないだ手のぬくもりがあたたかくて、ずっと離したくないと思ったあの日。

 涙が込み上げてきて、私は俯く。


 ……浩ちゃんに会いたい。

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