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ルルドの風  作者: kikuna
4/11

4、悴んでしまった心

 二人の間に沈黙が続く。


 何を話していいのか分からない。

 麻衣子の瞳は赤くなり、止めどなく流れる涙が頬を伝っていく。

 「ずっと謝りたかった」

 そう切り出す麻衣子の顔を、私はじっと見る。

 「千奈が傷付くのが分かっているのに、あんな嘘……」

 「嘘?」

 私の瞳がゆらゆらと揺れる。

 「千奈に、一緒に行って欲しい場所がある」

 そう言って麻衣子は伝票を持ち、出口へと向かった。

 二人は電車を乗り継ぎ、浩介の故郷である街へ足を踏み下ろす。

 麻衣子はあれから一言も口を開いていない。

困惑する私に、時折微笑む。それが寂しそうで、私は何も聞けなくなっていた。

 小さなお寺が見えて来て、麻衣子は一度足を止め、深呼吸を一つし、中へと入って行く。

 訳が分からないまま、私はその後ろを同じように歩く。


 雨粒が傘に当たる音が、やたら煩かった。

 麻衣子が途中で買った花を手向け、私を振り返る。

 戸部家と刻まれた墓標に、私は目を大きくしていた。

 「浩介さん、千奈を連れてきましたよ」

 「……どういうこと」

 「彼、5年前に亡くなったの」

 戸惑う私に、麻衣子は申し訳なさそうに口を開く。

 「私、彼に頼まれていたの。恋人のふりをしてくれって。でも、そんなの出来ないって何度も断ったけど、彼に泣いて頼まれて、どうしても断れなくなっちゃって」

 「……嘘?」

 「彼、悪性のリンパ腫に侵されれていたの。気が付いた時にはもう手遅れで、手の施しようがなかった」

 「だったらなぜ、私にそのことを知らせてくれなかったの」

 「何度も言おうと思ったわよ。だけど彼、全然希望を失くしていなくって、言うんですもの。ルルドの泉に行って病気治して、そしたらまた千奈子にプロポーズするんだって。だからそれまでは、内緒にしておいて欲しいって。ビッグサプライズにしたいからって」

 涙声で言う麻衣子の言葉が、雨音で打ち消されて行く。


 信じられるはずがない。全てが私の為というの?


 帰り道、麻衣子はずっと私の手を握ってくれていた。

 すっかり冷え切ってしまった手に、無情に雨粒が落ち、全てを悴ませる。

 「本当は、千奈にそばにいて欲しかったと思う」

 私の部屋に着いた麻衣子が、ホットコーヒーで手を温めながら言う。

 こんなに悲しいのに涙が出ないのは、私が冷たい人間だから。それとも5年の歳月が、浩介への思いを風化させてしまったからなのだろうか。

 驚きはしたが、私は麻衣子の話を淡々と聞いていた。

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