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ルルドの風  作者: kikuna
2/11

2、ひび割れた友情

 ポストに、一通の手紙が届く。

八重樫千奈子やえがしらちなこ様。のあて名書きに見覚えがある。何の気なしに裏返し、差出人の名前を見て、私は顔をしかめた。

 泣きたいような怒りたいような複雑な気分で、その手紙を見ずにベッドの上に放り出す。

 麻衣子とは、どのくらい会っていないのだろう。高校の時のクラスメイトだった麻衣子は、ソールメイトのような存在だった。べたべたするそこいらの女子と違っていて、お互いが束縛することなく、必要な時だけの付き合い、鑑賞しない。けど、不思議と心が通じ合えていた。それなのに……。

 私のことを一番理解していてくれいると思っていた。

 そう思っていたのは私だけだったなんて。あんなことを言うなんて、信じられなかった。


 開け放った窓から、冬の冷たい風が入り込み、私は空を見上げる。


 本来なら、私は浩介と……。


 心がざわめく。

 出来れば、このまま放っておいて欲しい。あの時のことを思い出したくないのに、突然鳴りだした携帯電話に、胸が締め付けられる。


 麻衣子……。


 鳴り続ける携帯に耳を塞ぎ、私は部屋の隅に丸まる。


 浩介とダメになってから、もう5年の歳月が経っている。それなのに、私は浩介と住もうと探した部屋で一人、こんなことをしている。

 留守録に入れられた、麻衣子の声は懐かしかった。


 「お願い。一度、会って欲しいの」


 今更、会ってどうするの?

 心が叫ぶ。

 麻衣子の留守録は、毎日のように入れられている。

 やっと取り戻した私の平和は、また麻衣子に壊されつつある。

 一度も目を通さずに、ゴミ箱へ捨てられた麻衣子からの、結婚式の招待状。自分の幸せを見せつけようとする、非道な女。

 もうすべて忘れたいのに……。


 「千奈」

 昼下がりのオフィス街。

 麻衣子の声が響き、私はその場で息を飲む。

 「誰?」

 一緒に居た、同僚の子の声さえ耳に入らない。

 「知り合い?」

 強張った私が、無意識に頷く。

 「じゃ、先に戻っているね」

 無情に近づいてくる麻衣子。

 この場から逃げ出したいのに、足がどうしてもいうことをきいてくれない。


 「千奈、久しぶりね。元気だった」

 「…………」

 今更、なんなのよ。

 二人の間にぎこちない空気が流れ、私は無言のまま踵を返す。

 「待って、私、千奈に謝らなければならないこと、沢山あるの。お願い。一度だけでいい、私に時間を頂戴。じゃないと私、前へ進めない」

 怒りが込み上げて来ていた。

 「結婚、おめでとう。桃子とかからメール来たよ。みんな幸せそうだね。ごめんね。私、出席できないから。ハガキ、失くしちゃったから、ちょうど良かった。あ、もう行かないと上司に怒られちゃう」

 砂をかむ思いでそう言い捨てた私に、麻衣子は食い下がるように言葉を投げかけて来る。

 「明日の10時。いつも待ち合わせで使っていた駅前のカフェで待っているから。来るまで待っている。あなたには話さなければならないことが、沢山あるの。私、あなたのこと、今でも一番の友達と思っているから」

 今更、なんなんだ。

 逃げ出したい衝動と、振り返りたい気持ちがぶつかり合う。

 目の前の景色がぼやけだしていた。


 眠れないまま、朝を迎える。

 私は、携帯の画面に表示された時間を見て、ため息を吐く。

 今更話すことなどない。

 

 浩介はいつも、私が行ったことがない、国々の話をしてくれた。

 空の色や、そこで暮らす人々の表情が、目に浮かぶようだった。海や建物、そこに吹く風の匂いさえ感じられた。

 いろんな人に、旅の面白さを伝えたい。が、浩介の口癖だった。

 二人で行った海や山。小さな町の風景。どれもこれも、浩介と一緒だったから楽しく思えた。二人が付き合い始めて、2年目の記念日。浩介は照れ臭そうに言ってくれた。

 「俺と一緒に、人生の旅をし続けて欲しい」

 浩介流のプロポーズに、私は胸を熱くし頷いた。

 毎日が夢のようだった。

 二人の新しい生活のため、部屋を探し、そこに置く家具を見て回った。両家の親に会い、誰からも祝福を受け、怖いくらいの幸せが私に降り注ぐ。


 ……確かにあの日までは、幸せを手に入れたと思っていた。

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