0話:それは話の始まり
この小説に飛んで頂きありがとうございます。
まだまだ初心者感あふれまくりですが、最後まで読んで貰えると幸いです。
「主様~!!」
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
猫の様な耳を生やした彼女は、トテトテと私の傍へと駆け寄ってくる。
「主様、どうかされたのです?」
「うん、少しばかり昔を思い出していてね。
私は結局何者なのだろうと感慨に耽っていた所だったのだよ」
私が目覚めてから、一体どれぐらいの年月が経過したのだろうか。最初の頃はまるで赤子の様な存在だった私も、今や一冒険者である。まぁ、冒険者と呼ぶには少しばかり特異な存在なのだが……
「主様は主様ですよ~? 一体何トチ狂った事を仰っているんです」
「ハハハ、お前もそう思うか? 私もその結論に至ったのだよ」
生物と言う物は記憶で形成されていると言っても過言ではない。昔に体験した出来事が積み重なって自分と言う物を形成しているのである。そこに何故? と疑問を持った所で答えなんて出る筈が無い。
「む~、主様やっぱり何か可笑しいのですよ? 頭でも冷やしますです?」
「いや、大丈夫だ。それに私が可笑しくなかった事が今までにあったかい?」
「それもそうですね~…… うん、無いと思うのです!! と言う事は、今の主様は普通と言う事なのです? それとも、いつも変なのですからやっぱり可笑しいのです? むむむむっ、なんだかややこしくなって来たのです……」
目の前で一人芝居をしているこの娘は、私が旅の途中で拾った獣人である。正確には獣人と人間のハーフなのだが、私にとっては混ざっていようがいまいがどれも同じ人間である。
「さぁ、おふざけはその辺にしてご飯にしましょう」
「ふぇ? ご飯です!? やったのです!! 今日の献立は何なのです?」
「うん、そうだね…… よし、今日はハンバーグにしましょう」
「うっひゃぁー!! やったのです、グッドなのです、ファンタスティックなのです!! 今日はご馳走なのですよ!!!」
獣人はトテトテと向こう側へ走り去って行く。まるで穢れを知らないその様子を、私はずっと見つめていた……
◇◇◇始まり◇◇◇
あれは蝉の声が煩い、真夏の盛りだった。
「あぁ~、あっちぃ」
私は外を歩いていた。コンクリートの塀、道路、歩道、見馴れた筈のそれらが今は懐かしく思える。
「何でこんな時に限って……」
声は唐突に終焉を迎える。次に聞こえた音は、ドンッと言う何かがぶつかる音と、グシャッと言う何かが潰れる音。
鮮明に見えていた景色は唐突に赤で染め上げられ、記憶はそこで途切れる。
次に見えた景色はまたもや赤だった。
しかし、紅ではなく紅葉の様な赤。それが空であると認識するまでには、十数秒の時を刻む必要があった。
「……? 私はどうしたと言うのだ?」
ポツリと零れる言葉、しかしその声には誰も反応しない。それもそうだろう、周囲には生物と呼べる物が存在していなかったのだから。
孤独。それを感じるのに時間はそれほど必要としなかった。
叫んでみても、それでも反応は返って来ない。
「ここは何処なのだ? 私は一体…… 誰なのだ?」
記憶の混濁、混乱、それらが重なり私は焦った。何か重要な事を忘れていやしないかと、忘れてはいけない何かを忘れてしまっているのではないかと不安に駆られる。
しかし、考えども考えども期待した結果は得られなかった。
「誰か、誰か居らぬのか……」
記憶はまたもやそこで途切れる。
次に見えて来たのは人、人、人。
目まぐるしい程に動き回る人間達を私はぼうっと見つめていた。
そうだった、私は数年森をさまよった挙句、この街へと何とか辿り着いたのだ。
「探さなければ……」
突然何かが私を突き動かし、ある場所へと足を運ばせる。
初めて訪れる場所の筈なのに、そこが何処なのかが不思議と分かる。分かってしまう。
「見つけた、あそこだな……」
そこにいたのは、丸々と太った豚…… ではなく豚の獣人であった。
ここは所謂"奴隷商館"と言う場所だ。金さえあれば奴隷を購入する事が出来るのである。そこで私は"能力"を使った。
そして記憶はまた朧げになり…… 現実へと引き戻される。
「……またこの夢か」
目が覚めた時には殆ど覚えてはいないが、今までに何度も見た夢であるが故に、内容が同じである事ははっきりと分かる。
「主様? どうかなされたのですか?」
眠い目を擦りながらも獣人は辛うじて起きていた。
「アル、またこの時間まで起きていたのかい? いつも言っているだろう、早寝早起きは健康に近づく為の第一歩だと」
「そんなこと言われたって、こんなに星が綺麗なんですから寝られませんよ~」
アルと呼ばれた獣人は、指を空に向けて突き上げる。
「ふむ、確かに綺麗だな…… だが、ダメだ。特別に許してしまえばそれは甘えとなる。
せめて成長期が終了してからにしなさい」
「ふぇ~、それじゃああと10年はダメじゃないですか~!!」
獣人と言う物は20歳までは緩やかに成長を続ける。それ以降は暫く外見の変化は止まり、寿命の10年前位から緩やかに老いて行く。この成長を続けている間を我々は成長期と呼んでいる。
「あ、でもでも、今のって私が大人になるまでは面倒見てくれるって言う捉え方も出来ますよね~?」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながらアルは聞いてくる。
「全く…… 私がアルを捨てるとでも思っているのかい? 一生面倒見るつもりだよ、私はね」
「い、一生…… それってつまり私とゴニョゴニョ……」
顔を赤らめながら何か呟いているが、後半は声が小さくてよく聞き取ることが出来なかった。
「もう一回言ってくれないかい? 後ろの方が上手く聞こえなかったのだが」
「ひゃっ!? い、いや、何でもないのですよ!! ホント、何でもないのですよ!!」
「いやいや、こちらとしては落ちが分からない話程気になる物は無いのだが」
「むぅ、主様の意地悪なのです!! もう良いのです!! 私は立派なレディーになる為にもう寝るとしますのです!!」
アルはそう言うとゴロンと横になってしまった。何か機嫌を損ねる事でもしてしまっただろうか?
「はぁ、アルの気持ちはさっぱり分からないな」
中途半端な眠気を消す為にも、私は再び夢の世界へと旅立つ事にするのだった。
◇◇◇獣人◇◇◇
「おいっ!! お客様がお見えになったぞ、さっさと出てこんか!!」
私は名も無い獣人なのです。そして私がいる場所は……
「いやぁ、この奴隷達は仕入れたばかりでしてね、まだ躾がなっていない物ばかりですみませんね」
奴隷商館。落ちた物の掃き溜め、ゴミ箱と言っても過言ではない場所。私はその中でも一際価値が無い存在だったのです。
ハーフ…… 基本的に混血種と言うのは価値が下がる物なのですけど、人間との混血種は最低の価値を誇りますです。なにせ、この世界で人間は、家畜同然の存在なのです、その家畜との混血種なんて一体誰が求めると言うのです……
「ほら、一人ずつアピールを始めろ!!」
私は何番目であろうと関係が無いのです。どうせ買われる事は無いのです、アピールをしたってしなくたって結果は見えていますのです。
でも、気のせいなのです? あのお客様は最初からこっちを見ている気がするのです。
アピールが終わったのです。
やっぱりなのです。あのお客様はこちらをずっと見ているのです。そんなに私は醜い存在なのです? 何だか悲しくなって来たのです。
でも、私の悲しみは次の声でかき消されたのです。
「その娘だ、その娘にしよう」
気のせいなのです? いや、気のせいでは無いのです。オーナーもとても驚いているのです。
「お客様、あの娘は人間との混血種でして……」
オーナーは言ってしまったのです。それを言ったら私はまた買われないのです。また悲しみが私を襲います。
でも、あのお客様は今までのお客様とは何かが違っていたのです。
「だから? それだと何か困る事でもあるのかい?」
「ふぇ? いや、あの、人間との混血と言うのが何を示すのかまさか知らないとでも仰るのですか?」
「あぁ、そんなの知った事では無い。私は経歴や外見では人を判断しないようにしているのだ。出来る限り実際に対面してその人物像を作り上げる。
その過程に、今まで何をしてきたのかと言う事は関係ないだろう?」
この方は変わっているのです。そんなことじゃいつか絶対悪い奴に騙されるに決まっているのです。
そう、私は外れなのです。貴方みたいな立派な人が買うべき奴隷じゃないのです。もっときちんと見て欲しいのです。
「いやいや、そうは言われましても、ねぇ? あの奴隷を連れていてはこの先厄介な事になるやもしれませんぞ?」
「だから、そんな事関係ないと言っているのだ。
貴方は店で買い物をする時に、この商品はダメだからこっちを買えと、欲しくも無い商品を手渡されて嬉しいと感じるかい?」
「そ、それは……」
オーナー、ダメなのです。負けちゃダメなのです。その人に私を買わせちゃダメなのです。絶対にダメなのです。
「さぁ、君、泣いていないでこっちへおいで? 今日から私が君の主だ」
泣いている? 一体誰が? あれ、私の頬を伝うこれは何なのです?
「ほ、ホントに"こんな物"でよろしいのですか?」
次の瞬間、店中に怒声が響き渡りました。とても驚いたのです。あの人はてっきり只々丸い人物なのかと思っていたのです。驚きで涙も引っ込んでしまったのです。
「貴様!! もう一度でもあの娘をこんな物と呼んでみろ!! 私はその瞬間貴様の店を吹き飛ばすぞ!!」
「ひっ!! す、すいません、もう言わないのでどうか、どうかお許しを……」
オーナーが跪いているのです。こんな所初めて見たのです。いつもなら衛兵を呼んで摘み出す筈なのですよ……
「ほ、ほら!! 早く主従の関係を結ぶのだ!! さっさとしろ!!」
や、やっぱりダメなのです…… あの人は幸せになって欲しいのです。私を買った事で不幸になるなんて、そんな事…… そんな事……
「ほら、こっちへおいで?」
優しすぎます、優しすぎるのです、この方は……
「……何で? 何で私なのです? 私なんて、醜くて何も出来ないゴミなのに……」
「そんな事は無い、君は美しいよ。
私が面倒を見る、これからは何も苦労は掛けない。自分の得意な事は私と一緒にこれから探せばいいじゃないか、ね?」
「そ、そんな事……」
「えぇいっ、何をぐずぐずしておるか!! お前を買ってくれるお客様なんて恐らくこの方位だ、さっさとしろ!!」
ほ、本当に、本当に良いのです? 私が買われると言う事は、ほかの子達は残ってしまうと言う事なのですよ? 私なんかが買われて…… 本当に、本当に………
「……宜しくなのです、主様」
ダメだったのです、足が止まらないのです。体が勝手に動いてしまうのです。僅かに見える希望に私は勝てなかったのです。
「あぁ、これから宜しく頼む」
「さぁ、買い物が終わったのならもう用は無いでしょう? それともまだ買われるおつもりで?」
「いいや、私はこれで立ち去らせてもらう。良い買い物だったよ、後悔なんて微塵もしていない」
私は何も言えなかったのです。後ろから刺さる他の奴隷達の視線が痛すぎたのです。私には重すぎるのです。
……私はこうして主様との出会いを果たしました。でも、今でも偶に思うのです。本当に私なんかがこの人に買われて良かったのかと、時折考えるのです。空に浮かぶ無数の星を見ながら、違う運命もあったのではないのかと、考えるのです……
ここまで読んでくれた方々にお礼を申し上げます。
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