流れ星です」
カランカランと扉が音を立てて開くとともに、冷たい風が暖められた店内に入ってくる。いつもならばこの時間帯は通りに人通りがほとんどなく、こうした音は聞こえない。この時間にこの音が鳴るのは、決まって加賀谷が来た時だけだ。
「すいません。今、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。取り敢えず、そこに座っていてください。なにか暖かいものでも出しましょう」
季節は十二月上旬、そろそろ街がクリスマスムードで温かい気持ちになってくるが、現実は肌寒い。加賀谷もスーツの上にジャケットを羽織っている。そのジャケットを脱ぎながらカウンターに座った。加賀谷は一人の時は必ず外のよく見える端の席に座り、窓の外と頻繁に覗く。私が推測するに恐らく仕事を抜け出してきているのだろう。
「毎度毎度申し訳ないんですが、やはり今回も相談したいことがあって」
水を火にかけ沸騰を待つ。
「ほほう、今回はどのような?」
「殺人事件です」
わざとらしく声を潜めながら言う。毎度毎度のことなのだから、そのようなことをする必要などないはずなのだが。ただ、彼の大げさな動きには好感が持てる。
「殺人事件。今月に入って二回目ですか。多いですね」
今日は確か十二月十四日。まだ二週間もたっていない。治安が悪いのか、運が悪いのか、どちらにしろ私の気分が悪いのは確かだ。
一回目の殺人事件は十二月二日。ある邸宅で起きた密室殺人事件であった。密室と聞いて、その時は珍しく私も実際に足を運んだのだった。
「ああ、すいません。ちょっと語弊がありました。正しくは殺人事件らしい事件です」
「と言いますと?」
水が沸騰したらしく、けたたましく音が鳴る。
「頭に隕石が当たって死んだんです」
少しずつお湯を注ぎ、黒い雫が落ちるのを見守る。今回は一人分なので大体の所で注ぐのをやめ、温めておいたカップを寄せる。ドリッパーをはずし、カップにコーヒーを注ぐ。香りが店内に広がった。ソーサーに乗せ、加賀谷に差し出す。
「興味深いですね、隕石が当たったとは。人間に隕石が当たる確率は宝くじの一等が当たるよりも低いとはよく言いますが、もし本当に隕石が原因で亡くなられたのだとすれば。こういうことは不謹慎でしょうけれど、とても運の良い方だったのですね」
「そこですよ、そこ。普通、隕石が当たって死ぬと思います? 今おっしゃった通り隕石と宝くじの話はよく聞きますが、その通りですよ。僕としては、そんな非現実的なこと信じられない!」
コーヒーを一口飲み、呼吸おいてから再び。
「確かに、数人が隕石を落ちてくるところを見ていたと言うんです。けれど、僕はその方々の話は信じていません。驚くことに、全員被害者と面識があったんです」
「面識。つまり知り合いである、知り合いであればもしかしたら恨みや妬みがあるかもしれない。それは被害者を殺す動機になったかもしれない。そんな推測を君はしているんですね?」
「そうです」
「でもそれはおかしくありませんか? 仮に誰か一人が被害者に恨みを持っていたとして、殺人に及んだとしましょう。嗚呼、この場合過程はどうでもいいのです。隕石を使った巧妙なトリックで、見事殺人に成功しました。ここからが問題なのです。ではなぜ、隕石を見たのは数人なんですか?」
加賀谷がカップを取り、口に近づける。唾を飲みこむ音が聞こえた。
「仮にも隕石です。空からそんなものが降ってきたとしたら、まず見ずにはいられませんよね? それなのに目撃した人間は数人。間違えていたら恥ずかしいのですが、数人とは少ないという意味ですよね?」
「その通りです……」
「加賀谷さん。あなたは私に全てを話していませんね? まず一つ、事件があったのは真夜中ですね?」
「……」
「ええ、答える必要はありませんよ。むしろ警察官としてそれこそが正しい選択です。貴方は全く悪くない。恐らく、前回の事件で私が好き勝手やりすぎたせいで、情報を伝えにくくなったのでしょう。反省します」
「すみません。その通り、事件があったのは深夜です。絶対に事件について話すなと、口止めされていました」
「やはりそうでしたか。では二つ目、これが最後になるんですが。数人が見たのは『隕石』、しかしその他大勢の人が見たのはきっと『流れ星』だった」
十二月の十三日と言えば、ふたご座流星群。そのピークはちょうどその位だったはずだ。
「私の推理がここまであっているならば、今回私の出る幕はありません」
「ど、どうしてですか?」
「もう答えは出ているからですよ。君は深読みし過ぎです。そう簡単に人は人を殺さない、そう人を信じることも大事ですよ」
さっきから加賀谷はコーヒーに手を付けない。きっともう冷めてしまっているだろう。もう一杯、今度はココアを入れてあげようと思った。
「犯人は――