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第三章  -悪食の群れ-

 まぁ、聞くだけ無駄だろう。


 そう思いつつも、フェンは後ろ、すなわち竜車内に確認をとる。


「おい、奴らをなんとかできないか?」


 返答は格子窓からすぐ返ってきた。無理と。

 予想通り過ぎて、フェンは深くため息をついた。


「ほんとに役にたたないな」


 竜車の中から罵声が飛んで来るが耳をかさず、フェンは御者台から降りる。

 砂とその下に埋まっている岩の感触が、靴の裏から伝わって来る。


「どうするつもりよ?」


 竜車後部からフィーアが顔を出す。


 いや、どーするもこーするも。


 なんと説明したらいいか一瞬困った。


「逃げたら追いつかれる可能性大。

 すでに相手に気付かれて、逃げられるもんなら逃げてみろ的な空気を放ってますね。はい」


 すでに相手の圏内に入ってしまった以上、初めから選択肢は一つ。


「だから、どうす――」

「すでに奴らから安全に逃げ切れる距離じゃない。……だったら、やるしかないだろう?」


 フィーアの声をさえぎって、フェンは言った。


 まぁ、不安なのは分かるが、今さら騒いでも仕方がないだろ。お姫様。


 引竜の二匹のクエイクフットが空気を察して不安げな鳴き声を上げる。


「おー、よしよし。テトラ、ペンタ。心配するな。お前等を残して逝ったりしないよ。絶対にな。安心してオレの活躍を見物してろ」


 その様子にフィーアが不満気な口調で言った。


「そういう台詞って私に言うべきじゃない?」

「何言ってんだ。こいつらはオレの家族。あんたはただの依頼人。だろ?」

「あーあー。そうですか!」


 依頼人の部分を強調すると、彼女は頬を膨らませて顔を引っ込める。


 さて、と。


 敵を見ると焦れてきたのか、距離が少しずつ縮まっている。ゆっくりなのは逃げたところで追いつける自信があるのだろう。


 あの様子じゃ、すでに他の竜車を襲った経験有りといった所か。……あの数じゃ何人乗っていたか知らないが全滅だろうな。


 そしてフェンはフィーアが先に反応を示した理由に気付いた。


 マナクラフトごと食ったか。悪食め。


 内心悪態をつきながら、フェンは身体を何度も捻り、慣らしていく。

 そして、左右両の手で腰のホルダーに納めてあったリングブレイドを引き抜いた。


「エッジ」


 リングブレイドの刃に銀光が灯る。エゴフォトンの刃は鋼鉄も切り裂く。ただ、今回問題なのは威力ではなく、最後まで維持出来るかだが。


 出来ませんでした、じゃすまないのが護送屋稼業の辛いところだ。死ぬのは自分だけじゃないからな。おっと、今は休業中だったか?


 新たな圏が近づいて来るのを感じる。


 あれの中に入ったら襲ってくる、か。竜車の近くを戦場にするのはうまくないな。一匹でも流れたらやっかいだ。そろそろ行くか!


 目を閉じて一度脱力し、大きく息を吸い込んだ。身体のすみずみまで力がいきわたるのをイメージする。

 リングブレイドの師より教わった。リングブレイドを十全に使いこなすには、まず自らの肉体を十全に使いこなせなければならない、と。

 指先、つま先、髪の毛の一本々々すら、己の支配の内だと自己暗示をかける。

 再び目を開いた時、リングブレイドのエゴフォトンの輝きが増した。

 駆け出そうとしたまさにその時、背後からフィーアの声が届く。


「フェン! 気をつけてね!」

「ああ、まかせろって!!」


 フェンは顎を引き、かすかに口角を上げ、敵に向けて放たれた矢の如く駆け出した。



*---*



 運が悪かった。この一言に尽きるだろう。

 砂漠を旅する者にとって、珍しい事象じゃない。

 嵐に遭遇する時もある。流砂に飲み込まれそうになる事もある。

 陽光を避けて高い岩場に近づけば落石。珍しく土と植物にめぐり合ったと思ったら毒に汚染されていた。

 どれも、他の砂漠を行き交う者達から聞く話だ。

 そして、そのよくある話の中に、危険な生物との遭遇がある。


「ねぇ、この先に誰か、というか何かあるみたいだけど」

「何かって?」


 フェンが振り向くと、フィーアが格子窓から顔を覗かせていた。

 痛そうに顔をしかめているのは、竜車の揺れのせいで座っていても、腰が痛いからだろう。ウェーブキャンセラーの修理に必要なチューニング用工具は今だに手にはいらない。


「何かが複数でウロウロしている感じなんだけど。動きが人間っぽい感じがしない」

「なに?」


 フェンはハーネスを引いて、テトラ達に停止の合図を送った。そして、内心舌打ちをする。

 フィーアの存在に調子を狂わされていたのか。

 風が巻き上げる砂埃と、砂漠の景色に溶け込む体毛で視認し辛い事は確かだが、普段のフェンなら圏内に侵入するようなミスはしなかっただろう。


「デザートベアか、まいったな」

「危険なの?」


 フィーアの暢気な声に、フェンは内心呆れつつ振り向いた。


「知らないのか?」


 確かに五百年前なら縁のない知識だったかも知れないが、彼女は封印の内側にいてすら、外界の情報に自由にアクセス出来た。実際、馬が絶滅し、代わりにクエイクフットが足代わりになっている事や、一般人民の主な食料源がトカゲやワニといった竜種蓄温類だと知っていた。ならば、砂漠の旅につきものの危険についても知っていそうなものだが。


「えーと、四足二種恒類。雑食性で十数匹の群れで行動する……で、あっている?」


 棒読みなのは、グローミングカードに記録していたデータで、カンニングしたからだろう。


「付け加えるなら、短時間の走行速度は荷なしのピックを上回るぞ」

「あら、すごい」


 あっさり感心されて、フェンは頭を抱えたくなった。

 ちなみにピックとは鳥走行種恒類に分類される大型の鳥で、クエイクフットと並ぶ人間達の足となっていく。速度だけならクエイクフットよりも早いので、伝達屋等のスピードが要求される職の者が好んで駆る。


「そう、すごいの。そしてさ、誰かさんと違って好き嫌いがないから何でも食べる。何しろ砂漠には食べられるものが少ないからな。常にお腹を空かせているわけだ」

「誰かさんって誰よ! なんで、そこで私を引き合い……に…………え?」


 文句を言っている途中でフェンの言いたい事に気付いたようだ。フィーアの表情が強張る。


「もしかして……、このままだとあのコ達の餌食になりかねない?!」

「もしかしなくても、向こうに気付かれちゃっているからな。おまけに安全圏通り過ぎちまった」

「安全圏?」

「さっきも言ったようにあいつらの最高速度はピックより速い。ただ、速度が持続しないから、一定の距離があればやり過ごせる。襲ってきても逃げればいい。だが、今その距離がない。逃げても追いつかれる距離だ。

 テトラとペンタ、つまりこっちの足をまず潰し、オレ達はおろか、オレ達の食料までおいしく頂いてくれるだろうな」

「ちょ、ちょっと。嘘でしょ」


 悲鳴のようなフィーアの声。

 実際の所、安全圏を過ぎているのは嘘ではないが、今なら逃げ切れる可能性も低いながらある。だが、その選択肢をフェンは意識的に排除した。

 今日の目的地だったオアシス集落が近い。なんとか逃げ切れたとして、群れが数日後にオアシス集落に辿り着く可能性が低いながらある。勿論、オアシス集落には危険に対する備えはあるはずだ。だが、デザートベアの群れ相手に犠牲者無しの可能性はまずゼロだろう。

 フェンの脳裏を過ぎるのは過去の記憶。両親は殺され、生き残った親族も連れ去られ。まだフェンよりも小さかったテトラ、ペンタを抱きながら、震えて隠れているしかなかった。

 だが、今は違う。

 無意識に両手の指がリングブレイドのハンドルに触れていた。あの時にはなかった経験と力が今ここにある。もう昔のような無力な子供ではない。

 あんな悲劇は起こさせない。絶対に。

 気持ちを固めながら、口だけは竜車のフィーアに聞いていた。


「おい、奴らをなんとかできないか?」



*---*



 彼らにしてみれば、それは想定外の出来事だった。

 獲物は常に逃げるもの。それが彼らの共通認識だったからだ。実際にこれまでがそうであった。そして、彼らの射程内に入り込んだ獲物は決して逃さなかった。

 獲物もこちらに気付いたようだが、すでに追いつける圏内。だが、油断を彼らはしない。砂漠において食料の確保は死活問題だ。確実に、より確実に距離を縮めていた。

 そして、絶対に逃さない距離圏まで近づきつつあったその時だった。

 なんと獲物の一匹が砂塵を巻き上げ、こちらに向かってきたのだ。

 走るスピードは速いとは言えない、彼らにとっては歩いているのか判断が付きかねなかった。だが、こちらに向かっているという事実は、彼らにその一匹の意思を伝えるに十分であった。

 戦う気であるのだ。彼らに対して。そして、それはその一匹が戦う力を有している可能性をも示していた。

 群れの先頭が困惑の鳴き声を上げた。

 彼らは強者であった。しかし、砂漠においてその頂点ではない事もまた理解していた。

 危険を避ける知恵の持ち主でもあったのだ。

 しかし、しばらくの沈黙の後、雄々しい声が群れ全体を包んだ。

 何を躊躇する必要があるのだ。あれと似た獲物をすでに狩っていたが、ほとんど反抗らしい反抗はなかったではないか。

 一匹で向かってくる意図は理解出来ない。しかし、理解は必要ない。アレは獲物、ただそれだけなのだから。

 最初に困惑の鳴き声を上げた一頭が激しく咆えた。それが合図となった。

 次の瞬間、大地が鳴動するが如き足音をたて、デザートベアの群れ全体が向かってくる一匹――すなわち、フェンへと襲い掛かる。

 瞬く間にお互いの距離は縮まり、群れの先頭を走っていた一頭が後ろ足で立ち体を起こした。

 牛、豚等に代表される四足一種恒類と、四足二種恒類の違いはまさにここだった。

 前足が時には手として、そして武器として機能する。

 フェンが間合いに入った瞬間、躊躇なく前足を振り下ろす。その一撃は頭突きで岩盤すら砕くと言われるイワワニの頭をも一撃で破砕する。

 しかし、振り下ろした前足には、肉を潰し骨を砕く感覚も、血で濡れる感覚もなかった。地面にあるはずの獲物の死体も見当たらなかった。

 何が起こったのか。そのデザートベアが周りを見渡す前に耳に届いた。


「モード、オーバーエッジ!」


 それが何なのか。人間の言葉を解さぬデザートベアには理解出来なかったであろう。だが、理解が出来たところで結末は同じであった。

 最初の一撃。それで決められなかった時点で勝負は付いていた。

 フェンは横っ飛びにかわし地面を転がり、起き上がりざまにデザートベアのわき腹から、心臓を切断したからだ。



*---*



 予想以上だな……。


 掃除屋でも傭兵でもないフェンにとって危険は避けるもの。デザートベアとの遭遇も例外ではない。実際に戦うのは初めての相手であった。

 勿論、知識としてなら生態、危険性、対処法等を把握してはいたが、そんなものはいざ実戦となると机上の空論だと知る事になる。

 心臓を切断した一匹から、圏が消滅する。そして、地面にその巨体が落ち砂煙を上げる。

 本来であれば、初撃に合わせて首をはねるつもりだった。が、合わせられるスピードではなかった。瞬時に選択を切り替えて回避しなければ、すでにそこで終わっていただろう。

 フェンは冷静に敵に対する認識を書き換える。相手に合わせられないなら、こちらから誘って、動きをコントロールする。

 だが、問題は数だ。今やフェンの周囲をデザートベアの群れが取り囲んでいる。


 残り、十一匹。違う、十二匹だな。きついか。


 フェンの両の手に握られているリングブレイド。その刃先が放つエゴフォトンの輝きに左右で違いが出ていた。右のそれが左に比べて一回り大きい。

 元々フェンのリングブレイドには複数の機能が付与されている。普段使うのは、より硬質なモノの切断を可能とし、刃の範囲を一回り広げるエッジモード。しかし、それでは威力はともかくとして、分厚い毛皮と肉に阻まれ、致命傷を与えるのが厳しいと判断し、エゴフォトンの刃の範囲を拡大するオーバーエッジモードに切り替えたのだ。

 だが、もし何のリスクもないのなら、フェンは初めからエッジモードではなくオーバーエッジモードを使っていただろう。エゴクラフトのエネルギー源は使用者の意思力。そしてオーバーエッジモードはエッジモードよりも遥かに消耗が激しいのだ。また、モードの切り替えも少なからず意思力を消耗する。


「モード、バックラー!」


 背後からの攻撃を圏で察知したフェンは、左のリングブレイドが発するエゴフォトンの盾で、体重のこもった前足の一撃を受け止める。衝撃で足が砂に埋まる。


「ぐっ」


 さらにもう一撃と腕を振り上げた瞬間、身体を反転させる。


「モードエッジ、モードウィップ!」


 エゴフォトンのムチがデザートベアの顔を打ち据える。相手は顔を押さえ、頭を上下左右と振り回す。


「モードエッジ、モードオーバーエッジ!」


 左のバックラーモードをそのままに、右のリングブレイドを再びオーバーエッジモードに切り替える。狙うは――。

 フェンの閃撃が銀の尾を引く。地面に落ちるデザートベアの毛深い腕と上あご。腕ごとまとめて切断したのだ。一匹一匹にあまり手間はかけられない。何故なら――。

 フェンは頭の中を隙間風が吹くような感覚を感じていた。


 おいおい。まだ二匹目なんだぞ。


 それは意思力低下を示すシグナル。意思力とは意識そのものと言ってもいい。意思力を使い果たす事、それは意識を失う事を意味する。そして、それはこの場においては死以外の何者でもない。


「ちっ?!」


 圏が三重に重なっていた。

 時間にしては一瞬。しかし、その隙にすでに敵は動いていた。三方からの攻撃に対し、フェンは正面近い相手の胴を蹴りつける。ダメージ目的ではない。ただでさえ分厚い毛皮は鋼鉄の刃すら阻む。そのまま足に力を入れ、低く水平に飛ぶ。背中で着地し後転しながら、態勢を整える。

 起き上がりざまに、一匹の心臓を脇から切断する。その一匹が地に落ちる振動を感じつつ、先の長さに思わずため息が漏れる。


 こいつらも腹空かしてんだろうが、こっちも嫁入り前の家族がいるから食われてやるわけにはいかねぇんだよ。


 テトラとペンタ。二匹ともメスである。そして、フェンの脳裏にさっき聞いた言葉と声の主の表情が蘇る。


『フェン! 気をつけてね!』


 ああ、そういや。他にもいたな。守らなきゃならない奴が。


 息が荒くなりつつあったが、口角が僅かに上がった。


「さぁ、来いやぁ!!!」


 食欲に支配されし獣の包囲網を、跳ね飛ばすようにフェンは叫んだ。



*---*



 遠くから声がする。


 何だ? 何を言っているんだ?


 そう聞き返したかったが身体が思う通りに動かない。

 視界がぼやけ、意識がはっきりしていなかったが、呼びかけているのが女性である事だけは分かった。


「母さん?」


 瞬間、平手が飛んできた。その勢いと痛みで、意識が急に明確になってくる。


「誰が母さんよっ。私はまだ二十四よっ!」


 涙目で、怒っているのか、それとも心配しているのか。どっちか判断に迷う表情のフィーアだった。フェンはいまさらながら、彼女の膝の上に頭を乗せている事に気付いた。背の感触から、砂漠に横たえられているようだ。影になっているのは竜車が太陽を遮っているからだ。


「何がまかせろよ! ぼろぼろじゃない! 余裕がないならないって言いなさいよ!」


 言ったところでどうなるんだ?


 フェンはそうは思ったが止めた。心配をかけた事は確かだからだ。

 視界の端にデザートベアの死体が見える。無意識に戻った訳ではなく、フィーアが竜車ごとこっちに来たのだ。

 もしもの場合に備えて車輪にロックをかけてなかったのだ。万が一自分がしくじった場合、テトラ達が逃げられないからだ。

 そのテトラ達は心配そうに、フェンを覗き込む。フェンは無理に笑って言った。


「馬鹿だな。お前等を残して逝ったりしないって言ったろうに」

「何かっこつけているの! 全身傷だらけじゃない。薬はあるの? 治療しないと!」

「ああ、勿論。毛布が入っている棚の隣……て、薬の種類とか使い方わかるんだろうな?」

「それくらい調べているわよっ、馬鹿にしないでっ」


 ボスンッとフェンの頭を砂に置き去りにし、フェーアは竜車の後方から中に入っていった。

 フェンは自分を覗き込むテトラとペンタに問うた。


「オレ、何か悪い事言ったか?」


 しかし、その返答はキュィという小さな鳴き声であった。



*---*



 フェンが目を覚ましたのは竜車の中だった。

 かけられていた毛布をのけて身体を起こす。

 竜車後部、幌の垂れ幕の隙間から暗い空と星が見えた。


「夜か……」


 フェンは包帯だらけの身体の具合を確かめるように順番に動かしていく。

 フィーアの治療は、本人が言ったように的確であった。

 いや、いまどきの軍の衛生兵でも、ああも手際よく出来るかあやしいものだ。

 もっとも、増長されても困るので本人には言うまいとフェンは誓った。

 ここはデザートベアとの戦闘があったところから少しばかり移動しただけの場所だった。

 本来なら目的地であったオアシス集落についているはずだったが、竜車の操縦出来るのがフェンしかいないので仕方なかった。とても、操縦など出来る状態ではなかったのだから。


「とっ」


 立ち上がると立ちくらみがした。今さらながら身体全体が熱っぽいのに気付いた。

 傷口から雑菌が入った時の為の予防薬は飲んだが、あれは万能という訳ではない。それでも飲んでいなかったらもっと酷い状態だったかも知れない。


 とりあえず、この熱はちょっと辛いな。


 熱さましを求めて、薬をまとめてある引き戸の棚に手を伸ばそうとして、ふと幌の一部が明るい事に気付いた。外で誰かが火を焚いているのだ。

 誰かといっても、この場にいないフィーア以外の可能性はないのだが。

 外で寝る事に抵抗のあるフィーアは竜車で寝ていたが、今までフェンが竜車内で寝ていたので、気をつかって外にいるのかも知れない。


 とはいえ、まだ起きているのか?


 フェンは寝起きは基本竜車の外だが、それは普段竜車は囚人が乗っているのと、危険を事前に察知するのに竜車の中より外の方が適しているからだ。

 だが、フェンと違って護身手段を持たないフィーアは外にいるのは危険だ。

 声をかけようとして、炎の光を受けていた幌に別種の光が映ったのを見て、頭が真っ白になった。

 気付けば、竜車後方から降りて怒鳴っていた。


「おい! 何をしている!!」


 焚き火の前にいたフィーアは、突然の大声に身体を震わせ手にしたものを取り落とす。それは地面に落ちて硬質な音を立てる。


「おどかさないでよ、フェン。もう起きて大丈夫――」

「そんな事より、それに触れるな!!」


 落としたものを拾おうとしたフィーアは、フェンの尋常でない様子に固まる。

 フェンの言うそれとはリングブレイドとそのホルダーであった。フェンにとって、それは護送屋として必要な武器。己が身を守り、護送する囚人達を制するもの。自らの身体の一部といっても過言ではない。

 意識を失っていたのは不覚だったが、悪意がないとはいえ、それを勝手に使われるなど――。

 そこまで思って、フェンは自分の考えに矛盾がある事に気付いた。


「おい、フィーア」

「あ、その。ごめん。大切な物なのは分かっていたけど、まさかそんなに怒るなんて」


 フィーアは顔を青ざめさせていた。


「いや、そうじゃなくて」

「誓うから。もう二度としないから、許して」

「だから、ちが――」


 一歩彼女の方へ踏み出そうとしたら、視界がぶれた。


「?!」


 熱が出ている状態に加え怒鳴ったのが不味かったらしい。眩暈におそわれ倒れそうになったのをなんとか踏ん張った。時間にして数秒、こらえる限界が来る前にフィーアが身体を支えるのが間に合った。


「フェン! 熱が出てるじゃない。熱さましとってくるからじっとしていて!」

「分かっている。それは分かっているが、その前に聞かせてくれ」

「……何を?」


 フィーアが首を傾げた。


「なぜ、オレのリングブレイドが使えたんだ? オレにしか使えないようプロテクトがかかっていたのに」


 エゴクラフトと一口に言っても種類は様々だが、武器、それも高価なオーダーメイド品には、所有者以外の意思に反応しないように作られているものが多い。盗難防止の意味もあるが、敵に奪われた際に使われないようにしてあるのだ。

 そして、フェンのリングブレイドもそれにあたる。

 しかし、竜車の幌越しに見た銀光は、紛れも無くエゴフォトンだ。

 だが、フィーアは状況を理解していないようだ。フェンをまた怒らせないようにと恐る々々と言った感じで――とんでもない事を言った。


「プロテクトは一時的に無効にしただけだから。ちゃ、ちゃんと元に戻したから」

「は?!」


 フィーアの言葉はフェンの理解を大幅に超えていた。

 プロテクトの一時的無効化。そんな事が簡単に出来るなら、プロテクトの価値がない。

 しかし、フィーアが嘘を言っているようにも思えないし、そもそも嘘を言う理由もない。

 彼女は愕然としているフェンの様子を理解出来ないのか、戸惑いながら言った。


「そ、それは誰にでも出来る事じゃないとは思うけど。マナクラフトにだってプロテクト機能はあるし、ある程度以上の技術を持ったマナクラフターなら、プロテクトを一時停止して所有者変更出来るでしょ。それと同じ」


 確かに、所有者の死亡等で誰にも使えなくなった、プロテクト付きエゴクラフトを、身内が引き継ぐ事がある。その際、政府直属のエゴクラフターに所有者の再設定を依頼する事になる。しかし、それとて莫大な金額と数ヶ月の時間がかかる。

 そして、それ以前の問題として――。


「お前はウィザードだろ。マナクラフトならともかくとして、なぜエゴクラフトを――」

「だって、エゴタイトを発見したのは私――じゃなかった、稀代の魔女よ。それに研究者もエゴクラフターに含まれるなら、稀代の魔女が史上最初のエゴクラフターよ」

「……え?」

「で、私は設計の魔女。稀代の魔女の知識と技術を有する者。マナクラフターであると同時にエゴクラフターでもあるの」

「ちょっと待て。エゴクラフトはレジスタンスの発明じゃなかったのか?!」

「あ、そっか。確かそういう事になっていたわね。

 実際私は理論、設計が主で、それを元にレジスタンスが開発したから、あながち間違ってないかも。

 でも、そもそもレジスタンスが単独で開発したのなら、マナクラフトとエゴクラフトのアーキテクチャやインターフェースが似ているのはおかしいでしょ?」


 頭がクラクラするのは熱のせいか、フィーアの言葉のせいか。

 フィーアはフェンの支えを離しても大丈夫なのかを慎重に確認してから、落としたリングブレイドとホルダーを拾い上げる。


「でも、これはよく作られている。感心したわ」


 彼女はホルダーの入出口を上とするなら、あろう事かホルダーの真横からリングブレイドをぶつ――からなかった。まるで、ホルダーの外側をすり抜けるかのごとく、すっぽりとホルダー内に収まった。リングブレイドがホルダーに触れた瞬間と、収めた瞬間、微かに銀光を放っていた。


「ホルダーの方もエゴクラフトだなんて。

 最下部以外は自在に開閉可能で真下以外のどの角度からでも抜き差し可能。単純な機能に見えるけど、回路はかなり高度なものね」


 ホルダーの仕組みはフィーアの言う通りだった。入出口に見えるものがリングブレイドの直径より短いのも、単にグリップのサイズに合わせているだけなのだ。

 さらにホルダー自体が腰に吊り下げる様式になっており、下部が固定されていない為、縦方向だけでなく、横方向に引き抜く事も出来る。

 力が抜けたのかフェンの身体が再び傾ぐ。


「ちょ、ちょっと?!」


 再びフィーアがフェンの身体を支える。


「本当に大丈夫? フェン」

「……ああ、大丈夫だ。少なくとも身体はな」


 ただ、これまでの常識の一辺が崩されて混乱を起こしているだけで。

 その混乱状況にもかかわらず、これだけは確認しなければならない、と言った事をフェンは口にしていた。


「結局、オレの得物で何してたんだ?」


 フィーアの顔が強張った。よほどフェンに怒鳴られたのがショックだったらしい。


「い、いや。その、ちょっと。ちょっとだけなのよ。本当に」


 その様子にフェンは苦笑する。


「別に怒ってないから」

「ほら、昼間。デザートベア相手に苦戦していたでしょ?」

「まぁ、な」


 実際は苦戦どころではなかったのだが。


「でも、私は設計の魔女で、直接フェンを援護したりは出来ないし……」


 ……もしかして、役にたたないと言った事を気にしていたのか?


「だから、せめて私に出来る事を。エゴクラフターとして、この武器の改良をしてみたんだけど」

「……改良?」


 それは思ってもみない答えだった。



*---*



 ……まだ抜いてもいないんだが。


 翌朝、熱も引いたフェンは、フィーア立会いの上で、彼女曰く改良されたリングブレイドを試す事になった。

 グリップに手が触れた瞬間、意識にタイプウィンドウが浮かび上がる。

 仮想タイプウィンドウ。視覚的に機能等を表示し、動作で選択するタイプウィンドウ形式に対し、直接接触、またはチューニング用工具等を通して意識にリンクし、意識内にタイプウィンドウのイメージを送り、設定操作を行う操作形式だ。特に武器のマナクラフト、エゴクラフトはほとんどがこの形式だ。

 当然、フェンのリングブレイドも仮想タイプウィンドウ形式だが、問題はまだホルダーに収まった状態であるにかかわらず、仮想タイプリストに選択肢が表示されている事だ。

『バースト』

 ホルダーに収まった状態で意識に浮かぶという事は、ホルダーに収まった状態でも使えるか、ホルダーに収まった状態でしか使えないという事である。


 まぁ、試してみるか。


 深く考えず、フェンは意識内で仮想タイプリストをタイプした。

 次の瞬間。


「うわっ?!」


 放たれた矢の如く、ホルダーから真横に勢い良くリングブレイドが射出される。

 予想外の事にフェンは思わずリングブレイドを手放しかけた。


「きゃ!」


 その先にいたフィーアが悲鳴を上げる。


「ちょっと! 危ないじゃない!」

「知るか! 危ないなら危ないで事前に言ってくれ!」

「ちゃんと、説明文もつけてあるでしょ!」


 説明文?


 言われてフェンは一度、リングブレイドをホルダーに収める。

 そして、再び仮想タイプウィンドウを開き、仮想タイプリストの『バースト』の項目に意識を集中する。すると、まるで以前からその事を知っていたかの如く、機能に対する知識が浮かび上がってくる。

 フェンは一息ついて呼吸を落ち着かせる。


「バースト!」


 叫ぶと同時に後方にリングブレイドが射出されるが、今度は身体がちゃんとついていく。そのまま腕を一回転させ、前方からホルダーに収める――と、同時に再び叫ぶ。


「バースト!」


 前方からホルダーに収まったリングブレイドが、今度は前方斜め上に射出される。フェンは腕が伸びきるより先に、今度はその勢いを保持したまま切り下ろす。


「加速機能か」


 リングブレイドの機能を試すつもりが、実はホルダー側の機能だったらしい。

 しかし、フィーアの言う改良の言葉。正直な所、半信半疑だったが、急速に現実味を帯びてきた。フェンは興奮を隠し切れなかった。

 バーストの機能だけでも、奇襲や、逆に奇襲された時の対抗手段として十分に使える。いや、十分どころかおつりがくる代物だ。

 これがリングブレイド側となると、どういった改良が加えられているのか。いやが応でも期待が高まる。

 ふと、視線を感じてフィーアを見ると、やった、とでも言わんばかりの表情だったが、さすがに今は皮肉の言葉一つ思い浮かばない。

 今度は普通にリングブレイドを引き抜いた。


「エッ――」


 いつものクセで意識内でエッジをタイプしそうになる。が、意識の仮想タイプリストの選択肢が大幅に増えている。いや、そこまではある程度予想範囲内だった。だが、その選択肢の中に、本来はないはずのものがあった。


「まさか……」


 フェンは手にしたリングブレイドを見やる。が、真偽は試してみないと分からない。


「ウィップ」


 フェンの意識内のタイプに応じてエゴフォトンのムチが現れる。

 今までは、まずエッジを呼び出し、そこからオーバーエッジ、ウィップ、バックラーと各機能へと派生するようになっていた。逆に言うならば、エッジを経由しなければ他の機能は呼び出せなかったのだ。

 さらに驚愕すべきは意思力の負担だ。以前はただ機能を呼び出すだけでも多少の負担がかかっていたが、今はまったくと言って良いほど負担がない。腕を振るとエゴフォトンのムチが地面に叩きつけられる。砂が爆発するように舞い上がった。それどころか、その下にあったと思われる岩の破片まで飛び散っている。

 破壊力が上がっている。そしてにもかかわらず、意思力の負担は驚くほど軽い。

 ホルダーに収めたままだった左のリングブレイドも引き抜く。


「ショット!」


 エゴフォトンの矢が複数放たれ、露出していた岩を穿つ。

 フェンは両手のリングブレイドをホルダーに収めた。

 全ての機能を試す必要はない。仮想タイプリストの項目に意識を集中すれば、それに対する知識が流れ込んでくる。

 昨日までのフェンの得物はまぎれもなく高機能の高級品であった。だとすれば、今日のこれはいったい何になるのだろうか?

 多少放心気味のフェンに、フィーアが不思議そうに声をかける。


「ねぇ、フェン。なぜわざわざ声にだしているの? 意識内でタイプするだけでしょ?」

「その方がやりやすいからさ。掛け声みたいなもの」

「ふーん?」


 フィーアはいまいち良くわからないようで首を傾げている。

 確かに無言でも、意識内でタイプするだけで機能は呼び出せる。だが、意識内で完結させるより、実際の動作と連動させたほうが、よりスムーズに機能を呼び出せるのだ。そのもっとも主流なのが声に出すという行為だ。

 だが、フェンはフィーアには恐らく理解出来ないだろうと思った。

 昨日まで実感がなかったのだが、今なら彼女が稀代の魔女、その一部なのだと認める事が出来る。二つとない才能という意味でつけられた稀代の二つ名。そんな存在が普通の人間の感性を、理解出来るはずもない。


 こんなのが、後三人もいるってのか?


 そう思うと、背筋に悪寒が走った。

 フィーアが感想を聞いてきた。


「どう? 使い心地は」

「ああ、頼りになりそうだ」


 フィーアは嬉しいらしく、満面の笑みを浮べた。それは例えるなら極上の花。今のご時世ではめったに見られるものではないものだ。

 一瞬見とれた自分を彼女に悟られないように叱咤して、フェンは竜車の御者台に乗った。


「そろそろ、オアシス集落にいくぞ。早く乗れよ」

「はーい」


 フィーアが竜車に乗り込む為に後部にまわる。


「でも、この揺れはいい加減にして欲しいんだけど。なんでほっとくのよ。この竜車のマナクラフトにウェーブキャンセラーの機能がついてるじゃない。なんで使わないのよ」

「故障中なんだよ。というか、それの修理に必要なチューニング用工具が手に入らないんだよ。次のオアシス集落にあるといいが」

「え? 直してよかったの?」

「……は?」


 心底、意外そうな声に、フェンは思わず振り返って格子窓を覗き込む。


「機能あるのに使ってないから、何か得別な事情があるのかなーって思っていたけど」

「……直せるのか? チューニング用工具無しで」

「うん。というか、道具がなぜ必要か分からないけど。どうせなら、機能作り直した方が性能も上がりそうだけど、どうする?」


 しばし、二人の間に沈黙が下りる。

 チューニング用工具を必要とするマナクラフトは、設定が複雑で多機能なものが多い。

 タイプウィンドウ形式ではタイプウィンドウに収まりきれず、仮想タイプウィンドウ形式では、意識に負担がかかる。

 そこで生み出されたのが、マナクラフトとマナクラフターの中間に立ち、マナクラフト側からの情報を要約、マナクラフター側からの操作をフォローするマナクラフト、すなわちチューニング用工具だ。

 一口にチューニング用工具と言っても様々なものがあり、それぞれにちゃんとした名前があるのだが、単品ではなく必ず一式で売られている為、マナクラフター達の間ではチューニング用工具と呼ばれている。


「フェン? どうしたの?」

「やれ」

「え?」

「出来るんなら、さっさとやれ! というかもっと先に言え! そういう事はよ!!」

「ちょ、ちょっと。何で怒るの?!」

「別に怒ってない! 自分の買いかぶりが馬鹿々々しく思えただけだ!」


 間接型と呼ばれるチューニング用工具が必要なマナクラフトは、要するにそのままでは人の手に負えない事を意味する。

 それをこの魔女はさらっと、出来ると口にするのだ。

 なまじ、両親がマナクラフターで、自身もマナクラフトの知識と技術を有しているが故に、フェンの常識とプライドはずたずたに切り裂かれていた。

 例え、そこに嫉妬に近い感情が混じっていたとしても。


 何が稀代の魔女だ。何が設計の魔女だ! 確かに凄い力を持っているのかも知れないが、この常識のなさはなんなんだ! そう、そうか。これが後三人いるのか。

 やってられるかー!!


 フィーアに聞かれてヘソを曲げられても困るので、なんとか叫ぶのをかみ殺したフェンであった。



 第三章 完


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