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はじめての戦闘  3

「フフフあの竜騎兵め、海中へ落ちたぞ。潜水服もなしで、どうするつもりだ? 正体が女だったとは意外だが、どうでもいい。海の戦いには女も男もないのだからな」

 ゴーストは2匹のシャチを見回した。

 4つの瞳が命令を待っている。人間の部下とは違い、シャチは絶対に裏切ることがない。

 なまけることも、力を出し惜しみすることもない。

 天性のハンターなのだ。

 ゴーストは指示を出した。

「よしオメガよ、行け。とどめを刺すんだ。あの竜騎兵が死ねば、新型機の墜落場所は永遠のなぞとなる…。ああアルファ、おまえも遊んでいるわけにはいかないぞ。私とおまえはマッコウクジラを追うのだ。あの竜騎兵を助けさせないためにな」



 ジャネットが吹き鳴らす超音波笛の音を、チビ介はもちろん耳ざとく聞きつけていた。

 それまでは全力で泳いでいたのを、体を丸めて方向転換し、とっさに後戻りしたのだ。

 ジャネットの手足が水中でヒラヒラしているのを遠くに見つけることができた。

 ジャネットは、水面へ出ようともがいている。

 尾びれを全力で動かし、チビ介は急いだ。

 ところがゴーストも黙ってはいない。

「アルファ、あのマッコウクジラを妨害するんだ。行け」

 その指示を受けて牙をむき、ゴーストを背に乗せたまま、アルファはチビ介にとっさに体当たりをしたのだ。

 しかしドンと揺すぶられても大きく影響を受けることはなく、チビ介がそのままジャネットを目指すので、ゴーストは思わず悪態をついた。

「ええい、やはりシャチとマッコウクジラの体重差は圧倒的か…」

 ゴーストとアルファをしりめに、チビ介は前進を続けた。



 水面に顔を出すことにはなんとか成功したが、自分めがけてミサイルのように迫るオメガの姿に、ジャネットはいち早く気がついた。

「あのシャチがこちらへ来るぞ。水面に浮いている人間を襲うなど、やつには朝飯前の仕事だ。やつは私をどう攻撃するつもりだろう? すれ違いざまに牙を立てようとするか? なら対応策は一つしかない」

 腰に手を回し、ジャネットはナイフを手にしたのだ。

 水中でも振り回すことができるように刃は短いが、柄の部分は手にぴったりとフィットしている。

 竜騎兵専用にデザインされたものだ。

「さあシャチめ、私も簡単にやられはしないよ。覚悟を決めて攻めておいで」

 ジャネットを目前にして、オメガは最もよい突撃ルートを選ばなくてはならなかった。

 その選択に気を取られている間、ほんのわずかだが注意がおろそかになった。

 自分の背後にチビ介が接近していることを、オメガは夢にも知らなかったのだ。

 気づいたときには、オメガとチビ介は並んで泳いでいた。

 互いの肌が触れ合うほど近い。もちろん瞬発力はシャチが上回っている。

 しかし事前に勢いをつけていた分、チビ介のほうがスピードが出ていた。

 おくれを取らないために、オメガは全力で水を蹴らなくてはならなかった。

 白い波を立て、2匹のクジラは競争を続けた。

 ゴールは、頼りなく水に浮いているだけのジャネットだ。

 オメガはじりじりと追いつき、ジャネットの元へと達するころには、2匹は横一線に並んでいた。

 ジャネットをとらえたときの温かい肉の感触と、口中に広がる血の味を期待して、オメガは身もだえするほどだった。

 それゆえ、チビ介の細かな動きにオメガが気づかなかったのも無理はない。

 チビ介はこの隙に口を開いたのだ。

 牙が一列にずらりと並び、鳥のくちばしのように長く裂けた口だ。

 この状態で、2匹はジャネットへと突進していったのだ。

 それを見すえ、ジャネットは目をこらしていた。

 できるだけ冷静さを保とうとしたが、それには非常な努力が必要になる。

 だが、そこに彼女の生命がかかっているのだ。

「あのシャチは、直進して私を一口に食いちぎるつもりでいる。おそらく2匹は同時に私の元へと到達するだろう…。おや、チビ介が口を開けている。どういうことだ?」



 アルファに命じてあとを追わせながら、ゴーストは念じ続けた。

「オメガ、うまくやれ。うまくやってくれ。その竜騎兵を倒すのだ。女であろうが構うものか。やつは海図を持っている。体ごと食ってしまえ。よしオメガ、おまえが先に食いついた…。おや、いないぞ。あの竜騎兵はどこへ行った?」

 ゴーストが目を丸くしたのも無理はない。

 ジャネットの姿は、一瞬で海中から消えてしまったのだ。

 チビ介は直進を続けるが、頭を振り、振り返ってオメガは当惑した顔をしている。

 それはゴーストも同じだった。

「ヒトリ竜騎兵め、どこへ消えた?」

 その間も、チビ介はかまわず現場から遠ざかってゆくのだ。ゴーストはいぶかしんだ。

「なぜだ? あのマッコウクジラは、なぜああいう行動をとる? 何かがおかしいぞ…」



 姿を消したといっても、海中でジャネットが手品を使ったわけではない。

 2匹のクジラが先を争って迫る瞬間、ナイフを捨て、隙を見てジャネットはチビ介の口の中へ飛び込んだのだ。

 マッコウクジラの牙と牙の間に、体を滑り込ませた。

「やれやれ、ここは身動きもできないほど狭く、空気がないので息も止めていなくてはならない…。チビ介はどうするつもりなのだろう? 私の息が続くうちに、一度海面へ顔を出してくれればいいが」

 そこは暗く、まわりの様子など見ることができず、ジャネットは何も知ることができなかった。

 だが牙の隙間から目をこらし、外をのぞき見たとき、ちらりと視野に入ったのだ。

「そうか、チビ介は高速艇へ向かって泳いでいるのだ。灰色の船体があそこに見えているぞ。気を利かせて、乗組員は船底ハッチを開いているだろうか」

 チビ介は泳ぎ続けた。

 途中で一回、水面に頭を出してジャネットに息をつかせたほかは、わき目も振らなかった。

 追いすがろうとしたオメガは、尾びれで横面をはたかれる羽目になった。

 オメガは怒り狂ったが、そのころには高速艇がすぐ間近に迫っていたのだ。

「船底ハッチが開いているだろうか」

 とジャネットは気が気ではなかったが、その心配は結局無用だった。

 ハッチはすでに大きく開かれ、水槽への道が開通していたのだ。

 チビ介は一気に飛び込んでいった。

 水槽は四角く、水深は浅い。

 チビ介では狭苦しく感じるサイズでしかないが、到着するとすぐに口を開け、舌を使ってチビ介はジャネットを外へ押し出してくれた。

 手足を動かし、水中で少しもがくようにして、やっとジャネットは水面に顔を出すことができた。

 見回すと、まわりは見慣れた灰色の壁なのだ。

「ふうう」

 高速艇が揺れると、水が動く。

 水が動くとチビ介の体が揺れるので、邪魔にならないように、ジャネットは少しわきへ寄った。

 水槽の周囲には、人の歩く廊下が縦横に走っている。

 そこに足音を聞きつけてジャネットが振り返ると、声が聞こえた。

「スミス!」

 声の主はアップル大尉だった。

 へさきの方向からこちらへ駆けてくるのだ。

「アップル大尉…」

「スミス、ケガはないか?」

「ギリギリだったけれど、なんとか逃げてきました。ゴーストが…」

「いやスミス、戦いはまだ終わっていない。ゴーストともあろうものが、そう簡単にあきらめるものか」

「だけど…」

 静かなはずの水槽の水が突然波立ち、沸き立つように激しく変化したのは、この瞬間だった。

「来たぞスミス。気をつけろ」

 アップル大尉の言葉と同時に、爆発音が水槽に響いた。

 耳をつんざくほど大きなものではなかったが、水面が沸き立ったのはそのせいだったのだ。

 ジャネットは叫んだ。

「アップル大尉、何が起こってるんですか?」

 爆発の衝撃でよろめき、一度は床に倒れたが、アップル大尉はバネのように飛び上がった。

「ゴーストのやつが、船底ハッチを爆破したのさ」

「爆破?」

「ああ、なんてやつだ。くそっ」

 波立つ水面をジャネットは見回したが、泡はすでに消え、何も変化はないようだ。

「でもアップル大尉…」

「警戒をゆるめるな。ゴーストはどう来るかわからんぞ」

 ジャネットは、不安そうに水槽から見上げた。

「アップル大尉、今の爆発でこの船は沈没するんですか?」

「そんなことはない。あの程度の爆発によるダメージなど知れているさ。心配することはない」

「でも…」

「そんなことより、いいかスミス。そろそろゴーストが次の攻撃を仕掛けてくるころだ。そうしたら…」

 だがアップル大尉は言葉を終えることができなかった。

 再び水面が激しく泡立ち、波立ったのだ。

「来たっ」

 それは黒いシャチの形をしていた。

 オメガだった。

 ジャネットを追ってきたのだ。

 破壊された船底ハッチを通り抜け、水槽の中へおどりこんできた。

「スミス、これは何だ?」

「ゴーストが連れているシャチの一匹です…」

 スペースたっぷりの大きな水槽ではない。

 その中で2匹のクジラが出会ったのだ。

 たちまち戦いが始まった。

 水はさらに激しく波打ち、白い泡まで飛び交うほどだ。

 チビ介とオメガが牙を向け合い、暴れ回るので、ジャネットがいつ踏みつぶされても不思議はない。

 アップル大尉が叫んだ。

「スミス、早く水槽から出るんだ」

「それが、はしごまでたどり着けないんです」

 水槽のすみでジャネットは壁に背中を押し付け、からみ合う2つの巨体をかろうじてよけているのだ。

「隙を見て、チビ介の体によじ登ることはできないか?」

「やってみます」

 ジャネットはなんとか成功した。

 体重を生かし、チビ介が一時的にオメガを押さえつけてくれたのだ。

 力をため、オメガは反撃のチャンスを狙っている。

 いつまた激しい戦いが再開されるかもわからない。

 アップル大尉の声が、再び水槽に大きく響いた。

「スミス、これを使え。心臓を狙うんだぞ」

 とっさに振り返ったジャネットが見たのは、銃を投げてよこすアップル大尉の姿だった。

 銃はクルクルと回転しながら、宙を飛んでくる。

 手にした瞬間、ずしりとした金属の重さをジャネットは感じた。

 ジャネットの手は自動的に動き、本人が気づいたときには、指が勝手に引き金を引いていた。

 チビ介の体の上で両足を踏ん張り、ジャネットは狙いをつけたのだ。

 水音で満ちている水槽に、さらに銃声が響いた。

 その一回ごとに、銃がジャネットの手の中で飛び跳ねた。

 弾丸がついに空になったのは、6回連続して引き金を引いたあとのことだったがそれにも気づかず、まだジャネットは引き金を引き続けた。

 その様子はいかにも必死で、見かねたアップル大尉が声をかけたほどだ。

「もういいスミス、もういいんだ。シャチは死んだぞ」

 その瞬間、まるで魂を抜かれたかのように体を硬くしていたジャネットも、状況に気づくことができた。

「えっ?」

「もういいんだスミス、シャチは死んだよ」

「えっ? ああ、すみません。銃を水に落としてしまいました」

 いちどきに力の抜けたジャネットの指を離れ、銃は頼りなく落下してゆき、チビ介の背で一度バウンドしてから、水槽の底へと消えていったのだ。

「まあいいさ。後で拾っておくよ。今は水が真っ赤で、何も見えん」

「あっ」

 やっと気づいて、ジャネットは小さく声を上げた。

 本当にアップル大尉の言うとおりだったのだ。

 水槽の水はまるで絵の具を混ぜたかのように赤く、チビ介はその中に浮いているのだった。



 高速艇のすぐ後方にアルファを続かせ、ゴーストはひとしきり観察していたが、やがてため息をついた。

 船底ハッチのあたりから、赤い色の液体が染み出し、流れ落ちてくるのだ。

「ああオメガめ、倒されてしまったな。なんて血の気の多いやつだ。私の制止も聞かずに暴走した結果がこれか…」

 相棒のシャチを失うのは大きな痛手だったが、まだアルファがいる。

 状況に応じて頭の切り替えが早いことも、ゴーストの強さの秘密だった。

「まあいい。頭に血が上ると見境がなくなるシャチだとわかっただけで、よしとしよう。そんな性格では、どのみち長い付き合いはできなかったさ…。さあアルファ、高速艇はどこへ行った? ああスピードを上げたな。指揮所へ帰るのだろう。もはや爆雷を使い切ってしまい、作戦の続行は不可能だ。あの女竜騎兵め、今回はおまえの勝ちということだな…」



 事件が終わって数日後、アップル大尉から正式の呼び出しを受け、ジャネットは少し驚いた。

「一体私に何の用だろう?」

 緊張しながらジャネットはオフィスのドアをノックしたのだが、アップル大尉はいつものように退屈そうな顔をして机のむこうに座り、ジャネットに一枚の写真を見せたのだ。

「スミス、こんな写真が司令部から送られてきた。おまえに見せろとさ」

「なんです?」

 手に取って視線を落としたが、すぐにジャネットは目を丸くした。

 白黒の写真で、一人の男が映っている。

 勲章を授ける式典のおりに撮影されたようで、きちんと制服を着て胸を張り、白い歯を見せているのだ。

 アップル大尉が口を開いた。

「もしかして、ゴーストとはこの男ではなかったか? おまえは顔を間近に見たのだろう?」

「ええ、この男に間違いありません」

 ジャネットは自信を持って断言することができた。

 顔が似ているというだけではなく、あの尊大さやふてぶてしさまでも、この写真はよく写し取っていたのだ。

 眺めているだけで、あの日の海中の戦いが心の中によみがえるような気がした。

 ジャネットは言った。

「この男の正体がわかったんですか?」

「名前はビル・カーターというそうだ」

「この写真はハマダラカ海軍の制服姿ですね」

「数年前に勲章をもらい、そのときの記念写真だそうだ。ビル・カーターといえば、おまえも習っただろう? あのジャック・カーターの息子だぞ」

「ジャック・カーターのことは訓練校の授業で習いました。世界で最初にクジラを飼い慣らして、わが国に竜騎兵部隊を創設した人物でしょう? 何年か前に海で行方不明になったのではなかったですか?」

「父親のあとを継いで、息子のビルもヒトリ竜騎兵部隊に入ったのだよ。この指揮所の中も奴は歩いたことがあるんだぜ。それがあるとき、なぜかビルはスパイの疑惑をかけられてな…」

「スパイ? そんな疑惑を裏付ける証拠があったんですか?」

「どれほどはっきりした疑惑か、俺も細かいことまでは知らんよ。だが逮捕の直前にビルは姿を消し、消息はプッツリ消えた。しかし数年後、こともあろうにハマダラカへと渡り、ハマダラカ竜騎兵部隊の創設に功績ありと認められて勲章をもらい、その写真が撮られたということさ。俺たちは寝耳に水で、口をあんぐりと開けたものだよ」

「だけどそれが、ビルのもともとの疑惑を裏付けるわけではないのですね?」

「もちろんそうさ。ビルはスパイを働き、竜騎兵部隊の機密や技術資料をハマダラカに流していたのか。あるいは無実の罪に問われたことで嫌気が差し、国を捨てて亡命したのか。それはわからん。そして今回、奴こそが伝説の竜騎兵、ゴーストの正体だとわかった。司令部の連中は冷や汗をかいているそうだぜ」

「それでアップル大尉、私にどうしろというのです?」

「司令部がおまえにこの写真を見せろというから、ただ見せただけさ。ゴーストについては、司令部もとうとう本気で対策に乗り出すらしい。俺たちも忙しくなるかもしれん。だが今日の用事はこれだけだ。おまえはもう帰っていい」

 アップル大尉の部屋を出て、ジャネットは指揮所の海べりを歩き始めた。

 日差しの強い、今日も暑い日だ。

「この歩道をビル・カーターも歩いたことがあるのかな」

 とジャネットはぼんやり思った。

 無実の罪を着せられて国を追われるとしたら、どんな気持ちがするものだろう。

 その瞬間、背後から汽笛が聞こえたので振り返ると、高速艇に先導され、幅の広い貨物船が入港してくるところだった。

 その甲板は特に幅が広く、あまりに大きいので、その上に家だって建てることができるサイズがある。

 だがもちろん、貨物船は家を運んできたのではなかった。

 そこには金属製の物体が乗せられていたのだ。

 海底にあった間に海水があちこちにしみをつけ、もう海草が生えかかっている。

 だがジャネットが正体を見間違えることはなかった。

 あのハマダラカ機だったのだ。

 ついに引き上げられ、ヒトリ空軍の戦力増強に大きく貢献することは疑いない。

 太陽の光を跳ね返し、最新鋭の機体はきらきらと輝いていた。


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[一言] おかえりなさいおひさしぶりですやっほう感無量(可愛いーーー!)なんて悩殺可憐なのか、いやいやお元気ですねえと目を細めている……場合ではなかったです血まみれ肉弾戦。成長というか開花というのか、…
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