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はじめての戦闘  1

 突然無線機から声が聞こえたのは、飛行艇が飛び立って、まだいくらも立たないときのことだった。

「おい飛行艇404、聞いているか?」

 海軍司令部の無線担当官の声だ。竜騎兵指揮所を出発してから、ずっとジャネットたちの道案内を勤めていた。

 マイクロフォンを取って答えたのは、副操縦士だった。

「こちら飛行艇404だ。よく聞こえる」

 飛行艇とは飛行機の一種だが、形は少し船に似ている。飛行場ではなく水面から飛び立つことを目的に設計されているからだが、もちろん水面に降りることもできる。

「飛行艇404へ、今すぐ針路を北へ12度振れ。不審な飛行機がいる。我々が知る限り、国内に該当する飛行機はない」

「なんだって? ただの民間機じゃないのか?」

「そんな届けはない。航空局も知らんと言っている。漁船が見かけて通報してくれたんだが、無線で呼びかけても応答がない。接近して、正体を確かめてくれ」

 そこへ不機嫌そうに機長が割り込んだ。

「おい、こっちは生きたクジラを積んでるんだぞ。これから外洋訓練に出かけるところなんだ」

「それは知っているが、おまえらが一番近くを飛んでるんだ。数分で終わる仕事だから文句言うな」

 通信はこれで切れてしまったので、舌打ちをして、機長は操縦レバーを左に倒すしかなかった。

 副操縦士とジャネットは顔を見合わせたが、目標機の姿が見えてきたのは数分後のことだった。水平線のかなたに、小さな銀色の点が見えたのだ。

 最初に見つけたのはジャネットだった。

「あっ、見えました」

 ジャネットが指さす方向を向き、機長たちは目をこらした。

「どこだ?」

「あそこです。飛行機に違いありません。銀色に輝いています」

 アクセルに手を伸ばし、機長は飛行艇をグイと加速させた。とたんに機体が揺れたが、飛行艇はすぐに目標機に接近することができた。

 双眼鏡を使い、機長が眺めていたが、少し様子がおかしいことにジャネットは気がついた。

 副操縦士が無線機のスイッチを入れるのが目に入った。

「こちら飛行艇404」

 返事はすぐにあった。「こちら司令部だ。飛行機の正体はなんだった?」

 機長が手渡してくれたので、ジャネットも双眼鏡を向け、窓の外を眺めた。レンズを通して、相手の姿を大きくはっきりと見ることができた。

 機長の声が聞こえた。

「こちら飛行艇404機長、アンダーソンだ。オレの声がわかるか?」

「わかるよ。どうしたんだい?」

「オレは今、目標機を間近に見ている。国籍不明。所属も形式も不明。見たことのないタイプだ」

「なんだって? 機体にマークはないか?」

「ないね。きらきら光る新品の飛行機だ」

「方位は?」

 機器を眺め、副操縦士が数値を読み上げた。ジャネットは双眼鏡を使い、まだ相手を眺めていた。

 本当に首をかしげるほかなかったのだが、司令部と話すうちに、

「どうやらハマダラカ空軍の新型機らしい」

 という結論になった。

 おそらくテスト飛行中なのだろうが、それがなぜこんな場所にいるのかは推測するしかなかった。

 ここは明らかにヒトリの領海内であり、あの飛行機は領空侵犯をしているのだ。

 わけがわからず、ジャネットたちは頭をしぼるしかなかった。

 しかし意外にも、その答えを教えてくれたのはあの新型機本人だった。突然機体を震わせ、エンジンから煙を吹き始めたのだ。

 副操縦士が声を上げた。

「煙を噴いているぞ!」

 ジャネットの手から奪い取り、機長は双眼鏡をのぞき込んだ。無線機から声が聞こえる。

「煙だって?」

 機長が答えた。「ああ、エンジントラブルらしい。燃料に引火しなきゃいいが。あいつはどうやら、少し前からエンジン故障をかかえて飛び続けていたらしい。だからこんな低空を、飛行艇でも追いつけるほどの低速で飛んでいたんだ」

「なるほど…」

「こんな場所にいる理由もそれで説明がつく。公海上で長距離飛行テストでもやっていたのだろうが、こんな緊急事態だ。エンジンが停止してしまう前に、ヒトリの領海を突っ切ってでも、最短距離をとって本国へ帰ろうと試みているんだ」

「それが裏目に出たというわけか」

「何だか知らんが、とうとうエンジンがオシャカになった。高度を下げ始めたぞ」

「おい、まさか墜落するのか?」

 機長は口をゆがめて笑った。「隣国の最新鋭機が丸ごと手に入るチャンスじゃないか。もっとも、海底から引き上げることができればだがな」

 副操縦士は黙って会話を聞いていたが、空中にカーブを描くハマダラカ機に合わせて速度を落とし、すでに操縦レバーを倒している。

 機長は司令部にむかって言った。

「やつは機首を風上に向けた。不時着水するつもりなのは明らかだ。となると、ほってもおけん。こちらも着水するぞ。乗員を救助する必要がある」

 ところが司令部からの返事はこうだった。

「乗員もそうだが、機体の方にもっと興味がある。乗員に機体を破壊させないよう努力しろ。なんとか手に入れたい」

「それはいいが、もしも機体が海に沈んじまったらどうするね?」

 スイッチが切れ、司令部の担当官は一旦マイクロフォンを置いたようだ。

 その間もハマダラカ機は高度を下げ、波が少しでも静かな場所を探している。上空を旋回しながら、ジャネットたちはそれを見守っていた。

 司令部からの返事が返ってきたのは、ハマダラカ機の機首が水面に触れるころだった。機首が水を切り、前方へ大きく波を飛ばした。

 ジャネットたちはその真上を横切ったが、操縦レバーを倒し、副操縦士は旋回を続けた。無線機からふたたび声が聞こえた。

「飛行艇404へ、着水後、もしもハマダラカ機が沈没を始めた場合には、竜騎兵とクジラを海に下ろせ。沈没する機体を海底まで追跡させろ。沈没場所を確認しだい、竜騎兵は水面へ戻ってこい」

 機長が不満そうに声を上げた。

「おい、この竜騎兵は正規兵じゃない。ただの訓練生だ。学生にそんな仕事をさせるつもりか?」

 だが司令部は意に介さず、担当官は同じことを繰り返すばかりだった。

「竜騎兵訓練生、命令は聞こえたか? すでに応援がそちらへむかいつつある。おまえは沈没地点だけ確認すればいい。なあに、まだ機体が沈むと決まったわけじゃないさ…」

 ハマダラカ機はすでにほとんど停止し、波の上に浮かんでいた。

 四角いハッチが開き、乗員たちがはい出してくる。

 乗員は3人いるが、そのうちの一人がゴムボートの用意を始めるのが目についた。

 飛行艇は最後の旋回を終え、ねらいをつけて着水に入った。

 大きく揺れながら飛行艇が着水するとすぐにシートベルトをはずし、ジャネットは機体後部へチビ介の様子を見に行った。

 突然の揺れで少しびっくりしている顔つきだったが、水槽の中でチビ介は元気だった。

 ジャネットはほっとしたが、ドアを開けて操縦室に戻ると、パイロットたちの様子がなんだかおかしいことにジャネットは気がついた。

「機長、どうかしたんですか?」

「ああスミス、ハマダラカ機が今しがた沈没したところだ」



 乗員たちの救助は機長たちに任せ、ジャネットは再び機体の後部へと走っていった。

 ハマダラカ兵たちの乗ったボートは波の上で細かく揺れながら、すでにこちらへむかってこぎ始めている。

 ジリジリとベルが鳴り、壁際にある機内電話が呼んでいることにジャネットは気がついた。

 受話器を耳にあてると、機長の声が聞こえてきた。

「スミス、乗員は救助した。そっちの具合はどうだ?」

「待ってください」

 長い電話線を引きずって機体の一番後ろへ行き、ジャネットは窓の外をのぞき込んだ。小さな丸い窓だが、海の様子は十分見ることができる。

 ジャネットは答えた。

「波はOKです。十分クジラを降ろせます。今から後部ハッチを開けます」

「一人でやれるか?」

「やれると思います」

「すまんな。手伝えればいいのだが、こちらはお客さんが3人もいてな」

「様子はどうです?」

「ケガはしていない。ご機嫌は悪そうだが」

「そうでしょうね」

「本当に助けは要らないんだな?」

「ええ、大丈夫です」

「よし」

 受話器を置き、ジャネットは準備に取りかかった。

 水槽の上に身を乗り出すと、チビ介がさっそく歓迎してくれた。ジャネットの興奮が伝わっているのだろう。尾びれをゆっくりと動かしている。

 スイッチを入れ、ジャネットは後部ハッチを開いた。

 ウィーンという機械の低い音が聞こえてくる。

 後部ハッチは大きく広く、開いてゆくにつれ、海の風景が目前に広がるのだ。

風が吹き込み、体にしぶきがかかる。

 同時に飛行艇の後ろから、海面へむかって水槽をゆっくり降ろしてゆくのだ。

 波の音を感じて、チビ介がぐるりと目玉を動かした。

「さあ、準備ができた」

 門を開いてやると、チビ介はさっと海中に泳ぎ出た。せまい場所から自由になってせいせいしているという表情だ。

「次は私が潜水服を身につける番だ」

 潜水服は天井からつるしてあったが、スイッチを操作し、ジャネットはゆっくりと水面へ降ろしていった。

 チビ介はもう潜水服に寄りそい、ジャネットが着込むのを今か今かと待っている。

 深呼吸をして、ジャネットは海に飛び込んだ。

 潜水服の内側へ体を滑り込ませると用意はすぐに整い、合図を送り、ジャネットはチビ介を前進させた。

 黒い大きな体に渡されているベルトに手をかけ、ジャネットは身体のバランスを取った。

 沈没したと言われた時からジャネットも覚悟はしていたが、海中にハマダラカ機の姿などすでに影もなかった。

 機体内部に浸水した飛行機など、石ころも同じなのだろう。海底へむかってまっさかさまに落下していったのだ。

「だが絶望する必要はない。まだ手はある」

 ヘルメットの中でジャネットが微笑んだのには理由があった。

 沈没する機体からゆっくりと逃げ出す空気が、小さな泡となって、海中に長い列を作っていたのだ。

「あの泡の列はあんなにはっきりしている。それをチビ介に追わせるのは、難しい仕事ではない」

『さらに深く潜水せよ』と命じると、チビ介は目玉をクリクリと動かして喜んだ。

 深海へ向かうことが、マッコウクジラは本当に好きなのだ。

 切れ切れに立ち上ってくる泡を追いかけ、頭を下向きに、チビ介は降下を続けた。

 ヘッドライトを点灯させたまま、ジャネットはチラチラと深度計をにらんでいた。

「今のところまだ深度は問題ない。だが1000メートルを超えると面倒だな。いくらこの潜水服でも、それ以上深く潜ることはできないのだから」

 深海から立ち上る泡は、やがて目に見えて少なくなった。

 だがチビ介は迷いも見せず、まばらな泡の発生源を追い続けた。

「あっ」

 光の届かない深海は本当に暗く、何も見えはしない。

 ヘッドライトの光の中についに海底が姿を見せたとき、ジャネットはほっとため息をついた。

 とうとうここが終点で、粉雪のように細かい砂が見渡す限り広がり、すべてを覆っている。

 深度計を見ると、針は980メートルを指していた。

「やれやれ、潜水可能なギリギリの深度か。もしもう少しでも深ければ、追跡はあきらめなければならなかった」

 海底に腹ばいに、体をゆっくりと停止させ、チビ介はもう退屈そうな顔をしている。

「ねえねえ、この次は何をして遊ぶの?」

 と言っているかのようだ。

 黒い肌をなで、ジャネットは少し落ち着かせなくてはならなかった。

 ヘッドライトを振り回し、ほんの少しキョロキョロするだけで、ハマダラカ機の姿はすぐに見つけることができた。

 すぐ近くの砂地に、上下逆さまに突き刺さっているのだ。

「ハマダラカ機はあそこにいる。まるで撃たれて死んだ白鳥のような姿だ。どんな最新鋭機でも、墜落した姿はぱっとしないものだね…。さあ仕事にかかろう」

 数分の間、ペンを手にジャネットは忙しかった。

 潜水服に作りつけられた計器類を眺め、この墜落地点を海図に記入するのだ。

 少し計算もあったが、慣れているので大変だとは思わなかった。

 チビ介が退屈そうに胸びれを動かしているので、ジャネットはぽんぽんと何度か軽く叩いてやったが、その計算もやがて終わった。

「さあ済んだ。後は水面に戻って、この座標を司令部に報告すれば任務はおしまいだ」

 ジャネットがペンと海図を片付けるとすぐに気付き、チビ介が表情を変えた。

 まだ若いクジラだから、とにかく常に体を動かしていないと退屈なのだろう。

「水面へ」と合図を出し、ジャネットが胸ベルトにつかまると、チビ介はいそいそとヒレを動かし始めた。

 鼻を上へ向け、ジャネットたちはゆっくりと水面を目ざした。

 なにせ距離があるから、普通に泳いでも数分かかってしまう。

 上昇を続け、真っ暗な中に太陽の姿がやがてぼんやりと小さく見え始めると、ジャネットはほっとした。

 だがジャネットを迎えてくれたのは、大きく広がる平和な海面ではなかったのだ。ジャネットはひどく奇妙に感じた。

「おや、何かがおかしいぞ?」

 本当の意味に気づくのはチビ介のほうが早かった。

 胸びれを使って突然急ブレーキをかけ、鋭く方向転換をしたのだ。

 尾びれを全力で動かし、一秒でも早くその場を離れようとした。

 その様子は普通ではない。

「どうしたのチビ介、何を考えてるの?」 

 ジャネットにはまだ意味がわからなかったが、もしもチビ介のすばやい行動がなければ、彼女も巻き込まれていたかもしれない。

 次の瞬間、ジャネットの体をかすめるようにして、ギリギリのところを通り過ぎていった巨大な物体があったのだ。

「あれは何だ?」

 ジャネットは目を凝らし、息を呑んだ。

 物体はジャネットを追い越し、強い波を巻き起こしながら、海中をまっすぐに落ちていったのだ。

 相当に強力な爆弾を用いたのだろう。大きく引き裂かれ、もはや元の姿をとどめてはいない。

「まさか、あれは飛行艇404か?」

 信じられない眺めだが、事実は事実だ。

 大きく破壊されてはいても、形の特徴から、あれが飛行艇404だということは疑いない。

 それが完全に破壊されているのだ。機体があの有様では、乗員たちの運命も簡単に想像がつく。 

「私が海底にいた間に、飛行艇404が爆破されたのだ。なんてこと…。あの様子では、生存者を捜索することさえもはや無意味だ…。おや、あれは何だろう?」

 さらに奇妙なものがジャネットの目に触れたのだ。

 ここからはまだ遠く、水面近くにたたずんでいるが、詳しく観察するには少し距離がある。

 しかしそれが、人間の形に見えなくもないのだ。

「あれは誰だ? 人間か?」

 だがただの人間ではなく、シャチの背に乗っているのだ。

 それどころかそばにもう一匹、別のシャチも連れているのだ。

 ジャネットはもう一度目を凝らしたが、やはり錯覚ではなかった。

 あの潜水服はハマダラカ竜騎兵だし、2匹のシャチももちろん、空気パイプや道具箱など、竜騎兵部隊のクジラとして十分な装備が施されている。

「シャチを2匹も連れている竜騎兵か。あの人影は…、まさかあの竜騎兵はゴーストか?」

 ハマダラカの伝説的な竜騎兵については、ジャネットも噂を聞いていた。

 しかしヒトリ海軍でも、ゴーストを実際に目撃して、生きのびた者はほんの一握りしかいない。

 ゴーストは神出鬼没、予想もしない場所に突然現れたかと思うと、あっという間に姿を消し、あとに残るのは爆破された船の残骸だけだ。

 これまでに沈められたヒトリ船舶はすでに10隻近い。

 ゴーストとはそういう存在で、その正確な姿もわからないまま、ヒトリ国の内外で原因不明の爆破、沈没が相次いでいたのだ。

 ゴーストに関してはヒトリ海軍全体が疑心暗鬼になりかかっていたが、確かなことはただ一つ、ゴーストは常に爆薬を携行し、使用するのをためらわない、ということだ。

 それがこの日ジャネットの目前で、飛行艇404をターゲットにして、再び実証されたわけだ。

「間違いない。あれはゴーストだ」

 その姿に、ジャネットは全身の血がさっと引くのを感じた。

 もちろんゴーストもジャネットの存在に気づいている。

 飛行艇の残骸を満足そうに見送っていたが、使い残した爆薬をシャチの背に戻すゴーストの手が不意に止まったのだ。



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