letter
郵便受けに届いた真っ白な封筒には、宛名も送り主も書かれてはいなかった。
ダイレクトメールのようなしっかりとした重みも、友人からのハガキのようなふんわりとした暖かみもない、中身が入っているのかも怪しく感じられる手紙。
しっかりと糊付けされた封を破った理由はここが日本だったからで、平和な田舎町だったからで、あたしが何の不信感も抱かない気楽な性格だったからで。そして、真っ白なだけのつまらない封筒から、とてもとても懐かしい何かを感じたからで。
それはシナモントーストの香りだとか。フローリングの軋む音だとか。光の中を泳ぐ魚の青い青い尾鰭だとか。そんな些細な記憶のかけら。
破いた封筒に入っていたのは、飾り気のない便せんで。そこに書かれた言葉もまた、飾り気のない一言だった。
『覚えていてくれて、ありがとう。』
その日、夢を見た。
どこか懐かしい一室の隅にあたしは膝を抱えて座っていて。
あたしの部屋じゃない小さなワンルームには、誰かの立てる物音があって。ぼんやりとした視界に映るのは、あぐらをかいてローテーブルに向かう背中だった。窓から差し込む春の光が、優しい。
ガラスでできたテーブルに薄い紙きれを一枚置いて、あたしに背を向けたその人は、ひたすら何かを書いていた。
鉛筆の音だ、とおぼろげに思う。
テーブルの上で少しずつ削れていくような、やわらかい音。
消しゴムが無いのか、それとも面倒くさがりなのか。時折塗り潰すような音を交えながら、座り込んだ誰かは作業を続ける。
不意に手を止めて考え込んだり、薄っぺらいノートのページを破りとっては何かを書き殴ったり、ため息を吐いてはそれを消したり。
あぁ。書いているのは、手紙だ。
何度も消して。何度も書いて。
繰り返す後ろ姿に、過去の自分が重なるようで。
伝えたい言葉が見つからなくて。何を言えば気持ちを理解してもらえるのかわからなくて。直接話す元気も勇気もなくて。顔も見ないままで酷い言葉をぶつけたのは、そうしなきゃ自分を守れなかったから。
あの頃から長い長い時間が過ぎて。あたしは悲しみと挫折と苦労と、ほんの少しの笑顔を手に入れて。一人でいることの寂しさと、誰かと傷付く怖さを知って。進んだのか、変わったのか。わからないけど、言える言葉はあの頃とはもう違う。
ふっと息を吐いて。新しい便せんに一文だけ鉛筆を走らせて、あなたは振り返った。
窓から差し込む光が強くなって、その姿を消していく。
あたしは光に消えていくその顔が笑顔だといいとぼんやり思いながら、目が覚めたら一番に手紙を書こうと考えた。悩まなくたって、文面は決まっているから。
『あたしは、もう大丈夫』
お読みいただきありがとうございます。
短い文章ですが、何かしら感じていただけたら幸いです。




