初夏
「櫻宮さん。こちらは終わったわ。」
つき子さんはしゃがんでいた状態から立ち上がり、軍手を外した。膝で折られていたスカートのプリーツがはらりと広がる。そして軍手に付着した土を払う。
「あ、うん!私も、もう少しで終わると思う。」
私はスコップを持ったまま、つき子さんを振り仰いだ。
きらきらした木漏れ日が梢の隙間からこぼれおち、つき子さんを彩っている。つき子さんの艶やかな髪が木漏れ日で輝き、その健やかな美しさに私は目を細める。
つき子さんは逆光の中で微笑んだ、気がした。
「そう。では、私は記録を書いてくるわね。」
つき子さんは踵を返すと、軍手とスコップを持って校舎の中に入って行った。
つき子さんは成績優秀の上に、手際もいい。
平凡な私ではなかなか追いつけないけれど……頑張らなくちゃ。
滲んできた額の汗を拭って、私は花壇の手入れを再開した。
初夏。
つき子さんと出逢って——高校に入学して一月が経った。
少しは、学校に慣れてきたけれど、まだまだ知らないことばかりで緊張する毎日だ。
勉強に付いて行くのも大変だけれど、授業中につき子さんの端整な横顔を覗き見ては、元気をもらっていた。
好きな人の姿って、すごい。
けれどつき子さんとの距離は「同じ委員会の人」から縮まることもなく、ゆるりと過ぎて行った。
私は時折つき子さんのそばに居られるだけで幸せだった。
時折向けてくれる微笑みも、かけてくれる言葉も、どんなにささやかなことも私にはすべてが宝物だった。
だから、あの時手を挙げた私を少し誇らしく思っていた。
「清水さんて、相変わらずの人気だねぇ。」
昼休み、机を三つ合わせた一辺の上でお弁当を突つきながら、のんちゃんがのんびりと言う。
「うんうん。でも清水さんなら無理ないよ~。」
はなちゃんは取り巻き——そう評しては失礼かもしれないけれど、他に言葉が浮かばない——に囲まれているつき子さんを見て、ほぅと溜め息をついた。
つき子さんの机を囲むように、大勢のクラスメイトがお弁当を持って集っている。
「そうだね……。」
私は卵焼きを持ったまま俯いた。
私はあの中には入って行けない。つき子さんのことは好きだけれど、他の人は……。
「あ~。香蓮ちゃん溜め息。どうしたの?」
「もう、はなってば鈍いなぁ。香蓮ちゃんは清水さんが好きなんだよぅ。」
俯いた私を心配そうに覗き込んだはなちゃんに、のんちゃんはのんびりと突っ込みを入れる。
そう、好きなの。でも、これ以上は望めない……………え?
「ええっ!?な、な、な、なんでっ。」
なんで、私がつき子さんを好きだって、知っているの!?
声にならない叫びを上げ、私は激しく動揺して卵焼きを転がしてしまった。
「あ、セーフ。ランチョンマットの上だったねっ。」
「もう、希美がびっくりさせるからだよ。」
のんちゃんの視点は少しずれている。はなちゃんはだめだよ~、とのんちゃん(本名は希美ちゃん)を嗜めた。
「なっ、なっ、なっ。」
私はまだ動揺が収まらない。だって、だって、密かに想って、誰にも気付かれていないと思っていたのに。
「見ていれば分かるよ。」
のんちゃんはおっとりした表情、けれどまなざしは深く、私を見た。
「うん。私たち、香蓮ちゃんのこと、好きだからね。」
はなちゃんが花のようにふわりと笑う。
「付き合いはまだ短くても、いつも居る友達のことはわかるよぉ。」
のんちゃんは私を見つめたまま、優しく微笑んだ。
私はびっくりしたけれど、それ以上に二人の言葉が嬉しくて、胸が詰まった。
つき子さんが好き。
それは、どんなに望みが薄くても、夜空に月が毎夜昇って輝くように、私の中で変えられない核となっていった。