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プロローグ

※現在構想中の作品で、エターなったり大幅改稿される可能性があります。

 お前は黄金を手に入れ、他の全てを失うだろう

 その黄金に手を伸ばしはならない。それは血と肉と魂で出来ている



                               ――とある村の口伝――

 



                               

 大地に剣が刺さり、少女は縫いとめられた。

 爛れ沼。

 僅かに入り込む日の光さえ歪み衰える腐敗の地。

 あるいは捻れ、あるいは傾いた奇形の木々に覆われたその領域は、まるで瘴気を放っているかのように薄い霧が立ち込めている。生い茂る木も草もその多くが色を失い、欠け、崩れていた。ここは死を連想させるにはあまりに相応しすぎる土地だった。

 呼吸するのも躊躇われる空気を震わせ、くぐもった男の笑い声が響く。

 獣の皮をなめして作られた鎧を身につけた粗野な男だった。短く刈り込んだ黒髪に鈍色の額当てをつけ、決して若くないその顔には複数の傷が刻まれている。歴戦を思わせる風貌だった。そして今男の顔は嗜虐の色に染まっている。

「こんなところで女に出会うとはな」

 男の目に映るのは黒い大地に倒れ込んだ白い少女。

 灰色の髪に灰色の肌そして灰色の瞳は、幼くして老婆を連想させる。

 そんな彼女を白い少女と呼ばせるのは、この腐り色に染まった世界で異質ともとれる純白の単衣を身にまとっているからだ。借り物のように丈の合っていない白装束のゆったりとした袖口を、小振りの剣が貫いている。それは彼女を地面に縛り付ける楔だ。

 男は身動きが出来なくなった彼女を見て、満足そうに無精髭の生えた顎を撫でる。

 少女は身体を起こそうとするが、右手を縫い付ける剣がそれを阻害する。なにより小刻みに震える身体には全く力が入っていなかった。瞳は恐怖の色に染まっていた。

 男がゆっくりと少女の上へと覆い被さる。

 少女は抵抗しようと空いた左手を突き出すが、その腕はあっけなく男に押さえつけられた。荒い息遣いが少女の耳へと届く。男の節くれだった手が、前を合わせ帯で留めただけの衣服の隙間へと伸びる。

 少女の身体がびくっと小さく跳ねた。

 服の中へと潜り込んだ男の右腕が、幼い少女の身体を弄る。

「あっ、はあっ」

 少女の口から声が漏れた。搾り出すようなそれは苦悶からだろう。だが幼い少女の吐息を耳元で聞いた男は、更なる嬌声を上げさせようと腕の動きをより大胆にさせていく。

「はぁ……はぁ……ん?」

 自身の年齢の半分も満たないような少女に跨り息を荒げていた男は、その手に異物を感じ腕を止めた。訝しみながらも手の平大のそれを掴み、少女の服からゆっくりと引き抜く。

「……こいつは……」 

 男は思わず呟く。

 それは黄金色の塊だった。

 反射的に立ち上がり、わずかな光に照らすように塊を天に掲げる。人間を魅了してやまないその輝きは疑いようもない。

「ふっ、ふハッ……クックッ……はっ、はァ……ッ」

 引きつった笑みが歪んだ口から漏れる。男は堪らず額に手を当て頭を振った。

「ふッ、えフッ……まさか、本当に金があるとはな……」

 半信半疑。否、全く信じていなかったと言っていい。だが、事実として男は見つけのだ。

 ……いや。と男は自身の過去を振り返る。自分がかつて略奪の際に見た金塊はもっと濃い金色だったような……。記憶を辿りながら突き刺した剣を杖代わりにしようと手を伸ばす。

 どろりとした何かが手に触れた。

 ――ソレに触れるまで男は気付けなかった。ソレは音もなく這いより食らう者。

 男が手にしようとした剣は禍々しい程に色鮮やかな緑色の粘液で覆われていた。

 肉の焼ける音と共に男の叫び声が響く。伸ばした右手を胸元へと引き寄せるが既に遅く、指先は爛れ、血がにじみ出ていた。

「あぐぅ! こ、こいつは……」

 粘体に取り込まれた剣は悠久の時を経たように色を失っていく。

 男は尻餅をつきそうになるのをなんとかこらえ、慌てて周囲を見回す。

 いない。ここにいるのは一匹だけか? だが、一匹いたとなれば――

「――見かけたら常に唱えなさい子供達よ。それは本当に水溜り?」

 仰向けに倒れ伏したままの少女から発せられた澄んだ声が、まるで染み入るように男の顔を絶望の色へ変えていく。

 ぼとりと音が鳴る。男は弾かれたように跳ね上がると、獣のように叫び両手を地に突きながら、もつれるような足取りで逃げ出した。

「馬鹿みたい」

 自身が金を落とした音に驚いて逃げだした男を嘲る。しかしその声は恐怖に震えていた。

 少女の目は自分の脇にある翡翠色の塊に釘付けになっていた。

 小さいころ、村の古老達からよく童歌などで聞かせてもらってはいた。でも、実際に見るのは初めてだった。からだは、かなしばりにあったように動かない。

 きっとあの剣を食べ終わったら、次はわたしなんだろうな。でも、それもいいかもしれない。あのやばんな男にいいようにされて死ぬよりは。

「全くだな」

 唐突に聞こえた声に少女は反応できなかった。

 先程の男が発していた下卑た声とは全く異なる、かすれたような声。少女の視線がゆっくりと音が聞こえた方へと動く。

 ――それは薄汚れた外套を纏う、みすぼらしい姿の人間だった。

 苔色の外套についたフードを目深に被り、口元から鼻先までを同じ色の布で覆っている。僅かな隙間から覗く錆び色の髪と錆び色の瞳が、この地方の人間ではない事を物語っていた。外套の下から覗く古びた革の靴がその人間の道程を暗に示す。異邦人。さすらい人。

 苔色の旅人はゆっくりと少女へと歩いてくる。少女の直ぐ脇には、未だ剣に取り付いた美しい色のおぞましい怪物がいるというにも関わらず。

 旅人は剣の側まで近寄ると、外套の中から片手大のガラス瓶を取り出す。大口の金属の蓋を開けるがその中身は空だった。空瓶をそっと剣へと近づける。一体何をしようというのか。

 すると異変は起きた。

 少女は見た。透き通る粘液の中を皺だらけの小さな卵のようなものが移動しているのを。その球状の物体は剣を介してゆっくりと上へと登っていく。そして旅人が差し出した大口の瓶へと周りの粘体ごと一緒に、まるで意思があるかのように入っていった。小瓶の中が満たされると、残った大部分が色を失いぐずぐずと崩れ剣から滴り落ちていく。目を疑う光景だった。

 旅人は瓶の中の粘体と核を見て目を細めると、蓋を閉め懐へとしまう。そして少女を繋ぎとめていた、いまや変色しきり使い物にならないであろう剣を掴むと一気に引き抜いた。

 どさりと、重い音を立て剣が落ちる。

「立てるか」

 静かだがよく通る声だった。

 先程から、自分に向けられて発せられた言葉なのだとやっと少女は気付く。力を入れて立ち上がろうとするが身体はがくがくと震えるだけでいうことを聞かない。

 少女は灰色に潤む瞳で旅人を見つめ、ふるふると首を振った。

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