第四話「花を狙う影」
作品中に登場する固有名詞は、現実のものとは一切関係ありません。また今回の話には、暴力的な表現が多々存在します。御了承の上、読み進めてくださいますよう、お願いいたします。
「なんだぁ?テメェは、あぁ!?」
怒りをあらわにして、二人の男が風樹を睨み付ける。これから卑猥な楽しみが始まろうとしていた、その矢先に入った邪魔。どうやら、一瞬で頭に血が上ったようだった。もっとも、それは風樹の計算通りだったのだが。
(こういう、すぐに性欲が顔を出すタイプは、基本的に単細胞ですからね。)
心の中でひどい事を思いながら、風樹はニコニコ顔で男達に話し掛ける。
「今、あなたたちがしようとしていることは〜、強姦、って言う、立派な犯罪なんですよ〜?学校で習いませんでしたか〜?」
「…バカか?テメェは。」
「んなことはなぁ、知っててやってんだよ!」
「ダメですよ〜犯罪は〜。お母さんに怒られますよ〜?」
「…おい、馬鹿ロン毛。」
ずっとニコニコ話している風樹に、男の一人が近づいてきた。
「テメェは本物の馬鹿みてぇだから、親切に忠告してやる。さっさと帰れ。」
「え〜。犯罪見過ごすなんて出来ませんよ〜。」
「見てわかんねぇのか?俺達がその気になりゃあな、テメェなんざ一瞬であの世行きなんだよ!」
もう一人の男も風樹に迫り、脅しをかけてくる。
(うわぁ…いかにも雑魚キャラが言いそうな台詞ですね〜。)
が、そんな脅しが、風樹に効くはずもない。心の中で多少げんなりしながら、なおもニコニコ顔で風樹は言い返す。
「あはは、あの世行きなんて大袈裟な。第一、そんなに強いんですか?」
「…おい、聞いたか?」
「あぁ、聞いたぜ。そんなに強いのか、ってな。」
「仕方ねぇなぁ。正真正銘の馬鹿なテメェに、俺達がどんだけ強いか、わかりやすく説明してやるぜ。」
「馬鹿丸だしなテメェでもよぉ、あの有名なレイジスト、日田炎護の名前くらいは知ってんだろ。」
「俺達はなぁ、あいつに、楽勝で勝ったことがあるんだよぉっ!」
「……………。」
一瞬の静寂。そして、
「あははははははははっ!あは、あはは、あはははははっ!く、苦しい、お腹苦しいぃ〜ぁははははははははははっ!」
風樹は、大爆笑していた。まさかよりにもよって、炎護の名前が出てくるとは思わなかったのだ。
(あなたたちが炎護に勝てるくらいなら、私、炎護に鍛えてもらったりしてません、っての!)
げらげら笑う風樹。男二人の怒りは、いよいよ限界を超えようとしていた。
「おらぁっ!何笑ってんだテメェはぁっ!」
「馬鹿だと思って優しくしてりゃあ調子乗りやがってよぉ!なめてんじゃねぇぞ!」
「だって、ふふ、だってぇ、あははは、有り得ないんですから〜はははは…」
「あァっ!?」
「あの日田炎護が、あなたたち程度の相手に負けるなんて有り得ないですよ〜。ネズミが象を持ち上げて投げ飛ばす、くらい有り得ません〜…ん〜、ちょっと例え下手でしたね〜。どんな例えを出せばわかりやすいかな〜…。」
「…ォイ。」
「…ぁあ。」
「…ぶっ殺すか、こいつ。」
「…そぅだな。」
すでに、怒りが殺意に変化している二人の男。だが、風樹は全く動じないばかりか、さらに挑発的な言葉を続けた。
「ホントに殺す度胸なんてないくせに。」
「っ!!!!!!」
今の言葉が、男達を完全にキレさせたようだ。目が、カッ!と見開かれ、呼吸が荒くなっている。暗いからよくわからないが、おそらく、顔は真っ赤になっているだろう。
一人の男が、風樹の背後にまわった。前後から挟み打ちするつもりなのだろう。
風樹は、一切動じない。
不意に前の男が足を踏み込んだ。同時に、背後の男も踏み込む。
「死にさらせぇっ!このクソロン毛ぇっっっ!」
汚い声と共に、男達の拳が前後から風樹に襲い掛かった。
「…まったく、馬鹿ロン毛だのクソロン毛だの。言っていいことと悪いことがあるって、学校で習いませんでしたか?」
涼しい顔で風樹が声をかける。その相手は、地面にうつぶせに倒れていた。
「…な…あ…ぁあ?」
何が起こったのか理解できないらしい。もう一人の男は、まともに声を出せずに茫然としていた。
無理もない。殴り掛かった相手が突然目の前から消え失せ、どこへ消えたのかと考える間もなく、目の前にいた仲間の男が前のめりに倒れてきたのだから。
(…な、なんなの?この人…。)
少し離れた場所からその光景を見ていた女性も呆気にとられていた。彼女の目に映ったのは、風樹が吹き抜ける風のように男の脇をすりぬけ、間髪入れず、男の後頭部にハイキックを一閃させた…。それだけだった。それだけだったのだが、彼女が呆気にとられたのは、その速度だった。
(あの一瞬で、あれだけの動きができるなんて…すごい。)
驚き、畏怖、羨望。様々な感情が入り交じった瞳で、女性は風樹の背中をただ見つめていた。
「さて、と。」
倒れた男から視線を上げると、風樹は再びニコリと笑った。
「どうしましょうか?」
「…な、な…?」
理解不能な恐怖心に支配されたもう一人の男は、まともに返答できずに、じりじり後ずさっていく。
「…あなたも、いっときますか?」
「ひっ!?」
笑顔で言ってくるだけに余計に恐い。男は首を振りながら後ずさり、そして、
「お、覚えてやがれっ!」
不意に踵を返すと、一目散に逃げ出した。
「…うわぁ…ザコキャラが言いそうな台詞第一位を、あんなに堂々と…。」
やっぱりザコキャラですねぇ…と、心底呆れながら、風樹は男の背中を見送った。
風樹は追わなかった。
追う必要がなかった。
「俺に、楽勝で勝ったんだって?」
「…あ…ぁう…。」
角を曲がった先には、炎護が待っていたから。
数秒後、
何かが砕けたような鈍い音が、闇夜に響いた。
「確かに俺は、徹底的にやれ、と、言ったが…。」
風樹がハイキック一撃で仕留めた男を見下ろして、炎護は、ふぅ、と、溜息をついた。
「ものには限度ってものがあるだろう。」
「これくらいで死んだりしませんよ。それより、問題は炎護ですよ。」
「ん?何がだ?」
「なんですか、あの鈍い音は。確実に骨が砕けた音がしたんですけど。」
「あの程度じゃ、死なんだろ。」
平然とした顔で会話をしている二人の男を、女はポカンとした表情で眺めていた。未だ、目の前で起こった瞬殺劇が頭の中で繰り返されている。
(あの日田選手の知り合いなら、強くても不思議じゃないけど…それにしたって、人間離れしてたよね…あれは…。)
風樹のしなやかで鋭い動きが、脳裏にくっきりと焼き付いていた。
「…で。」
「ひゃっ!?」
いきなり風樹に顔を覗き込まれ、女は思わず奇声をあげた。
「…別に何もしませんよぉ〜。」
「あ!い、いえ、ごめんなさい!えと、あの…。」
「…ふふ。」
ワタワタと慌てて言い訳を探す彼女を見て、風樹は優しく笑うと立ち上がった。
「怪我はしてないみたいですね。よかった。」
「あ、はい!大丈夫です!」
女も立ち上がって、二人に向かって姿勢を正す。
「あの!危ない所を助けていただきまして、ありがとうございました!」
「構いませんよ。自分がそうしたいと思ったから、そうしただけですから。」
「は、はぁ…。」
「気にするな。ただの照れ隠しだ。ところで…」
「あぁっ!」
何か言いかけた炎護を遮って、女が大声をあげた。
「私ってば助けてもらったのに、まだ名前すら名乗ってなかった!すいませんっ!」
「…律義ですねぇ。」
「私、百花繚乱に所属しています、三奈風伊吹といいます!よろしくお願いいたしますっ!」
「百花…あぁ、あそこの選手なのか。」
「どこなんですか?それ。」
「ん?…あぁ、そうか。お前は街にいなかったから知らないのか。」
「そうなんですか?じゃあ、私が説明させていただきますっ!」
「…どうも。」
なんだか急に元気になった感じのする伊吹に多少気圧されながら、風樹は説明を聞いた。
百花繚乱。三年前に発足した、女性レイジスト専門の組織。強さと美しさの調和をモットーに、華麗な女性レイジストの育成を進めている。現在、女性のレイジスト組織としては、人気、実力共にトップクラスに位置する団体に成長している。
「なるほど。かなり有名な団体なんですね…。」
風樹は、さっきの男達の言葉を思い出していた。
(こいつを連れていけば、俺達の仕事は終わり…確か、そんなことを言っていたはず…。)
「…あの?」
難しい顔でもしていたのだろう。伊吹が不安げに声をかけてきた。
「え?…あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって。」
「はぁ…。」
「そういえば、私もまだ名乗っていませんでしたね。私は樹風風樹といいます。日田炎護の友人です。どうぞよろしく。」
「はい!樹風さんですね。覚えました!」
お互いにニッコリと微笑んで言葉を交わす。会話が一段落したところで、再び炎護が口を開いた。
「ところで、さっきの奴ら…何か狙われる心当たりはあるか?」
「…いいえ、別に、これといって…。」
「そうか…。心当たりがあるなら話は早かったのだがな…。」
「どういうことですか?」
「心当たりがあるなら、その根を断てばいいが、心当たりがないということは、このアウトローどもは、目についた相手に無差別に襲い掛かっている連中だ、という可能性がある…。」
可能性がある。そう言いながらも、炎護の頭の中では別の可能性が強く渦巻いていた。彼の頭の中にも、さっきの男達の言葉が甦っていたからだ。
(こいつを連れていけば…。…やはり彼女自身を狙ったのか、それとも、百花の誰か、という意味なのか…?)
冷静に考えれば、彼女を助けた時点で、これ以上関わる必要はないはずだ。だが、何故かこのままにしてはおけなかった。これはやはり…
(お前の影響だろうな…。)
横にいる長い髪の男をちらりと見て、炎護は、ふぅ、と、息をついた。
「…どう思う?」
「はい?」
伊吹を百花繚乱のジムに送り届けた帰り道。炎護は風樹に尋ねた。
「あのアウトローどもの狙い。なんだと思う?」
「なぜそんなことを?」
風樹はニコリと笑って炎護に問い返した。
「彼女を助けた時点で、もう終わりなのでは?」
「…ホントに意地が悪いな、お前は。」
「はい?」
「お前がそういう風に笑っているときは、たいてい本心が別にある時だ。」
「はは…。」
風樹は困ったように笑うと、炎護から視線を外して前を向いた。
「…バレバレですね、炎護には。」
「隠す気もなかったように見えたが?」
「確かに。…あのアウトロー達、誰かに依頼を受けていたようですね。仕事は終わり、って言ってましたから、ただの拉致誘拐ではないはず…。」
「おそらく金で雇われた連中だろうな。その雇い主が誰なのか…。」
「…喋れるくらいには手加減しておくべきでしたねぇ。」
「そうだな。」
彼等が一撃で倒したアウトロー達は、おそらくまだあの場所に転がっているはずだ。まだ意識は戻っていないだろう。
「…今ならまだ引き返せるが、お前は進むのみだろうな。」
「私自身が、先に進む事を望んでいますから。このまま街を離れたら、結局この事件の裏に何があったのか、気になって気になって仕方なくなると思いますし。」
「裏に強大すぎる敵がいたとしても、か?」
「敵がどうこうより、もやもやした気持ちが嫌なんですよね。」
「…お前らしいな。」
炎護は苦笑した。こいつは昔からそうだった、と。格闘技を知らなかった時代から、自分に正直に行動し、正直に行動しすぎて危険にさらされた。そんな事も多々あった。だからこそ自分が格闘技を教え込み、風樹もそれを望んだのだが。
「どっかに情報のたまり場でもないですかね〜?」
「情報か…。」
炎護の脳裏に、一人の男の姿が浮かんだ。自らを、情報のたまり場、と呼んでいる男。だが…
「…あらゆる情報に詳しい男が、いるにはいる。…俺は苦手だがな。」
「苦手?」
「まぁ、会えばわかる。あいつに会うと、心がどっと疲れる…。」
「はぁ…。」
「ま、どちらにせよ明日だ。今日はもう休むとしよう。」
そう言って、炎護はジムへの歩みを速めた。日付もそろそろ、今日から明日へと変わろうとしていた…。
やっと第四話を書き終えました…今回も読んでいただき、ありがとうございました。結局、バトル自体は一瞬で終わってしまいました(^.^;)。次回はクセの強い新キャラが登場予定。また読んでいただけると嬉しいです。




