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エピローグ

 星と月が夜色の空をかすかに彩る。

 そんな空を宿のベランダから見上げる伊爽。

 レイラはすでに眠り、大人二人は宿の一階で経営する酒場で酒を飲み、ジントニックは何処かにくり出して行った。

 そんな中、一人物思いにふけっていた伊爽の足は、自然とこのベランダへと向いたのだ。

 襟巻きも外套も脱ぎ、一時の休息を感じながら、伊爽は今日という日を思い返していた。

 とてもとても、多くの出来事があった気がする。

 アレリア。

 ネロ。

 ファンタズマゴリア。

 そして永遠。

 今日一日で出会い、そして死に別れた人。

戦いの最中継承した、剣の中に眠る謎大き存在。

 自分たちの周りで僅かながらその存在を垣間見せる、未だ誰も知らない伝説の王都にして遺跡。

 そして〝時の狭間〟という、この世界を含めた数多ある世界を隔てる狭間の空間でであった、自分が捜し求め続けた人との始めての邂逅。

 色々な出来事がありすぎて、未だに困惑を隠せない伊爽だった。

 だから空を見上げ、その夜空に散りばむ星々を見上げてみたのだ。

 何も考えず、ただ無心に星を見上げていれば、特に何も考えずにすむからだった。


 ―――――――――――――――――――――――――トンッ


 まるで誰かがベランダに降り立ったような音と共に感じた気配。

 それはいつもと同じ、儚げでおぼろげな、今にも消えてしまいそうな希薄な気配。

 それを感じ取り、伊爽は考えるよりも早く振り返り、その場所を見た。

 いつもならそこには白い花が一輪咲いているだけ。だから攻めてその花だけでも見たいと思っていた。

 そこに花が咲くということは、永遠がそこにいることを意味しているのだと思って。

 だけで今回は違った。

 そこには確かに白い花があった。

 だが、それだけではなかった。

 まるで幻のように幽かではあるが、そこには確かに、永遠が立っていた。

「永遠っ!」

 思わず声を上げて、伊爽は永遠に歩み寄った。

 手を伸ばし、その存在を摑もうと思った以上に歩む速度が速くなる。

 手が触れるか否かの刹那、伊爽は躓いてしまいそのまま永遠に倒れ掛かり――

 その身体をすり抜けて、伊爽は顔からベランダの手すりにゴツッとぶつかった。

「痛ぁ――!?」

 思わず声に出してしまう伊爽。

 そんな伊爽に、幻のような永遠が駆け寄って心配そうな表情で伊爽を見る。

「大丈夫、大丈夫だから……」

 苦笑しながら伊爽は永遠にそう言う。

 そしてすぐに二人は目を合わせて、次に首を傾げ、そしてやっとそのことに気付いた。

「永遠! 何で? どうして君の姿が見えるんだ!?」

 伊爽は驚愕のあまり声を張り上げて永遠を見た。永遠のほうも困惑しているらしく、両手を口に当てて所在なさげに視線を彷徨わせた。

 今まで見えなかった存在の姿が、幽かとはいえ確かに見える。以前はまったくと言って良いほど見えなかった永遠の姿が、今は何故か見えるのだから、混乱せずにはいられない。

 それは永遠も同様のようだった。

 慌てたそぶりで伊爽を見つめ、何かを叫ぶように口を開閉させている。

 どうやら何かを喋っているようだが、どうやら声までは聞こえないらしい。

 そのことに気づき、伊爽は慌てて永遠にそのことを告げると、永遠は何処かがっかりしたように肩を落とし、ため息をついて見せた。

 しばらくの間呆然としていた二人だが、ようやく冷静さを取り戻し、伊爽は立ち上がって正面に立つ永遠を見た。

 おぼろげだが、確かにそこには永遠がいる。

 伊爽はその理由を考えあぐ抜き、仮説を立ててみた。

「もしかして……一度ボクが永遠と会っているからかな? その人の存在を知っているかいないかでは差があるとか」

 その伊爽の仮説を聞いた永遠は思い当たる節があるらしい。伊爽はその永遠の反応を見て、一つだけ質問した。

「もしかして……アレリアには、君の姿は見えていたのかな?」

 伊爽のその問いに、永遠は大きく首を振って頷いて見せた。そうなると、伊爽の仮説の信憑性が増す。

 嘗ての伊爽は、花が咲いている場所に永遠がいるとは知っていなかった。

 知らない=存在しない、存在を認めないのと同意。存在しないという事はその存在自体無視され確立しない。だからこそ、誰の視界に入ってもその存在を知られていない永遠は気づかれるはずがない。

 だが、永遠という存在を知った今の伊爽は、永遠を知っている。即ち永遠という存在を認めている。なればこそ、今の伊爽に永遠の姿が見えても可笑しくはない。

 そう理論づければ、今の自分に永遠の姿見えるのも納得がいく。

 以前見えなかった人の姿が、今は見える。

 それがどれほど自分にとって喜ばしいことか。そして何より、自分の存在を認めてもらえる永遠にとって、どれほど嬉しいことか。

 二人はどちらともなく見つめあい、どちらともなく微笑んだ。

 夜の静寂が二人を包む。

 その静寂は嫌なものではない。心の静まる、優しい静けさ。

 その静寂の中、伊爽は永遠に問う。

「永遠。ボクの声は、聞こえるよね?」

 伊爽のその問いに、永遠はゆっくりと頷いた。伊爽の声をしっかりと感じ取るかのように、少女は静かに、大きく頷いてみせる。

「残念だけど、君の声はボクには聞こえない。でも、姿は見える。君が此処にいるのは分かる」

 ゆっくりとゆっくりと、彼女が確認できるように伊爽は言葉を紡ぐ。

 永遠は目を潤ませながら、何度も頷いて伊爽を見つめる。

 そんな永遠を見て、伊爽はネロの、そしてアレリアの言葉を思い出す。託された想いを思い出す。

 それは気がつけば自分自身の願いとなっていたことに、今伊爽は気付いた。

 悪い気分はしない。

 二人の願いは、自分の願いとも化していることに不快はない。

 伊爽は触れることのできない永遠の手を、両手で包むようにした。触れた官職はないけれど、その存在は確かに感じ取れるその手を取りながら、伊爽は永遠の目をしっかり見つめる。

 そして静かにゆっくりと、言葉を選んで紡ぐ。

「永遠。ボクは君に、約束する」

 今は触れられないその手を、いつかしっかり触れるために。

 今は聞こえない彼女の声を、いつかしっかりと自分の耳で聞くために。

 今は自分にしか見えない少女の姿を、いつか皆に見せるために。

 そのために自分がすべきこと。そしてしてあげられることを考え、考え抜いて、自分の望みと託された想いに応えるために。

 今この時、この少女にしてあげられることは一つだけ。

 約束の言葉を、この少女に――


「必ず君を見つけ出す。必ず、〝時の狭間〟から君を助けてみせる」


 今出来るのはこれだけ。

 自分自身に誓いを立て、そしてこの少女を救うことを約束すること。

「だから、待っていてくれ。永遠」

 手を離し、伊爽は黙って永遠を見つめた。

 濡れていた双眸から次々と零れ落ちる涙の雫。

 両手を口に当て、漏れる嗚咽を必死に堪え、永遠は一心に伊爽を見つめた。

 何度もしゃくり上げ、何度も嗚咽を零しながら、永遠は伊爽を見つめて、聞こえないと分かっていながらも言葉を口にした。

 誰よりも優しく、誰よりも愛しいと思う、目の前に立つ少年へ。

 歓喜と感謝を。

 そして伊爽に会えて幸せだという想いを少しでも伝えたくて。

 聞こえなくても、永遠は伊爽に泣きながら笑んで、全ての想いを込めて口にした。


『ありがとう――――』


 そう言って、永遠は伊爽に微笑んだ。



 夜空に浮かぶ月と星だけが、その二人の間で交わされた約束の邂逅を見つめていた。


一応この話はこれにて完結ってことになってます。続きとか考えてはあるけど、現状では書く予定がないので、此処で一区切り。何かのきっかけで続きを書くことも無きにしも非ず程度でよしなに。

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