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03:アシュミエの占い師




 ベッドから起きた伊爽は、まだ半ば眠っている意識を強引に起こして靴を履き、ベッドから降りた。

 周りを見回せばすでに皆床を出た後だ。どうやら先に朝食にいったらしい。

「起こしてくれればいいのにな……」

 そう呟きながら、伊爽は洗面所に向かってタオルを水で濡らし、その濡れタオルで顔を拭いた後、剣をベルトで腰に結んで部屋を出た。

 長い廊下を歩き、階段を下りて下の階へ。此処の宿は一階が酒場兼食堂を兼ねているらしく、朝から結構賑わっていた。

 その中の大きめのテーブル。その一角を伊爽の仲間たちは陣取っていた。伊爽はそのテーブルに歩いていき、空いている椅子を引いてその椅子に座る。

「おはようございます」

「うむ」

「おはよう」

「あらあら、おはようイサくん」

(おせ)ーぞ。何時まで寝てる気だったんだよ」

 それぞれイサに言葉を送る。特に最後のジントニックのは文句でしかなかった。伊爽は軽く無視してやって来た店員に軽い朝食を注文し、まだ眠い頭を無理やり回転させてジィルバーンを見た。

「アシュミエに来たのはいいですけど……どうでした? そっちで何か手がかりは?」

 伊爽の言葉に、ジィルバーンもルナファレフも首を横に振った。

 二日前。伊爽たちはこの街アシュミエにいるという高名な占い師を尋ねるためにやって来た。しかし来たは良いものの、その占い師の居場所は一切不明。それどころかこの街に来て分かったこととして、その占い師の占いはいわば趣味のようなもので職種として行っているわけではないらしい。

 そのため殆ど手がかりがなく、伊爽たちはこの二日、手分けして組合や情報屋を歩き回っていたが、今の所目ぼしい情報はない。

 運ばれてきた朝食に手を付けながら、伊爽はそれとなくジントニックを見た。

「ニックのほうは? 何か手がかりがあったかい?」

 するとジントニックはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚のメモらしきものを取り出した。

盗賊(シーフ)たちのたまり場に腕のいい情報屋がいてな。そいつに調べて貰ったんだが、それらしい人物の情報を貰って来たぜ」

 そう言ってジントニックはジィルバーンにメモを手渡す。ジィルバーンはメガネの位置を直しながらそのメモに目を通し、感心したように肩を竦めた。

「ほう……盗人無勢と思っていたが、まともな情報を仕入れてきたみたいだな。見直したぞ」

「あんたのお眼鏡に掛かったのなら、信憑性は高いと見て良いみたいだな」

 コーヒーを飲みながら、ジィルバーンは渋々ながら頷き、手にしていたメモを無言で伊爽に手渡した。

 まだ見ていないレイラとルナファレフのために、伊爽は手渡されたメモに書かれた内容を口にした。

「何々……東地区の薬屋……そこの店主である老婆のアレリア。趣味で占いをやっているか……なるほどね。行ってみる価値はありそうだ」

 ハムエッグを口に中で租借し、それをコーヒーで流し込みながら伊爽は頷いた。皿の上を綺麗にし、フォークを皿の上に乗せ立ち上がる。

 それに続くようにして四人が立ち上がるのを見て、伊爽は微笑しながら口を開いた。

「じゃあ、行きましょうか。このアレリアという人に会いに」

 五人は揃って頷き、荷物を取りに宿の部屋に向かった。



 何処からどう見ても、それは変哲のない薬屋だった。

 だが、見た目は明らかにただの薬や。それなのに何故か異様な雰囲気を醸しているその店の前に、伊爽たちは立って唖然とした表情でその看板を見ていた。

 そこにはこう書かれていた。


 『交響想歌の末裔集う、廃坑の止まり木』


「どんな看板だよ……本当に薬屋の看板か? コレ。意味がさっぱり分からん」

 もっともな意見を、ジントニックが乾いた笑い声を上げながら言った。

 ルナファレフとレイラも不思議そうに首を傾げていた。

 そんな中、伊爽とジィルバーンだけは違った。疑惑、そして疑問の入り混じった表情で、ただじっとその看板を見つめていた。

 そしておもむろに、ジィルバーンが口を開いた。

「……ファンタズマゴリア……?」

「は? 何だって?」

 ジントニックの問いかけに、ジィルバーンの代わりに伊爽が答えた。

「ファンタズマゴリア。一度くらい聞いたことがあるだろう? 遥か昔に存在したという王国。未だ嘗て、誰一人見つけられなかった古代遺跡。そこには全ての願いが集い、そして叶う場所といわれている幻の古都」

「それは私も知っているわ。でも、どうして今その名前がここで出てくるの? イサくん」

 首を傾げるルナファレフに、伊爽は苦笑気味に答えた。

「交響想歌。これは古い言葉でファンタズマゴリアという意味なんです。そしてここの看板の書かれている言葉はある種の隠語で、知っている人だけが分かるようになってるんです」

 すると伊爽の外套をレイラがつまんで引っ張り、見下ろした伊爽に訊く。

「どんな意味?」

 伊爽は隣に立つジィルバーンを見た。彼は小さく首肯し、無言で先を促がした。伊爽も頷き返して、意味を理解できていない三人に、その意味を教える。

「単直に訳すると、

『私はファンタズマゴリアに住んでいた一族。すでに失われた故郷の変わりに、私はこの地を一時の安息の地へと選び、いずれ訪れる同胞の休息の場として居を構える』になる。

本当はもっと複雑なんですけど、それを言うと皆の頭が混乱するだろうから、そっちの意味は言わないでおくよ」

 そし隣のジィルバーンに「良いですよね?」と確認を取りながら、伊爽は改めて看板を見上げた。

 そしてその看板を見つめた後、見せの入り口の扉を見据え、伊爽は重々しいため息をついた。まるで訪れるものを拒むように閉じられたその扉を見て、伊爽は誰に言うでもなく呟いた。

「これじゃあ、入れませんね」

「そうだな……」

 伊爽の言葉に同意するように頷くジィルバーン。そんな二人を見て、レイラたちは不思議そうに首を傾げた。

「何言ってるんだよ? 普通に扉くぐれば良いじゃねぇか」

「ならその扉をくぐってみろ、このド阿呆」

 馬鹿にするように言うジィルバーンの言葉に、ジントニックは怒りを露にして激昂した。その隣で苦笑している伊爽が、怒るジントニックを宥めながらそれとなく促がす。

「まあ、そう思うのなら試してみたらどうだいニック。そうすればジィルさんの言っている言葉の意味が分かるだろうし、説明するよりもそっちのほうが理解しやすい」

 伊爽に間に入られたジントニックは訝しげに伊爽を見た後、堂々とした態度で店の入り口に近づいていった。

 そのジントニックを見ながら、伊爽は隣のジィルバーンに小さく耳打ちする。

「もしこれで開いたら、どうします?」

「私は世界の全てを否定することになるな」

「……それはそれで、ニックがそうであって欲しいと思ってしまうなぁ」

「どゆこと?」

 伊爽のすぐ側が定位置のレイラは、二人の会話に首を傾げる。そんなレイラに、伊爽は笑みを見せながら言った。

「すぐに分かるよ」

「おい、どうなってるんだ? この扉、開かねぇ!」

 混乱したようなジントニックの声に、伊爽たちは揃って視線を向けた。そして伊爽は、そんなジントニックの様子を見て嘆息した。そして一人、呟く。

「やっぱり……か」

 伊爽は今なお扉を強引に開けようと四苦八苦しているジントニックから視線を逸らし、その頭上にある看板を見た。

 そして、先ほど訳した言葉意外に込められている意味を読み取る。看板の回りに描かれている紋様。それは端的に見ればただの紋様であり、模様でしかない。

 だが、読める人間には読める。無論伊爽はそれが読めている。だから紋様の意味を理解している。そして、そこにこう書かれていた。

『故郷の血、継ぐ者のみ、自ず扉を開けること叶う』――と。

 予想ではあるが、伊爽はこの店の経営方法を理解した。

 この店の入り口の扉は、普段は店主である老婆の手によって全開状態にされているのだろう。そしてもし、彼女が本物の占い師なら、恐らく自分を誰かが訪ねて来る者も予知できるはず。

 そしてその人物が占いたくない人間なのなら、こうして人が入ることを拒むようにしてるのだろう。

 しかし、もしそうでないとすれば、

「試しているのかもしれないな」

「そうですね」

 ジィルバーンの呟きに、伊爽は同意するように首肯した。残された理由はそれしかない。

 つまり、試しているのだ。ここを訪ねる者の誰かが、自分と同じ血が流れる一族かどうかを……。

「何とも確率の低い賭けをしているんだ……此処の店主は」

 憤慨と言わんばかりにジィルバーンはため息をつき、今なお悪戦苦闘しているジントニックの襟首を摑んで後ろに放り投げ、邪魔者のいなくなった扉のノブに手を添え、引くオスと繰り返してみせる。

 しかし、先のジントニックと同じように扉はうんともすんとも反応を示さず、来客の侵入を頑なに拒絶していた。

 ジィルバーンはため息をついて伊爽たちに目を向け、お手上げのポーズをとった。

「私でも駄目だ。人工生命体であるルナファレフは論外。残るはイサとレイラだな」

「そうですね」

 頷き、伊爽はレイラにこと情を説明して扉を開けてみてくれないかと頼むとレイラは快く引き受けて扉のノブに手をかけ、引いてみた。続いて押してもみるが、やはり扉は反応を示さなかった。

「レイラちゃんでも駄目みたいね。となると、残るはイサくん一人ね」

「たく、正確ひねくれすぎだぞ此処の主。無理に決まってるだろうが」

 がっかりしたように肩を落とすレイラを見て、ルナファレフは困ったように呟き、ジントニックは悪態を吐きながら道の真ん中で座り込んで胡坐をかいた。そのジントニックをジィルバーンが即座に叱咤し、視線で試してみろと伊爽に催促する。

 そんな皆の態度に苦笑しながら、伊爽は扉のノブに手をかけて押した。


 ――ギイィィ……


 瞬間、一同がギョッと目を見開いて一斉に扉を見た。

 今までの拒絶が嘘のように、伊爽の触れた扉は何事もなかったかのような普通の扉と同じように簡単に開いた。

 扉を開けた当の伊爽はと言うと、ノブに手をかけたまま硬直し、思考停止に陥ってその場で呆然と自分を見失っていた。

 皆がそんな伊爽を見つめること数分。ようやく自分を取り戻した伊爽がゆっくりと首だけを動かして背後に立つ四人を、どうしようといわんばかりの何か哀願するような目で見た。

 誰もが唖然とした表情で首を捻る中、逸早く我を取り戻したジィルバーンがメガネの位置を直しながら、

「……伊爽……」

「……ええ、分かってますよ……ボクはこの旅が終わった暁にはまず真っ先に村に帰って、あの秘密主義の祖父に己の出生の秘密を何が何でも聞き出します。それが例え……肉親に剣を向けることになろうとも……」

 伊爽の祖父であるエッジと言う人物は、嘗て「漆黒」のエッジとしてその名を世界に轟かせていたほどの大剣豪。その経歴の殆どが不明で、特に組合にその名を知られるようになる前の経歴は一切不明。

 伊爽は幼い頃から何度も祖父は何者なのかと訊ねた回数は十や二十ではない。どう見ても普通の街村に生まれ育った人間とは思えないほど祖父は気品があった。

そういったもの全てひっくるめて謎の多かった祖父。幼い頃の伊爽は気になって仕方がなく、幾度となく祖父の正体を訊ねたが、だがそのたびに祖父から返ってきた言葉は、

「秘密だ」

 の一言だった。そうやって良く何百回あしらわれ続けた伊爽は、やがて訊ねるのが面倒になって保留し続けていた。

 しかし昔から謎が多かったが、今日、伊爽の中でまた一つ祖父の謎が増えた。

 しかも計り知れないほど凄いことが。

 この扉を開けられた以上、伊爽の身体を流れる血にはファンタズマゴリアの末裔たる由緒正しい血が流れていることになる。無論父もそうだろうが、父は生まれも育ちも伊爽と同じビリゼの村だ。

 となれば、疑いの目が向くのは当然伊爽の祖父だ。何処からともなく現村長のゲイルと共にビリゼの村に現れ、定住してしまった祖父。

 あの田舎村でただ二人、一般の民衆とは明らかに異なる気品さと高貴さを身に纏っていた。

 伊爽は断固として決意した。もしこの旅が終わったら、絶対にビリゼの村に帰ってあの祖父を殺すことになろうとも躊躇せず実力行使に走って口を割らせる。

 扉のノブを砕かんばかりに握り締めながら決意した伊爽の後姿を見て、ジィルバーンはその石を推し進めるように一言。

「その時は迷わず私も呼べ。手を貸そう」

「よろしくお願いします」

 伊爽は微塵も遠慮せずそう言った。

 そしていつまでも不毛な行動で時間を食うわけにもいかないと即座に思考を切り替え、未だに混乱したような表情をしたレイラたちに声を掛ける。

「ほら三人とも。いつまで呆けてるんだい? 何にしても扉が開いたんだ。中に入ろう」

「あ、ああ……そうだな……」

「そうねぇ……それにしても凄いのね、イサくんって」

 ジントニックとルナファレフが肩を竦めながら言葉を口にし、レイラは何も言わず伊爽に歩み寄った。

 そんな三人の様子にかぶりを振りながら、ジィルバーンは苦笑しながら言った。

「考えていても仕方あるまい。とっとと目的を果たそう」

「そうですね」

 ジィルバーンの言葉に頷き、伊爽は見せの扉をくぐった。



「……なんて言うか……あれですね。子供の頃に読んだ、御伽噺の魔女の家みたいですね……」

 伊爽の何気ない呟きに、ジィルバーンは大きく同意の意を示すように頷いた。伊爽の言葉は的を射た表現だと言って良い。

 此処はまさしく、魔女の家だった。

 いや、下手をすればそれ以上に滑稽で奇妙な店だった。

薄暗い店内には幾つの蜥蜴などを始めとした爬虫類の干物や薬草類が天井から吊られ、壁の棚一面に魔法道具などが陳列し、ご丁寧に巨大な何かの煮えたぎった大鍋まである。

 他にも薬屋とは思えない物品が幾つも並んでいる。薬屋と言うより、小さな闇市と表記するべきだと何気なく思いたくなる、そんな店。

「スゲェーなおい。あそこに置いてある瓶のラベル……今じゃ組合の審査で発注が禁止されてる劇薬だぞ」

「アレも凄いわぁ。私の知る限り、あそこに咲いている花は今から千年以上昔に滅んだはずの絶滅種よぉ」

「こっちは四百三十七年前にたった百冊だけ出版されたクライアス=レンレッツオ氏の幻の作品と呼ばれている小説ですよ。今なら時価七億は下らない品です……」

「この剣の銘は……エルウィン=ヴァーンだと!? 生涯で七本しか剣を鍛えなかったあの名工の作品が何故こんな店に……」

 レイラはなにやら興奮している大人たちを見て小さくため息を漏らし、伊爽に歩み寄って彼の首に巻かれている襟巻きを思いっきり引っ張った。当然伊爽の首が絞まり、伊爽は「グエッ」とうめき声を上げながらレイラを見た。

「分かってるよ……ただちょっと、珍しかったからね」

 自嘲するようにレイラに言いながら、伊爽はレイラの手から離れた襟巻きを戻しながら店の奥に目を向けた。

 そして伊爽が店員を呼ぶより早く、その人物は暖簾の向こうから姿を現した。

 小柄でこれ見よがしにローブに身を包んだ老女だ。濃い紫色のローブに身を包み、かぶるフードから覗く白髪と藍色の瞳が印象的であり、手に握られている樫の木の杖もまるで違和感がない。つまりは型に嵌っているのだ。

そしてその老女は、その老いた姿であってもまた美しいという印象を受ける。伊爽だけではなく、周りの四人もまた同じように現われた老女を見て、その絶妙な美しさに息を呑んでいた。

 五人が呆然とその場に突っ立ったまま老女を見つめていると、その老女は無言で五人を一人ひとり見据え、最後に伊爽を見てから、ゆっくりとした動作で一歩踏み出し、その口を開いた。

「お前さん方……何処から入ってきた」

 見た目に相応した声音で告げられたその言葉は、それは問い掛けというよりも、確認に近い言葉だった。

 一瞬だが、そこにいた誰もが老女の言葉に威圧感を覚え、本能的に半歩後退した。だが、伊爽はすぐに気を取り直して一歩前に出て、自分の中に生まれた緊張感を吐き出すように息を吐き、老女に一礼してから口を開いた。

「お初にお目にかかります。ボクはイサと言います。貴女の問い対する答えは明確で、そこの扉からです。開けたのは……ボクです」

 最後の一言はしばし躊躇いがちに、だがその上ではっきりと告げた。

 老女はしげしげと伊爽を見据えた。まるで何かを品定めするかのように、じっくりと時間をかけて……。

 やがて老女の目は、伊爽の腰に下げられた剣に向けられた。そしてその細められていた瞳が、驚愕の色と共に見開かれた。

「……この剣……」

 老女の口から零れた言葉に、伊爽は首を傾げながら自分の腰に下がる剣に目を向けた。皆の視線も、自然と伊爽の剣に向けられた。

 伊爽の腰に下げられた剣は、はっきり言って何処にでもありそうな直剣だ。特徴があるとすれば、それはその剣身全体が黒一色で仕上られているということ。

 元々伊爽の持つ剣は伊爽の祖父が持っていた代物で、伊爽が旅立つ朝に祖父が手渡したものだ。

『お前に必要なものだろう?』

 そう言って手渡された物。剣身の長さといい、握りの長さといい、そして重さといい、全てが伊爽の手にしっくりと馴染んだ。まるでずっと昔から伊爽が使っていた剣のように、本当にしっくりと馴染んだのだ。

 刃毀れすることもなければ欠けることも錆びることもないこの剣の強固さには驚いていたが、それが、それ以外は特に変哲もない剣だ。この剣がどうしたというのだろう?

 そう伊爽が思っていると、老女は伊爽をゆっくりと見上げ、問いた。

「お主……この剣を抜けるのか?」

「え? ああ~……それは、抜けますよ」

 伊爽は言いながら剣の柄を摑み、それをそのまま鞘から引き抜いた。黒塗りの剣身が薄暗い部屋の中にわずかに存在する光を浴びて、鈍い光を放つ。

 その抜き放たれた剣を見て、老女は感嘆したように呻き声を上げた。そんな老女の様子に、五人は不思議そうに首を傾げて老女を見た。

 暫しの間、老女は無言で伊爽の剣を見つめていたが、やがて何こともなかったかのようにかぶりを振り、伊爽たちを見た。

「して、お前さん方は何用で此処に参った?」

「決まってるんだろう、婆さん。あんたが高名な占い師だって言うからわざわざ訪ねてきたんだよ」

 老女を小馬鹿にするようにジントニックが苛立った様子で言うと、ルナファレフが問答無用でその後頭部を殴った。痛そうだ。

 ジントニックの呟きを老女は軽く無視し、ため息をつきながら頷いた。

「まあ、私を訪ねる人間なんてそんな者だね。だが、無料(タダ)で占ってはやらん」

「お金、いるの?」

 老女の呟きにレイラが首を傾げると、老女は首を横に振って見せた。

「そんなモノはいらん。ただ、私の頼みを聞いてくれればいいのさ」

 老女は不吉な冷笑を浮かべながら言った。

「この街から南に行った所に、古い遺跡がある。そこの奥に行って、水晶を取ってきて欲しいんだよ」

「水晶……ですか?」

 伊爽の当然の疑問の声に、老女は静かに頷いて言葉を続けた。

「そう、水晶だ。わたしの占いにはそれが必要不可欠だ。特に、お前さん方の占って欲しいことについては……な」

 意味深げで意味あり気なその言葉と共に、老女は不適に嗤って見せた。

「あそこの遺跡には強力な守護者(ガーディアン)もいる。下手したら死んでしまうがね。命の補償は一切しないよ。命が惜しいのなら――」

「行きます」

 老女の言葉を遮るように、伊爽は老女の言葉が終わるより早く意思を口にした。老女の視線が細くなり、射抜くように伊爽を見た。

「……良いのかい?」

「もとより手がかりが殆んどないんです。なら僅かな手がかりが手に入るのなら、命の危険くらい気にしていられない」

「……そうだね。私は、遅かれ早かれ、見つけられないと、どっちにしても死ぬし」

 伊爽の言葉に逸早くレイラが同意の言葉を呟いた。そして、それに続くように皆の口から次々と言葉が紡がれる。

「私とて、此処で後戻りするつもりはない。もとより旅をする以上死は隣り合わせだ。いまさら臆するものでもあるまい」

「私はあの魔女を何としても見つけるの。その為なら、命の一つや二つ惜しくないわぁ」

「この紋章を消せないと結局死ぬ。行って死ぬかもしれない程度で済むなら、行くほうを取るさ」

 ジィルバーン、ルナファレフ、ジントニックも、行くことを拒む者はいなかった。伊爽はそんな彼らに頷いて見せて老女を見た。

「というわけで、少し待っていてください。必ず水晶を取ってきますから」

 老女の言葉を待つことなく、扉を開けて出て行く皆を追って、伊爽も扉を出て行った。

 その後ろ姿を、細めた視線で見据えた老女と、

一輪の白い花だけが、静かに見送った。



 伊爽たちが出て行ったのを見届けた老女は、静かに扉を閉めて、そして酷くゆっくりとした動作で振り返り、恭しくこうべを垂れた。

「御久しゅうごさいます。永遠様」

 そこに立つ、儚げな少女は酷く狼狽した様子で老女を見た。白銀の長い髪と白い法衣に身を包んだ、首から懐中時計を下げた少女――永遠は、見ていて可哀想なほど困惑と狼狽を露にしていた。

 そんな少女に、老女は伊爽たちには一度たりとも見せなかった微笑を浮かべ、永遠をまるでわが子を愛でるように見つめながら、

「約五千年ぶりでございましょうか? いや、永遠様からすればほんの刹那に等しい時間でありましょう。しかし……まさか再び永遠様にお会いできる日が訪れるとは、このアレリア、思うてもみませんでしたよ」

 優しい笑みを浮かべ、目尻に涙を溜めた老女――アレリアは、その場で狼狽する永遠にやんわりと、そして哀しげに告げる。

「分かっております。永遠様の声は、どうやら私にも聞こえないようです。ただ私は永遠様を知っている故、姿が見えているだけなのでしょう。本当の永遠様は、今なおあの〝時の狭間〟に囚われているのでしょうね……」

 そう言ってアレリアは数歩永遠に歩み寄り、永遠に触れようと手を伸ばしてみる。しかしそのしわだらけの手は永遠の身体を捉えることなくすり抜けてしまう。

 それを見て、先ほどまで狼狽していた永遠の表情に浮かんだのは、誰が見ても分かるほどの絶望と悲嘆だった。

 そして、それはアレリアも同様だった。

 空を切った自らの手を見て、アレリアは哀しげに呟く。

「コレだけ近くにおられるのに、私は永遠様に触れることも叶わないのですね。王も……酷なことをされる……」

 一人、誰に言うでもなくアレリアは呟いた。最早この世に存在せぬ、嘗て自らが仕え、そして目の前の少女の父へと向けて……。

 しかしすぐにアレリアはかぶりを振り、涙を拭って永遠を見た。

「永遠様……あの(わらべ)と共におられましたね……」

 あの伊爽という少年の傍に、永遠はずっと寄り添うように立っていたを、アレリアは見ていた。だから問いたのだ。どうしてあの少年といるのかを。

 すると、先ほどとはまったく異なる意味で永遠は狼狽し、見る見るうちにその頬を朱に染め、顔を真っ赤にさせた。

 それを見て、アレリアは苦笑気味に笑んだ。そういった部分は、やはりこの少女も歳相応だと言うことなのだろう。

 永遠はそんなアレリアの心情を読んだのか、何かを必死に訴えるように両手を眼前で翳してブンブンと振っている。更に口を一杯に開けて、必死に何かを叫んでいるようだった。

その様子に、アレリアは思わず苦笑してしまった。

それでは肯定と同じでしょうに……いくら高貴な血を継ぐ方でも、やはり女は女ですな。

 だからちょっとだけ意地悪をしてみたくなるのが人間だ。アレリアは嘲笑するような笑みを浮かべ、今なお何か言おうとしている永遠の言葉を遮るように、その口を開いた。

(よわい)五千を超える私の、女の目を……まさか十数歳の娘が誤魔化せるとお思いですか? 永遠様」

 それだけで、少女は諦めたように慄いて、ガックリと肩を落とした。先ほどとは百八十度正反対の絶望的表情をしている。

 昔からこの人は面白い反応をしてくれると思ってはいたが、まさかコレほどまで露骨に反応を示すとは……と、さすがのアレリアも予想外だったらしく、楽しそうに小さく笑い声を上げた。

 笑いながら、アレリアはあの伊爽という名の少年を思い出してみた。

 腰に下げたあの剣といい、あの出で立ちといい、醸す雰囲気といい、嘗てあの剣を携えていた黒い騎士のことを思い出させるような少年だった。

 だから、試したくなったのだ。

 この永遠が選んだ少年だから。

 あの剣を携える少年だから。

 あの忠義に篤き黒き騎士に、とてもよく似た少年だから……。

永遠様に会う資格が……そして救える資格があるか……試させておくれ。

 アレリアは永遠を見上げ、口を開いた。

「永遠様。此処から水鏡を用いて彼らの様子が見れます。よろしければ、ご覧になりませんかな?」

 その言葉に、永遠はまだ何処か恥ずかしげな態度で、ゆっくりと頷いた。

 アレリアは静かに頷き、永遠を部屋の奥へと促がした。



 ――さあ、永遠様に選ばれた童よ。

   お主に資格があるか、しかと私らの目に見せておくれ。


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