01:半年後
遥か古の時代、文明は今より遥かに栄えていたとされていて、世界各地にそれを証明するかのように今の文明技術では到底創り上げることが不可能な遺跡がいくつも存在している。
人はそれを古代遺跡と総称した。
多くの冒険者や考古学者たちがこの古代遺跡に眠る財宝といえる古代遺産を求め、日夜その遺跡に潜り込む。
しかし多くの罠や住み着いた魔物に阻まれ、時に諦め、時には死ぬ冒険者は後を絶たない。
そんな危険を顧みず、その障害を乗り越えて遺跡の古代遺産を得られる冒険者も存在する。
そして彼らはそんな障害を乗り越えて遺跡の最深部に辿り着いた人間だった。
五人の風変わりな冒険者。
包帯であちらこちらを覆った、まだ子供としか言いようのない容姿の白い簡易なドレスを着た少女もいれば、冒険者と言うより学者と呼ぶほうがあっている、冷徹な瞳をしたメガネの男もいる。
これ見よがしに魔女特有のとんがり帽子を被った、露出度の微妙に高い出る所は見事に出ていて、引っ込んでいるべきところは見ことに引っ込んでいるグラマーな銀髪の女性もいる。
そして大人と少年の狭間にいる、茶色の長い髪を一房にまとめた、腕などに独特の紋様を刻み込んだ盗賊風の少年と、黒い髪が特徴的な、冒険者が好んで着る裾の長い外套と長い襟巻をした剣士らしい少年もいる。
五人は揃って遺跡の最深部らしい大広間で、眼前の台座を凝視していた。
正確には、その台座の真ん中で浮いている、真紅の宝玉をだ。
黒髪の少年が、頬を掻きながらその玉石を指差して、隣に立つメガネを掛けた長身の男に問う。
「これで良いんでしょうか? どう思います、ジィルさん」
ジィルと呼ばれた男――ジィルバーンは、問いかけてきた青年の問いに答えるでもなく首を傾げ、
「そう言うお前はどう思うんだ? イサ」
イサ――即ち伊爽と呼ばれた少年は、苦笑しながら首を傾げた。
「分からないから、ボクはジィルさんに訊いたんですけど……」
「まあ、そうだろうな。ではニック、お前の意見はどうだ?」
ニックことジントニックは、髪を掻き毟りながらため息一つをついてジィルバーンを見た。
「俺に分かるわけないだろう。おれたちは組合からこの遺跡の最奥にあるものをもってこいって依頼受けただけだし……どんなものかなんて聞いてないぜ」
にべもない意見だった。
彼らはこの遺跡に近い街にある組合という世界各地にある冒険者支援組織――通称『組合』の依頼を受け、この遺跡の奥にある物品を取ってきて欲しいという依頼を受け、この遺跡に入った。
だが、遺跡の奥にあるものが一体どんなものなのかは一切聞いていなかった。先ほど確認した依頼書にも、取ってくるものに関してはほとんど何もかかれていなかった。
だからこそ彼らは、今なお眼前で上下運動を繰り返している浮遊物を胡散臭げに見ていたわけだが、
「別にいいんじゃないかしら? この広間から更に奥に続く道は見つからなかった以上、私たちの探している品はこれってことでしょう?」
長い銀髪と蒼氷色の瞳をした魔女の出で立ちをした女性――ルナフィレフは妖艶な表情をして、妖艶な仕草で自身の唇をなぞりながら悩む男三人に率直に意見を告げた。
「イサ、私もそう思う。多分、これでいい」
伊爽の隣に立っている、身体のあちらこちらに包帯をした少女――レイラは伊爽を見上げて呟いた。包帯によって隠されている左目とは異なる、眠たげに開かれた右の瞳が黒髪の青年を見上げる。
伊爽は苦笑し、肩を上下させてから頷いた。
「とりあえず、取ってくる物を指定されていない以上、ボクたちの判断で良いと解釈していいんじゃないでしょうか?」
「そうだな……他にそれらしいものがない以上、これを持っていくしかないだろう」
伊爽の言葉にジィルバーンも頷いた。その隣に立つジントニックも同意を示すように肩を竦め、頷いた。
微笑し、伊爽は「それじゃあ……」と呟いて玉石に手を伸ばした。特に結界らしきものもなく、伊爽の手は赤い玉石をやすやすと手に取った。
瞬間、玉石に掛けられていたらしい魔法が解け、伊爽の手に見た目通りの重さが伝わる。
それを片手でひょいと持ち、伊爽は側に立っているレイラに目配せする。
レイラは頷いて、抱えている熊のぬいぐるみを伊爽に差し出す。
伊爽はしゃがみ込んでそのぬいぐるみと向き合い、ぬいぐるみの口に手をそれて、口を開くようにして持ち上げる。
そしてそこに、今手にしていた玉石をほいっと放り込んだ。明らかにぬいぐるみの口より遥かに大きい玉石が、「ごきゅ」という音と共にぬいぐるみの中に消え去る。
それを目で確認した伊爽は、引き攣った表情で乾いた笑い声を上げる。
「いつ見ても、不思議だよね……このぬいぐるみ」
「一体どういう仕組みになっているんだ? 我々の旅の用具品をしまってなおまだ物を入れられるとは……」
「クスクス……不思議よねぇ。レイラちゃんのぬいぐるみ」
「てか明らかにぬいぐるみの許容量超えてるって。その中にどうやりゃ野宿時用のテントとかは入るんだよ?」
レイラの持つぬいぐるみはレイラ特製の代物で、何故かその中には色々な物がしまいこめる。小なら飴玉、大なら果たしてどれほどのものまで収容できるのか? 明らかにぬいぐるみの大きさよりも遥かに大きい代物までしまい込めるこのぬいぐるみ。
誰もが一度はその疑問に辿り着き、持ち主にして製作者であるこの少女に問うのだが、答えはいつも決まっていた。
「秘密」
今回もまた、そう返されてしまった。
どうやら教えたくないらしい。無理にでも聞こうとすれば涙ぐむため、無理やり聞き出すと言うことも出来ない。
故、皆は仕方なくその謎を解くことを諦めざるを得ないのだ。
レイラの普段と変わらぬ回答に伊爽は肩を竦め、苦笑するしかなかった。
「まあ、やることは終わったんですし、街に戻りましょうか?」
ぬいぐるみから話を変え、伊爽は確認するように皆に話をふった。
「そうだな。これ以上此処にいても仕方がない」
「私も帰ってお酒の見たいわ~」
「酒はともかく、俺も腹が減ったし、賛成で」
三者三様の答えが返ってきたのを確認した後、伊爽はレイラに確認を取る。
「レイラもそれでいいかい?」
「うん」
レイラも頷いた。
全員の意見が揃い、皆が台座から離れ出口に向かって歩き出した――その時だった。
ガコンッ
そんな音が、彼らの耳に届いたのは。
全員が揃って音の出所に目を向ける。出所は、ジントニックの足元の階段。
彼の片足の置かれた位置が、不自然に地面に沈んでいるのを見て、一堂揃って言葉を失った。
誰ともなく、全員が揃って顔を見合わせた。
同時に背後から聞こえる、何かが転がってくるような音。今度は上からその音が聞こえたため、全員が上を見上げた。
この広間は螺旋状に渦を巻いた何らかの溝が存在していて、音の出所はどうやらその螺旋状の溝にあるらしい。
全員がおのずとその螺旋をしたから順に見上げていく。
そして見た。
少しずつ速度を上げて転がり落ちてくる、巨大な鉄球を――
それは徐々に加速し、速度を上げてどんどん下に転がってくる。そしてそれの行き着く先は、今し方伊爽たちが回収した玉石の備えられていた台座の、丁度伊爽たちの立つ位置から見て反対側の、何らかの排出口。
全員がほぼ同時に答えに辿り着く。あの鉄球が辿り着く先にいるのは、自分たちだということに。
『に、逃げろぉ―――――――――――――――――――っ!!』
全員が揃って叫び、一斉に走り出す。
ジントニックが、ルナフィレフが、ジィルバーンが、伊爽が、広間の出口に向かって走り出す。
レイラは全員が駆け出す瞬間、少しだけ背を屈めた伊爽の背中に飛びつきその首に腕を巻き付けて振り落とされないようにしがみ付いている。
「ニック! アレほどの部分はトラップがあるから踏まないでって言ったのに!」
「だぁーっ! 今はんなこと言っている暇ねぇだろうがっ!」
「今は、逃げるの、先決」
「かもしれないが……ニック! お前は後で説教だからなっ!?」
「火傷程度ではすまさないからねぇ? ボ・ウ・ヤっ」
などと叫びながら全力では知る彼らの後ろで何かが床に落ちた轟音と、更に後を追ってくる走行音が遺跡内で反響し、彼らの耳朶を叩く。
「ジィルさんっ!」
「何だ、伊爽っ!?」
走りながら伊爽はジィルバーンにある疑問をぶつけた。
「この遺跡って確か、入り口からずっと溝がありましたよね? 何かを転がすのに丁度よさそうな溝が」
「ああ……あったな……」
「それって、つまり……」
「……おそらく……あれのためだろう」
「やっぱり……ですよね」
伊爽たちがこの遺跡の入り口に立った時、入り口には奇妙な溝があった。かなりの大きさの、何かを転がすためにあるような溝だった。
それは入り口からずっと存在し、この部屋の台座の手前までずっと続いていたのだ。
その時はそれが何のための物なのか伊爽もジィルバーンも気には留めなかったが、この状況に至れば、あの溝がある理由は一目として瞭然だった。
あの鉄球のたどる道。それがあの溝の正体だ。そしてその溝を道として歩かなければならない以上、後ろから迫ってくる物は勿論あの巨大な鉄球だ。
必然的に、伊爽たちはあの鉄球に追われることになる。
「イサ、イサ」
「何レイラっ!?」
背中に乗っているレイラが伊爽の肩をちょんちょん叩き、気付いた伊爽に向けて後ろを指差して、一言。
「すぐ後ろまで来てる」
「ウソッ!?」
言われて驚き、伊爽は走りながら慌てて振り返り、声を発することも忘れて目を剥いた。
すでに転がっていた鉄球は伊爽たちのすぐ真後ろまで迫って来ていたのだ。
「くそっ! こんなところで死んでたまるかっ」
そう言葉を吐き捨てながら、ジントニックが腰に帯びていた二本の小剣を手に取った。そしてそれを指先で器用に回転させ、小さく言葉を呟く。
すると彼の手にしていた小剣は突如高速で回転し始め、その速度は一瞬にして亜音速にまで到達する。
「よっ、と」
回転速度を確認したジントニックは、その小剣を自身の両足脇に投げ、同時に軽く跳躍する。
するとジントニックのブーツの両脇に高速で回転した小剣が定住し、刃が車輪の代わりとなってジントニックが駆ける。
彼の持つ小剣は魔法によって造られた業物で、造られた際に掛けられた魔法の力を行使することにより小剣が高速で回転する仕組みになっている。
それを利用し、ジントニックは魔法で回転した小剣を車輪代わりにして高速で疾走することが出来る。
「お先に失礼!」
そう言ってジントニックは颯爽と走り出す。小剣の車輪によって繰り出される速度は軽く人外を超えていて、伊爽たちと、そして鉄球との距離が徐々に開けていき、遥か先を颯爽と駆けていく後姿を伊爽たちはしばらく走りながら見送り、やがて叫んだ。
「待たんか貴様ぁ!」
「元凶が真っ先に逃げるな!」
ジィルバーンと伊爽が怒りを露にして叫ぶが、ジントニックは気にした様子を微塵も見せず、更に速度を上げて突き進む。
伊爽は怒りを通り越して呆れ、小さく言葉を漏らした。
「覚えてろよ……ニックめ」
そんな伊爽の呟きに便乗するように、ルナフィレフがにっこりと笑みを浮かべて言った。
「後で絶対消し炭になるまで愛してあげなきゃ」
その宣告に、伊爽は沈黙せざるを得なかった。
ルナフィレフの言う『愛する』と言う単語は、即ち『炎で燃やす』と同意義であることを伊爽は知っていた。
即ち彼女は、後でジントニックを炎で消し炭になるまで焼くと告げたのだ。妖艶な笑みとともに。
「ほどほどに、ね」
「分かってるわよレイラちゃん……彼の態度次第だけど……」
最後に呟かれた言葉を、伊爽は聞かなかったことにした。
「喋っている暇があったら走れ、馬鹿者共っ! 潰されたいのか!?」
無駄な会話を繰り広げている三人に、ジィルバーンは必死の形相で叫んだ。
「状況を考えてから会話をしろっ! 断じてそんなことを論議している場合ではないっ!!」
「それもそうね」
ジィルバーンの叫びに頷きながら、ルナフィレフはクスクスと笑う。命の瀬戸際に入るというのに、まるで緊張感が見当たらない。
そんなルナフィレフに伊爽は問う。
「ルナさん、鉄球って魔法で燃やせませんか?」
「無理よ」
躊躇なく断言された。そのあまりの潔い返答に伊爽が思わず目を剥いているのを見て、ルナフィレフはまたもクスクスと笑い、単直に説明をし始めた。
「確かに私の魔力を持ってすれば燃やせないこともないけど……その場合どうしても長い詠唱を用いた魔法でないと駄目なのよ。無詠唱魔法じゃあさすがにあれほどの質量を持つ鉄球は瞬間的に燃やすなんて無理よ」
言われてから伊爽はそれもそうだと納得した。
魔法とは、この世に存在する精霊と呼ばれる存在の力を借りることで行使することが出来る術の総称。魔力とは、大気中に存在する魔素を魔法使いがその身に取り込むことで魔法を使うのに使用する力。そして大気中から取り込んだ魔素を魔法使いが練り、それを精霊に代償として渡すことにより練り上げた魔素の量に応じて精霊が力を貸す。
また、魔法には詠唱と言うものが存在し、それは魔法使いが一体どの力を司る精霊の力を借りたいのか、どのような魔法を使いたいのか、どれほどの規模の術を望んでいるのかを現す一種の方式とされる物だ。そして詠唱の規模に応じてその魔法の威力も変わる。
魔法は原則上階位というものが存在し、最も低い第七階位を最下級と指定し、第一上位を最上級魔法と定められている。
短い詠唱ならそれだけ階位の低い下位の魔法を、長い詠唱ならそれだけ階位が上位の魔法を行使することが出来る。熟練の魔法使いなら下位の魔法なら詠唱をせずともただ魔力を練ることで行使することも可能だ。
だがそれは結局下位の魔法でしかなく、上位の魔法に比べれば攻撃系の魔法なら威力が劣り、治癒系の魔法なら治癒できる傷の深さも減り、補助系統の魔法なら魔法が補助する時間が減少する。
つまり、今伊爽たちの後方から迫ってくる巨大な鉄球を炎熱魔法で燃やそうとするなら、その鉄球自体の質量は勿論、今転がることで加わっている運動エネルギーなどもまとめて瞬時に焼き払うため、どうしても階位上位……少なくとも階位第二位上位以上とされている魔法を行使しなければならず、それほど上位の魔法ともなれば無詠唱で魔法を発言させることはまず不可能で、詠唱が必須となる。
詠唱も魔力を練るもの集中力が必要不可欠。さすがにそれを走りながらやれというのは不可能だということに、同じ魔法使いである伊爽は理解した。
ならば今自分が取るべき行動は唯一つだと、伊爽は瞬間的に理解する。
走りながら瞬間的に魔法の術式を想造構築し、体内に込めた魔素を瞬間的に魔力変換する。練り上げた魔力を瞬時に右手の平に集結させ、想造構築した魔法の詠唱を綴る。
「《吾が身に疾風の加護を》」
伊爽の呟いた短縮詠唱により魔法が発動し、その力を行使する。練り上げた魔力が爆ぜ、伊爽の周囲に風が渦巻く。同瞬、伊爽が地を蹴り疾走する。すると先ほどとは比べ物にならないほどの速度で伊爽は遺跡内の廊下を駆け出す。
風の魔法による、術の対象の疾走速度を向上させる補助呪文が発動し、伊爽の走る速度を一時的に上昇させたのだ。
見る見るうちに伊爽はレイラを背負ったままジィルバーンたちとの距離を開き、先に走っていたジントニックの背に追いつく。
「イサァァァァァァァァァァ、貴様卑怯だぞぉぉぉ!」
背後から聞こえる呪詛に、伊爽は前を走るジントニックを追いながら叫ぶ。
「すみませぇぇぇん! 今ので魔力が打ち止めで、複数に対して同時に掛けられなかったんです!」
自己弁護を叫ぶ間も伊爽はどんどん先に進み、ジントニックに追いつき並んだ。後から追いついてきた伊爽に気づき、ジントニックはきょとんとしたように目を見開いた。
「あれ? イサ一人か?」
「うん、魔力が打ち止めでね。二人にまで行使できなかった」
「ありゃま、可哀想に」
言葉を交わしながら二人は疾走を続ける。続けた先で突き当たりにぶつかり、走っていた二人はそこで一旦停止し、背後を振り返った。
遥か遠くで、今なお背後から迫る鉄球から逃げている二人の姿が見えた。
それを見て、伊爽は申し訳なさそうに呟く。
「悪いことしたなぁ……でもしばらくの間は魔素を集められない以上、魔力は打ち止めだし……どうすればいいんだろう?」
「ほっとけばいいんじゃねェの?」
「そう言うわけにはいかないだろっ!」
ジントニックの何気ない呟きに対して、伊爽は激昂して叫ぶ。しかしどうしようもないことには変わりはなく、ただその場で二人の無事を祈ることしか出来ず、伊爽はその場で頭を抱えた。
「イサイサ」
突然背中のレイラに呼ばれ、伊爽は一旦悩むのを放棄して首だけを後ろに向ける。
「どうしたんだ? レイラ」
「あっち」
そう言ってレイラが無感動な顔を横に向けて指差したのは、この後の進行方向である下り坂とは逆の上り坂のほう。彼女の指差すほうに何気なく伊爽とジントニックは目を向けて、次の瞬間両者の顔が蒼白になった。
ジィルバーンたちの背後の鉄球のせいで気づけなかった。しかしレイラの指差した方向に存在するものを見て、伊爽は改めて遺跡の罠という物がどういうものか再認識する。
『罠がひとつだけとは限らない』
以前誰かがそんなことを言っていたのを伊爽は思い出した。そう、罠はひとつとは限らない。むしろ一つのスイッチで発動する罠は複数あると考えるのが自然だ。特にこういった古代遺跡ならなお更である。
レイラの指差した方向からは、今ジィルバーンたちの背後から迫ってくるものと同じものが、ゴロゴロと音を立てながら伊爽たちの立つ場所目掛けて転がってきているではないか。
そのもう一つの罠を見て、ジントニックが心底嫌そうな顔をして、
「もう一つあったのかよ、クソがっ!」
「不味いな。このままいくとあの二つの鉄球が此処で合流するようになる。そうなると今あっちの鉄球のすぐ前にいる二人は、鉄球の合流に巻き込まれて終わりになるかも……」
「マジかよっ!? どうにかならねぇのかイサっ!?」
「どうにかしたいけど、魔力が切れてる状態じゃあどうしようもないよ!」
「だぁぁぁ、クソッ! どうにかならねえのか!?」
「なる」
『……え?』
男二人が混乱していた最中、伊爽の背に乗っていたレイラが、不意にそんなことを呟いた。二人が目を向いて呆然とする中、レイラは平然とした顔でぬいぐるみを取り出し、その口に手を入れて、ひょいっと何かのビンを取り出しそれを伊爽に差し出した。
「コレで、良し」
そう言われて差し出された物を、伊爽は黙って受け取った。そして訝しげにそのビンを見て、次の瞬間目を剥いて声を上げた。
「コレってもしかして魔力促進薬!? しかも階位第一下位道具(Aランクアイテム)のヤツだ!? どうしたのさこんな高級品?」
冒険者などが使用する道具と言うのは大半が魔法付属系統のものが多いため、それらは全ては魔法と同じく階位分けされている。魔法と同じく道具も階位が十段階に分けられていて、階位第一上位――通称SSランクを最高位に階位第一位中位――通称Sランクとどんどん下がっていき、最下位の階位第七位をHランクとしてる。
今レイラの取り出した魔力促進薬は階位第一位――つまりAランクの魔法道具で、魔法道具内でも上位に位置する高級品。それほど高価な代物を、何故この少女のぬいぐるみ内にしまわれているのか大きな疑問が浮かぶのだが、その疑問を口にするよりも早くレイラが言葉を発した。
「時間、ない。早く」
「あ、あぁ……うん」
レイラに促され、伊爽は仕方なく疑問を問うのを止めて魔力促進薬の栓を抜き、中身を口にする。複数の薬草や薬品、そして魔力物質が含まれた薬が喉を通して体の中に嚥下する。
薬品独特の刺激臭が口の中一杯に広がるのを感じながら、伊爽はそれを一気に飲み込んだ。
飲み終えたのと同時に、伊爽の体内に魔力が満ちる。全快には遥かに遠いが、魔法を行使するには十分すぎるほどの魔素が体内で渦巻くのを伊爽は感じ取る。
体内で渦巻く魔素を、伊爽は集中して魔力として練り上げる。伊爽の周囲が彼の練り上げる魔力に呼応し、大気中の魔素が渦を巻く。
想造構築を瞬時に済ませ、伊爽は祝詞を詠唱する。
「《我が呼び掛け応えし颯々(さつさつ)の声よ
汝は風に跨りし旋風の神駆る駿馬
その身の力をもってして 彼の者たちに 汝の駆けし早足の加護を》」
伊爽の翳していた手の内の魔力が爆ぜ、同時に突風が巻き起こる。吹き荒れた風は閉鎖空間である通路を駆け、今なお走り続けるジィルバーンとルナファレフを包む。
「むっ」
「あら~?」
風が彼らを包んだ瞬間、彼らの走る速度が著しく上昇し、先までの走速とは比較にならないほどの速度で廊下を疾走する。
「急いでジィルさん! ルナさん!」
「もう一つがもうこっちに来てやがる! 急げ!」
走るジィルバーンたちに声をかけつつ、伊爽たちは別のほうから迫り来る鉄球に目を向ける。
伊爽がそちらに目を向け、練り上げた魔力を開放して再び風を巻き起こし、迫り来る鉄球目掛けて風撃呪文を行使し進行を遅らせようと試みるが、ほんの一瞬だけ速度が衰えただけでほとんど効果が見られない。
伊爽は小さく舌打ちをしながら、再び魔力を練ろうとする。それを見たジィルバーンが、走りながら叫んだ。
「イサ! 無駄に魔力を消費するな! この先まだ何があるか分からんのだから、力は温存しろ!」
ジィルバーンの言葉に伊爽は一瞬だけ躊躇ったが、すぐに同意して振り返り、走り出す。
追いついたジィルバーンとルナファレフと共に、いつの間にか先行し出していたジントニックの後を追うように走る。
背後で二つの鉄球が衝突したような鈍い金属音が響く。が、すぐに転がる音が再発するのを耳にして、伊爽は振り返るのを止めて全力で走った。
走りながら、ルナファレフがふと思い出したように疑問を口にした。
「この先って、確か広間になってたわよね? そこに辿り着けば何とかなるかしら?」
彼女の言葉にジィルバーンが頷く。
「道を間違っていなければ、間違いなく広間になっている。だが、そこに辿り着いても安全かどうかは保障できんな」
神妙な顔つきで告げられる言葉に、ルナファレフは不思議そうに首を傾いだ。
「あら、どうして?」
「一難去ってまた一難……ってことですよ。一応、何があってもいいように心構えをしておくことをお勧めします」
「イサの言う通りだな。少なくとも、何かあると思っておいたほうがいいだろう」
ジィルバーンの言葉に、イサとルナファレフは黙って頷き、イサの背に乗っているレイラも、
「分かた」
と小さく呟いた。
坂を下り、風に乗って疾走する三人の背後を追うように迫る二つの鉄球。坂による加速で速度が上がる鉄球に対して、下りであるために転ばぬよう慎重に走る三人の距離は徐々に縮まってきている。
「お前ら急げ! もうすぐだぞ!」
先に広間に到着していたジントニックが広間の入り口で叫んでいる。そうなればもう下り坂だからとって遠慮するつもりが三人にはなくなった。
伊爽は走る速度を更に上げ、地を蹴り砲弾のように跳躍し、一気にジントニックの立つ側まで飛んだ。それに続くかのように、ジィルバーン、ルナファレフも同じように跳躍する。
伊爽の行使した風の補助呪文の力も借り、二人も幾度か壁を蹴って広間の入り口に辿り着く。
全員が一斉に広間の中に飛び込み、更に横に飛んで鉄球の進行方向から退避する。
全員が脇に退けたのとほぼ同時に、二つの鉄球が広間に飛び込んで来た。鉄球はそのまま勢いを失わずに広間の中を猛進し、壁に衝突して停止する。
それを見送り、全員が大きく肩を上下させてため息を漏らした。命の危機を脱し、皆がそろって脱力する。
伊爽は背負っていたレイラを下ろし、その場で一息をつこうとしたが、レイラが目を剥いて何かを見ているのに気づき、彼女に習ってその視線の先に目を向け、安堵していた表情を再び険しいものに変えた。
何かが動いている。それも結構な大きさの何かが。遺跡ということもあり暗くてよく見えないが、伊爽は何となくそれが不味いモノだと確信した。
自然と左手が外套の裾を払い、右手が腰に帯びている剣の柄に伸びる。
「皆、何かいる。気をつけて」
伊爽が告げた警告の言葉に、一息ついていたジィルバーンたちが瞬時に反応し、各々がそれぞれ警戒の構えを取った。
まるでそれを待っていたかのように、闇に紛れていたモノが次々と姿を現す。
そしてそれを見たレイラが、表情を顰めながら誰もが同時に気づいたそのモノの正体を口にした。
「……魔物」
遺跡や人里はなれた森や山に住む、人を餌とする人害の存在――それが魔物。
伊爽たちの前に姿を現したのは、正にその魔物だった。
魔物にも種別こそ存在するが、それは生息圏によって大きく変化する。
そして今回の場合、遺跡などに多く存在する昔遺跡に入った冒険者の屍から生まれる不死人系と、遺跡などの無機物に魔力や魔物の発する瘴気に当てられ生まれる無機物系だった。
その二種の魔物がそれぞれ約二十。それ見て、ジントニックが表情を引き攣らせる。
「ちょ、待て待て。不死人系はまあよしとしよう。なんたってレイラの光属性がある……だけど、無機物系ってのはキツくないか?」
「そうだな。あれは魔法による弱点が殆どない上、物理攻撃も効き辛い。少々厄介な相手だな」
ジントニックの誰に向けたわけでもない問いに、ジィルバーンがメガネの位置を直しながら槍を構え、淡々と答えるのに対して、ルナファレフは疲れたようにため息を漏らして鉄爪の長子を確認している。
「別にどうでもいいじゃないの。つまりはズタズタに愛してあげればいいんでしょう?」
妖艶ながら冷酷な笑みを浮かべ、ルナファレフは魔力を練り上げ始める。
「私はまだ死ぬ気なんてないの。だから殺されて餌になる前に、この子たちの命を、この煉獄の炎で包んであげるわ」
そして練り上げた魔力を見せ付けるように悠然と構え、その口元に冷笑を浮かべながらルナファレフの口が魔法を発動さするべく、すべらかに呪文言語を用いて詠唱を始める。
「《我が身に宿りし紅蓮の炎よ
灼熱の大地を総べし荒ぶる鬼神よ
汝の壮絶なる怒りを露にし 我は焼滅の狼煙を掲げ
この身脅かしし悪鬼を 無へと帰す力を具現させん》」
微笑み、ルナファレフは右手を頭上に掲げ、練り上げた魔力を開放した。
火属性魔法階位第二位下位――《激昂の燃炎》。
開放された魔力が解き放たれ、迫り来る二種の魔物目掛けて熱波が荒れ狂う。紅蓮の炎が渦を巻き、天に昇るように煌々と闇を照らしながら魔物の身体を焼き払う。
それを合図に、両者が動いた。
魔物たちが一斉に地を蹴り、獲物である伊爽たち目掛けて走り出す。
対する伊爽たちも、それぞれが武器を構えて迎え撃つ構えを取る。
ジントニックが手に持つ二刀の小剣を回転させ、それを円月輪のように投擲し、炎を飛び越えて来た二体の不死人の頭頂を切り裂く。
「調子に乗るなよ魔物!」
威勢よく吼え、ジントニックは迫る魔物に向けて次々と小剣を投擲する。
間合いに入り込んできた魔物に対しては反射神経と動体視力に物を言わせて回避し、同時に拳打や蹴りなどといった迎撃方法を取って距離を離し、戻ってきた小剣を投擲して仕留めるという方法を繰り返す。
「まったく……一々叫ばねば戦うことも出来ないのか? あの男は」
「あらあら、良いじゃないの? 格好良くて」
手にする古代遺産の槍を振るい、ルナファレフに迫る魔物を迎撃するジィルバーンの呟きに、ルナファレフはクスクスと笑いながら魔力を開放し、炎熱呪文を次々と撃ち出して魔物を焼き払う。
基本的に前衛型であるジィルバーンが前に出て、魔法使いである後衛のルナファレフに魔物が近づかぬようにする。その間にルナファレフが魔法の詠唱をし、攻撃呪文を放って止めを刺す。
それを二人はひたすら繰り返し、効率よく魔物の数を減らしていく。
伊爽は黒一色の剣を手に魔物の群れを次々と薙ぎ払う。近づいてきた魔物に対しては鍛え上げた剣腕で一刀の元に斬り伏せる。
また、剣の間合いよりも外にいる魔物に対しては魔法を行使して攻撃、または威嚇をし、出来るだけに注意を自分に向くように仕向ける。
四人は不死人系の魔物を出来るだけ突き放し、無機物系の魔物を優先的に斃していた。
というのも、不死人系はその名の通り不死である。
どれだけ斬ろうと突こうと焼こうと、彼らは不死である以上倒れることはない。不死人の魔物というのは斃せない魔物と言う認識が強い。特に魔法を使えない完全な剣士などからすれば、彼ら不死人系の魔物は天敵といえる。
そんな不死人の唯一の弱点が、光を司る魔法である。
そしてその光を司る魔法を行使することが出来るのが、この五人の中で最年少であるレイラだった。
彼女は敵から最も離れた位置で静かに目を閉じ、大質量の魔力を練り上げる。
空気が震え、彼女の周囲は練り上げる魔力に反応して淡く光を放ち出す。魔力は彼女の頭上で具現し、陽光にも似た光を発しながら周囲を照らし出していた。
その光の下で、レイラが静かに口を開き、言葉を紡ぐ。
「《天地照らす煌々の日明かり
万象を輝かす暖かき温もり
神々の使わす白翼の使徒が謳う
その声音に導かれ舞い降りる精霊
我乞うは貴公の御手 一握りの祝福
願わくばその身に纏う神々(こうごう)の光の加護と
我らの前に君臨する悪しき闇へ 絶大なる光の洗礼を》
魔力の塊が放っていた光が増し、太陽の光と見まごう程にその輝きを増し、闇に包まれていた広間を明るみにし、曝け出す。
渦巻く魔力の流動が広がり、広間全体を包み込むようにして包み込む。同時に掲げられるレイラの手を合図に、練り上げられていた魔力が膨張し、爆発する。
光属性魔法階位第一位下位――《破邪聖光の流輝》。
膨張した魔力がそのまま光の精霊を従え、魔物の発する瘴気を、死者の肉体に宿る魔力を瞬時に浄化し、不死人たちの身を焼き払う。
炎熱とはまた異なる光の聖火が、対峙する魔物の身を次々と焼き払う。
猛威を振るっていた不死人たちは、レイラの放った浄化の呪文により次々と焼き払われて、瞬時に世界から消滅させる。
仲間の魔物たちがいきなり姿を消したため、残された無機物たちが慌てだす。
その好機を逃すことなく、伊爽たちは一斉に動いた。
ジィルバーンとジントニックが地を蹴り疾走し、無機物たちに獲物を振るう。
薙がれる槍が、投擲される小剣が、その強固な無機物たちの身体を強打し、少しずつダメージを与える。
その間にルナファレフとレイラが魔力を練り、攻撃呪文を唱える。
ルナファレフの炎弾呪文と、レイラの氷槍呪文が無機物たちを次々と飲み込む。
伊爽も二人に続き、魔力を練り上げ、祝詞を唱える。
「《暗き深闇よりなお暗き漆黒の雷帝
我乞うは汝の片鱗
絶大なる力の具現
願わくばこの手に 黒き魔の祝福を》」
虚空に描いた魔法円が、伊爽の練り上げた魔力に呼応し、漆黒の雷光を放つ。
闇属性魔法階位第四位――《深闇の黒雷》。
空間に闇色の雷が駆け巡り、無機物たちを襲う。黒い雷光が魔物の全身を襲い、瞬時にその身体から力を奪う。
そこに再びレイラとルナファレフが魔力を開放し、高位の魔法を炸裂させる。
水属性魔法階位第三位――《凍結の水螺旋》。
火属性魔法階位第二位下位――《紅蓮の(・)直撃星》。
魔物の足元から螺旋を描きながら立ち上る氷水の渦と、頭上から降り注ぐ紅蓮の火流星が同時に魔物に叩き込まれる。
岩や鉱石で形成された魔物の身体が、二人の放った魔法を受けて崩れ始める。身体のあちらこちらが崩れ、欠け、瓦解してその強固な防御力を削る。
そこに伊爽たちが飛び込む。
「う……おらぁっ!」
ジントニックが遠方から小剣を投げ、魔法の効果範囲から抜け出そうとする魔物を高速回転する刃で押し戻し、一秒でも長く魔物たちに魔法を浴びせようと翻弄する。
打ち出された魔力が切れ、行使されていた魔法が消えるのを見計らい、伊爽とジィルバーンが魔物の群れ目掛けて地を蹴り疾駆する。
伊爽の手にする黒一色の剣が弧を描く。剣身に乗せられた闘気が刃の周囲で揺らめき、斬撃の範囲を広げて剣の間合いより遠くから魔物の身体を切り裂く。
ジィルバーンの槍の穂先が輝き、同瞬穂先から流水が溢れ出す。槍の一撃と同時に魔物の群れをその流水の一撃で吹き飛ばす。
吹き飛ばされた先に目掛け、伊爽が魔力を纏わせ同時に闘気も纏わせていた刃を全力で振り下ろす。
纏っていた魔力が爆ぜて風刃呪文が発動し、一緒に纏わせていた闘気が合わせ乗り、その風刃を本来の風刃より遥かに巨大な刃に変えて真空を切り裂く。
ジィルバーンの突きと流水によって吹き飛ばされた魔物たちが、伊爽の放った渾身の真空刃によって両断される。
そこに再びルナファレフの追撃が見舞われた。
「これで、お・わ・り!」
彼女の左腕に備えられていた鉄爪が、伊爽によって両断された魔物たちに向けられていた。
その鉄爪の手の平に、シュンッという機械音と共にガラス球程度の大きさの真紅の石が姿を現した。
そこにルナファレフの有り余る魔力が注がれ、ルナファレフが妖艶な笑みを浮かべたのとほぼ同時。彼女の手の平が周囲を揺るがす震動と共に朱色の光を放ち、一条の光の帯を撃ち出した。
そのルナファレフの唐突な行動に、伊爽たちが目を剥いて一斉に散開する。
特に魔物の群れのすぐ側にいた伊爽は飛び退きながら条件反射の要領で魔力を練り、自分の背後に魔法障壁を展開する。
それとほぼ同時にルナファレフの放った閃光が魔物の群れを直撃し、次の瞬間目を覆いたくなるほどの光源と共に閃光の直撃した床が轟音と共に爆発を起こした。
発せられた大質量の爆炎が、伊爽たちの連携によって瀕死間近にまで追いやられていた魔物を瞬時に焼き払う。爆心地を中心に立っていたのだから魔物たちは生じた爆熱炎と衝撃波から逃れることも出来ず、全てを焼き払うかのような炎に包まれ一瞬にして炭化し、その場で崩れ落ちた。
「うわっ!」
「わわぁ」
「ぬおっ!」
「げっ!」
同時にルナファレフを除いた四人がそれぞれ小さく悲鳴を上げた。
爆発によって生じた衝撃波が部屋全体を襲い、伊爽たちがその衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされる。
伊爽とレイラはそれぞれ魔法障壁を展開したが、それでも衝撃波が彼らをその場から後退させた。
「……ぁんの魔女ぉぉぉぉはぁ! 俺たちまで吹き飛ばすなのかよ!?」
「私に訊くなこの馬鹿者! 本人に訊けば良いだろう!?」
魔法を行使することが出来ないジントニックとジィルバーンが地面にへばりつくように伏せながら叫ぶ。
そんな二人の様子を離れた位置で見ていた伊爽は、呆れたようにため息をついた。
「何であんな状況でも喧嘩するかなぁ……あの二人は?」
「……知らない」
伊爽の何気ない呟きに、レイラは小首を傾げるだけだった。
「あ~ん、スッキリしたわね」
一人何こともなかったかのように歓喜の声を上げて背伸びをするルナファレフの呟き。その言葉に悪びれた様子など微塵もなく、心から魔物を一掃できたことを喜んでいるというのが目に見えた。
当然、怒る人間がいる。
やっと収まった衝撃波から開放されたジントニックが、我先にとルナファレフに詰め寄り、声を張り上げて叫んだ。
「ちょっ、くぅおぅら姐さん! アンタ今明らかに俺たちのことお構いなしにその古代遺産(鉄爪)使いやがったろ!」
「ええ勿論よ、ボ・ウ・ヤっ」
にっこりと妖艶に笑んで、ルナファレフはまったく誤魔化すことなく答えた。
その言葉に、ジントニックが水から打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉して何か言おうと言葉を模索するが、あまりにショッキングだったのか言葉にならないらしい。
そんなジントニックに、ルナファレフは更なる追い討ちの一言を放った。
「だってぇ~、そうすれば人数が減って分け前が増えるじゃない。そうすれば今よりおいしいお酒が飲めると思ったのよ」
(……悪党)
ルナファレフの言葉に、伊爽は心の中で賞賛の意を込めてそう言った。無論口には出さなかった。
更にそこにジィルバーンが乱入し、ルナファレフに説教をし始める。ついでと言わんばかりにジントニックの襟首を摑み、「貴様は何故こうも戦い方が杜撰なんだ!」とも叫んでいる。
「しばらく、続く……」
「続くね、多分……」
レイラの呟きに伊爽は同意を示しながら剣を鞘に納める。
「もうしばらくジィルさんの小言は続きそうだから……今の内に周囲の安全でも確かめようかな?」
伊爽はそう呟きながら周囲を見回す。
特に以上は見られなく、新たな魔物の気配も特にはしない。
視界だけに頼るのではなく、魔力を練り上げ風の魔法を行使することで遺跡内の通路などにも探りを入れるが、今のところ安全は確保されているようだ。
だが、すぐに別の問題点に気づき、伊爽はこの広い広間を見回した。レイラは小首を傾げながらそれに習って部屋を見回す。
伊爽は視覚では補え切れない部分は風を行使して調べる。伊爽にとって、風はもう一つの触覚。風で触れたものはそれこそ手で、足で、肌で触れたのと同じような感覚でその感触を確かめることが出来る。
そうすることで部屋の状態を確かめ、伊爽は急いでレイラに駆け寄った。
「レイラ、乗って!」
何故? と問いたくはなったが、伊爽の声音がやけに焦りの色が濃いのを感じ、同時に彼を信頼しているからこそ、彼が無意味に他人へ行動を起こすように促がすことがないと知っているから、レイラは黙って伊爽に従ってその背に飛びついた。
伊爽が声を張り上げて叫んだことに疑問を感じたジィルバーンは、首を傾げる。
「どうしたイサ? 何をそんなに慌てている? もう魔物はいないぞ」
「そうよイサくん。今さっき全部斃したじゃない」
「そう、今し方この凶暴な魔女が一掃しただろうよ」
ジィルバーンの言葉に便乗し、ルナファレフとジントニックも微笑しながら言うと、伊爽は今にも駆け出しそうな足踏みをしながら声を張り上げた。
「違うんです!? いいから急いで脱出しますよ!」
伊爽はそう叫び、更に言葉を続けた。
「今の戦闘で諸々の柱とかがやられたみたいで、そのせいでこの遺跡全体のバランスが可笑しくなって、だから、その……ああ―――っ!」
「落ち着けイサ。何が起きているのか簡潔に説明しろ」
伊爽の落ち着きのなさを指摘しながら、ジィルバーンは頬を掻く。
「これが落ち着いてられますか! 急がないと大変なことに――」
「だから、何がどう大変になんだよ!」
伊爽のはっきりとしない言い回しに痺れを切らし、ジントニックは舌打ちをしながら叫んだ・
対する伊爽は、その場で地団駄を踏みながら吼えた。
「だから、さっきの戦闘でこの部屋にあった遺跡の重要な部分の柱を壊したんです! そのせいでこの遺跡全体のバランスが崩れて、今にも崩壊しそうになってるんです!」
伊爽を除いた全員が、伊爽の言葉の意味をすぐに理解できずぽかんとした表情でその場に突っ立ている。
そんな彼らに、伊爽はとどめの一撃を与えた。
「つまり、直にこの遺跡は崩れて、急いで脱出しないと全員が生き埋めになるんですよ!」
同瞬、まるで伊爽のその言葉が合図だったかのように、部屋全体が地鳴りと共に震動し始めた。
天井を形成していたものがぱらぱらと彼らの上から降ってくる。
全員が一斉に顔を見合わせ、
『に、逃げろぉぉぉ―――――――――――――――――――!!』
最初とまったく同じ台詞を吐きながら、一斉に遺跡の出口目掛けて駆け出した。
「ゼェ……ゼェ……」
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
「ハァー……ハァー……」
「……っは……っは」
伊爽を始めとしたジィルバーン、ルナファレフ、ジントニックの四人は、十数分の全力疾走を経て何とか崩壊する遺跡から脱出し、次第に地鳴りが収まり出すのを感じながら遺跡の入り口で呼吸を整えていた。
「お疲れ」
『はい……お疲れ様……』
一人だけ走っていないレイラが、今なお荒い息を吐いている四人を労い、四人が揃って答えた。
逸早く息を整え終えた伊爽が立ち上がりつつ服についた埃を落とす。
「とりあえず……これで目的のものは手に入ったわけだし、街に戻って報告を済ませられますね」
「ハァ……そうだな」
苦笑交じりの伊爽の言葉に、ジィルバーンがため息を吐きながら頷く。しかしその瞳が一瞬にして据わり、未だ寝転がったまま息を整えているジントニックをキッと睨んだ。
「だがその前に、一人説教せねばならない奴がいるな」
「あ~、そういえばいたわね。酷い目に合わないといけない坊やが」
便乗するルナファレフ。
そして二人の発言にビクンと痙攣するように反応したジントニックががばっと立ち上がって駆け出そうとした……が、それよりも早く、ジィルバーンの槍が彼の喉元を捉えた。
その場で全身を強張らせるジントニックに、メガネをキラリと光らせ見下すジィルバーン。
「うむ。いい反応だなニック。あと一歩動いていれば私の槍が貴様の喉を串刺しにしていたところだ」
「凄いわねニックは。でもちょ~っと残念な気もするわね。少しくらい痛い思いをしてくれればよかったのに」
その隣でにっこりと笑うルナファレフ。ただし、その目は微塵も笑っていない。
引き攣ったジントニックの頬を、嫌な汗が一筋垂れる。
「ま、まあ待ってくれよ、お二人さん。べ、別に俺は皆を見捨てようとしたわけではなくて……ほ、ほら! 何処かにあの鉄球止められるものないか探そうとしただけ――」
『問答無用!』
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
二人の叫び声と同時に火柱と水の濁流が生じ、ジントニックがそれに飲み込まれて悲鳴を上げる。
その様子を少し離れた場所から伊爽とレイラが見守る。
しばらくの間二人はジィルバーンとルナファレフによって折檻されているジントニックを見ていたが、やがて伊爽が苦笑しながら小さくと息を吐いて立ち上がった。
「しばらく続くだろうから、ボクは此処を発つ前の腹ごしらえ用のご飯でも作ろうかな。レイラ道具と食材出して」
伊爽の言葉にレイラは無言で頷き、手にするぬいぐるみから次々と調理器具やら固形燃料、卵や野菜、そして干し肉に干し飯などを取り出す。
背後から聞こえる爆発音や悲鳴はとりあえず無視しながら、伊爽はいそいそと幾つかの食材を選んで調理し始める。
「レイラ~」
「ん?」
伊爽の呼びかけにレイラが首を傾げると、伊爽はにこりと微笑した後、
「治癒魔法の準備、忘れないでね」
「分かた」
伊爽の言葉にレイラは小さく頷いて見せた。
固形燃料に火打石で火をつけ、鍋に入れた水を沸かす横で肉を炒める伊爽。
止めどなく轟く爆発音や濁流の音。そしてその間から微かに聞こえる悲鳴に耳を傾けながら、伊爽は手際よく手を動かし、ふと脇に目を向けて微笑する。
荒野のような岩だらけの山肌。その場所に咲くはずないだろう白い花を見つけ、伊爽は小さく笑んで見せた。
姿なき、そこにいる誰かに向けて……。
――姿なき誰かさん。
ボクは貴方に会うために、こうして仲間と旅をしている。




