公爵令嬢リリアンヌは高貴な色を身に纏う
ふわっふわ設定です。ん?ってなっても気にしないでスルーしてくれると嬉しいです。
「アンタが悪役令嬢ね!」
出会い頭にリリアンヌに突然意味の分からない言葉を投げかけてきた無礼な令嬢がいた。いきなりのことに困惑していると女は「絶対に負けないわ!」と謎の宣言をしながらその場を走り去った。ただただ茫然とするしかなく、今の出来事はなんだったんだとリリアンヌも周囲の者たちも困惑するしかなかった。
公爵令嬢リリアンヌは王太子の婚約者である。幼少の頃より、政略によってこの国の国母となる将来を定められた存在であるが、幸いにも同い年でもある婚約者の王太子との仲は悪くなかった。未来の王太子妃として教育を受けて育ち、将来の社交界を牽引するための人脈作りを目的に15歳を迎えた貴族子息たちが通う学園に入学した。王太子もリリアンヌも学園に通う必要はないほどに勉学は修めている。けれど人脈だけはどうにもならない。未来の忠臣を見定め、政を行うに足る人材を見繕うために学園に入学したのだ。
貴族の子どもたちが通う学園は、制服の種類が沢山ある。これは一目見てその生徒がどんな家柄であるかを示し、下位の者が上位の者に知らぬ間に粗相をしないためにある。
紫色をベースに高貴な金色の絹糸をふんだんに使って細やかな刺繍が施された制服を着られるのは王族のみの特権。これは現在在籍している学園の生徒では王族は王太子のみであるため、王太子の側に行かないとわざわざその制服が見られないのだ。まあ制服を見るためにわざわざ王太子の側に行く奴はいないが。
リリアンヌの場合は、白色をメインとしながらも、王太子のメインカラーである紫色を袖口に取り入れて、王太子と同じように金色の絹糸で細やかな刺繍が施された制服だ。見る人が見ればわかる、将来王家に連なる高貴な御令嬢だということを制服で表現している。
他にも騎士家系の家の子息では赤色をメインとした制服であったり、文官を代々輩出してきた知略的な家の子息では青色をメインとした制服を着る。
とにかく一目でどんな家出身であるか、令嬢の場合は袖口などの色で婚約者はいるのか、いるとしたらどのような家系に嫁ぐのかを表現しているのだ。
さて、先ほどの出来事は学園内の廊下で行われたことである。次の授業への移動途中にリリアンヌの前にあの女が現れたのだ。当然目撃者も複数いる。彼らはつい先ほど目の前で起こった出来事に暫くは呆気に取られていたが、やがて静かに怒りをあらわにしていった。
「さすがは黄色の制服を身に纏っているだけはある」
「彼女は卑しい言動しかできないようね」
そんな周囲の人たちの声を聴きながら、リリアンヌは静かに教室移動を再開した。胸の内では同じように先ほどの女子生徒に侮蔑の言葉をかけながら。
それから程なくして一つの噂が出てきたのだ。内容としては「公爵令嬢リリアンヌが男爵家の庶子アンナを虐めている」という噂だ。
アンナというのは少し前に教室移動中のリリアンヌに一方的に絡んだ無礼な女子生徒のことである。男爵閣下が正妻を亡くした途端に男爵家に引き取った愛人の子だ。愛人は平民であるが、とても美しいらしく、その血を引いたアンナも愛らしい顔立ちである。
そしてアンナの制服の色は黄色である。婚約者もいないため袖口も黄色、黄色の絹糸を使った刺繍も最低限しかない最下級ランクの制服である。
この国では黄色は庶子を示す色、正当な家系を外れた者という意味があるのだ。
一目見て婚約者もいない庶子だとわかる制服を着ているアンナは一生懸命周りに「リリアンヌが虐めてくる」と泣きついているが、周囲の貴族子息たちはしらーっとした目で見ている。だって最初に喧嘩を売ったのはアンナの方なので。誰だってアンナを庇って公爵令嬢並びに婚約者の王太子に睨まれたくない。
それを分かっていないのがアンナである。
誰もアンナのことを相手にしていないと分かると、周囲の関心を得るためにアンナは次第にエスカレートしていった。
「リリアンヌ様に睨まれた」
「教科書をビリビリに破られた」
「階段から突き落とされた」
そのような虚言を飽きもせず周囲にベラベラ喋りながら、王太子に突撃しようとし始めた。
残念ながら王太子の周囲には常に護衛に囲まれているため、アンナが接触を図る前に護衛に気絶させられてその辺に転がされているが。
王太子もリリアンヌも下位貴族子息の中に良からぬことを考えている令嬢がいるという報告は受けている。アンナが吐いた嘘はどれもこれもリリアンヌがやったというには無理があるアリバイがあった。
定期的に開かれるお互いの理解を深めるための王太子とのお茶会でも話題になった。
「最近、無礼な令嬢がいるようだ」
「そのようですわね。しかしながら彼女の吐いた嘘は全て少し突けば崩れるほどに弱いものばかりでございます」
「ああ、それはこちらも調べて分かっている。彼女は一体何がしたいのだ?まさか正式な貴族の子でない者を王族に迎えるわけがないと言うのに」
「ええ。けれど彼女はそのことを理解していないほどどうやら頭のおつむが弱いようですわ。殿下、この者の処理を如何いたします?」
「放っておけ。現状貴族世界に影響が出ない程度のものだ。そのうち嫌でも理解するだろう」
「そうですわね。理解が出来なかったら、その者の家ごと処分すれば問題ないかと」
「…そういえば彼女、最近は何やら制服の色についても文句を言っているようだな」
「黄色の制服のどこが嫌なのでしょう。彼女の身分を示すのにぴったりの色だというのに」
「どうやら『私にはもっと似合う色があるのよ!こんな色じゃなくてもっと綺麗な色がいいわ!悪役令嬢に負けないぐらいの制服が私に相応しいはずよ!』と言っていたみたいでね、王家の影がそう報告してきたよ」
「あらまあ、自分の身を弁えられないのですね。これじゃあ家ごと処分されても文句は言えませんわ。巻き込まれた家の人からすればとばっちりも良いところでしょうに」
「仕方あるまい。あの獣をきちんと躾けられず人間にできなかったのが悪いのだから」
「それもそうですね」
そのようにしてその日のお茶会は恙無く終えた。
翌週。学園は騒然としていた。なんと問題児として有名なアンナが黄色以外の制服を身に纏って登校してきたのだ。
素人が手掛けたのか、追加された刺繍は歪な形だし、染め方もまだら模様で不恰好ではあったが、高貴な人しか身につけるのを許されない色を身に纏っていたのだ。
恐らく紫の染料代わりに茜と藍の染料を使って重ね染めをおこなったのだろう。青みの強い濁った紫色、赤黒い葡萄色となっている箇所がある程には粗末な出来であった。
しかしながら問題はそこではない。同じようなタイミングで登校したリリアンヌと王太子もアンナの新しい制服を見て眉を顰めた。
「…紫?」
「まあ不恰好ではありますが、紫色でいらっしゃいますわねえ」
「ああ王家の色には似ても似つかないがな」
「染めの技術がない素人が手掛けたのでしょう。けれど問題は色の美しさではありませんわ」
リリアンヌは目を細め、獣…いや、アンナに声をかけた。
「アンナ様。なぜ制服をその色に染めたのですか?」
「あ、リリアンヌ様!王太子殿下も!なぜって私のような可愛い女の子には黄色なんてものよりリリアンヌ様のような色が相応しいんです!あ、もしかして男爵家には相応しくない色だって言いたいんですか?でもそれって差別だと思うんです!確かに不恰好ですけど、私らしさを引き出せているでしょう?皆さんも制服でオシャレしてるし、これくらいなら問題ないかと思ったんです!」
アンナの言い分に目眩がするようだった。
アンナの言い分だと各々の制服は家柄を示すのではなく、オシャレを表現しているものだと思っているらしい。どうやら本格的にこの女は馬鹿なようだし、彼女の家は貴族について何一つ理解していない程阿呆の集まりであるらしい。
将来国母として振る舞う前にこのような家が見つかって良かったと思わなければやってられない。国に無能な貴族はいらないのだ。
王太子も同じことを思ったのか溜息を吐いている。
「アンナ嬢。君の言い分は私を含む王族への叛逆と受け取る」
「え?」
「獣に懇切丁寧に説明するのは無駄だ。獣も、獣を育てた家も処分しなければな」
何が何やら分かっていないアンナを差し置いて、あっという間に処分がその場で決まってしまった。
「アンナ様?貴女はオシャレとしてその色にしたのかもしれませんが、今アンナ様が身に纏う紫色は王族のみに許される高貴な色でございますのよ。そして先程アンナ様は紫色は私に相応しいと仰いましたの。それはつまり、そのつもりがなくともアンナ様ご自身が王家と同等の権威を認めろと主張したのも同然ですのよ」
獣に理解はできぬだろうが、一応アンナに声をかけて立場を少しでも理解させてあげようとリリアンヌは思った。獣にも声をかけてあげるなんて私ってなんて慈悲深いのかしら。
獣も理解できたのか呆然としている。
「ち、違うわ!そんなつもりじゃなかったのよ!だってみんなの制服ってみんな違っていて個性があってオシャレだったから、私もオシャレをしたかっただけなの!ただの制服じゃない!こんなこと知らなかったの!仕方ないじゃない!」
「アンナ嬢の家は貴族のマナーについて何一つ知らないと証明されたんだ。もはや貴族のフリをした塵の集まりだ。塵は綺麗な国を汚染しないためにも処分するに限る」
王太子の言葉により、周囲の護衛がアンナを拘束した。
「ちょっと待ってよ!私はこの世界の主人公なのよ!なんでバッドエンド確定みたいになってるのよ!私は王太子様と結ばれる運命にある主人公よ!」
いきなり訳のわからぬ言葉を叫び出した獣に一瞬時が止まった。
「主人公?」
「王族に関する称号か何かでしょうか?」
「いや聞いたことがないな。王家の記録にそのようなものはなかったはずだ」
「ならば宗教上の役割でしょうか?」
「教会に確認をとってみないと分からないが、恐らく違うだろうな。…いや、新興宗教ならば可能性があるか。男爵家が信仰する宗教について探らなくては」
「ついでに危険な宗教があれば排除しなくてはなりませんね」
「違うわよ!私は転生者なの!この世界の未来を知ってる女なのよ!」
「…転生者…ですか?」
「そうよ!」
「未来を知っていると言ったな。ならば申してみよ。この世界の未来を」
「やっと信じてくれたの?そうね、まずは王都で疫病が流行するわ!」
「3年前に予防接種制度を整備したというのに?」
「ええっと、それから飢饉が起こって国中がお腹を空かせるわ!」
「我が国の食糧備蓄は国民中に配布しても五年は賄える程度にはあるな」
「リリアンヌ様が嫉妬に狂って私を階段から突き落とすのよ!」
「私がなぜ獣に嫉妬するのです?獣は獣らしく、家畜となっていればいいわ」
アンナの言葉はもう滅茶苦茶であった。取り押さえている護衛もアンナのことを理解不能の存在と見做しているのか冷たい目を向けている。
「わ、私は乙女ゲームのヒロインなのよ!なのにゲームと全然違うだなんてバグもいいとこじゃない!」
「…その乙女ゲームとはなんだ?」
「私が王太子様と恋愛する、えっと遊戯みたいなものよ!」
「あら、アンナ様は王太子殿下を遊戯の駒か何かと見做していらっしゃるのねえ」
「この国の王族に対してそのように思う者がいたとはな」
「え、あ」
「連れて行け」
結局王太子へ挽回ができないままアンナは学園の外に連れ出された。
アンナはそのまま学園から除籍され、しばらく粗悪な檻に入れられた後王族を侮辱した罪に問われ絞首刑が執り行われた。
アンナの家も同様に人、調度品関係なく徹底的に処分し、王命を賜った新興男爵家が領地を統治することとなった。
「それにしてもあのアンナって娘は一体なんだったのかしら?悪役令嬢だの主人公だの意味不明なことを言ってきたくせに、獣同然のことしかしなかったなんて。もしかしてアレは獣特有の言葉かしら?獣の言葉も奥が深いのねえ」
リリアンヌはそう独り言を言いながら、王太子の婚約として相応しい色を身に纏うべくフィッティングルームに入室した。




