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『ああいう子』の現在進行形——美少女の“したい” を見つけたら  作者: 透名


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第1話 彼氏を嫌いになった決定打は美少女の“したい”?

 これは恋愛小説ではないですが、特別カテゴライズしなくていいかなと思って書いていました。読んでくださったどなたかが会ってみたい、とか好きだな、と思ってもらえるような登場人物が居るといいなと願うばかりです。それでは、第1話にどうぞ、いってらっしゃいませ。


:コウコさんの頭の中

 なんかあの人気になってるよなあ私 ➧ 気が合う趣味合う付き合う、からのなんか違う ※今ここ 

 いや分かってたよ。そもそも私が曖昧で不誠実・脆弱・強がり・独り善がりで自己愛なだけだって。

 え、だけって……か。



※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。


 ピカソが描いた瞳みたいな形をした夕陽が、じりじり山の奥に沈んでいく。

 頭の中でその輪郭をずーっとなぞって時間を潰し続けてる。一度もドライバの顔を見ることもなく。よりによって畑と山しかない場所のど真ん中で迷子とは。創り物の世界にでも放り込まれたみたいな非現実感。放られたっていうより捨てられたような気分になってきた。


 北海道に行くにしろ、もっと無難(ぶなん)な観光地で良かったじゃない? と文句は言えないか……うん、任せきりにした私が悪いのか。いや悪いかなあ?


 ――旅行プラン立てさせたら俺プロだから!

 

 プロ……か。

 そう言い張った彼氏・和彦(カズヒコ)と二人の車中。かれこれ二時間、会話という会話は無い。

 時々重たーく沈澱ちんでんした空気をごまかそうと和彦の空笑いが響く。一人で笑ってるのは割と怖い。

 レンタカーの中は和彦が()う煙草のせいでひたすらヤニ臭い。着て来たのが動きやすいただのスキニージーンズと愛着のないシャツブラウスでよかった。これが気に入りのパーカやドレスだったら、和彦の渋面(じゅうめん)を灰皿にして煙草の火を押し付けかねないところだ。


「――で、結局ここって何処(どこ)なの?」

 さすがに不憫(ふびん)になって訊いてみる。

 すると和彦は急に真顔になり、人差し指を立ててこう言った。

「確実なことを言うよ。ここが何処だったとしてもコウコには俺がいるってことは保証する!」

 …………。


 私、今どんな表情(かお)しているかしらね。

 ……寒い。寒いな。なんの保証。つまりどこなのか結局分からないままな訳か。この状況、本当にもう笑わせようとかいうレベルじゃないし勘弁(かんべん)してほしい。知らない土地で遭難(そうなん)しているようなものなのに? 危機的状況でこそ人間性が分かるとかなんとか読んだけれど、ああ、それってこれかな。

 というより和彦ってこんなにおばかさんだったっけね……。


「…………畑に落ちるからちゃんと前見て」

「はい、失礼しましたー」


 はは、という彼の無意味極まりない笑い声で車内の空気は、いっそう重く沈んだ。今の和彦はまるでどんなネタでもすべってしまう、不運なお笑い芸人みたいだ。


 ……なんか不憫に思えてきた。それも失礼か。


 夕陽がじりじりと地平線を焦がすように沈んで、空はまだ水色と藍の中間でじんわりとあたりを包んでいる。その、鮮やかでもなく暗くもない、酷く中途半端で置き去りにされたみたいな気分にさせる空を見ていると胸が苦しくなった。


 ――本当はこの旅行の間に、もう逢わないと告げるつもりだった。

 それなのに和彦の煙草の煙を吸い込むと言葉も一緒に咽喉(のど)の奥に仕舞い込まれてしまう。


 そもそも最初から恋をしていたわけじゃない。

 好意はまあ、あったか……。大学で出会った和彦はとても感じの良い青年だった。誰と話す時にも、見せるのは分け隔てのない爽やかな笑顔。作り笑いとは全く違う表情(かお)

 最初は少し嫌いだった。

 どれほど嘘くさく見えなくても、どこかに綻びや笑顔の裏側になにがしか隠してるんじゃないのかと。

 それはもう言いがかりのような反発心。それでいて和彦という男が掴めないことに苛立っていた。


 結局はある種、彼に惹かれてはいたのだろう。それは彼が望む形ではなかったけれど。失った半身とか、生き別れの兄弟とか。そんな感じの近くて遠い存在(もの)

 だからある夜、フライドポテトを摘む和彦の口から『付き合ってほしいんだけど』の一言が飛び出してきて、私は大きく目を見開きながら『苦笑』していたのだ。


 あなたが欲しい形の愛情を私があげることは永劫(えいごう)ないと言うのに。


 だって私は和彦に恋をしていなかった。それなのに今この状態がなんだか酷く可笑しくて愉しい。皆との飲み会を途中で抜けてチープなハンバーガーを齧る、中学生みたいな私たちのことも。

 友達のままでしか居られないよ、と言うのは簡単だ。けれどそれを言えば友達の関係さえ抹消されることは分かりきっていた。

 

 ここでこの存在を手放すなんて『勿体無い』。

 絶対、一生愛したりは出来ないけれど、それでも必要だ。

 私がセクシャルマイノリティだって言うのでもなく、和彦を男としては見られない。それは一生口に出さない、お墓まで持っていく類の秘密。

 (はな)からその感情でしかないのに、付き合うことにした。

 幾度反芻(はんすう)しようと私が最悪なのは分かっている。けれどあの時。 

 目の前で指についたしょっぱい油を丁寧に舐めている男を見て、私が下した決断はそれだった。

 手放してしまうには、あまりに勿体無くて純粋で面白い人。きっとそれなりに楽しく過ごせる。


 ――結果的にその時の見込みは心底甘かったのだが。


 “恋人”という関係要素が追加されてからつまりは何が起こったのだろう。

 和彦の笑顔は変わらない。たまにそこに寂しそうな雰囲気が滲んでみえるような気もしたけど気のせいだということにして飲み込んだ。

 一緒に過ごす一日もさっさとシャワーを浴び一度も振り向かずに背中を丸め先に眠った。

 付き合うと言っておいて僅かの時間でこうなられたら嫌になるだろうに和彦は変わらない。

 私が最低を更新し続けているのは分かってる。

 でも何かが。

 端々(はしばし)に見える“なにか”——。


 今は和彦(このひと)の中に自分が覚えた違和感の正体を探している。


 私の懐疑(かいぎ)に気がつくことも無く、時折ごまかしなのか鼻歌まで混じる。黄泉(よみ)へ向かう道をドライブしているような錯覚。

 空はもう暗灰色だ。もう少ししたら見たこと無いほどの星空が拡がるんだろう。


 しばらく進むと十字路に出て、さすがに困り果てた和彦が車を脇に停車させた。

「あそこに家が見えない?」

 和彦が闇色に沈んだ丘の(ふもと)に、小屋のようなものがあるのを見て言った。

「もしかしたら誰か住んでるかも。どっちに行けばいいか訊いてくる」

 そう、と私が返事をするのも待たず、和彦は駆け出して行った。この空気に耐えられないのでは無い。多分、空腹のせいで()っているのだ。


 ふう、と息を吐いて汚れた車体に体を(もた)せ掛けた。

 咽喉(のど)の奥に硬いしこりがある気がする。

 並並ならぬ虚脱感で口を開く気も失していた。

 手持ち無沙汰で規則的な並びを見せる木々の間を歩いてみる。

 気づけば地面は泥土を踏んでいて、次第に泥濘(ぬかるみ)()まっていく。びちゃびちゃと草を踏みつける度、ぞわとした嫌悪感が背中を走る。

 汚いでもない、美しいでもない。

 立ち込める草のただただ生々しい臭い。

 そして……死体。

 したい……? 肢体? 死体……。え?


「ぐっ――」

 ぬたぬたと『それ』の全体を黒い幾筋もの糸が(おお)っている。卵型の顔はただ青い。枝のように細い腕と、膨らみの無い脹脛(ふくらはぎ)。足は泥に塗れて土色をしている。

 どう見ても死体の肢体(したい)

 ひくんと咽喉(のど)の奥で悲鳴がこびりついた。誰かが走ってくる音がするけれど、それがどのくらいの距離の、同じ時間軸で起きていることなのか認識できない。


「どうしたコウコ」

「……し、たい……が」

 よろけた背中をがっしりと厚い掌が受け止めてくれた。

「嘘だろ……」

 目の前の肢体は動かない。警察を呼ばなくてはいけない……が、ここが何処だか分からない。

「あの家、やっぱり空家だったんだよ。それにしても……女の子? の死体だよな?」

 和彦は恐る恐る、しかし好奇心を抑えきれずにそっと死体の脇に(うずくま)る。すっかり暗く沈んだ空のせいで、その顔は見えない。触るのはさすがに躊躇(ちゅうちょ)したまま、ただ呆然と横たわる(からだ)を見つめていた。



「やばい」

 突然、緊迫した声で和彦が(ささや)いた。

「誰か来た」

「え? どうしてやばいの?」

「見つかる」

「……………………んん?」

 私達はふと顔を見合わせた。

「見つかっていいのか」

「多分、その方が」


 やって来た車からは、夫婦らしき男女が降りてきた。きょろきょろと居なくなった飼い犬でも探しているような雰囲気だ。お互い『居た?』『居ない!』を交互に叫びあっている。

「何探してるんだろう……」

 目の前の死体から離れる訳にも行かず、私達はただ立ち尽くしていた。中年の手前であるらしい男女は、確実にこちらに向かってきていた。その時、かさりと地面が(うごめ)き、目の前で黒い大量の毛がぶわさと(なび)いた。


「ひ」

 三方向から同じ言葉が飛び出した。目の前には、『怯えた獣』のような目をした『汚れた獣』のごとし風貌の、『手負いの獣』にも見える少女が上半身だけ起こして横たわっていた。変わらず顔色は蒼く、血管が透けて見えそうだ。裸足の爪も灰色。素足は泥でぐしょぐしょに汚れているが、なにより驚いたのはその後の行動だ。


「ひうあああーっ」


 驚いて大きく鳴り響く心臓の音も聴こえない位の大絶叫。

 私はただただ呆然とし、和彦はずざざと二、三歩後退(あとずさ)った。少女は――その死体は(まぎ)れも無く少女なのだった――こちらの姿など見えていないように、ただ暗闇の中で遭難者の如く叫び続けている。


「居たっ! しづきっ! しぃちゃんっ!」

 何分後のことだったのか定かではない。先ほどの夫婦がぱたぱたと駆けて来る。現状が全く掴めない。

「しぃ? 分かる、先生だよ、またこんなとこまでふらふら歩いて来ちゃったの? 何キロあると思ってるのよ無謀さんね」

 ひうあああ――、という絶叫は未だ終わらない。それでも三十くらいの女は何をも気にせず少女をただ抱きしめ話しかけ続けている。


 異様だ。私達は言葉も無くただその光景を見つめた。

「うー、あ……あああ」

 しゅこー、と少女の咽喉から(かす)れた音が漏れ、絶叫が終わる。少女は母乳をまさぐる仔猫のように、女の胸に頭を押し付ける。頭突きをかます猪のようでもあった。

「お腹は空いてないの? しぃはお腹空かないだろうけれど先生はお腹空いたなー。早く帰って温かいスープでも飲みたいし、ね、帰ろうしぃ、もう自分が何処にいるか分かるでしょう?」

 返事は無い。少女はただ頭をぐりぐりと押し付け続けている。


「大丈夫みたいよ、桜庭先生。あ……」

 一息ついて、ようやく落ち着いたらしい彼らは私と和彦に気がついた。

「ええと……どなた?」

 こっちが訊きたい。

「観光客です……ちょっと、道に迷ってますけど――」

「こんなところへ? えっと、この子は……」

 女は眼を細めて横に長し同行の男を見る。男は首を微かに振った。

「私達は養護教員です。驚かないでくださいね、別にこの子、頭がおかしいとかじゃありませんから」

「はあ……」


 意味の無い相槌(あいづち)を打つ以外に何が出来ただろう。

 おかしくないって? 何処を見たならそう判断出来るのか。死体のように汚れた格好をした女の子が、起き上がって大絶叫した後は、何も言わず頭突きを繰り返しているなんて光景――。

 しかし私は“おかしい”と思ったわけではなかった。



 ――『羨ましい』



 不思議なことに、常識に照らし合わせてみれば全くもってそぐわない筈の感情が私の胸に湧き上がっていた。あの少女が羨ましいと。

 正気か? 私。

「お騒がせしてごめんなさいね。この子ちょっと人より感じやすいものだから。もしかして、迷ったままナビとかも利かない?」

「そうなんですよ……」

 和彦が何の感情も乗せない声で答えた。言外に関わり合いたくないです、と述べているようだった。

「この道ね、国道をかなり外れてますから――一度戻ったほうがいいですね。来たのはこっちでしょう?」

 女性は私達が走ってきた方向を指す。和彦はただ頷いた。

「途中まで戻ると十字路がありますから、そこを左に曲がってずっと行けばコンビニがありますよ。こっちから見て左」

「ええ、そりゃどうも」

 さして有難そうでも無く和彦が言った。

「さあ桜庭センセ、私達も帰らないと。もう二時間も留守にしてるんだから」

 そうして女は未だ胸にぐりぐりと頭を(こす)り付けている少女に話し掛ける。

「しぃ歩ける? 抱っこしようか? いいの? 恥ずかしいのね?」

「こっちまで車持ってきますよ」

「それがいいわ。どちらにしても歩けないでしょうし」


 私達が次のアクションを起こせずに居る間に、てきぱきと彼らは自分達の車に乗り込んで去って行く。向こうも私達から早く離れたがっているように思えた。自分達の世界が理解されないと知っているのだろう。和彦の目つきにはどうにも奇妙なものを見る色が混じっていた。


 しかし私はそれどころではない。

 ふっと顔をハンカチで拭かれ髪の毛を後ろに撫でつけられた少女を見て、思わずえっと声が出そうになった。

 なに、いきなり現れたこの造形……容貌(ようぼう)は?

 大きすぎない、メイクなんてしていないだろうのに睫毛が長くて自然に上を向いている。

 え、なに、良く見えないけど、これは……ここまで美少女だったのか……。

 間近であんな綺麗な子を見たことがなかったからか、獣の正体が美少女だったことのあまりの意外さか。

 車が去り少女が見えなくなっても眼は彼女の幻影を追い続けていた。


 彼らは去り、蒼い空も去って、辺りはほぼ闇に包まれている。ありもしない世界に紛れ込んだ気分のまま。

 ふいに、和彦が溜め息と共に呟いた。

「ああいう子も、居るんだな」

 きん、と耳の奥が痛んだ。


 何、今の?


 和彦は『あんな子』とか『奇妙な』とか、そんな表現は一切していない。それなのに。だとしても。


 

『ああいう子も居るんだな』



 それだけで。その一言だけで、もう全てが砂の城だったんだと気づいてしまう。どうにか多少の形を保っていた関係のすべてが。和彦の笑った顔の記憶や温かみを含むはずの声なんかも。

 あ、違和感……って――。


 私はすたすたと闇に溶けた車に乗り込んだ。

「おい、コウ……」

 ぶろろろ。鈍いエンジン音。

「……いっ!」

 外で和彦が何かがなってる。でももう関係がない。何も。

 ぶろろろろ。

 後ろで和彦が車のテールランプあたりを叩いている。懸命に、顔を真っ赤にして。怒りよりも理解不可能だって表情で。


 私はただ車を発進させる。少しずつ遠くなる彼の姿。肩で息をして、両膝に両手をかけて重心を保って。なんなんだよ? って顔に貼り付けて。

 

 何もなにも無いよ。

 

 もう車の中に籠もった、和彦の二酸化炭素を吸うのもイヤ。

 そろそろ止まらなくちゃ。ここで置いてきぼりにしたら問題になるのかも知れないし。

 それでもぶろろろろ、とアクセルを踏む足をどうしても上げられずに居た――。




 


 第1話、お読み頂きましてありがとうございます。全4話で完結予定です。(3,4のみ前後編になります)


 同じ時間に生きて、ここに出会ってくださりありがとうございます。次回は金曜日、来週も同じ火曜・金曜のお昼頃に投稿する予定です。投稿というものが初めてなのでちょっと緊張しますが、最終話までお付き合い頂けると喜びます。


 次回24日金曜日にまた気軽に覗いてみてくださればさいわいです。

 

 ここから誰かの心と共鳴できたら嬉しいです。では今回はこれで失礼致します。


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― 新着の感想 ―
初投稿!、おめでとうございます。 早速第一話、読ませて頂きました! 作者様の感性の表現がとても独創的で、かつ細やかな表現のセレクトがとても魅力的に思いました。 特にフライドポテトと指の油舐め表現。 有…
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