おとぎ話のそのあとに
母は、病弱だった。血を残すことに固執した王家がそうなると分かっていて近しい血同士で婚姻させた結果に生まれたのが、母だったからだ。
血を残すことに成功した王家は喜んだそうだが、おかげで母は屋敷の外を出歩くことすらできないほどに弱いからだを持って生まれてきた。理解しているはずなのに血を残すことには固執して、どれだけ周りから無理だと言われても子を産んだ。そうして産まれたのが私。母は、結果として出産が引き金となって儚くなった。
王家の血を繋ぐことに命を懸けたのに、当の王は母が産んだ子が女だと知ると、全く見向きもしなくなった。それを知った父は王家を見限り、愛する人を死に追いやった私を疎み、家に寄り付かなくなった。
こうして私は母の事も、父の顔すら家に残された肖像画と本で知ることになる。家はあっても、家事をする人はいない。一人で動き回れるような年齢になったと同時に、わずかに残ってくれていた使用人は姿を消した。
毎日、生きることにやっとだった私が、自分に王家の血が流れていることを随分と後に知ったのだって、仕方がないと思わない?
他の人が語る記憶のなかにしかいない母は、物語の世界をそれはもう、とても楽しみにしていたそうだ。本の中であれば、自分は魔王に立ち向かう勇敢な勇者にも、広い世界を自由に旅する冒険者にもなれる。そして、母がなによりも好んでいたのは美しい令嬢が王子様と結ばれる夢物語。
屋敷のいろいろなところに本は置いてあったけれど、母が最期に寝ていた部屋に遺されていた物語の8割は、夢物語だったから。自分の姿を令嬢に重ねていたではないかと思えるくらい、折り目のついた本だってあった。
その影響は、娘の私が一番に受ける……はずだった。
「これ、リリアンの方が可愛く着こなせるんじゃな~い? ねえ、お義姉さま」
聖女のようだと褒められたその笑顔を歪ませ、義妹のリリアンが一着のドレスを手に取った。自分の体に当ててくるりとひと回りすると、動きに合わせてドレスの裾がひらりと舞った。
緩くカールしているのは手入れの行き届いた金髪。私だって同じ色の髪なのに、櫛どころか指を通しただけでギシギシ引っかかる。
「……好きにしたらいいわ」
どうせ何を言っても持っていくのだから、わざわざ私に確認なんて取る必要もないでしょうに。まあ、リリアン付きのメイドがいる手前、私からの許可をもらったという建前が欲しいのだろう。
それにしてもここのメイドたちは、しばらく前から私が同じお着せなことに気付いているのだろか。ドレスを着ていてもあれこれと理由をつけて汚されるか、今みたいに持っていかれるかなので、思い切ってメイドたちと同じものを着てみたのだ。
着ていれば難癖つけられることは減ったのだから、結果としては上々だろう。本来だったら私の世話をしているはずのメイドたちが、義妹にしか付いていないことに疑問は残るけれど、追及したところでリリアンは上手くかわす。
「お義姉さまならそう言ってくれると思っていたわ! 明日、王家の方にお呼ばれしているの。せっかくだから着て行きましょ!」
「ちょっと待ってリリアン。王家の方から招集があったなんて聞いていないわ」
「あら、伝え忘れていたかしら。ごめんなさいね、お義姉さま。でも……」
王家からの召集など、一大事だ。母の葬儀にだって連絡の一つすら寄越さなかった王家が今更、我が家に何の用だというのだろう。浮かれているリリアンの様子だけを見れば、最悪の知らせではなさそうな気もするが、前例というものがないから予想がつかない。
「今からお義姉さまが準備しても、明日には間に合わないんじゃないかしら?」
私の事を上から下まで見てから小さく笑ったリリアンは、その視線の意味を示すように自分の髪をゆっくりと撫でた。
そっと触った私の髪は、ごわごわとした手触りといくつかの引っかかりを伝えてくる。手先は水仕事で荒れているし、最近は湯舟だって満足に浸かっていない。それだけではない。ドレスだって小物だって、母が遺した私のものなど、手元にはほとんどない。貴族の令嬢としての必要最低限の身だしなみさえ、今の私は整えられないのだ。メイドと同じお着せが、上等だと感じるほどに。
メイドのお着せをまとった私が、王家に謁見できるような立場の令嬢であるかと聞かれたら、間違いなくそうではないと答えが返ってくるだろう。
「それでも、この家の長女は私よ。ならば、謁見に臨むのは私の役目」
「そういうの、いいから。ほら、お義姉さま」
くすくす笑いながら、ドレスをメイドに託したリリアンは瓶に入った飲み物を床にこぼす。漂ってくるのはワインの香り。私がお酒に弱いことを知っているのに、リリアンがこうやって部屋にワインをこぼすのは、初めてではない。
「早く拭かないと染みこんで、匂いが取れなくなっちゃうかもね?」
床を拭いてワインが染み込んだタオルをわざとらしく落としてから、ゆっくりと部屋を出て行ったリリアン。メイドもわずかに視線を送って来たけれど、そのままリリアンについて出て行った。
リリアンの事を引き留めたいけれど、この部屋に漂うワインの香りをそのままにしておいたら、明日から私はベッドと友人になってしまう。この辺り、私は顔も知らない母の体質をしっかりと受け継いでいるのだと思う。
それを分かっているから、リリアンはこの離れに私を留めるためにワインをこぼしたのだろう。
「ああ、もう……! いつもより量が多い」
タオルがしっとりとして絞れるくらいまで拭いてから、ようやく床は乾いた。いつもだったら拭く時に息を止めているからあまりワインの香りを吸い込むことはなかったけれど、今日はそうもいかなかった。窓を開けても鼻の奥にワインの香りが残っている。お酒に弱い私は、香りだけで酔って動けなくなってしまう。
「明日は動けなさそうだなんて、そんなことを言っている場合ではないのに」
リリアンを引き留めて私の身なりを整え、そして王家の召集に応じなければならないのだ。何時にどこに行けばいいのかも分からないから、リリアンが家を出る前に確実に捕まえないと。わざわざ先触れを出してくるくらいなのだから、着飾るのが当然の場を用意しているはず。
「動けるうちに用意をしなきゃ……」
離れに留めてあったドレスは、母が私を身ごもった頃に来ていたというものだけ。流行に疎いなんて程ではない。情報を得る機会がない私でも。さすがにそのまま着ていくのが正しいとは思わない。思わないけれど、時間と自分の体力とを天秤にかけると、考えている余裕もない。
「目立った汚れは……ないわね。これなら私の技術でもどうにか出来るかしら」
幸いにも、体型は病弱だった母とあまり変わりはなかった。貧相な胸はエプロンのフリルを縫い付けることでどうにか整えて、奥にあった丈の長い手袋にはワンポイントの刺しゅうを施す。リボンなんて見つかるはずがなかったから、裾を縫い絞ってそれっぽく見えるようにごまかした。
結局、夕方前に私の体は限界を迎えた。考えた支度の半分も出来たと自分を褒めるべきか半分しか出来なかったと叱るべきかと答えの出ない問いが頭の中を巡りながら、私の意識はあっという間に眠りに引きずり込まれていった。
「なんだか、騒がしい……?」
日が昇る前に目を覚ました私の耳に、いつもと違う音が届く。普段だったら静かな屋敷なのに、今日は離れの私のところまで届くほどに騒がしい。人の、しかも男の人の怒声などここしばらく聞いた覚えがない。
状況を窺おうとそっと窓から顔を出していたら、本邸から男の人が飛び出てきた。慌てて引っ込んだけれど、静かな中ではこちらに近付いてくる足音がとてもよく響く。
ドンドンドン、と急いで叩かれたノックは、居留守は許さないと言われているようで。私がドアに向かう、そのわずかな時間さえ惜しむように叩かれた二回目のノックは、叫び声とセットだった。
「フェルスタッド侯爵令嬢はいるか!?」
「……いったい何の用でしょうか」
「その瞳の色は正しく王家の色!」
耳がキンとするような声を出せるのは、年頃の令嬢だけではないらしい。どう軽く見積もっても私の倍くらい生きている男性は、私の顔を凝視して紫の瞳を確認したと同時に、ドアの前で歓声を上げた。私の問いかけを、無視して。
「だから、いったいどのような用件でしょうか!」
壮年の男性は鎧を着ているし、周りには声を聞いて集まった人がいる。早朝で静かとはいえ、私の声は周りの音にかき消されてしまったのだろうと思い、瞳の色がどうこう盛り上がっている男性に向かって、もう一度問いかける。今度は、叫ぶくらいの勢いで。
「……フェルスタッド令嬢を騙る者を捕えた。城の一室に留めているので、確認願いたい」
「かしこまりました。参りましょう」
フェルスタッド侯爵令嬢、は二人いる。これは父が再婚した義母と義妹のリリアンを正しく書類に登録したという証であるし、王家からの承認も得ている。王家の血を引いている家だというのは、この国の貴族だったら分かっているはずだから、その後の罰を考えたら我が家を騙るメリットなんてないだろうに。
「失礼ですが、その……ご準備のお時間はよろしいので?」
「お気遣い痛み入りますが、これが一張羅ですの」
謁見のために取り繕ったドレスを今更出したところで、無駄に時間を使わせてしまうだけだ。メイドと同じ服を着ている私からそっと視線を逸らした壮年の男性は、せめてもといった様子で上掛けを差し出してくれた。今までに身につけたどの服よりも肌触りの良いぬくもりは、これから起こることへの不安を少しだけやわらげてくれた。
「リリアン!」
そうして案内された城の一部屋にいたのは、私の義妹。昨日、私のクローゼットから持っていたドレスを身にまとったリリアンは、侯爵令嬢を招いたはずの王家から、罪人のような扱いを受けていた。
床に座らされているリリアンに、冷たい目を向けているのはふかふかのマントを羽織った男性。かろうじて令嬢への処遇だと言えるのは、その身に指一本でも触れていないところだけ。
「どうして……!?」
私を呼ぼうとしたのか、わずかに動いた口は音になる前にきゅっと引き結ばれた。リリアンが声を出したのとほぼ同時に動いた、部屋の警備というには重装備の騎士様の視線が鋭くなる。
その動きとリリアンの扱いで理解してしまった。フェルスタッドの名を騙った令嬢として疑われているのは、リリアンだ。
血は繋がっていないけれど、フェルスタッド侯爵令嬢であることに間違いなどない。それは、王家も確認した正式な書類があるのに。
「この子は間違いなくフェルスタッド侯爵令嬢です。不当な扱いはおやめください」
「そうはいかぬ」
「国王陛下!」
会話に突然入ってきたのはふかふかマントを羽織っていた男性。その頭に輝く王冠を見て、私はヒュッと息をのんだ。それと同時に騎士様たちが一斉に跪く。擦れた鎧がガシャリと不快な音を立てる。私をここに連れてきた騎士様も同じ鎧を着ていて、その時の音には何も思わなかったのに。
今、はっきりと不快だと感じたのは、私の気持ちも変化もあるのだろうか。義妹だから、というだけではない。令嬢にこのような扱いを当然としている国王陛下のふんぞり返った態度もその一因だ。
「この娘は王家の血を引いているように見せかけ、我が王家のみならず国の重鎮たちを混乱に陥れた。その大罪、償ってもらわねば」
「大罪って、そんな! げほっ、げほ……!」
馬車での移動をしたのは、記憶している限り今回が初めてだ。酔った、のだろう。石畳で揺れる馬車は、初めての経験だからおそらくとしか言えないけれど。
リリアンはおそらく、義母と共に城に上がってフェルスタッド家の者だと書類を提出した時に乗っているだろうし、最近ではよくお茶会に招待されているから、酔っているとは思えない。
けれど明らかに具合が悪そうに俯いたリリアンはぐったりとしている。弱っているところに追い打ちをかけるような言葉は、いくら国王陛下といえども黙っていられるはずもなく。
上げた声は最後まで伝えきれなかった。途中で咳き込んでしまった私を、リリアンは痛ましい顔で見ている。その頬が少しだけ赤いのは、見間違いではないだろう。
「か弱い令嬢に、これ以上は伝えない方が良かろう。誰か、正しく王家の血を継ぐフェルスタッド侯爵令嬢を休ませてやれ。
王家の血を継ぐものには、これから最大の責務を果たしてもらわねばならないからな」
「いや、離してっ! リリアンをどうするつもりなの!?」
「娘一人に何をてこずっている! さっさと連れて行かんか!」
部屋に待機していたメイドに手を取られ、そのままリリアンがいる方とは反対側に連れて行かれそうになる。
ここで私がいなくなってしまったら、リリアンは何をされるか分からない。私が来るまでにきっと、痛い思いをしているリリアン。家で私は良い扱いをされていたとは口が裂けても言葉にはできない。けれど、リリアンが傷ついているのを見て、私の胸には良かったなんて感情は少しも湧きあがらなかった。それが、リリアンに対する感情の答えだ。
「その手を離しなさいよ」
「……なんだと?」
「あーあ、もうちょっとでお義姉さまを国から逃がして全部うまくいくはずだったのに。台無しよ」
これまで耳にしていたものから甘さと猫を引っぺがしたような声、流れるように放たれた言葉たちは、今まで聞いたことはない温度を持ってこの場にいる人たち全員に突き刺さる。
「リリアン……?」
顔を赤くしながらも、その雰囲気の変化に何を言う事も出来ない国王陛下。その姿の後ろに見えるリリアンの姿は、先ほどまでと違っていた。
私と同じだった金髪はこげ茶色に変わり、栗色の瞳は氷のような冷たい水色へ。服装に変化がないことだけが、同じ人物だと示している。
「ええ。そうよ。お義姉さま。すぐに終わらせるから、待っててくれる?」
「終わらせるって、なにを」
「もちろん、この茶番をよ」
変化したリリアンに気圧されていた国王陛下がハッとした様子で顔を上げた。私からは背中しか見えないけれど、怒っているのは明らかだ。
「小娘如きが生意気な口を利きおって!」
「ごとき? 圧倒されて何も言えない王が笑わせてくれるじゃない。おまけにか弱い令嬢なんて言いながら、お義姉さまに子を産ませようとしているなんて、ほんっとうに自分たちの事しか考えていないのね」
不敵に笑うリリアンは赤くなった頬をそっと撫でる。ふわりと優しい風が起きたと思ったらそこにあった赤みはなくなっていた。
リリアンの言葉を聞いて、私がこの場に連れて来られた意味をようやく正しく理解した。初めは、フェルスタッド家の令嬢だったらどちらでもいいと思ったのだろう。王家の血を継げる子を、成せるなら。
けれど、おそらくリリアンは抵抗した。だから、人質に使うでも子を産ませるでも、どちらでも使い勝手があると思われた私まで、呼ばれたのだ。
「だから、私達が保護しているのよ。国に王家の血を引く者がいなくなるなんて、そうそう起こるはずがないでしょう?」
ぶわりと部屋の中で荒れ狂う風は、調度品を粉々にする。力の一部を見て、何人かの体から力が抜けたのが分かった。
私を連れて行こうとしていたメイドも、その一人。小さく聞こえたのは、嘘、という呟き。
大げさに肩を揺らしたのは国王陛下。衝撃で王冠がずれたのも構わずに、声を張りあげる。
「その力を持つ者は途絶えたはず! どうしてお前が!」
「途絶えてなんかいないわよ。隣の国では誰もが普通に使えるわ。
……この国から使える人がいなくなった理由、教えてあげましょうか?」
雰囲気の変わったリリアンがこの場を支配していることに、気付いているのだろうか。強気であろうとした国王陛下は時折、自信を奮い立たせるようにぎゅっとこぶしを握っているし、騎士様たちは跪いたままで動いていないけれど、顔の下に染みを作っている。
「簡単よ。女神様への敬愛を忘れて私利私欲に走る王家に、加護は必要ないと仰られたわ」
国を造りし女神様。私達が縋れる唯一の存在として、幼い頃から祈りを捧げなさいと教えられる存在。母が遺した絵本にだって出てくるのだ。女神さまの加護を得たお姫様は、不思議な力で皆を幸せに導きました、と。
リリアンの言っていることが本当なのだとしたら、隣にある国では女神様と話せる人がいることになる。不思議な力、と思ったけれど怖いとは思わない。だって、リリアンは自分の傷を治せる力も何かを簡単に壊せる力も持っているのに、それを一度たりとも私に使うことはなかったのだから。
「それじゃあ、行きましょうか。お義姉さま」
「行くって、どこに……」
「隣の国よ? 私の事を信じられないのは分かっているけれど、ついてきてくれるかしら?」
しょぼんとしたリリアンは、家で見ていた姿と全く違っていた。私の事を邪険に扱っていたその手は、エスコートするように差し出されている。わずかに震えるその手を、取らないという選択はなかった。
家に、この国にいたところで今までと同じ生活が続くとも思えなかったから。むしろ、いたいとも思わなかったのでリリアンの申し出は一人で国を出ることなんて叶わない私からしたら、救いでしかない。
「今までの事を、説明してくれるのよね?」
「もちろんよ!」
にこりと綺麗に笑ったリリアンは、私の手を優しく包むと懐から何かを取り出した。それに気づいた国王陛下が声を上げ制止をするよりも早く、私の視界は風に遮られた。
*****
それから。隣の国へ一瞬で移動した私の環境は随分と変わった。
王家の血を引いているのは本当だったので、隣の国の王から、王宮に住むことも、望めばそれなりの地位で迎え入れるなんて破格の待遇だって打診された。
まさにより取り見取り。そんななかで選んだのは。
「まっさか、弟子入りしたいなんて言われるなんて」
「だって、リリアンが使っていた力が本当に素敵だったんですもの」
あの日、リリアンが自分の傷をいとも簡単に治してみせた魔法という力。それを使える素養が、私にも眠っているのだと聞いて選んだのは、力を使うための学びの道。
体が弱いため、まずは体力作りだと渡されたメニューを難なく熟すリリアンを見て、頑張りすぎた結果ベッドと友達になることだって少なくなかったけれど。心配してくれるリリアンに笑ったら怒られたこともたくさんあるけれど。
「ねえ、リリアン」
「なにかしら、アリス」
お義姉さまとは呼ばれなくなった関係、気安くなった会話。変わったことはたくさんある。けれど、あの頃から変わっていないものはひとつだけ、ある。
「私、あなたと出会えて幸せだわ」
「……まだちょっと熱があるんじゃない? ほら、ベッドに戻って!」
「はあーい」
わずかに赤く染めた耳、隠そうとしていても照れているのはすぐに分かる。義姉をやっていたのはわずかとはいえ、そのくらいの癖は見抜けるのだから
「わたしだって、幸せなのよ。
……そういえば、元住んでた国、あれからどうなったか知ってる?」
小さな呟きは、聞こえなかったふりをして。
リリアンが変えた話題に興味を持ったようにそろそろと布団から顔を出した。実際、私がこの国に移動してきてから、住んでた屋敷や国がどうなったのかは、ここまで一切情報が入ってきていない。
リリアンに言われるまで思い出すこともなかったのは、少しばかり薄情なのかとも思ったけれど。大した思い入れだってなかったのだろう。
母の遺した夢物語、その終わりはいつだって、めでたしめでたし。あの家にいるしかなかった私だったら、きっといつかを夢見て、その日が来ることを待ち望んでいたのだろう。
けれど、今の私は知ってしまった。めでたしめでたしの、そのあとだって物語は続いていくという事を。
「女神様から見放された王家、たびたびの横暴な取り立てもあって、つい先日に崩壊したそうよ。あれだけ血に固執していた王が、その身で国を終わらせるなんて皮肉よねえ」
「そう……」
「あら、それだけ?」
もっと悲しがると思っていたのだろうか、リリアンは不思議そうに首を傾げる。自分でも思っていた以上に何も感じないから、やっぱり私は薄情なのだろう。物語の心優しい令嬢には、どう頑張ってもなれそうにない。
「正直、私が強要されそうになったことを、他の誰もがされずに済んだのは、ほっとしたわ。
あんなことを続けていたら、遠からずに滅んでいたでしょうけれど」
「そう考えられるようになって、なによりだわ。
アリス。私達は、物語に出てくる令嬢ではないのよ」
ぽんぽんと優しく頭に乗せられたのは冷やしたタオル。じわりと広がる冷たさが心地良いと感じるのは、私の熱が上がってきてしまったからだろう。
「さ、寝て回復させないと。魔法を使って出た熱は、魔法じゃ回復できないのだから」
「ええ……おやすみ、リリアン」
「おやすみなさい、アリス」
ふわふわとした意識の中で突然、物語の一節を思い出した。
折り目が付いていた本だったから、読むときに自然と栞代わりにしていたページの、一文だ。
『魔法使いは、令嬢にある魔法をかけました。それは――』
きっと優しい夢が見られる。そう思った私は、ゆっくりと目を閉じた。
私が令嬢なら、魔法使いはリリアンだ。それも、とびきり素敵な。
熱が下がったら、魔法のレッスンをお願いしようか。一緒に料理を作ってもいい。
私の物語は、まだまだ終わりを迎えそうにないのだから。




