少女の初めて、もしくは少女の底知れぬ何か
静かに入国を果たしたテスターとピュアは、近くにあるテスターの家に入った。
「ここが、俺の家だ」
「ここが、スターの家…」
物は散らかっており、ゴミも落ちている。
「とりあえず、風呂と着替えだな」
この家が汚いかどうかはともかく、まずはピュアのことだ。
「…風呂?」
「マジか、風呂に入ったことが無いのか」
「多分?」
「まぁ良いや、ちょっと待ってろ」
「?」
そう言うとテスターは、家のタンスの中から服をいくつか取り出した。
「どれが良い?つっても、サイズは合わないだろうけど…」
「う~ん…」
これと言って、ピンと来る物は無い。
(こんなことがあるなら、ガキの時の服でも取っておけば良かったな…)
「…これにする」
「お?良いのが、あったか」
「うん、これが一番普通」
手に取ったのは、無地のシャツとズボン。ザ・普通と言った感じの物だ。
「下着は悪いが、俺のパンツで我慢してくれ」
「うん、それで良い」
(何か、罪悪感が凄いな…)
明らかに歳が下の少女に、自分の服を着させる状況。
仕方がないとは言え、寝込みそうな程に後ろめたい。
(誰かに見られたら、一貫の終わりだな…)
社会の制裁を受けることを想像してしまい、一人で頭を抱える。
「何をしてるのですか?」
「…いや、気にするな」
(これは不可抗力だ、仕方がないことなんだ…!)
と、自分に言い聞かせるが地獄はまだ、始まりを告げただけだ。
「早く風呂?をしましょ」
「あ、ああ、そうだな…」
テスターは少し落ち込みながら、ピュアを風呂場へと案内する。
「それが髪を洗うシャンプーとリンスで、これが体を洗う為のボディーソープな」
「分かった」
「湯船が湧く間に、ちゃんと洗えよ」
「うん、じゃあ俺は外にいるから何かあったら言えよ」
「分かった」
「……」
「……」
「……入らねぇの?」
「入り方が分からない」
「…ドアを開ければ入れる」
「分かった」
「いや服(?)は脱げって」
「分かった」
「ちょっ!?何で俺がいるのに、脱ぐんだよ!」
「でもスターが脱げって」
「…悪かった、後ろを向くから脱いで良いぞ」
「分かった」
服を脱ぐ音が聞こえ、その後にドアの閉まる音が鳴る。
(ふぅ、これで大丈夫だろう…)
「ねぇ、スター」
「ん?何だ」
「お湯?はどうするの?」
「蛇口を捻れば出る」
「蛇口って?」
「ぐるって回せるものは無いか?」
「…あったわ、これを回せば良いの?」
「ああ、赤い方を回して青い方を少しだけ回すんだぞ」
「分かった」
勢いよく落ちていく水の音が聞こえる。
(もう何も無いよな…?)
自分がいつも入る手順を思い出し、教えていないことがあるかを確認する。
結果、無いことが分かり、心配事は何もない、と安心した時。
「ねぇ、スター」
「ん?まだ何かあるか?」
「スターは入らないの?」
「後でな」
「一緒には入ってくれないの?」
「…あのな、いくらお前が子供でも一緒に入るのは駄目だろ」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃピュアが恥ずかしいだろうし」
「私は恥ずかしくない」
「……すまん、俺が恥ずかしい」
「分かった、じゃあ良い」
(何だったんだ、今のやり取り…?)
少し気になりつつも、廊下でピュアが出てくるのを待つ。
50分経つと、ドアの開く音がする。
(結構、長いこと入ってたな)
余程気に入ったのか、自分の清潔感が気になっていたのか、どちらかは分からないが随分な長風呂だ。
「入った」
「おう、じゃあ俺も入ろうか―――って、体を拭けよ!?」
「拭くの?」
「当たり前だ、あと着替えがあるんだから着ろ!」
「分かった」
ピュアを風呂場に押し戻し、テスターはもう一度廊下に出た。
数分経ち、今度はちゃんと体を拭いて着替えたピュアが出てきた。
「おっ、ちゃんと出来たか」
「うん」
「じゃあ俺も入るから、少し待ってろ」
「分かった」
入っている間に、持ってきた着替えとタオルを持って風呂場に入る。
「ふぅー……」
疲れた体に、思わず声が出る程に熱い湯が染み渡る。
(しっかし、珍しいのを拾っちまったな…)
白人と言えば、強力な魔法を持つ特別な種族。
一人いるだけでも、戦局を傾けさせる力がありながら、高い魔力量で長時間動ける。
並の魔法使いが3時間なら、白人は10時間も動けると言われている。
詳しいことは歴史でしか知らないテスターだが、その異常性は十二分に理解出来る。
そんな拾いもの、もとい拾い人をしてしまった。
一体どうしたものかと頭を悩ませていると、風呂場のドアが開く。
「スター」
「……何で平然と入って来てるんだよ」
「洗ってあげる」
「自分で出来るから良いよ」
「私を拾ってくれたから」
「良いよ、女の子に洗って欲しくて拾った訳じゃないし」
「私がしたい」
「……お前、結構頑固だよな?」
「頑固?」
「言うことを聞かねぇ、ってこと」
「私、悪い子…?」
「あっ、いや!そういうつもりで言った訳じゃないんだ…」
悲しい顔に、思わず胸が苦しくなる。
きっと、奴隷だった時代に何か言われたのだろう。
拾った以上は、ある程度の面倒を見る責任がある。
悲しまないように、彼女が幸せになれるように。
「…良かった」
(言葉にも気を付けなきゃな…)
「嫌な言い方をしちまった、すまん」
「大丈夫」
「とりあえず、体は自分で洗えるから待っててくれ」
「……」
「……」
「………分かったよ、洗ってくれ」
「分かった」
「あっ背中だけな、前は自分でやる」
「どうして?」
「前は気まずいんだよ」
「どうしても?」
「どうしても、だ」
「……頑固」
「お前には言われたくねぇよ!?」
こうして背中と髪を洗われた俺は、体を拭いて着替えを済ませる。
風呂に入り身なりを整え、食事をする為に外に出る。
本当なら家で何かを作り、食べさせるべきなのだが生憎テスターは料理が出来ない。
雑に肉を焼く程度のサバイバルようの知識でならあるが、どうせならまともな料理を食べさせてやりたい。
料理と言えるのか少し怪しいものを出すのは、それからで良いだろう。
「私、行きたくない…」
「安心しろ、これでバレることはねぇよ」
「…ん」
テスターはフードの付いた上着を被せて、ピュアの口元以外を隠す。
これなら見ただけでは分かりづらい、下から覗き込もうともしない限りはバレないだろう。
(あの人達なら多分、大丈夫だろうし)
それに今から行く場所は、テスターが昔から世話になっている人達であり、信用に値する。
きっと何かしらの助言をくれる、そう信じテスターとピュアは歩みを進めた。
少し歩くと、『世界一美味亭』と書かれた看板を見つける。
カランカランと音を鳴らしながら、席が埋まっていない店内に入る。
(この時間は人がいなくて助かる)
席が埋まっていないのは決して、店名のセンスが終わっている訳ではなく、意図的にこの時間のみ席を埋めていない。
昼間は従業員もおり、かなり繁盛している店だ。客からも「店名のセンス以外は最高」と言われるぐらいだ。
「ピュアも座れ」
「うん」
「ご注文は」
言われた通りに座ると、すぐに人がやってきた。
「じゃあ、これとこれ、あとこれも」
「あいよ」
テスターは慣れたように注文を済ます。
「ここの料理は絶品だから、ちゃんと食えよ」
「…毒とか入ってない?」
「安心しろ、毒も何も入っちゃいねぇよ
「…そう」
(やっぱ奴隷ってのは、ろくなものを食わされないのか…)
恐らく、奴隷として飼われている白人は他にもいる。
風呂も知らない年端も行かない少女が、自分が追い出された理由を細かく知っているのが証拠だ。
(今も苦しんでいる人達が……)
そう思うと、胸が苦しくなる。
「スター、どうしたの?」
「…悪い、何でもねぇ」
今は食事中だ、暗いことを考えるのは食後で良い。
「へいお待ち」
そうこうしていると、頼んだ品が届いた。
「よし、んじゃ食べるか」
「…ん」
「いただきま―――何だよマスター、ずっとこっち見て」
「お前、そういう趣味があったのか…?」
「ちっげぇよ!?」
「じゃあ何だよ」
「行き場所も無くて困ってたんだ、放っておけるかよ」
「なるほど、それで世話を焼いて自分の嫁にしようと」
「だから、そういうのじゃ無いって何度言えば良いんだよ!?」
「俺はまだ2回しか言ってないぞ」
「…とにかく、この子はそういうのじゃない」
「そうかい、で何か頼むか?」
「いや、まだ何も食ってねぇよ」
「そこの嬢ちゃんが全部食ったぞ」
「………」
「どうしたの、スター」
「……お前、あれ全部食ったの」
「美味しかった」
「いや、感想じゃなくて」
「?」
テスターが頼んだのは、大人5人分ぐらいの量だ。それを今の会話の隙に、ピュアが食べたと言うのだ。
「…まぁ良いや、マスター追加頼むわ」
「あいよ」
信じられないが、無くなってしまったものは仕方がない。
まだ何も食べれていないテスターは、追加で同じ量を頼んだ。
10分もすれば、追加の料理が届いた。
(今度こそ、食えるな)
いくらピュアが腹を空かせていようと、人間の胃袋には限界がある。
しかもこんなに小さな少女だ、合わせて10人前を一瞬で平らげられる訳がない。
「いただきま―――って、おい!?」
「どうしたの、スター」
「どうしたのじゃねぇよ、何でもう無くなってるんだよ!?」
食べようとした時には既に、頼んだ品は消えていた。
「良い食いっぷりだったぜ、嬢ちゃん」
「ありがとう、マスター」
「ありがとうじゃなくて、俺の分は!?てか、いつ食った!?」
食べれると思ったはずが、目の前で全て消えたテスターは驚きの声を上げる。
「さっき」
「そりゃそうだろうよ、さっき来たばっかだからな」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ、食いたいなら頼め」
「……ピュア、あとどんくらい食えるんだ」
正論を言われ、その通りにしようと一度、ピュアの腹の具合を伺う。
「今の量ならいくらでも」
口元しか見えないが、どこか誇ったような声音と口元に、若干の恐怖心を抱く。
「………おやっさん」
そして、意を決して注文をすることにする。
「何だ?」
「作れるだけ作ってくれ」
「それは良いが…」
「食えなくても金は払う、このままだと俺が食う量が頼めねぇ」
テスターは財布の中身を確認し、ありったけの量を頼むことにした。
「あいよ」
マスターは面白そうに笑いながら、再び厨房に戻って行った。
その後は料理が届く度に、ピュアの胃袋の中に消え、店のものを平らげる頃にはテスターの腹にはミニトマト一個分も入らなかった。
「俺の分が……」
「ごめんテスター、思わず全部食べちゃった…」
「いや、良いよ…」
ピュアが満足気に食べてくれたのは、少ない救いではある。
(家に何かあったけか…)
気にしても仕方がないので、家にあるであろう何かに期待を込め、会計を済ませる。
「ところで、テスター」
「何だ、マスター」
「その子、どうするんだ」
「一旦は俺の家に泊める気でいるけど、どうしてだ?」
「うちのかみさんが―――」
「何だい、うちの店を潰す輩の顔を見に来たらテスターも一緒かい」
「マダム」
「で、その隣の子がバカみたいに食ったって子かい」
「ご、ごめんなさい…」
「どんな男かと思ったら、こんなに可愛いらしい子かいな」
「すまん、マダム…」
「そんで何でフードなんて被ってんだい?」
「あっいや、これはちょっと事情があって…」
「そんなの着けてたら見えにく―――」
「ちょっ!?」
「……っ!」
マダムは、あろうことかピュアのフードを外してしまった。
「こ、こいつは…!」
「この子、白人じゃないか…!」
そして遂に、ピュアの正体がバレてしまった。
2023.3.24 呼び名の変更




