第8話 VS 観測者トゥデ
バチンッ!
衝撃が走り、イエスタは床に叩きつけられた。
気づけば、魔王城の景色が一変している。壁は消え、周囲は燃え盛るリングのような結界に囲まれていた。
「ぐっ……これは……」
体が重い。指一本動かせない。
強制イベントだ。ゲームで言うなら、プレイヤーの操作を受け付けないムービーシーン。
「さあ、撮り直し(リテイク)だ!」
トゥデが叫ぶ。
「第452幕、クライマックス!『怒れる勇者、魔王を討つ』! よーい、アクション!!」
その掛け声とともに、オレオの体が糸で操られる人形のように跳ね起きた。
本人の意志とは関係なく、顔が憤怒の形相に歪められる。
「う、うわあああっ!? やめろ、体が勝手に……!」
オレオの手にあるボロ剣(ナノカーボン製)が、勝手に高出力モードで起動する。
対する魔王も、目を見開いて硬直していた。
「な、なんだ貴様! 余の体が……勝手にマナを練り上げて……!?」
魔王の手から極大の黒炎球が出現する。
「素晴らしい! それだ! 殺せ、奪え、世界を壊せ!」
トゥデは空中に浮かびながら、恍惚とした表情で指揮棒を振るう。
「俺はな、『観測者』なんだよ。お前らが面白い歴史を紡ぐよう監視し、退屈なルートを剪定する管理者だ。イエスタ、お前のような異物は、この最高の英雄譚のノイズでしかないんだよ!」
オレオが叫びながら、魔王へ向かって突進する。
魔王も意に反して最大魔法を放とうとする。
ぶつかれば、魔王城ごとオレオも消し飛ぶ大惨事だ。もちろん、世界の均衡も終わる。
(体は動かない……魔力も封じられた……)
イエスタは歯を食いしばる。これが「物語の強制力」か。個人の意思など踏み潰す、絶対的な運命の濁流。
──だが、忘れるな。
ここには、世界最高の「詐欺師」と「馬鹿」がいることを。
「オレオ君ッ!! 聞こえますか!!」
イエスタは喉が裂けんばかりに叫んだ。
「その体は操作されている! ならば、あらがうな! 『利用』しろ!!」
オレオの耳がピクリと動く。
「利用……!?」
「トゥデのシナリオでは『勇者は華麗に魔王を斬る』はずだ! その強制力を逆手に取って、君の一番得意なことをするんです!」
得意なこと。
オレオの脳裏に、この旅の記憶が走る。
ゴブリンの前で転んだこと。オーガの前で尻餅をついたこと。
ああ、なんだ。それなら──誰よりも練習してきたじゃないか。
「……へへっ、わかったよ先生!」
オレオの瞳から恐怖が消えた。
彼は突進の勢いを殺さず、魔王の目前まで迫る。
トゥデが「そうだ、心臓を穿て!」と叫んだ瞬間。
「必殺! 勇者式・全力すってんころりんッ!!」
オレオは足の小指に全神経を集中させ、床のわずかな段差にひっかけた。
物語の強制力が「直進しろ」と命じるエネルギーを、すべて「回転エネルギー」へと変換する。
ヒュンッ!!
オレオの体は、物理法則を無視した高速スピンを描きながら、魔王の脇をすり抜けた。
「なにぃ!?」
トゥデの目が点になる。
勢い余ったオレオは、そのまま壁際まで回転し、頭から柱に突っ込んだ。
ズボッ!!
間抜けな音が響き、勇者の下半身だけがブラブラと揺れる。
「ぬ……っ!? ならば余も!」
標的を失った魔王も、咄嗟に理解した。
放たれるはずだった極大魔法を、無理やり軌道修正──くしゃみをする動作に変えた。
「ハ……ハックション!!!」
ズドン!!
放たれた黒炎球は、オレオではなく天井のシャンデリアを直撃。
巨大なガラス細工が落下し、トゥデの頭上にガシャーン! と降り注いだ。
「ぐべっ!!」
ガラスまみれになったトゥデが床に落ちる。
その瞬間、世界を縛っていた「強制力」の結界が霧散した。
「バカな……! 確率変動術式が、キャンセルされた……!?」
トゥデが震えながら起き上がる。
「ありえない! 最高の見せ場だぞ!? 100%命中するはずの聖剣が、なぜ外れる!?」
イエスタはゆっくりと立ち上がり、埃を払った。
そして、壁から頭を引き抜いてふらふらと戻ってきたオレオと並ぶ。
「確率など関係ありませんよ、三流脚本家さん」
イエスタは、ニヤリと笑った。
「我々の『絆(ポンコツ具合)』を甘く見ないでもらいたい。彼が何回バナナで転んだと思っているんですか」
「へへ……俺、かっこよく勝つのは苦手だけど、かっこ悪く負けるのだけは、誰にも負けない自信があるんだ」
オレオが鼻血を垂らしながら、ピースサインを作る。
「それに、あんたの物語は派手だけど、リアリティがない」
イエスタが《クロニクル》をトゥデに突きつける。
「現実の歴史とはね、もっと滑稽で、間抜けで、予定調和になんていかないものなんですよ!」
「おのれえええええ!! イエスタアアア!!」
激昂したトゥデが、自ら巨大な黒い化け物へと変貌し、襲いかかってくる。
もはやシナリオも何もない。ただの暴力だ。
「魔王様! 今です!」
「おうよ! あやつの相手は余も願い下げだ!」
魔王ガンダーが、今度は自らの意志で両手を掲げた。
「勇者よ、合わせろ!」
「了解! イエスタさん、スイッチを!」
オレオがナノカーボン剣を構える。イエスタが手元のリモコンで、剣の出力リミッターを解除した。
青白い光が、黒い空間を切り裂く。
「食らえ、平和維持のための(ピースキーピング)共同戦線!!」
魔王の暗黒魔法と、勇者の聖なる光が螺旋を描いて混ざり合う。
それはトゥデの放つ黒い泥を吹き飛ばし、物語の「観測者」そのものを飲み込んでいった。
「ありえなーーい! こんなラスト、認めなーーい!!」
トゥデの断末魔が響き渡り、やがて光の中に溶けて消えた。
空に穴が開き、紫色の淀んだ雲が晴れていく。
そこに見えたのは──この時代本来の、澄み渡るような青空だった。




