第7話 魔王城でのトップ会談
トゥデが姿を消してから数日後。
場所は、世界最深部。空は紫色に濁り、大地からは瘴気が噴き出す魔界の中心──《魔王城デスパレス》。
その最上階、謁見の間。
バーンッ!!
重厚な扉が、オレオの蹴りで吹き飛んだ。
「ようこそ、愚かな人間どもよ……」
玉座には、漆黒の甲冑に身を包んだ巨影があった。
魔王ガンダー。
二本の巨大な角、燃えるような赤い瞳。彼こそが、人類の敵であり、恐怖の象徴である。
「我が城へたどり着いたことは褒めてやろう。だが、ここが貴様らの墓場と……」
「失礼いたします。株式会社『歴史修正』代表のイエスタです。本日はアポイントメントなしの訪問をお許しください」
イエスタが、魔王の威圧的な台詞に被せて名刺を差し出した。
「は?」
魔王が固まった。
その隙に、オレオも剣を鞘に収めたまま、ペコリと頭を下げる。
「どーも。勇者のオレオです。今日は殺しに来たんじゃなくて、お願いがあって来ました」
「……はぁ?」
魔王ガンダーの赤い瞳が点になった。「貴様ら、狂ったか? 余は魔王ぞ? ここはラストダンジョンぞ? 血湧き肉躍る死闘はどうした」
「死闘なんて古いですよ、魔王様。時代はSDGs(持続可能な開発目標)です」
イエスタは懐から、ホワイトボード(携帯用魔法具)を取り出し、手際よく組み立て始めた。
「手短に説明します。まずはこちらのグラフをご覧ください」
イエスタがボードに書いたのは、先ほどオレオに見せたものと同じ、マナ枯渇曲線と生態系崩壊の予測図だった。
「現状のペースで我々人間と、あなた方魔族がガチンコの戦争を続けると、10年後に世界のマナが尽きます。結果、あなた方の食料源である『負の感情』も枯渇し、魔界も含めて共倒れです」
魔王は玉座で腕を組んだ。最初は呆れていたが、グラフを見る目が徐々に真剣な統治者のものへと変わっていく。
「……ほう。人間が減れば我らの糧が減る、か。理屈は通っておるな。……続けてみよ」
さすがは魔族の頂点に立つ男だ。話が早い。
イエスタは眼鏡をクイッと上げた。
「そこで提案です。勇者オレオと魔王ガンダー。この二大戦力による『平和条約』ではなく、『恒久的な戦争ごっこ協定』を結びたいのです」
「戦争ごっこ、だと?」
魔王の声が低くなる。
「余を愚弄するか。全力で戦わぬ戦争になんの意味がある」
「意味ならあります。生存です」
イエスタが熱弁を振るう。
「あなた方は定期的に人間界へ侵攻するふりをしてください。ただし、本気は出さない。四天王は必ず『詰めが甘い』状態で送り出すこと」
「ふむ」
「我々人類も全力で迎撃しますが、勇者オレオは肝心なところでミスをします。わざと転ぶ、必殺技を外す、剣を忘れてくる等々」
「……あいつも大変なのだな」
魔王がチラリとオレオを見る。オレオは「えへへ」と苦笑いしている。
「この茶番を繰り返すことで、人類には『魔王への恐怖』による団結を、魔族には『勇者への敵対心』による士気の維持を提供できます。世界経済は軍需産業で回り、人口は爆発しない程度に抑制され、かつ絶滅もしない。マナの消費量も最小限。……Win-Winの関係だとは思いませんか?」
静寂が場を支配した。
魔王ガンダーは、顎に手を当てて考え込んだ。
実は彼も悩んでいたのだ。
最近、勇者が強くなりすぎて四天王が次々と倒され、魔界の人材不足が深刻化していた。このままでは自分が前線に出る羽目になり、過労死寸前だった中間管理職としての苦悩があった。
「……悪くない提案だ」
魔王がニヤリと笑った。
「余も、何もなき荒野の王になるつもりはない。世界があってこその支配だ。……よかろう、その『八百長』、乗ってやる」
「ありがとうございます!」
イエスタとオレオは顔を見合わせてガッツポーズをした。
「では、さっそく契約書にサインを。印鑑はここに……」
イエスタが羊皮紙を広げた、その時だった。
『──ああ、つまらない。本当につまらないなぁ』
空間が割れた。
天井から、聞き覚えのある不快な声が降ってくる。
「お前ら、キャラクターとしての自覚が足りないんじゃないのか?」
ズズズッ……と黒いノイズが走り、玉座の間の空間が歪んだ。
現れたのは、極彩色の道化師。トゥデだ。
だが、その姿は異形だった。背中からは黒いインクのような触手が何本も伸び、空間そのものを侵食している。
「トゥデ……!」
オレオが剣を構える。
トゥデは見下すように笑った。
「勇者が魔王と手を組む? 寒い、寒すぎる展開だ。そんなヌルい結末、この俺が許すわけないだろうッ!!」
トゥデが指を鳴らした。
世界が強制的に書き換わる(オーバーライト)。




