第3話 聖剣抜刀阻止ミッション
ココル村での温かな一夜が明け、勇者一行は再び旅路についた。
目指すはアースガルド王国の首都、王都ロンディニウム。
そこには、国中の英雄候補たちが一度は挑み、そして敗れてきた「伝説の聖剣」が眠っている。
街道を行く三人の雰囲気は、お世辞にも良好とは言えなかった。主に緑色のタキシードを着た男の機嫌のせいだ。
「……退屈だ」
トゥデがリュートを調律もせずに爪弾きながら、恨めしげに呟く。
「あの村を出てから3日。魔物とのエンカウント数はゼロ。野宿も快適。食料も十分……これのどこが冒険なんだ! もっとこう、血湧き肉躍るピンチとかないのかよ!」
トゥデの不満はもっともだった。
イエスタが《クロニクル》の地図機能を使い、魔物の生息域や危険なダンジョンを巧みに迂回しているからだ。彼らはハイキングコースのような安全なルートを進んでいた。
「安全第一ですよ、トゥデさん。オレオ君はまだ駆け出しですから」
「チッ、甘やかすな学者! レベルが上がらんではないか! 経験値(XP)は血の海を渡ってこそ得られるもんだろうが!」
「レベルなんて概念、この世界にはありませんよ。筋肉と技術があるだけです」
そんな口論を繰り返していた、その時だった。
「おっ、願いが通じたか?」
トゥデが嬉々として顔を上げる。
街道の前方から、武装した男たちの集団が現れたからだ。
革鎧に身を包み、斧や錆びた剣を持った十数名の男たち。どう見ても正規軍ではない。薄汚れた姿と殺気立った目つきは、典型的な街道のならず者──山賊だ。
「止まれ! 金目のもん置いてきな!」
先頭の男が唾を吐き捨てて恫喝する。
オレオがビクリとして剣の柄に手をかけた。
「さ、山賊……!?」
「ひゃっはー! 待ってましたイベント発生!」
トゥデが高笑いする。彼はすぐさまリュートを構え、アップテンポな戦闘曲を奏で始めた。
「行けオレオ! 山賊退治だ! 正義の剣で社会のゴミを掃除してやれ!」
オレオの表情が強張る。相手は人間だ。魔物相手ですら躊躇っていた彼に、人を斬る覚悟などあるはずがない。だが、向こうはやる気満々で襲い掛かってこようとしている。
「くっ……やるしかないのか……!」
オレオが震える手で剣を抜こうとした──その手を、イエスタが押さえた。
「いけません、オレオ君」
「えっ、でもイエスタさん! 向こうから襲ってきてるんだよ!」
「人間相手に剣を抜けば、戻れない一線を越えてしまいます。ここは私に任せてください」
イエスタは静かに前に出た。
山賊たちは呆気にとられた。「なんだ、そのメガネ」「命乞いか?」と嘲笑が飛ぶ。
イエスタは無視して、《クロニクル》を懐で開き、検索をかける。
目の前の山賊団の素性。彼らの装備にある紋章。訛り。
(……検索結果:旧ハイランド地方の元開拓農民団。2年前の干ばつで農地を失い、食いつなぐために犯罪に手を染めている。リーダーの名はガストン)
事情は分かった。彼らは「悪」ではあるが、根源は「貧困」だ。ならば、剣ではなく、別の武器で制圧できる。
「リーダーのガストンさんですね?」
イエスタがいきなり名前を呼ぶと、先頭の男が目を丸くした。「なんで俺の名を……」
「あなた方、ハイランドから流れてきたのでしょう。小麦の不作、大変でしたね」
「う……う、うるせえ! 関係ねえだろう!」
「王都近郊の街道を襲っても、得られる実入りは少ないはずです。警備も厳しくなる一方だ。そこで提案があります」
イエスタは懐から羊皮紙とペンを取り出した。
「今、王都の北区画では、大規模な治水工事のための労働力が不足しています。日当は銀貨3枚。三食宿付きです」
「な、なんだと? 銀貨3枚?」
山賊たちがざわめく。彼らが命懸けで通行人を襲って得られる金額よりも、はるかに安定的で高額だ。
「私が紹介状を書きましょう。……あなた方のその腕力、斧の扱い、まさに土木工事に必要な才能です。犯罪者として首を刎ねられるか、復興の功労者として銀貨を得るか。どちらを選びますか?」
イエスタの口調は穏やかだが、眼鏡の奥の目は、絶対に拒否権を認めない『未来の知識による威圧感』を放っていた。
ガストンと呼ばれた男は、持っていた斧を下ろした。
「……腹いっぱい、食えるのか?」
「ええ。約束します」
「……分かった。あんたの話に乗ろう」
戦闘は起きなかった。
トゥデが弾いていた激しい戦闘曲が、場違いなノイズとなって虚しく消えていく。
「な……なんでだよおおお!!」
トゥデが叫んだ。「そこで和解すんな! 斬れよ! 奪えよ! ドラマを作れよおおお!!」
「これが大人の解決法ですよ、トゥデさん」
イエスタは紹介状を山賊たちに手渡し、彼らを見送った。
山賊だった男たちは、深々と頭を下げ、オレオには「頑張れよ兄ちゃん」と手を振って去っていった。
「すっげぇ……!」
オレオは目を輝かせてイエスタを見ていた。
「先生、すごいよ! 戦わずに解決しちゃった! 魔法使ったの?」
「まあ、ある種の『情報魔法』ですね」
クロニクルにはこう記されていた。
『勇者オレオ、山賊団を討伐。生存者なし。……数年後、王都の治水工事が人手不足で遅延し、洪水発生。死者1万人』
今回の工作結果:
『山賊団解散、土木作業員へ転身。治水工事完了、洪水回避。ついでにオレオの精神的トラウマ回避』
よし、とイエスタは安堵した。
これでいい。誰も死なない。オレオも手を汚さない。
……だが、王都は目前だ。次は、こう簡単にはいかない。
アースガルド王都ロンディニウム。
大陸最大の人口を誇るこの都市は、人と物と欲望の熱気で溢れかえっていた。
城壁を抜けると、石畳の大通りには馬車が行き交い、様々な種族の商人たちが声を張り上げている。
そして、その都市の中心にある円形広場。
人々が足を止め、崇めるように見上げているものがある。
白亜の台座に深々と突き刺さった、一本の剣。
「あれが……聖剣、エクスカリバー……」
オレオが、吸い寄せられるように広場の中央へと歩み寄った。
美しい剣だ。刀身自体が淡い青色の光を帯びて発光し、柄には見たこともない高純度の宝石が埋め込まれている。神々しいマナの波動が、周囲の空間すら歪めて見えるほどだ。
「すっげぇ……! キラキラしてんなぁ!」
オレオが少年の顔になって、よだれを垂らさんばかりに見上げている。
無理もない。どの時代のどんな男の子だって、伝説の剣を見ればときめくものだ。
「さあオレオ、遠慮はいらんぞ! ついに来たな、この時が!」
機嫌を直したトゥデが、待ってましたとばかりにオレオの背中を叩く。
「あれを抜け! 抜いて王都の民衆に己の力を見せつけてやれ! 伝説の始まりだ!」
……だめだ、絶対にだめだ。
群衆の後ろで、イエスタは顔を青くしていた。
《クロニクル》の警告アラートが、最大レベルの赤色点滅を起こしている。
『警告:聖剣抜刀の儀。エクスカリバーが抜かれた瞬間、刀身の安全リミッターが解除され起動。王都周辺半径500キロの地脈から魔力を急速吸収する』
『結果:周辺地域の土地のマナ枯渇による砂漠化。今後10年に及ぶ未曾有の大飢饉が発生。餓死者推定10万人』
そう、あれは「剣」の形をした「超大型掃除機」だ。
勇者に無尽蔵の魔力を供給するために、この大地そのものを乾電池にして吸い尽くす。
過去の歴史でオレオは何も知らずにこれを使い続け、数多の魔物を葬った。だがその代償として、王国の大半は作物の育たない不毛の地へと変わってしまったのだ。
(あんな環境破壊兵器、二度と世に出してなるものか)
(だが、抜刀は明日の正午と決まっている……今夜しかない)
イエスタは決意を込めて眼鏡の位置を直すと、トゥデとオレオが宿の手配で盛り上がっている間に、こっそりと夜の準備を始めた。
深夜。
王都の喧騒が静まり返り、月明かりだけが石畳を照らしている。
衛兵が見回りを通り過ぎた、わずかな隙。
黒いローブを目深に被ったイエスタは、忍び足で広場の中央、聖剣の台座へと滑り込んだ。
目の前には、忌まわしきエクスカリバー。
近づくだけで肌がピリピリするほどの魔力を放っている。
「……綺麗な顔をして、君はとんでもない大食らいだね」
イエスタは皮肉っぽく呟き、懐から小さなチューブを取り出した。
未来の深海掘削現場でパイプラインの補修に使われている、《超分子固定ゲル(通称:絶対離さんぞ君)》。
これ一度硬化すれば、核シェルターの扉すら溶接以上に強固に固定される。解除薬はこの時代には存在しない。
「ごめんね、聖剣さん。君は英雄のアイテムではなく、ただの美術品として余生を過ごしたまえ」
イエスタは躊躇なく、台座の岩盤と剣が接するわずかな隙間に、ゲルをむにゅーっと注入した。
ゲルは隙間に浸透し、化学反応を起こして白煙を上げる。
数秒後、カチリ、と小さな音がした。
完了だ。これでこの剣は、岩盤ごとめくり上げない限り絶対に抜けない。たとえ巨人族の剛力であってもだ。
「よし、第一段階完了」
だが、抜けないだけでは不十分だ。
オレオが抜けなければ、「なんだ勇者失格か」と落胆させて終わってしまう。彼の旅を続けさせ、なおかつ魔力を吸わない「安全な武器」を持たせる必要がある。
イエスタは背負っていた麻袋を下ろした。
中から取り出したのは、錆だらけで刃こぼれしたように見える、薄汚い《鉄の剣》。
一見すればゴミ捨て場から拾ってきたスクラップだ。
だが、その正体はイエスタが未来の博物館から拝借してきた《レプリカ・モデル》。見た目はアンティーク加工されているが、素材は航空宇宙用ナノカーボン合金。さらに分子振動カッター機能を内蔵しており、切れ味だけならライトセーバー並みだ。
当然、マナ消費はゼロ。乾電池一個で動くエコ設計。
「君こそが、新しい時代の聖剣だ」
イエスタは、広場の端にある清掃用具入れの裏──あえて「粗末な場所」に、その剣をそっと立てかけた。
工作は完璧だ。
イエスタは冷や汗を拭い、逃げるように宿へ戻った。
心臓が早鐘を打っている。勇者の夢を砕き、歴史的詐欺を行う背徳感と高揚感。
だが、すべては10万人の餓死者を救うためだ。
翌日の正午。
広場は王都中から集まった見物客で埋め尽くされていた。
「勇者オレオ! 勇者オレオ!」
「出たぞ、ゴブリンを一睨みで退散させた若き英雄!」
噂は尾ひれがついて広まっているようだ。
その声援を受け、オレオが少し緊張した面持ちで台座の前に立った。
今日の彼は新品の騎士鎧(トゥデが勝手に借金して買ってきた)を着ている。金髪が風になびき、どこからどう見ても物語の主人公だ。
「行くぞ……!」
オレオが両手で聖剣エクスカリバーの柄を握る。
うおおおおっ! と歓声が上がる。
刀身が激しく明滅する。剣も使い手を認めているのだ。「私を使って! マナを吸わせて!」と叫んでいるようだ。
オレオが気合一閃、腕に渾身の力を込めた。
「ふんっ!!」
…………。
シーン……。
剣は、微動だにしなかった。
「……あれ?」
オレオが瞬きをする。
観客も瞬きをする。
「も、もう一回! ……ふんぬっ!!!!」
オレオの額に青筋が浮かぶ。
彼の剛腕は岩をも砕くはずだ。実際、台座の方がミシミシと悲鳴を上げている。だが、剣と台座の接合部は、まるで原子レベルで融合しているかのように、1ミクロンも動かない。
「ぐ、ぐぐぐぐ……!! うそ、なんで!?」
「どうしたオレオ! 気合いが足りんぞ! 尻に力を入れろ!」
横で見ていたトゥデが焦り出した。「バカな、オレオは適合者のはずだ……シナリオ通りならスッと抜けて光の柱が立つはずなのに!」
だめだ、諦めろ。それは科学(接着剤)の力だ。
プスン、と音がしてオレオが膝をついた。スタミナ切れだ。
広場に、痛々しい沈黙が落ちる。
「なんだ、抜けないのか……」「偽物だったか」「期待させやがって」
失望の声が、パラパラと石礫のようにオレオに降り注ぐ。
オレオは顔面蒼白で、震える自分の手を見つめていた。
「俺には……勇者の資格なんてなかったんだ……。俺みたいな半端者は、やっぱり……」
その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。昨日、村人に感謝されて得た自信が、粉々に砕けていく音がした。
──心が痛む。
だが、これは必要な「演出」だ。
「お待ちなさい、オレオ君!」
群衆をかきわけ、イエスタが飛び出した。
堂々たる、学者としての演技。
「みなさん、静粛に! 嘆く必要はありません! 彼は失敗などしていないのです!」
「イエスタさん……? でも、抜けなかった……」
「いいえ、それは『偽物』だから抜けなかったのです」
イエスタはビシッと聖剣(本物)を指差した。
「見なさい、あの華美な装飾を! あふれ出る無駄な魔力を! あれは過去の権力者が作った『飾り』に過ぎません。真の聖剣とは、もっと謙虚で、目立たない場所に隠されているものなのです!」
「な、なんだってー!?」
民衆がどよめく。
「では、本物はどこに!?」
「ここです」
イエスタはもったいぶって、ゴミ箱の裏へと歩み寄った。
そこには、昨晩彼が置いた、どう見ても粗大ゴミにしか見えないボロボロの剣があった。
「あれこそが、真の聖剣《・エ(点エ)クスカリバー》なのです」
「はぁ!?」
トゥデが素っ頓狂な声を上げた。「ゴミじゃん! ただの古鉄じゃん!」
「目は節穴ですかトゥデさん。あれは……そう、使う者の心の清らかさを試すために、あえて汚れた姿をして待ちわびていたのですよ!」
イエスタはその剣を拾い上げ、呆然とするオレオの前に差し出した。
「さあオレオ君。心の目を開いて、これを手に取ってみなさい」
「こ、これを……?」
オレオはおずおずと、その薄汚い剣を受け取った。
ズシッとした重み。だが、不思議と手に馴染む。
「軽い……?」
「試しに、そこの演説用の巨大岩を切ってみてください」
「えっ、でもこれ刃こぼれしてるし……」
「信じるのです。自分を、そしてその剣を」
オレオはゴクリと喉を鳴らし、ボロ剣を構えた。
半信半疑のまま、目の前の岩塊に向かって軽く振る。
ヒュッ。
音はしなかった。
ナノカーボン合金の分子切断刃が、抵抗ゼロで岩を通過した。
一拍置いて──ズズズ……という重低音と共に、岩の上半分が斜めに滑り落ちた。断面は鏡のように滑らかで、空が映り込んでいる。
「!!?」
広場が凍りついた。
一番驚いているのはオレオ自身だ。
「す、すげええええええ!! なにこれ! 力入れてないのに豆腐みたいに切れた!!」
「おおおお! あれぞ本物だ!」「凄まじい切れ味!」「やはり彼こそ勇者だ!」
爆発的な歓声が巻き起こった。
イエスタは心の中でガッツポーズをした。
(よし! 『大飢饉フラグ』回避! しかもオレオに最強装備を持たせることに成功!)
オレオは興奮してボロ剣(ハイテク剣)を抱きしめている。「ありがとうイエスタさん! 俺、やってみるよ! これで世界を救う!」
トゥデだけが、納得いかない顔でその剣を睨みつけていた。
「……チッ、おかしい。あんな剣、古文書には載っていないはずだ。それにあの学者の行動、あまりにも用意周到すぎる……」
鋭い。やはりこの男、侮れない。
だが、安堵する間もなく、トゥデが叫んだ。
「へ、へん! まあいいだろう! 武器が手に入ったなら次は実戦だ! 北の城塞都市ガルドで、魔王軍四天王《轟雷のガラム》が暴れてるらしいぜ!」
ガルド。四天王。
イエスタの表情が凍りついた。
ついに来てしまった。
(……そこに行くと、この旅で一番残酷な選択(トロッコ問題)が待っている)
100年後の平和のためには、今度こそ、ただの「トリック」では済まされない。
イエスタは歓喜に沸くオレオの笑顔を見ながら、来るべき「裏切り」の予感に拳を握りしめた。




