第9話 最終決戦(エキシビション・マッチ)
それから1週間後。
「魔王城の決戦」のニュースは世界中を駆け巡っていた。
場所は、国境地帯の荒野。
人類軍10万と、魔王軍10万が対峙している。世界中が固唾を飲んで見守る最終決戦だ。
その中央で、勇者オレオと魔王ガンダーが剣を交えていた。
「はあああっ!!」
「ぬるいわ勇者オレオッ!!」
激しい衝撃波が大地を揺らす。
火花が散り、剣戟の音が天を焦がす。遠目に見れば、それは神話の再現だ。
──だが。
最前線のテントの中では。
「……おいオレオ、右に踏み込みすぎだ。魔王様が避けにくそうにしてるぞ」
イエスタは通信機片手に、モニターでお菓子を食べながら指示を出していた。
「あ、すんません。テンション上がっちゃって」
「魔王様、次の3ターン目で左へ大きく誘導してください。そこに昨晩私が仕掛けた『とっても滑りやすい泥』があります」
「承知した。……クックック、ここが貴様の死に場所よ!!(棒読み)」
人類も魔族も、誰も知らない。
これが、緻密な台本のあるプロレスであることを。
「うわあああっ!! くっ、なんて強さだ魔王!」
「グハハ! 虫けらが、余の前にひれ伏すがよい!」
「まだだ……まだ俺の足が……ああっ! 滑ったー!!」
オレオが芸術的な角度でズッコケる。
魔王が剣を止め、マントを翻す。
「興が冷めたわ! 貴様の首などいつでも取れる。首を洗って待っていろ!」
魔王軍が撤退していく。
人類軍から「うおおお!」「生き延びた!」「勇者様またコケたけど助かった!」という大歓声が上がる。
誰も死なない戦場。
少し情けない勇者。詰めが甘い魔王。
イエスタはテントの隙間から、苦笑いしながら立ち上がる相棒を見て、目を細めた。
「……計算完了。生存率、100%」
懐の《クロニクル》のページが、静かに光っていた。
『聖歴1935年、勇者と魔王のライバル関係継続。大規模戦闘回避』
『……聖歴2025年。人口安定。環境指数正常』
『聖歴2125年。今日も空は青い』
完璧だ。
これ以上の未来はない。
エピローグ:終わらない茶番
月日は流れ、あれから50年後。
小さな村の丘の上に、二人の老人が座っていた。
一人は禿げ上がった頭に分厚い眼鏡をかけた老人。
もう一人は、白髪だが相変わらず快活な笑みを浮かべる、かつての勇者だ。
「いやあ、あの時の魔王様の顔、傑作だったなぁ。腰痛めた演技が上手すぎて」
「君こそ、70歳になっても現役で転ぶのはやめてくださいよ。見ているこっちの寿命が縮む」
イエスタとオレオは、並んで空を見上げていた。
空は青い。
灰など降っていない。白い雲がゆっくりと流れている。
眼下の村からは、子供たちの遊ぶ声が聞こえる。英雄の帝国などない、ただのありふれた、平和な村だ。
「ねえ、イエスタさん」
しわがれた声で、オレオが言う。
「俺たちの戦いは、意味があったのかな」
「さあね。歴史書には『決着をつけられなかった凡庸な勇者』としか書かれていませんから」
イエスタは肩をすくめた。
「ですが、見てください」
イエスタは空を指差した。
「あの日、君が剣を止めたから、あの雲があります。君が転んだから、あの子供たちが笑っています」
オレオは眩しそうに目を細めた。
「そっか。……うん、なら悪くない人生だったかな」
「ええ。最高の八百長でしたよ、我が友よ」
風が吹き抜ける。
世界で一番孤独だった歴史学者と、世界で一番優しかった勇者の物語は、ここには何も残っていない。
ただ、この青い空だけを残して。




