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歴史学者イエスタの孤独な妨害工作  ~勇者オレオよ、そこで勝つと100年後に世界が滅ぶので、お願いだから負けてくれ~  作者: ニート主夫


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プロローグ 灰色の百年後

 空から降ってくるのが、雪なのか灰なのか、判別がつかなくなって久しい。

 西暦2XXX年。かつて「アースガルド」と呼ばれたこの惑星は、静寂な死の床にあった。


 呼吸をするたびに肺が焼け付く。フィルター付きのマスクを通してすら、喉の奥には常に砂利を噛んだような鉄の味が張り付いている。

 かつて文明を謳歌した都市群は、どこまでも続く灰色の砂丘の下に埋もれていた。草木は枯れ、海は干上がり、太陽は分厚い鉛色の雲に遮られて、もう何年もその姿を見せていない。


 ここ、旧王立中央図書館の地下四階だけが、かろうじて原形をとどめている唯一の空間だった。

「……西暦2XXX年、12月31日。歴史学者イエスタ、最後の記録を開始する」


 男が一人、崩れかけたコンクリートの祭壇の前で呟いた。

 イエスタ。年齢は30代半ばだが、栄養失調と疲労で頬はこけ、白髪交じりの髪はボサボサだ。煤と埃にまみれ、ツギハギだらけのローブを纏ったその姿は、廃品回収業者にしか見えない。

 だが、彼の眼鏡の奥に宿る知的な光だけは、まだ死んではいなかった。


 彼の手には、一冊の本が握られている。

 動物の皮ではなく、未知の黒い金属で製本された重厚な書物。表紙には鈍く光る文字で《Chronicleクロニクル》と刻まれている。

 この滅びゆく世界に残された最後の魔導具であり、すべての因果律を演算する禁断の史書だ。


「人類生存数、推定ゼロ。私を除く全個体の生命反応の消失を確認……」

 乾いた声が、誰もいない書庫に虚しく響く。

 ついに、一人になってしまった。

 イエスタは震える指で《クロニクル》を開く。

 そこに記されているのは、この100年間の栄光の歴史だ。


『聖歴1925年、勇者オレオ、ゴブリンを討伐。栄光への第一歩』

『聖歴1926年、勇者オレオ、聖剣エクスカリバーを入手』

『聖歴1927年、勇者オレオ、魔王軍四天王を撃破』

『聖歴1930年、魔王討伐。恒久平和の訪れ』


 なんと素晴らしい、完璧な英雄譚だろうか。教科書に載せるなら満点の回答だ。

 だが、そのページをめくった先に、残酷な「続き」があることを知る者は、もうイエスタしかいない。


『聖歴1935年、マナ資源の過剰枯渇が発覚』

『勇者による過度な魔物討伐と、聖剣乱用による地脈エネルギーの総量減少により、生態系維持システムが崩壊。第一次食糧危機発生』

『聖歴1950年、オレオ帝国崩壊。飢えた民衆による暴動』

『以降、エンドレス・ウォー。生存競争の果てに、最後の植物が枯死』


 皮肉なことに、世界を滅ぼしたのは魔王ではなかった。

 魔王が生きていた頃の方が、世界は豊かだったのだ。

 魔物という「外敵」が適度に存在し、勇者という「抑止力」が拮抗していた時代こそが、この星のエコシステムにおける黄金比だった。


 世界を殺したのは、あまりにも強く、あまりにも正しすぎた「勇者の正義ワンサイド・ゲーム」だったのだ。


「……すまない、伝説の勇者様」

 イエスタは、足元に描いた幾何学模様の魔法陣──残された全てのマナリキッドを注ぎ込んだ「時間遡行陣」を見下ろした。

 成功率は0.01%未満。

 失敗すれば、イエスタの身体は素粒子レベルで分解され、永遠の虚無となる。だが、このまま餓死を待つよりはずっとマシな賭けだ。


「これから私が、あなたの邪魔をしに行く。あなたの勝利をすべて踏みにじり、あなたを泥にまみれた敗北者にする」


 それは、世界中の誰からも理解されない、世界で一番孤独な「救済」の始まり。

 イエスタは《クロニクル》を懐に抱き、静かに目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、本の中でしか見たことのない、かつて存在したという「青い空」。

 もう一度、あれが見たい。


「『逆行』開始」


 閃光が弾ける。

 世界から、最後の生存者が消えた。

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