規律と愛情の狭間で
非番が明けた署内は、再びいつもの緊張感と規律に満ちていた。
紺色の制服に身を包んだ上村美優巡査長と橋本彩花巡査は、一歩署内に足を踏み入れれば、ただの真面目な女性警察官だ。
しかし、非番のランニングで出かけた際に交わした温泉旅行の約束と、胸の奥に秘めた温かい感情は、二人の日々の励みとなっていた。
巡査長に昇進した上村の多忙さは増す一方だった。
通常の勤務やデスクワークに加え、最近は時々警察学校から剣道指導者の補佐として要請がかかるようになり、週末の特別指導にも出向くこともあった。
竹刀を握る上村の姿は、以前にも増して厳しく、力強い。指導中の彼女は、職務に懸ける情熱そのものであり、その指導ぶりは警察学校の生徒たちの間で「上村巡査長の稽古は、校内試験よりも厳しいが教わり甲斐がある」と一目置かれていた。
一方、橋本彩花巡査は、地域課の交番勤務や、署内での交通安全教室の運営に尽力していた。
彼女の穏やかで人当たりの良い性格は、特に子供たちや高齢者への指導で遺憾なく発揮され、笑顔の耐えない交通安全教室は署の名物となっていた。
公の場では、上村は橋本の上長であり、橋本は信頼できる署員の一人という関係性を崩さない。
しかし、その裏では、二人は絶妙なタイミングで休憩時間を調整しあっていた。
「美優巡査長、お疲れ様です。この資料、少し確認していただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って橋本が上村のデスクを訪れるのは、たいてい午後三時の休憩時間に近い頃だ。そして、書類を渡した後、ごく自然な流れで「休憩室にお茶がありますよ」と誘う。休憩室の隅、誰にも気づかれない場所で、二人はこっそりと隣り合う。
そこでの会話は、数分間の短い間に凝縮される。
「美優、来月のシフト、二連休とれそう?」
「…厳しい。でも、日勤明けと非番を繋げられそうだから、週末出発で一泊二日で、どうにか……」
「本当!? じゃあ、旅館は私が押さえるね! 露天風呂付きの部屋、空いてたよ!」
短い言葉に、互いの仕事への理解と、二人だけの未来への期待が詰まっていた。
別れ際、周囲に誰もいないことを確認してから、上村が橋本の手に一瞬触れる。その指先に込められた「頑張ろう」というメッセージは、何よりも雄弁だった。そして、橋本はその温もりを糧に、再び資料作成などに向かう…。
「警察官」として。『恋人』として。
二人はそれぞれの職場で優秀な警察官であるために、真摯に任務を遂行する。それは、決して誰にも言えない秘密の繋がりと、いつか訪れる二人きりの安らぎの時間を、何よりも大切に守りたいという、素直で真面目な恋人同士の決意の表れであった。
二人の日常は、その秘密の約束と、ほんの一瞬繋いだ手の温もりによって、彩られ、力強く進んでいくのだった。




