階級を脱いだ抱擁
金沢市内から山あいの道を走り、美優と彩花は予約していた築百年の古民家を移築した静かな離れの宿に、14時10分に到着した。
この宿は、「二人の間を埋める時間」という、誰にも代えがたい価値のために選んだ、少しお高めの空間だった。
二人が案内された離れは、この宿の中でも最も奥まった場所に位置する部屋で、深い静寂に包まれていた。
宿のシステムは、内線で電話すれば布団敷きも料理も飲み物も何でも依頼できるが、裏を返せば、電話さえしなければ、完全に客をほったらかしてくれるという、二人にとって最も重要なプライバシーが保証された環境だった。
仲居が深々と頭を下げて退出する。
障子が音もなく閉まり、外界との接点が完全に断たれた。
巡査部長の責務も、巡査長の緊張も、公務の顔という名の鎧も、全てが霧散した。
二人は、部屋に入るなり、まず浴衣に着替えようとはしなかった。荷物を置くことすら忘れ、一目散に相手に向かい、ただ強く抱擁し合うだけだった。
美優: (彩花の肩に顔を埋め、緊張と安堵で震える声で)
「……彩花。ただいま。やっと、私たち二人の世界に帰って来られた……」
彩花: (美優の背中を、まるで制服を脱がせるかのように強く抱きしめ、嗚咽を殺しながら)
「美優……! この日のために、頑張ってきました……! 階級も、規律も、もうここでは関係ない……!」
新幹線の中でも我慢していた涙が、とめどなく二人の瞳から溢れ出した・・・。
その涙は、昇進の重圧と、秘密を守り抜いた苦悩、そして加藤警部補に肯定された安堵、その全てが溶け出した愛の解放を意味していた。
二人は、服のまま、涙を浮かべながら、誰にも邪魔されない離れの部屋で、長く、深く、抱擁し続けた。




