心に秘めた聖域の記憶
一泊二日の非番旅行から明けた朝。
上村美優巡査長と橋本彩花巡査は、いつも通り、制服に身を包み、警察署の更衣室から勤務を開始した。
硬い生地、重い装備、そして階級章の冷たさ…昨日の「聖域」で感じた温かい解放感とは対極にあることを、二人は肌で感じていた。
署内の廊下ですれ違う際、二人は自然と、昨日までの恋人同士の温かい視線ではなく、「巡査長」と「巡査」の規律正しい目線を交わした。
上村: 「橋本巡査、おはようございます。」
橋本: 「上村巡査長、おはようございます。」
その短い、公的な挨拶の中に、「昨日のことは誰にも言わない」という固い約束と、「愛している」という変わらぬ想いが、一瞬で凝縮されていた。
上村のデスクには、旅行前に片付けたはずの書類が、既に新たな案件で山積していた。彼女はすぐに、剣道指導で鍛え上げた集中力を研ぎ澄まし、厳しい表情で資料を睨み始めた。
しかし、ふとした瞬間に、美優の心は伊豆へと飛ぶ・・・
(露天風呂で彩花に「愛してる」と囁いた時の、あの湯気の温かさ……)
・・・重圧のかかる捜査書類の数字を追っているとき、ふと、湯船で彩花と指を絡ませ合った感触が甦る。その感覚が、張り詰めた心に一瞬の安らぎをもたらし、美優は静かに一つ深呼吸をする。
「真面目に、真摯に職務を全うするからこそ、次の『聖域』が生まれる・・・」
美優は、あの朝、彩花と誓い合った言葉を胸に、再び巡査長としての重い責務を負った。
一方、地域課の窓口で市民の対応に当たる橋本は、その持ち前の優しさと真面目さで、一つ一つの相談に丁寧に応対していた。
理不尽な苦情や、解決の難しい悩みを聞くうち、心が疲弊しそうになる瞬間が訪れそうになる。
そんなとき、彩花の脳裏に浮かぶのは、あの一組の布団の中で抱きしめ合い、美優から言われた「ズルいです、美優」という、あの愛おしい瞬間だった・・・。
(美優の膝枕で流した涙……。あの涙を拭ってくれた、美優の温かい手のひら……)
その記憶が、橋本の表情をわずかに緩ませる。そして、ポケットに入っている、昨日買った小さなお揃いのキーホルダーの感触を、制服の上からそっと確かめる。
それは、二人がまた非番の時に会うまでの、「愛の証」であった。




