ふたりの、ふたりで、
(…上村美優巡査、では、コメントをお願いします)
「上村美優巡査です。
警察官としてのスタートラインに立ち、身が引き締まる思いです。学生時代に培った剣道の精神力と体力を活かし、どんな困難にも粘り強く立ち向かいます。まだ不慣れな点も多いですが、地域の皆さま一人ひとりに寄り添い、優しさと強さをもって安心・安全を守れるよう、日々精一杯努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします!」
美優は地域住民向けのコメントを録音していた。広報課が作成するニュース用のコメントだった。
(では次に、橋本彩花巡査もコメントお願い致します)
「同じく新任の橋本彩花巡査です。
警察学校での半年間を終え、いよいよ現場での勤務となります。不安だらけですが、それ以上に、皆さまの役に立てる喜びを感じています。先輩方の指導を真摯に受け止め、地域の方々の小さな声にも耳を傾けられる、誠実な警察官を目指します。未熟者ですが、精一杯頑張りますので、温かいご指導をよろしくお願いいたします。」
(ありがとうございました)
2人とも胸をなで下ろす。お互い顔を見合わせるが、この2人が仲が良く…
いや、付き合う二人とは誰も知らずに。
・・・
「公務は厳しく。私的な時間は、誠実に。秘密の愛を、二人で大切にしましょう。私と、付き合ってください、美優さん」
彩花の真摯な告白を受け入れ、美優と彩花は、同じ警察署という特殊な環境で、秘密の愛を育み始めていた。それは、美優がかつて遠ざけた「友情」や「愛情」が融合した、真面目で、深い絆だった。
二人の関係が公になることは、美優のキャリア、そして彩花の立ち位置に予期せぬ困難をもたらす可能性があった。そのため、署内で二人が親密な様子を見せることは絶対に許されない。
それゆえ、二人は公務に真摯に向き合っていた。
美優は生活安全課の完璧な係員として、彩花は地域課の真面目な新人として振る舞っていた。美優は生活安全課の業務効率をさらに高め、彩花は地域課で持ち前の人懐っこさと粘り強さを発揮し、市民の信頼を勝ち取りつつあった。
しかし、その「公」の顔の下には、常に互いを求める「私」の感情が流れていた。
そして、誰も見ていない瞬間に、彼らは愛を確かめ合った。
○ある日は、 夕方の署内の給湯室。誰もいないのを確認し、美優がコーヒーを淹れる傍らで、彩花が素早く美優の制服の袖を掴み、一瞬だけ指を絡ませる。美優は動揺を悟られぬよう、すぐにその手を離す・・・。
○ある日は、深夜の書類整理。部署は違うが、美優が偶然地域課のフロアに立ち寄った際、美優の横を通り過ぎる彩花が、美優の手のひらに、そっとメモを滑り込ませる。そこには、「おつかれさま」の一言だけが書かれている・・・。
○ある日は、彩花は、自分の非番が始まる前、美優のロッカーの隙間に、そっと栄養ドリンクを差し入れる。そのパッケージには、美優にしか分からない、彩花が描いた小さな笑顔のマークがボールペンで書き足されている。美優はそれを見つけると、一瞬、口元を緩め、すぐに冷静な顔に戻り、その愛おしいメッセージを胸に秘めて、次の業務に取り掛かる・・・。
○ある日は、美優が地域課の書類確認で立ち寄った際、彩花が使用する共有デスクで、美優は立ち止まる。美優は、さりげなく彩花のマグカップに触れる。前日の夜、二人で選んだマグカップだ。その微かな接触だけで、二人は非番の日に交わした会話を思い出し、互いの存在を再確認する。美優の視線が書類から彩花に一瞬向けられると、彩花は小さく会釈で応え、すぐに真面目な顔でパソコンに向き直る・・・。
○ある日は、美優が当直の夜、署内の巡回に出る際、偶然、夜間業務中の彩花と廊下の角で「遭遇」することがあった。教官の前でさえ完璧な敬礼をする美優だが、その時だけは一瞬、動作が緩む。美優は彩花の顔を真剣に見つめ、「無理をするな」と、声に出さず、ただ目で伝える。彩花は、その視線の裏にある心配と愛情を理解し、美優が通り過ぎた後、そっと深呼吸をして、また自分の任務に戻る・・・。
・・・
その一瞬一瞬が、美優にとっても彩花にとっても、それぞれの孤独で責務を抱えた日々を乗り越える何よりも貴重な宝物だった。
署内で愛を確かめ合う時間は、ごく短く、目立たない瞬間だが、その密やかな行為一つ一つが、二人の緊張を一瞬和らげ、絆を強める何よりも強力なエネルギー源だった。




