ダイアモンドハウスダスト
ただい……ゲホッ!ゲホッ!
帰宅して家の扉を開けた瞬間どっしり重たい空気が鼻と喉を通り越した。
(まるで、ゴミ屋敷……)
遡ること7日前、かなさんとリビングでコーヒーを飲んでいた時のこと。
「かなさんが幽霊にブチギレて以来家や食器がものすごく綺麗になった気がする」
「ははは!ブチギレだなんてとんでもないな、ちょっと指導してあげただけだよ」
かなさんはそう言ってコップ一杯分のコーヒーをジョッキ満タンに注がれたビールを飲むかの如く一気飲みした。
「と、とても愛情がこもった熱血指導で、ご、ございました」
僕は恐る恐るちまちまと時間をかけて飲んだ。ここで変なボケをかますと僕も指導されるかもしれないし……
バン! かなさんが机を両手で叩き急に立ち上がった。
「ところであーやくん!北海道へ行きたいと思わんかね!」
「急すぎるなあ……」
僕は少し困惑しつつも佳奈さんの方へ目線を向けた。
「ダイアモンドダストってあるじゃん、あれが見たいの!あと北海道産の牛乳を飲みたい!」
「後者はいつでも飲めると思いますが……」
ズズズ…ズズズ……こうしている間にも僕はちまちまとコーヒーを飲む。
「えーーーでも○○県産の魚はおいしいーーとか、○○県でしか味わえないーーとかあるじゃん!但馬牛のハンバーグと神戸牛のハンバーグが別物であるように!」
(最後の例え話は金持ちかよっぽどのグルメ好きにしかわからんよ)
「とにかく、ダイアモンドダストを見たい。うん、とにかく見たい、見るしかない、見なければならない」
かなさんがこうなると止めようがなくなる。コップを机に置き僕は下を向いて考え込んだ。
(今だけ北海道に行った気分にさせる都合のいい催眠術はないだろうか……)
「う〜ん……」
「あ!そうだ!」
彼女はまた何か思いついたようだ。
「おいお前、これからしばらく廊下の掃除はしないように!あーやくんも!」
「え?えぇ……」
「廊下に手出たししたら、貴様らをハンバーグにしてやるからな」
(マジで何企んでるんだろうこの人……)
以来廊下は一切掃除せず、なんならまともな換気をすることもなく7日間放置を続けた。
初めの1,2日はなんともなかったが、放置して3日を過ぎた辺りから様子がおかしくなってきた。廊下を通るたびに鼻がムズムズするし、体のあちこちが若干痒くなる。
そしてあれから1週間が経った日、ついに廊下は地獄と化した。
今のところ視界に入っているのは、大寒波によって積もり積もった雪、ではなくどこから湧いて出てきたかもわからないハウスダストの山、得体の知れない虫の死骸か何か、米粒らしきもの、等々……
「か、かなさん、まだ廊下の掃除しちゃだめ?ゲホッ!ゲホッ!」
口元を腕で抑え咳き込んでいる僕をみかねたのか、心配した様子でかなさんが寄ってきた。
「あーやくんすごい咳き込んでるけど大丈夫!一体どこの誰がこんなことを!」
(あんただよ)
「廊下、もう掃除しませんか……」
伝え忘れていたが、かなさんはこの1週間完全無傷でこの廊下を通り抜けている。
「あーやくん、廊下のドア開けてきて」
「え!?」
遂に、遂にこの時がきた!この際掃除機かけられなくたっていい、換気するだけでもいい!これは換気じゃない歓喜だ!
息を止めてリビング側ドアを開けた。そして反対側のドアまで全力で走り、全力でドアを開けた。
「ああ……風が、新鮮な風が、陽の光が、廊下へ差し込んでいく……」
ふとリビングの方を振り向いた。振り向いた瞬間だった。
「こ、これは!」
陽の光に反射してキラキラと輝く一筋の光、幻想的で、神秘的で、これはまるで
「……ダイアモンドダスト」
「あーやくん、ようやく見れたね」
「かなさんいつの間に!」
かなさんが背中に抱きついてきた。
「さすが近衛華那!こうすれば家でも見れると思ったの、まさかここまでうまくいくとは」
かなさんは肩から顔を覗かせてじっとリビングの方を眺めていた。
「あの、なんで抱きついているんですが?まあ嫌じゃないんだけどさ」
「いいじゃん!恋人っぽいし」
「それにしても、廊下に溜まった埃に日光を当ててそれをダイアモンドダストっぽくしようだなんて、こんなのかなさんしか思いつかないよ」
「でしょ、もっと褒めてくれたっていいんだよん!」
ダイアモンドダストというよりは、ダイアモンドハウスダストと言うべきか、それともただ単に汚くなった廊下と言うべきか。
こういうデートの形もありと言うべきか。
「あーやくん、お家デート楽しいね」
「すごく突発的であんまり実感湧かないけど、楽しいよ」
体に巻き付いている腕に力が入って、ギュっと音をたてた。
「……昔あーやくんと初めて会った時のこと思い出ちゃってさ。私たちが付き合ってから丁度5年くらい経つしなんというか、色々な記憶が重なっちゃってさ」
そうか、あれから5年経つのか。
真似しないでください。本当に鼻水止まんなくなるので。




