#76「認識の変遷」
「フフフ、本当にここに立つことを許されるとはね。」
「授業をする」と言ったシオンは、クラウスさんに許可を取ると、私たちを訓練所内にある教室へと連れてきた。
「?シオン先生ってここで授業してた訳じゃないの?」
教壇に立つシオンの言葉にヒーナさんが問いかける。
「ああ、したことはないよ。この場所で君たちが受ける授業をするのは、学院の教授たちだ。私の立場はあくまで部外者。いままでしてきた助言というのも、ただの見学者が口を挟んでいた、というだけに過ぎないからね。」
「え、そうだったの...!?私、てっきりシオン先生もいつかここで教えてくれるんだとばかり...。」
「シオン先生が学院と無関係の立場であることはクラウス教官が言っていたぞ。」
「あれ!?そうだったっけ...!?」
......たしか、シオンの強い"知覚"による助言の有益さが認められて、ここへの出入りを許されているって話だったはず。
どうやら、それ以上のことをしていた訳ではないようだ。
「...そういう訳で私がする授業というのは、あくまで部外者が発した助言の一つでしかない。だから...間違ったことを教えるつもりはないけれど、もし学院の教授の授業に私の話す内容との食い違いがあれば、それは私が間違っていたということになる。......それでも構わなければ、二人にも授業を聞いてもらおうと思うが、どうかな...?」
...そう問うシオンの様子は、少しだけ不安げだ。
もしかしたら、今からしようとしている授業を自分の立場から逸脱した行為だと思っているのかもしれない。
「俺は構わない。むしろその助言だけで能力を買われている貴女の知見を享受させてもらえるのは、俺たちにとっても大きな糧となるだろう。」
「そうそう!エイリもたまには良いこと言うじゃん!」
「そうか...。そう言ってもらえるならこちらも安心だ。」
ホッとした様子のシオン。
こういう様子を見ると、やっぱり年相応な部分もあるんだなと感じる。
......とはいえ、それを差し引いても十分大人びているとは思うけど。
「それじゃあ、早速さっきの話なんだが......」
シオンが黒板に文字を書きながら話し始める。
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物理法則干渉=エネルギー干渉
エネルギー→運動、熱、光、音など
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「スズネが言っていた、オーラの『物理法則への干渉』というのは、ヒーナやエイリが見せた、物体が動くエネルギーである運動エネルギーに対する干渉を含む、熱や光、音といった様々なエネルギーへオーラが作用することで、今は『エネルギーへの干渉』と認識されている。」
「そしてこの現象は、かつて一部の強大なオーラを持つものだけが扱える特殊な能力と思われていたんだ。」
この話は、昔お母さんから聞いたことがあるものだけど、お母さんがノーティアにいたのは20年近く前のこと......だから、シオンが言っているように、私が知っていた話は古い知識のようだ。
「その理由としては二つある。」
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①オーラは生命へ作用するものという認識
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「まず第一に、物理的な"破壊"を可能とする<壮烈>のオーラを除き、オーラの力というものは生命に作用するものと考えられていたためだ。」
「生命に対する作用というのは、正確には細胞への作用...。これは、筋力の"増強"、"減衰"や、脳への信号を"歪曲"した認識改変...などといったことが該当する。」
どれも私たちが経験した内容だ。
おそらく、昨日話したことを踏まえて私たちが理解しやすい例を出してくれたのだろう。
「この前提があるために、エネルギーへの作用によって起こっていた事例は例外的なものと捉えられてしまっていた。」
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①オーラは生命へ作用するものという認識
②物理法則への干渉というものへの認識
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「そして二つ目は......そもそも、この当時『物理法則への干渉』と捉えられていたものが極端な例ばかりだったことが大きな原因となっている。」
「物体の動きを勢いそのままに反転させたり、局所的な温度上昇によって発火や発光をさせたり......果ては大地震による地殻変動やら天候操作による大洪水なんていうものが、この時『物理法則への干渉』として捉えられていた。」
「...!そんなことまで......?」
「なんかすごそう......!」
動きの反転というのは、ケントルアであの少年が見せた<蠱惑>のオーラによる"歪曲"のことだろう。
そして、発火や発光...この辺りまではなんとなくの知識を持ってはいたが......地殻変動に大洪水などとなれば、それは天災の域だ...。
「まあ、この自然災害級の記録はかなり古いものだから、信憑性も低くて特に例外的に扱われていたものだけどね。」
「......ただ、今はこれらの眉唾な話も理論上は可能ではないかという説も存在する。」
理論上は......?
「『エネルギーへの干渉』という研究が進んでいる今では自然災害級の事例であっても、強力なオーラの作用によって実現出来るのではないかとされている。......といってもそれは机上の話であって、実際にそれを実現出来るほどのオーラを人の力で出力することは不可能なために、この話はあくまで説止まりなんだけどね。」
なるほど......。
起こった事象を突き詰めると可能そうなことであっても、人体の限界を越えるようなことは出来ないということかな......。
「少し話が逸れたが、この話はつまり、強力なエネルギーへの作用には強力なオーラの力が必要ということになる。それは、今の災害のようなものでなくても、動きの反転、発火、発光などにも言えることで、当時『物理法則への干渉』と捉えられていた事象の全ては、強大なオーラを扱う者によって引き起こされていたんだ。」
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①オーラは生命へ作用するものという認識
②物理法則への干渉というものへの認識
→極端な例とそれを可能にしていた強大なオーラ
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「よって、この二つの理由から......」
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①オーラは生命へ作用するものという認識
②物理法則への干渉というものへの認識
→極端な例とそれを可能にしていた強大なオーラ
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物理法則への干渉とは強大なオーラが起こす、『生命外への作用』
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「強大なオーラを持つ者は、生命以外へオーラを作用させる特殊な能力を持つとされたんだ。」
......要するに昔の知識であるこの話は、研究が進んでいなかった時の認識不足な話ということ。
でも、シオンの話では......
「......だけど、その通説は君たち『虹耀騎士団』との本格的な連携が起こったことで覆されることになった。」
「私たち?」
騎士団の名前が出て、ヒーナさんが反応する。
「そう、......15年ほど前ネツァク大陸からの侵攻を受け戦争が始まったことで、騎士団はオーラの習得へ本格的に力を入れることになる。」
戦争.........。
「それまでも、一部の騎士が学院の研究に関わることはあったようだが、君たちと同じように訓練騎士がオーラの習得を目的にノーティアへ来るようになってから、オーラの研究が劇的に進むことになったんだ。」
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物理法則への干渉に対する正しい認識
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「そして、その内容として一番大きかったのは、さっき話した『物理法則への干渉』に対しての認識が改められたことだろう。」
「それまでの研究というものは、オーラの干渉を与えた者の視点で考えることがあっても、オーラの干渉を受けた者の視点に立つことは少なかった。」
「オーラに干渉を受けるということは、極端に言えばオーラを使った攻撃を受けるということになるからね。オーラを扱う物のサンプルも少なかった当時は、その視点に行き着く発想自体がなかったんだろう。」
「だが騎士団の訓練が始まり、オーラ使用者のフィードバックを取っていく中で、攻撃を受けた側...つまりオーラの干渉を受けた側の視点に立つきっかけが生まれることになる。」
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物理法則への干渉に対する正しい認識
・オーラによる攻撃を受けた時の違和感
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「このきっかけの代表例が、さっきアンリがヒーナから攻撃を受けた時に感じたものだ。」
「...!バビューン!って吹き飛ばされたやつ!」
「その通り。当時、オーラを受けた者の中にも、受けた攻撃以上に体が吹き飛ばされるという違和感を感じた者がいた。」
「特にこの例は傍から見れば、<強靭>のオーラの"増強"を扱った者が、打撃によって相手を吹き飛ばしただけに見える。だから、それを受けた者が感じた違和感というのは、当人以外が発見するのが難しかったんだ。」
「そして、こんな報告が幾度となくされたことで、オーラの研究には干渉を受けた側の視点が加わることになる。」
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物理法則への干渉に対する正しい認識
・オーラによる攻撃を受けた時の違和感
→物理法則への干渉?
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「そうしていく中で、オーラを受けた時の違和感の内容と、今まで強いオーラによって成り立つとされていた『物理法則への干渉』とに類似点が見られ、まだ未熟で弱いオーラを扱っていた訓練騎士が『物理法則への干渉』を引き起こしているのではないかという仮説が立った。」
「その仮説を元に、実験や検証が進んだ研究は、一つの結論に辿り着くことになる。それは......」
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物理法則への干渉に対する正しい認識
・オーラによる攻撃を受けた時の違和感
→物理法則への干渉?
↓
物理法則への干渉とは、『エネルギーへの干渉』である
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「オーラの力とは、仮に弱いものであっても『物理法則への干渉』が可能であり、『物理法則への干渉』とは、オーラの力がエネルギーに作用した結果である。」
「よって、それまで『物理法則への干渉』と捉えられていた認識が、『エネルギーへの干渉』へと置き換わることになった。」
「......以上が現在の認識に至るまでの変遷だ。」




