#62「シオンについて」
「まず私の実験についてなんだが、――あれは、耐久力のテストなんだ。」
「「耐久力?」」
二人が同時に首を傾げる。
...さて、何から話したものか。
「そう、君たちも見たかもしれないが、落下する私の体の周囲には球体上のオーラを発生させていた。あれは、オーラを"造形"したもので、球体の内側は幾重もの層が重なる形になっているんだ。その層は、基本的に私の中で最も出力量の多い<叡智>のオーラで形成されているんだが、層と層の間には僅かな空洞を作っていてね、その隙間には薄くではあるが<静謐>のオーラを張り巡らせている。分かるかい?これによって多重の層には"減衰"の作用が働く壁と若干の隙間に空気の壁が出来ることになる。こうすることで、球体内部への衝撃に耐えられる状態が完成するんだ。...ああ、それとオーラの物理干渉についてだが、私の<夢想>のオーラはオーラそのものを個体...しかも弾性のある物質へと"創造"させることに成功してね。これを利用することで実体を伴ったオーラの層を作ることができるんだ。...つまり、そうやって形成されたあの球体...『弾む惑星』と名付けたんだが、その弾む惑星がどこまで衝撃に耐えられるかというのが、あの実験だったというわけなんだ。もちろん、いきなり屋上落下から試した訳じゃない。最初はベッドの上から落ちてみる程度だったんだが、徐々に段階を踏んで――」
「シオン。」
「――なんだい、先生?ここからが面白いところだというのに。」
「...2人ともポカンじゃ。」
「え?」
スズネとアンリの様子を伺う。
...口が半開きのまま固まっているな......。
「いきなり早口で理屈を並び立てれば当然じゃな。」
...話すのに夢中で気づかなかった。
「...すまない二人とも、分かりにくかっただろうか。」
「え...。えっと、なんとなく、分かるような......?」
「全然分かんなかった......」
...スズネは若干の理解を示してくれているようだが、アンリの方には伝わっていなさそうだ。
「ハハハ!まあ、あれはシオンが自分のオーラでどれだけ自分の身を守れるか、というのを試してたとだけ思えばいい。...それなら分かるかのぉ?」
「...なるほどぉ......。うん!分かった!」
...端的に言ってしまえばそうなのだが、そう一言で片付けられてしまうというのも少し悲しいものだ。
「...でも、なんでそんなことを......?」
スズネが新たな疑問を口にする。
当然の疑問ではあるだろう。陸地での魔獣の出没例が過去を遡っても殆どない、ここノーティアでは個人が身を守る術を身につける必要は無いに等しい。
...だが、それが私には必要だった。
「...私はいつかここを出て、遠くへ行きたいんだ。...それこそ、君たちのように旅でもしてね。」
「...私たちと...」
「...同じ......」
――まだ見ぬ世界への憧憬......。
...これが私の理由だ。
「じゃが、この子の行動力は困ったものでのぉ。」
先生が話し始める。
「...あれは、二年ほど前じゃったか...この子の出身は、ここよりさらに北にあるマルクト大陸というところなんじゃが、そことこのノーティアを繋ぐ海上高架鉄道に密航してきよたんじゃよ。...当時9歳じゃったこの子が一人でな。」
「一人で......」
「すごい...!シオンちゃんはもっと北から来たの!?」
スズネとアンリが各々の反応を見せる。
だがアンリはいいことを聞いてくれた。
「ふふふ、そうとも。私はマルクトにある辺境の村出身なんだが、そこを飛び出しやって来たのだよ。一人でね。」
「おぉ......!」
アンリが感嘆の声を上げる。
...私の武勇伝はいつも咎められてばかりだからな、こういう反応は胸が沸き立つ。
「これ、誇らしげに語るんじゃないわい。」
「いた」
先生に小突かれた。
...いつもの反応は大体こっちで、もう耳にタコができるというものだ。
「この子の密航が発覚した時、ちょっとした騒ぎになったんじゃよ。...聞けば動機がほぼ100%好奇心じゃったからのぉ、送り返したところでまた同じことをしでかしかねん...。じゃから、ワシが引き取ることにしたんじゃ。...ちょうど研究職を引退したばかりで退屈な隠居生活じゃったしの。」
「...それに、私は帰ったところですでに身寄りが無いからな。...ここでの生活が出来ていること、先生には感謝しているよ。」
...先生の言葉に、補足する形で付け加えた。
先生は気を遣って触れなかったのかもしれないが、彼女たちと寝食を共にする以上、いつか触れることになるかもしれない話題だろうからな。
「え、身寄りって......。」
「.........お父さんとお母さん、いないの...?」
スズネとアンリが心配そうな表情になる。
...こういった話題は早めに処理しておくに限る。
「ああ...。私の両親はどちらも優秀な騎士だったらしくてね、マルクトの反対側の領土で起こっている戦争の前線へ駆り出されて...戦死したと聞いている。」
「え......」
「そんな......。」
「あぁ、心配には及ばないよ。...その出来事というのも私が幼い頃の話でね、正直なところ両親を失ったという感覚はないんだ。」
「.........」
「だから、私を育ててくれた家族というのは祖母一人だった。私は幼い頃から祖母と二人暮らしだったんだよ。」
「......そっか...。」
「......。......あれ、でも......」
「......そうだ...。...その祖母も、二年前に老衰で亡くなった...。......だから、今の私には身寄りが無いという訳でね...。...まあその時、面倒を見てくれると言ってくれた村の者たちを置いて飛び出したのは私ではあるんだが。」
これが私の故郷での顛末だ。
...しかし、ままならないものだな。...生まれた時から一緒にいた祖母との別れというのは、かなり堪えたものだし......今も、少し思い出すだけで湧き上がって来そうになるものがあった......。
「困った話じゃろ?そんな状況で、誰に頼ることより自分の好奇心を満たすことを選んだんじゃ、この子は。」
「その通り。...祖母との別れは、確かに辛いものではあったが...、それは同時に私を縛るものが無くなったということに気づいてね。...村の者に厄介になってからでは下手な行動は迷惑になってしまうし、それならいっそ今すぐにでも、と行動を起こしたのが当時の私だったというわけだ。」
「「.........。」」
二人ともなんと言えばいいか分からないという様子だな。
...人の身内の不幸話が絡んでいるのだから、どう触れるべきか悩んでいるのかもしれない。
「...とにかく、これが私の身の上話だ。別段、私にとっての心の重荷になっているという訳でもないし、変に気を使わないでくれると嬉しい。...これから一緒に生活するというのに気まずい思いをするのも嫌だろう?」
「う、うん...そうだね......。」
「......シオンさん。...話してくれて、ありがとう。」
予想外の感謝の言葉に少し驚く。
「...よしてくれ、私にとっては世間話の延長、のようなものでしかない。感謝される謂れはないよ。...それから『さん』付けもやめてくれ、私は君たちより年下なのだし、そう、よそよそしくするものでもないだろう。...私としても好きに呼ばせてもらいたいしな。いいかい?スズネ、アンリ。」
「あ...うん。大丈夫だよ、これからよろしく、シオン。」
「...!よろしくね...!シオンちゃん!」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む。」
無事に二人とコミュニケーションを取ることが出来た。
...この調子ならこの先もやっていけるだろう。
「あの...ちょっといいかのぉ?」
先生がおずおずと会話に入って来る。
「どうしたんだい?先生。」
「...それでいうと、スズネはワシにも敬語を使っとるし......その、出来ればもっと気さくに...のぉ...?」
「え、あ、ごめんなさ.........えっと、ごめんね...?おじいちゃん......?」
「いやいや!謝らんでもいいよ!...じゃがしかし......やっぱり孫に『おじいちゃん』って呼んでもらえるの...ええのぉ...。」
...また顔が緩みきっている。
もしかして、しばらくは先生のこの反応に付き合わなければならないのだろうか......。
そう思うと少しばかり億劫さを感じた......。




