#61「ここまでについて」
「いやー、すまんすまん。ふたりが来るのが待ち遠しくてのぉ〜。つい、はしゃいでしまったわい!」
先生はスズネとアンリを見るやいなや、書斎のソファーへと掛けさせた。私と先生は机を挟んだ向かい側に座っている。
「キミがスズネで...そっちがアンリ...でいいかのう?」
「うん!そうだよ!」
「はい。......あの、...あなたが私たちの...?」
スズネとアンリにそれぞれ名前を確認した先生にスズネが問い返す。
「そうじゃ!何を隠そう、ワシこそがキミらのおじいちゃん!ノレフ・ルクシア、その人じゃっ!」
「おぉ...!おじいちゃん...!」
先生の大げさな自己紹介に、アンリが感銘を受けたような表情になる。
随分と感受性が豊かなことだ。
「そうじゃそうじゃ...!おじいちゃん...。......いい響きじゃのぉ...。」
「...先生、だらしない顔になっているぞ。」
「おっと!...いかんいかん......。」
慌てて表情を取り繕う先生。
「...あ、今の顔スズネちゃんみたい......」
アンリがポツリとこぼす。
「え...!?」
「お?なんじゃ?もしかして、スズネはワシ似なのかのぉ!」
「......わ、私、いつもアンリにあんな顔を......」
喜ぶ先生をよそにショックを受けた様子のスズネ。
...まあ、血縁とはいえ初対面のおとぼけ爺が見せた緩んだ顔に似ているなどと言われるのは、年頃に娘には酷というものだろう。
「え、あんなて...。ワシ、ショック......。」
こっちもショックを受けていた。
「...え!?あ、ごめんなさい...!そんなつもりじゃ...!」
「ハハハ!冗談じゃよ、そう気にせんでくれ。」
「あ...そうですか...。よかったです。」
慌てて謝罪をしていたスズネだったが、先生の言葉でホッとした様子になる。
「わたし、スズネちゃんのあの顔好きだよ?」
「え!!?」
「スズネちゃんが嬉しそうだとわたしも嬉しくなるもん。だから好き!」
「え...、そっかぁ......えへへ......そっかぁ......♡」
アンリの言葉でスズネの表情が緩みきる。
...確かに似てるかもしれない。
「お?アンリ、ワシは?ワシは?」
「おじいちゃんの顔もスズネちゃんみたいで好きー!」
「...!おぉ...そうかそうかぁ......。」
緩んだ顔が並んだ。
「ね、似てるよね!」
こちらに視線を向けるアンリ。
「...ふっ、そうだな。」
この少女、純朴そうに見えて意外と魔性かもしれないな。
―――。
あの後、私と先生はスズネたちがここまで辿り着く過程を聞くこととなった。
長い話になりそうだったので、お茶と茶菓子を出し、和気あいあいとした雰囲気で会話が始まったのだが......。その内容は凄まじいものだった。
...まず、この二人......たった二人で魔獣を倒したと...。しかも、二回。
南では魔獣が出ることが当たり前の地域があり、そこでは魔獣を狩ることを得意とする者たちが住んでいるというのは知ってはいたが...。
彼女たちは、私より少し上という程度の年齢のはずだ、...にも関わらず魔獣の討伐をこなせる実力をすでに身につけている。
......目の前の少女たちを通じ、世界の広さを実感した...。
...私は彼女たちのようになれるだろうか......。
そして、興味深いのはその先。...ケントルアで起こったという出来事についてだ。
盗まれた財布を取り返すため、盗んだ孤児たちを地下まで追いかけることになったと。
...これだけでも随分と聞き応えのある話だが、問題はその後。
黒い力を持ち、魔獣のような特徴を見せた少年に......オーラの吸収......。しかも、オーラの吸収というのは、アンリも扱ったのだという...。
先生が所持する書物でも見たことがない事例ばかりだ。
...正直なところ、好奇心が疼いて仕方ない。
アンリが<壮烈>のオーラを使用した際に気絶をするという話は先生から聞いていたが、...オーラの吸収などという能力を扱えるとなると、体質そのものに何か私たちとの違いがあるのでは無いのだろうか...?
早く詳しく調べさせて欲しいものだが、焦らずとも機会はやってくるだろう。
「それで、フォルロさんと別れて、鉄道に乗ってここまで。......アンリは鉄道に乗っている時に目を覚ましてくれました。」
「......なるほど、随分大変じゃったのぉ...。」
「はい、...そうですね。」
ここまでの道中の説明をしてくれていたスズネの話が終わった。
「......それで、...えっと、おじいちゃん、はオーラの研究をしていたと聞いているんですが...アンリのこと、何か分からないでしょうか...?」
「......そうじゃのぉ...。......オーラの吸収...そんな事例はワシも初めて聞いた...。すまんが力になれそうにないわい...。」
「...そうですか......。」
...先生も興味を引かれる話題だと思ったが、身内のことだというのもあってか力不足を嘆いている。
......一人胸を躍らせてしまったことに若干の罪悪感が湧いてきた。
「じゃが、その話...あまり外ではせん方がいいかもしれんのぅ。...ここは、オーラに関する研究者も多い。その者らに知られれば、最悪実験動物のモルモットにされてしまうやもしれん......。」
「えぇぇ!?」
「そ、そんな...!?」
先生の懸念に、二人が驚愕する。
...モルモットは言い過ぎかもしれないが、実際あの研究者たちに知られれば捕まることは間違いないだろう。
...私だって詳しく調べたいのだから。
「...今まさに、ここにも実験したくて仕方ないという顔をしとる研究者の卵もいることじゃしな。」
「え。」
「え!?」
「え...!」
先生がこちらを見ながら余計なことを口走る。
「おい、先生。人聞きの悪いことを言うな。今の流れだと、私が人道に反する研究者のようじゃないか。」
「ふふふ、実験したいことは否定せんようじゃな。...というか、お主が毎日やっておる、あの"実験"も人道に反するようなもんな気もするがのぉ....。」
「いや、それは......」
痛いところを突いてくるな...。
「キミらも見たじゃろ?この子が屋上から飛び降りてきたのを。」
「あ......」
「......そういえば...。...あれ、なんだったんですか...?」
二人の視線が私に注がれる。
「これからしばらくは一緒に住むんじゃ、シオンのことも知っておいてもらっといた方がいいじゃろ。話してやりなさい。」
「...ああ、そうだな。」
もっともな意見だ。別段隠すことでもないし、二人の話も聞いた後だ、今度はこっちのことについて知ってもらおう。
「では聞いてくれ、まず私の実験についてなんだが――」




