#52「また」
「ここだ...。」
フォルロさんが立ち止まる。
目の前には、先ほどからずっと見えていた高い建物――高架鉄道の駅に着いた。
駅は10数メートルはあるであろう高さで建っている。そして左右には、外壁に沿って上部だけが延びるような構造になっており、それを支えるいくつもの柱が並んでいた。
「すごく...大きいですね...。」
「ああ...。...この駅は、ここより北にある街のほとんどと繋がる鉄道が集まってるらしいからな。......あのデカい橋がこっちじゃ5本も通ってるはずだ...。」
「......!」
デカイ橋と言うと、南で建設中だったあの橋のことだと思うが...あれが5本も......!
「......まあここで圧倒されてても仕方ない。中に入るぞ。」
スケールの大きさに圧倒されていた私をフォルロさんが駅へ促す。
「はい...!」
返事をして、駅の入り口から広がる傾斜の低い階段を登っていった。
―――。
「―――!」
駅の中に入ると、またも圧倒される。
まず、天井が高い...!
あの外観から考えれば当然のことではあるが、外から見るのと中から見上げるのとでは高さの実感具合が違った。
次に、周りにある柱...。
天井が高ければ、その分それを支える柱も高く、大きい。これも当然と言ってしまえばそうだが、建物を支える柱であんなサイズのものは初めて見た。きっと、私が両手を広げても柱の円周の半分にも満たないだろう。
そして、何より奥には――
「門......?」
建物の中に入ったはずなのに、その一番奥にはケントルアへ入って来た時と同じような門が見える。
「...あれは外壁の門のはずだ。ここは元々門があったところに増設する形で作られた駅だそうだからな。」
私の呟きにフォルロさんが説明をしてくれる。
...確かに、外から見た駅は外壁に沿って広がっていたが、その内部に門があるとは思いもしなかった。
「...とにかく、上に行くぞ。鉄道の発車時刻にはまだ多少の余裕はあるが、早めに行くに越したことはないしな。」
「は、はい。」
先ほどからの想像を超えたスケールの建築物の連続でいちいち足を止めてしまっているので、フォルロさんに急かされてしまった。
だが、この場所はまだ私を驚かせてくる。
「これは...?」
「エレベーターってやつだ。これで上まで行ける。......上まで頼めるか?」
「かしこまりました。」
エレベーターと呼ばれた鉄の籠のそばに立っていた男性が籠の扉を開けた。
「どうぞ。」
男性に促されるままに籠の中へと入る。
ガコン
カゴの外の男性が壁についているレバーを下げると――
シューーーッ...ゴゴゴゴゴ
「!」
鉄道の時と同じような音が響き――籠が上昇していく...!
上に行けるというのはこういうことだったのか...!
「ふっ、さっきから驚きっぱなしだな。」
「え。...はは、そうですね。」
このエレベーターに乗って、なお驚き続けてしまっている私を見るフォルロさんに少し笑われてしまった。
「本当に想像もしてなかったようなものばかりで......。」
光る街、巨大な建物、その中にある門、昇っていく籠......ここ十数分だけでもこれほどの驚きが連続で襲ってきている。
...でも、だからこそ......
「...やっぱり、アンリにも見せたかったな......」
ポツリと言葉が漏れた。
私ですら圧倒され、興奮してしまいそうになるこの光景たち......アンリが見ればきっと目を輝かせて、すごくはしゃいでしまうだろう。
アンリにとっては、ずっと見たかった広い世界なのだから...。
「......さっきの電気のこともそうだが、ここの技術は北から伝わったものらしいからな、ノーティアで見せてやればいいさ。」
「.........そうですね。」
アンリのことを思い少し気落ちしてしまう私にフォルロさんが気遣いの言葉をくれる。
「それにな――ここを見せたきゃいつでも戻ってくればいいさ。またここに戻ってくるようなら面倒見てやるからよ。」
私の頭には、大きく温かいてが置かれた。
「はい...!」
...今アンリに見せてあげられないのは...やはり、残念だけど......それでもフォルロさんの言葉で少し気分が明るくなる。
ガタンッ――プシュゥゥゥゥ......
そんなやりとりをしている間にエレベーターが到着したようだ。僅かに振動をしながら上昇していた籠は、完全に停止して扉が開かれる。
「出るぞ。」
フォルロさんの後に続き、籠を出て進んでいく。
視界の先には、巨大な黒い箱がいくつも繋がっているのが見えた。
「...あれも、鉄道...ですか?」
「そうだな。あれが今からお前たちが乗る鉄道だ。」
街中で乗った路面鉄道とはサイズも見た目も何もかもが違っていた。
特に、路面鉄道は入り口や窓は直接外と繋がっている作りだったが、目の前の鉄道は扉やガラス張りの窓が付いており、まるで家が並んでいるようにも見える。
「乗車券拝見します。」
鉄道に近づくと側にいた男性に声をかけられた。
「ああ、これで頼む。乗るのはあっちの2人で私は見送りだ。」
フォルロさんが乗車券を渡してくれる。
「承知致しました。......ありがとうございます。確認いたしました。車両は前から5番目のものとなりますので、あちらからご搭乗ください。」
「おう。......スズネ、乗車券鞄にでも入れておくか?」
「あ、お願いします。」
男性から返してもらった乗車券を、前で背負っている鞄にしまってもらった。
そして、そのまま男性が指し示した車両へと向かう。
「......じゃあ、ここでお別れだな。」
「はい......。」
車両の扉の前でフォルロさんと向き合って話す。
「あの...今日一日、色々とありがとうございました......!」
短い時間ではあったが、本当にたくさん世話になってしまった。きっと私たちだけでは、こんなにすぐにはこの駅へ辿り着けなかっただろう。
「いや、いいって。最初に言った通り私のためでもあったからな。......一応、念押ししとくが、エリナには私のことを言わないように頼むぞ...。」
そういえば元々はそういう話だった。
でも...
「――やっぱりダメです。」
「――は?――」
「――母には......頼りになる母の友人に助けてもらった、って伝えておきます。」
「―――。......はは、そうかよ。」
「はい...!」
笑顔を向けて答える。
「......じゃあ、さっさと中へ行きな。...アンリを休ませてやりたいんだろ?」
「...そうですね。」
ここで本当にお別れだ。
「フォルロさん......――」
――「さようなら」と出かかった言葉を飲み込む――
「――また...!」
「...!...ああ、またな。」
こうして私とアンリは車両に乗り込んだ――。




