#43「昔話」
ボォッ
地上と繋がる穴から差し込む光でのみ照らされていた辺りが、新しい光源によって明るくなる。
「こんなとこで使うことになるとはな...」
どうやらフォルロさんはランプを持っていたようで、マンホールから地下に降りると、服のポケットから取り出した2つの筒状の部品をつなぎ合わせて火をつけた。
「スズネ、どっちに行けばいいか分かるか?」
私たちが降りて来たのは、水が流れる一本の通路の真ん中だ。さっきの子たちを追うには前後どちらに進むかを見極めなくてはいけない。
「.........。」
<叡智>のオーラを強く意識する。先ほどはマンホールに遮られ"知覚"が邪魔されてしまったが、今度は.........私の"知覚"の範囲にそれらしい気配がそもそもいない。
私が"知覚"出来る範囲は、半径10数メートル程度......。
さっきの子たちの足の速さを考えれば、すでに範囲外に出ている可能性の方が高い。
なら...
――"知覚"の意識を耳に集中させる。
"知覚"の能力は、自分のオーラ量に応じて周辺の気配を感じ取る...いわば第六感の様なものが最も扱いが簡単なものだ。
だが、それ以外にも応用の方法がある。
それは、『五感の強化』...そのうち今私がやっているのが聴力の強化だ。
私の聴力強化は特別強い訳ではないが、この音が反響しやすい狭い空間なら......
「!...こっちです!足音が反響してる!」
後方の道を指差す。
「...やっぱりそっちか。...それなら急がなくていい、私に着いてこい。」
フォルロさんはそう言って、私が指を指した方向を照らしながら歩き出した。
「え!?急がないと逃げられちゃうよ!?」
アンリが動揺している。
当然だ、アンリやフォルロさんほどでは無いにしても、さっきの女の子はかなりスピードで逃げていた。もたもたしていたら今度こそ手遅れになりかねない。
「大丈夫だ、外に逃げるつもりなら反対に行ってる。」
「え、なんでそんなこと......」
「――ここは私の...古巣、だからな。」
―――。
「さっき入って来たマンホールは、フリトア区の中でもかなり東に位置してる。...そこからさらに東...今私たちが進んでいる方向には外とつながる場所はほとんど無い。」
ランプの明かりを除き、真っ暗闇となった通路を歩きながら、フォルロさんが話しだした。
「その上、奥に行くほど地下に潜るように入り組んでやがってな......さっきみたいなガキ共が隠れるのに最適なんだ。」
だから、フォルロさんはさっき「大丈夫」だと言っていたのか...。
「......それで、ここからは私の昔話に少し付き合って貰いんたいんだが...。」
昔話...先ほど言っていた「古巣」という言葉に関係することだろう...。
私もアンリも静かに耳を傾ける。
「私も昔ここで生活していた時期があった...。その時は、さっきのアイツらみたいに盗みを働いて生きてたんだ。......お前らの母親...エリナに手を出したって言うのも、あの女から荷物を盗ろうとしたっていう話なんだ。...まあ、物は取り返された挙句、ボコボコにされたがな。」
ケントルアに入ったときに聞いた話には続きがあったようだ。...確かに、手を出したどころか盗みまで行っていたのならお母さんはそれくらいやるだろう。
「その時は生きるためにはそれしかねえと思っててな。日中は金を持ってそうなやつから盗み、その金で食料を手に入れてここに持ち帰る...そんな生活だった。」
さっきの子供たちが脳裏をよぎる...あの子たちはオーラの力を使っていたので激しく動けていたようだが......その体自体は遠目でも分かるくらい痩せ細っており、とても健康そうには見えなかった...。
「じゃあ、さっきの子たちも...」
「ああ...昔の私と同じような生活をしているんだろうな...。」
やはり、あの子たちも苦しい生活を...。
...もちろん、お金は返して欲しいが......あの子たちのことを思うと心が痛くなる...。
「...お金...取り返さないほうが、いいのかな......。」
アンリの呟きは、どこか苦しそうだった...。
アンリにとってあのお金は、旅を続けるための大事なものだ...。それでも、きっとその優しさのせいで迷ってしまっている...。
「いや、盗みは盗みだ。...金は取り返す。」
「「.........。」」
私もアンリもその言葉を否定出来ない...。
あの子たちを何とかしてあげたいと思う心があっても......あのお金を取り返してくれるという強い言葉を否定できるほど、私たちはあの子たちを優先出来ない...。
「だけど、一つだけわがままを言わせてくれ。」
「え...?」
「私たちは盗まれた金を取り返すだけだ、だからそこに同情はしなくていい...。だが、出来れば...傷つけないで取り返してやりたい......。」
それは意外な言葉ではあったが――
「――もちろん...!」
「...いいですよ。」
私たちの想いも同じだ。
「...はは、そうか......ありがとな...。...やっぱり、お前らはあの女の娘だな...。」
「お母さん?」
再びお母さんの名前が挙がる。
「さっき、私はアイツに盗みを働いたと言っただろ?あのあと、確かにボコボコにされはしたが、アイツは私を街の兵士に売ったりしなかったんだ...。私の事情をしつこく聞いてきた挙句、生きるためだったと知れば、しかたねえと納得しやがってな...。」
「そっか...お母さん...。」
アンリが感慨深げに呟く。
お母さんも今の私たちと同じ気持ちだったのだろうか...。
「まあそれはそれとして、兵士に売らないことを条件に街の案内をしろと、私のことを体良くコキ使ってきはしたんだが...。」
「お、お母さん......」
...そういえば舎弟のように扱われたと言っていったっけ......。
「そこに関しては散々ではあったが...感謝はしてるんだ。あの女のことは苦手だし、出来れば二度と会いたくねえが...。それでも、アイツは私を許してくれた。――私は一度盗みをしちまった以上、もうまともに生きるなんて出来ねえと思ってた...でもな、アイツに許されて...こんな人間を許してくれるヤツがいるって知って...まだ、なにかやり直す方法があるんじゃないかって思ったんだ...。」
「フォルロさん...」
「.........。」
まともに生きることが出来ないと思いながら毎日を生きるというのは...一体どれほどの苦しみだったのだろう......。きっと私たちでは想像もつかないものだと思うと...なんとも言えない息苦しさを感じる。
だけど同時に、それをやり直そうと思わせたというお母さんを誇らしくも思った。
...まあ、やり方はともかく......。
「...このまま、私の半生を聞いてもらおうとも思ったが......ここで止まれ。」
フォルロさんが足を止め、私たちを制止する。
フォルロさんの視線の先には、壁や天井からいくつものパイプが通る通路があった。
ランプによってわずかに照らされたパイプからは時折蒸気が噴き出しているのが見え、そこからはここまで通って来た道にはなかった熱を感じられる。
「この辺は多くの工場の真下に位置してるんだ。そこで排熱のために通ったパイプは、寒い夜を凌ぐのにピッタリでな。...だから、あのガキ共が根城にするなら、それはこの先だ...。」
いよいよあの子たちの元へ辿り着くようだ...。
少しの心苦しさを感じながらもフォルロさんの後に続き、奥へと進む......。




