#41「悪い人」
「...そう暗くなるな。ここじゃ普通のことだ。」
言葉に詰まっていた私たちを見てフォルロさんがそう口にした。
「その人たち、なんとかしてあげられないの...?」
「無理だ。」
アンリの優しい問いは、フォルロさんによってバッサリと切り捨てられた。
「どうして...!?」
「...ケントルアには数百万っていう人が住んでる。そしてその生活は、フリトア区の工場によって支えられている部分が大きい。だから無理なんだ。人々があの工場に頼り続ける限り、あの煙の影響を受ける人間はいなくならねえ。」
フォルロさんの言葉には強い説得力がある。きっとこの街の誰もが、この事実を受け入れてしまっているのだろう...。
「で、でも......」
アンリにもそれは伝わっているはずだ...。それでも何か言葉を探そうとしている...。
「でも...なんだ?」
フォルロさんの雰囲気が少し変わる。
「これを聞いても、まだ何とかしたいと言うつもりか...?」
「だって...!」
「...いいか、あの工場の犠牲による恩恵を受けている人間は多すぎるんだ...!だから、誰もがアイツらの犠牲を目にしてるのに見て見ぬフリをする!......お前にはそれを変える方法があるのか!?...工場のヤツらを助けるだけじゃない...!この都市、すべての人間を納得させる方法が...!!」
「そ、それは...。」
「――あの...!!」
私の大声で車内が一瞬沈黙する。
「...気に障ったのなら、私から謝ります...。でも...アンリをそんなふうに責めるのはやめて下さい。」
「............。」
フォルロさんの声はだんだん怒気を帯びてきていた...。
きっとこの話題はフォルロさんにとって...いや、もしかしたらこの街の全ての人にとって、どうにもならないと感じている問題なのかもしれない。...だから、そこに軽々しく踏み込んでしまうことは...きっとダメなことなのだろう......。
アンリを傷つけるような物言いは許せない...許せないが...それでも、フォルロさんの怒りを悪いものだと思うことは私には出来ない...。
「あ、の...わたし......ご、ごめんなさい......。」
自分の言ったことが悪いことだと思ってしまったのだろう...。謝るアンリの声は、今にも泣き出しそうだった...。
「.........いや...。...悪い、私が言いすぎた...。お前は、何も間違ったことは言っちゃいない...。......だから泣くな、アンリ。」
そう言ってフォルロさんがアンリの頭に手を置く。
「...ぅ、ゔん.....。」
「...スズネも、悪かった。...お前たちが謝る必要は、無い...。」
「......はい...。」
車内にはアンリの鼻をすする音だけが響き、それ以降は誰も口を開けなかった......。
―――。
もう何度目だろうか...鉄道はまた駅にたどり着いたようで、一度停車する。
しかし、これまでと違ったのは...
「ここがフリトア区だ。...降りるぞ。」
フォルロさんが立ち上がり、そう口にする。
アンリも私もその言葉を聞き、一緒に立ち上がった。
「運賃はそこの車掌に渡せばいい。...先に降りてろ。」
そう促され、私はまだ少し俯いたままのアンリの手を引き、車両の入り口にいる男性の元へ向かう。
「あの、2人分これで足りますか...?」
財布から1万アクティクタ紙幣を取り出す。
「はい。十分ですよ。......こちらお釣りになります。...ご乗車有難うございました。」
受け取ったお釣りをいれた財布をポケットにしまいながら駅へ降りた。
もう日は沈み始めており、空を覆う煙もあり辺りはだいぶ暗くなっている。
「...さっきは騒いで悪かったな。」
「いえ...。誰にも悪気が無いことは私も、他の乗客の方も理解していたと思います。」
車両から会話が聞こえて来た...。あれを言うために私たちを先に降ろしたのだろうか。
なんだか聞き耳を立てるのも悪い気がして、アンリを連れて道の方へ出る――
ドンッ
駅から一歩踏み出した所で何かとぶつかる。
――人?
「っ...!......ご、ごめんなさい!」
すぐに謝罪の言葉を口にしたが、どうやらぶつかった人は走っていたようで、私に目もくれず去っていってしまった。
「スズネちゃん...大丈夫?」
元気がない様子のアンリだったが、私の心配をしてくれる。
「うん。ちょっとぶつかっただけだから大丈...」
――!?
ない!?
「――アンリ...!」
「え――」
「今ぶつかったの悪い人!全力で追いかけて!!」
私の言葉を聞いたアンリの表情が、瞬時に力のこもった真剣なものへと変わる。
「――わかった...!」
そう言ったアンリは振り返ると――
ズンッ
――もの凄い勢いでさっきの人を追いかける。
私もそのまま跡を追おうと――
「オイ!?どうした!?」
「私が、財布を盗られて......!!」
「...!くそっ、盗ったやつはどっちだ!」
「あっちです!いま、アンリが...って、ちょっと!?」
私が指差した方向を確認するや否やフォルロさんが私を抱える。
「捕まってろ。全速力だ...!」
ブゥン
――瞬間、風を切る音が耳に響いた。
抱えられたまま見える景色は洞窟を連れられていた時より、遥かに速く流れる...!




