#4「勝負あり」
視界に映っているのは天井だった。
数瞬前までわたしの視界にはスズネちゃんが映っていたはずだ。しかし、一瞬世界が大きく回転し、強い衝撃を体が認識する頃には今の状態になっていた。
「うぅぅん......?」
状況が飲み込みきれずやや混乱気味だったが、次第に意識がはっきりしてくる。
そうだ、お母さんの声が聞こえた気がする。
お母さんの声、つまりは組み手終了の合図であり、同時にそれは勝敗が決していることを表していた。
「アンリ、立てる?」
天井の木目を遮り、こちらに手を差し出すスズネちゃんが現れる。
「うん。......んよいしょっ」
スズネちゃんの手を掴み体を起こした。
「わたし、負けちゃった?」
「......うん。」
わたしの問いに少し困った表情のスズネちゃんが答える。その答えを聞く頃には意識は完全に明瞭になっており、状況を飲み込むと次は強い感情が湧き上がってくる。
「すごい!わたし勝てるって思っちゃった!スズネちゃん、最後何したの!?」
「......ぷっ、ふふっ、もう。......何って、アンリが苦手なヤツよ。」
わたしが苦手なヤツ...?
わたしは最後、スズネちゃんへ真っ直ぐ突っ込んでいき、気づけば床に倒れ込んでいた。そう、勢いよく...。
「あっ!」
「わかった?」
「勢い任せに突っ込んでくる相手には、投げ!」
「正解!」
投げ。わたしもししょーに教わったことがある。あるが、勢いを利用する?というのが難しく、いつも真正面から受け止めてしまうのでろくに成功した事がない。むしろ勢い任せに突っ込むわたしが投げ飛ばされることの方が多かった。
「はははっ、アンリ一本取られちまったな。」
「ししょー」
組み手を見守ってくれていたししょーが声をかけながら近づいてきた。
「おねえちゃんたち、すごかったー!」
「グルングルンって、カッコよかった!」
ししょーの声を聞くと同時に、さっきまで固まっていたリーネちゃんとユンくんも瞳をキラキラと輝かせながら駆け寄ってくる。
「アンリさん、すごかったです!僕もアンリさんのように強くなります!」
2人の後についていたウロくんも加わり、次々と称賛の言葉を送ってくれた。
「いやいや、やめときなウロ。アンリみたいになっちまうと馬鹿正直に突っ込んで今みたいに投げ飛ばされちまうぞ?」
口角を上げ、ニヤリと笑うししょーが称賛の声を遮るように言う。
「えー、投げは避ければいいんだよー?ししょーの投げも大体避けれるようになったし」
「うっ、痛いとこつくな。ありゃお前の反射神経あってこそだ、まあ今回は反応出来なかったみたいだけどな?」
わたしの主張に少したじろいだししょーが、反撃と言わんばかりに言い返してくる。
そう、いつもようにししょーを相手にしていたなら避けられたかもしれない。しかし、今回はスズネちゃんが相手だった。いつも剣の修練を受け、今回も木刀を武器に戦うスズネちゃんが投げをしてくるなんて完全に想定外だった。
「そうだ、スズネちゃん、いつのまに投げを練習したの?」
「いつのまにっていうか、昔一緒に教わったでしょ?」
「あ、そっか!」
たしかに、まだ修練を積むようになってからあまり経っていなかった頃、スズネちゃんが剣術を教わるようになる前は一緒に体術の基礎を教わっていた。
「でも、昔教わっただけであんなに綺麗に決められるなんて!すごい!」
「まあ、スズネはよく俺たちの組み手を見ながら動きのおさらいをしてたみたいだしな。」
ししょーが新たな事実を口にする。
「そうだったの!?」
全然気づかなかった。
「え、うん。まあ、実戦になれば剣術だけを頼りにするわけにはいかないからね。」
「そっかぁ...」
スズネちゃんは、すごいなあ。
「でも、今回うまくいったのは、アンリの勢いや左手でしか攻撃出来ないって分かってたからだし、まだまだ実戦で使いこなすのは難しいかも。」
「十分よ。2人ともいい動きだったわ。」
お母さんが口を開いた。
「アンリはやっぱり体の扱いが上手いわね、"増強"の扱いだけなら私にも引けを取らないかも。」
「えへへ」
「でも相変わらず形質変化は疎かね、"圧縮"を一度も使わなかったでしょ。」
「む、夢中になると忘れちゃって...。えへへ...」
褒めらていると思ったら落とされてしまった。橙色の<強靭>のオーラ、それが得意とする形質変化は"圧縮"。オーラを一点に集中させることで硬化させ、攻撃や防御に応用することが出来る。
あれ難しいんだよね。
出来ないわけではないが、オーラを一点に集中させ"圧縮"するという感覚、あれがどうも苦手だ。
「それから、スズネ、あなたは冷静に状況を判断できるし、今回もオーラの扱いが適切だったわ。そして何より、木刀を手放した後もよく諦めなかったわね。」
「...あれは、お母さんが静止しなかったからでしょう。私だって一瞬終わったと思ったもん。」
「それでもよ。あそこで意識を途切れさせず最適な行動を取れたのはスズネの力でしょ。」
「......うん、ありがと。」
スズネちゃんが照れたように笑い、なんだかわたしも嬉しくなる。
ガラララ
お母さんの講評の最中、玄関の戸が開く音が聞こえる。
「あ、兄貴。」
広間の壁際に座り続けていたシイラちゃんが入口に目をやり口を開く。
「お、シイラちゃんといい子にしてるか?」
入ってきたのはシイラちゃんのお兄ちゃんのカンくんだ。去年まではカンくんも一緒に道場で修練していた。
「うっせ、余計なお世話だ。用件あんでしょうが、早くしなよ。」
「おっとそうだった。」
お母さんに視線を送るシイラちゃんに促されカンくんが話し始める。
「エリナさん、見つけましたよ。結構デカいのが1匹です。今んとこ村の方に来る気配はないですけど、久々のデカい獲物をみて親父たち興奮してて、変に近づいてくるようならすぐ手を出しちまうかもなんで、行くなら早めがいいかもです。」
「そう、ありがとう。思ったより早かったわね。」
カンくんの報告を受けたお母さんは、道場の奥の棚を開き刀を取り出した。
「魔獣が出たの?」
「ああ、デカいのがな!頑張れよアンリ!」
わたしの問いかけに、カンくんが答える。
ん?がんばれ??
「がんばれってどういう......」
「アンリ、スズネ、着いてきなさい。」
再度問いかけようとしたわたしの言葉はお母さんの声によって途切れることになった。お母さんはスズネちゃんに取り出した2本の刀のうち1本を渡すと入り口に向かって歩き始めた。
「お母さん?どこに行くの?」
言われるまま後ろをついて行くため歩き始めながら、お母さんの背へ問いを投げた。
私の言葉に振り返ったお母さんは、イタズラっぽい笑みを浮かべて言う。
「もちろん、魔獣狩りよ♪」