#39「路面鉄道」
「なあ、お前らって...」
無事、区間移動許可証を貰えたわたしたちだったが、メルカートから出て来たところでフォルロさんが口を開く。
「なーに?」
「...あー、いや、聞いていいのか分かんねえが...その、姓が違ってたのが気になってな...。」
「あ...」
アンリ・クリムベル。わたしの名前には、スズネちゃんやお父さん、お母さんと同じ『プルウィア』の姓は無い。
「わたしは昔、拾われたんだ。...その時、自分の名前だけは覚えていたらしくて、だからわたしの名前はスズネちゃんたちと違うんだ。」
「...そうか...。......悪い、余計なことを聞いたな。」
「ううん、大丈夫。...血は繋がってないけど、わたしたちは家族だもん!」
「アンリ......。」
血が繋がっていないという事実に寂しさを覚えることが無いわけじゃない。それでも、私にとってはお父さんもお母さんも、スズネちゃんも...何より大切な家族だ。だから、わたしは大丈夫。
「...そうか。なら問題ねえな。」
「うん!」
フォルロさんが少し微笑んでくれる。
「...でも、アンリにデリカシーの無いことを聞いたことは反省して下さいね?」
わ、またスズネちゃんが怖くなってる...。笑ってるのに笑ってない...。
「悪かったよ...!反省するから、その顔やめてくれ...。お前らの母親を思い出す......。」
ああ...。確かに今のスズネちゃんは怒ったお母さんにそっくりだ......。
「お前のほうが同じ血ってのは確かかもな...」
「...デリカシー。」
「わかった!悪い、発言には気をつけるから...!な!?」
2人のやりとりを見てるとなんだか...
「あははっ」
笑えて来てしまった。
「ちょ、アンリ...?」
「あは...、ごめんねスズネちゃん、でも今のスズネちゃん本当にお母さんが怒ってるみたいだし...」
「あ、アンリまで...。」
「フォルロさんも、あんなに強いのに、怒られてるのがなんかおかしくて...」
「...はぁ、悪かったな。」
「ふっ、それは確かに...」
スズネちゃんも笑い出す。
「お前ら...」
わたしたちが笑ってしまったのでフォルロさんは不満げだ。
「......ふぅ、まあいい。とりあえずいつまでもここで話してないでさっさと行くぞ。...北に行くんだろ?」
その言葉にわたしたちは一瞬顔を見合わせてから答える。
「うん!」
「はい...!」
―――。
「ここからは路面鉄道に乗ってく。」
フォルロさんに着いてしばらく歩いて来たが、壁がないのに屋根だけがある場所で止まった。
...というか、いま......
「鉄道!?」
確かにフォルロさんはそう言った。
「ん?...ああ、そうか。お前ら鉄道は初めてか。」
「え、鉄道は北にあるんじゃ...」
「それは、街の外に繋がる高架鉄道だな。お前たちも見たと思うが、南で今私たちが作っているのもそうだ。」
南にあった作りかけの大きな橋。あれの完成系が北にはあるということだと思うが、そうなるとここは...
「それで、ここに来るのは路面鉄道。ケントルア内部を走る鉄道で、区間を長距離移動するような時はこれを使う。...もしかして、こっちの存在は知らなかったか?」
「...はい。母からは北にある鉄道でノーティアまで行けるとしか...」
「この路面鉄道がケントルア全域に普及したのは、ここ10年くらいのことだからな。アイツが知らないのも無理はない。」
「なるほど...。」
事前に教えられていた知識に無かった存在に、納得した様子のスズネちゃん。
それより――
「ねえねえ!今から鉄道乗れるんだよね!?いつ来るの!?」
「すぐ来るから、そう興奮するな。...お、言ってるそばから...」
プォーーー!
重厚感のある笛のような音が聞こえた。
その音の方向に振り返ると......道に走る鉄の線を辿るようにこちらへやってくる大きな鉄の塊が...
「おぉーー!!」
鉄の塊はその上部から黒い煙を巻き上げており、徐々に白くなっていく煙は、鉄の塊から生える雲でできた髪のようになっている。
やがて近づいてくると、その全容が見えてきた。
正面からは大きな鉄の塊のように見えていたが、実際は窓のついた大きな箱が2つくっついているような見た目だ。
キーーッ
その箱...鉄道の車両は、下部からも噴き出している煙を辺りに散りばめながらもわたしたちの前で停まった。
「お待ちかねの路面鉄道だ。乗るぞ。」
「...うん!!」
フォルロさんの後に続き、車両の入り口へと向かう。
「住民証、拝見します。」
入り口には車両から出て来た男に人が立っていた。
「...ほら。あとこっちのやつらは、区間移動許可証を持ってる。...お前らさっき貰ったやつをだせ。」
フォルロさんが男の人に懐から取り出した、許可証のような厚い紙を見せると、わたしたちの許可証も見せるように促す。
「はい!」
「お願いします。」
「...はい。拝見しました。中へどうぞ。」
許可証を確認してもらうと、中へ入れてもらえた。
入って来た車両の中には、すでに3人の人がいて壁際にある椅子に座っている。
どうやら自由に座ってもいいようで、フォルロさんが座るのを見たわたしたちも同じように空いてる席に座る。
すると...
カン!カン!プシューー
車両が音を立てて......動き出した!
「わぁ...!」
窓から見える景色がゆっくりと動き出す。
シュッ...シュッ...シュッ...
車両が小気味の良い音ともに煙を上げると、景色の動きがだんだんと速くなっていく!
堪らず、腰を下ろしていた椅子に膝立ちとなり、背にあった窓から顔を出した。
「すごーい!!」
車両はすでに荷馬車よりも速いスピードで動いており、顔に当たる風が気持ちいい。
「あんま乗り出すと落ちるぞ。」
「はーい!ねえ、スズネちゃんも!」
「え、うん。」
「おい、本当に聞いてんのか?」
フォルロさんの言葉を聞き流しつつ、車両の外へスズネちゃんを誘う。
「わ。すごい...!」
スズネちゃんも感動してるようだ。
「ね!こんなに速いなんて!」
「うん...!本当に...!」
馬も使っていないのにこんな速さが出せるなんて...!
やっぱりまだ世界には見たことが無いものがたくさんあるんだ...!!
初めて体験する鉄道の速さは、これから旅で出会うワクワクに想いを馳せさせる。
そんな感動を噛み締めながら、わたしたちはそのまま流れていく外の景色を楽しんだ。




