#36「しばしの別れ」
「そろそろだな。」
そう口にしたフォルロさんが私たちを降ろす。
「もう少し明るくなってきてるが、このまま真っ直ぐ行けば街に出る。...私は一応仕事中だから、洞窟の入り口にいる衛兵に見られるのはちょっと厄介でな。悪いがここで勘弁してくれ。」
確かに洞窟に入る前、そんな会話をしていた。
「うん!ありがとー!」
アンリが無邪気にお礼を言う。
勘違いとはいえ思いっきり蹴り飛ばされた相手だと言うのに、特に悪く思う素振りは無い。
...それはアンリの良いところではあるけれど......。
アンリに暴力を振るった相手だと思うと私は許すことが出来ず、運ばれている間もずっとモヤモヤした気持ちを感じていた。
だが、まあ、...私たちをここまで運んでくれたことは事実だ。礼くらいは言っておくべきだろう......。
「あの......。ありがとう、ございました......。」
「いやまあ、私から言い出したらことだしな。それに、エリナの娘たちだってのも何かの縁だろう。」
先ほど発覚した、フォルロさんとお母さんが知り合いだったという事実。驚きはしたが、昔大陸を縦断しているお母さんのことを知っている人がいること自体は不思議じゃない。
「それから一つ...、私が手を出しちまったことは、くれぐれも内密に頼むぞ...。」
フォルロさんが少し声を潜めて言う。
「......分かってます。」
まあ、約束は約束だ。
「よし、サンキュー。...じゃあ、私は戻らせてもらう。お前らの旅、うまく行くことを祈ってるよ。じゃあな。」
「うん、ばいばーい!」
そう言って走り去るフォルロさんに告げられたアンリの別れの言葉が洞窟に響いた。
「...じゃあ、私たちも行こうか。」
「うん!」
意外なタイミングで起こったお母さんの知人との別れを終え、私たちは洞窟の出口へ振り返る。
――ケントルアは目の前だ。
―――。
洞窟を抜けると、少しばかり続く自然と前方の大きな壁が目に入る。
その中心には門が開いており、ここにも兵士の人が立っていた。
「ん?......えっ!」
洞窟から出てきて近づいてくる私たちに気づいたのか、驚いた様子だ。
この反応も少し慣れてきた。
「おい、キミたち!?他の人は...まさか何かあったのか...!?」
どうやら私たちだけで来ているとは思っていないようだ。
「えっと、私たち2人だけです。」
「......?......キミたちはどこから......?」
「南の...イニティアの方から来ました。イニティアの通行許可証も持ってます。」
「持ってます!」
そう言って、通行許可証を差し出す。
洞窟の前での兵士のお爺さんとのやりとりを考えれば、これで信じてもらえるはずだ。
...そんなことより、誇らしげに私の言葉を復唱するアンリがカワイイ。
「...うん、確かに許可証だ......。え、本当にキミたちだけかい...?」
「はい。」
「...うーん。信じ難いが......。交易キャラバンが来る予定はしばらく無いはずだし、建設に出ている作業員たちに子供はいない......。確かに南からやって来たとしか......。」
お爺さんの方の兵士はあっさり信じてくれたが、こっちの兵士は未だ信じられないという様子だ。
「......まあ、俺がここで悩んでいても仕方ないか...。キミたちこの街は初めてだろう?少し待っていてくれ、今案内人を......」
ダダダダダダダダ
何か後ろからすごい音が......。
「おーい!お前らー!」
戻って行ったはずのフォルロさんが走ってこっちに来る。
......何で?
「お、おい!お前作業員だろ?...こんなとこで何をやってるんだ?」
私たちの元に辿り着いたフォルロさんに兵士が尋ねる。
「おう。実はコイツら私の昔馴染みの娘たちなんだ。山の向こうで会って見送ったんだが...やっぱりどぉしても心配になっちまってなぁ...!」
嘘を吐いているし、また何か思惑があるのだろう。
「...そ、そうか。気持ちは分かるが......作業を途中で抜け出そうとするのを見逃すわけには...」
「心配には及ばねえよ。私はこのままメルカートに休暇申請を出しに行こうと思う。...今日働いた分の給料はパアになっちまうがな。」
...勝手に話を進められている。
「それにどうせコイツらもメルカートには行かなきゃだろ?私が連れて行けば万事解決と言うわけだ。」
「まあ、そういうことなら...」
あっさり兵士の人が言いくるめられてしまった。
「というわけで、行くぞお前ら。着いてきな。」
「...え、あ、待ってー!」
あまりの急展開に驚いたが、案内をしてくれると言うなら......まあ、もう少し世話になろう...。
フォルロさんを追いかけるアンリに続き、私もケントルアへと足を踏み入れる。




