#35「意外な事実」
「悪かった!」
フォルロさんが頭を下げた。
わたしたちが南から来たということに納得してくれたようで、さっきまでは固まっていたが今はこうして謝ってくれている。
「.........。」
スズネちゃんは少し納得のいかない表情だ。
「まず、アンリに謝ってください。」
「ん...?......ああ、そうだな...。」
フォルロさんがわたしの方に向かって改めて頭を下げる。
「さっきは蹴り飛ばしちまって悪かった!」
「も、もう大丈夫だよ...。」
確かに痛かったが、もうほとんど体の痛みは残っていない。それに、あくまで先に攻撃を仕掛けたのはわたしの方ということもあるので、手も足も出なかったという悔しさはあれど責めるような気持ちは無かった。
むしろあまり何度も頭を下げられると申し訳なさすら感じてしまう。
「おぉ、ホントか!じゃあ許して――」
「―――。」
「――お、おい、そう睨むなよ...。」
スズネちゃんの強い眼光に射抜かれたフォルロさんがたじろぐ。
「はははっ!お前さんが子供相手に萎縮する様をみれるとはのぉ。年はとるもんじゃな。」
「ぅ、うるせぇ...。......なあジジイ、これやっぱ始末書か......?」
「それで済めばいいがのぉ。...まあ問題になるかはこの子ら次第じゃろうが。」
「くっそ...そうだよなぁ...。」
フォルロさんとお爺さんがなにやら話している。
「あの。私たちケントルアへ向かう途中だったんです。もう行っても?」
強めの口調のスズネちゃんが言う。
やっぱり怒ってるみたいだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ...!」
フォルロさんが慌てた様子で止めてくる。
「何ですか。」
「あー...えっとなぁ......お前ら街ん中まで行くんだろ、洞窟を.........ん、あ!そうだ。私が連れてってやるよ!洞窟を抜けりゃすぐ街だが、あの洞窟は長ぇんだ。馬でも3、4時間は掛かる。だが、私に掛かればそれを1時間足らずで抜けてやる!...な?悪い話じゃないだろ?さっきみたいに、お前らまとめて抱えて連れてってやるから!」
「.........。」
スズネちゃんは少し悩んだ様子になりながらこちらに視線を送ってくる。
スズネちゃんは嫌そうだが、わたしの意見を尊重しようとしてくれているのだろう。
「わたしは...早く着きたいかな...。」
紛れもない本心ではあるが、フォルロさんがこんなに言ってくれているのに無碍にするのも悪いと思った部分もあった。
「...はぁ。......じゃあ、お願いします。」
「よしっ!決まりだな!......ところで代わりと言っちゃなんだが、......今日起きたことはメルカートの連中には言わないでくれ...!」
イニティアにもあった商業ギルド『メルカート』。その本部がケントルアにはあるらしいが、どうやらそこへの報告をされたくないということらしい。
「そんなことだろうと...。分かったので早くしてください。」
「おお!意外と話が分かるじゃねえか!任せな、すぐに連れてってやる!」
スズネちゃんは分かっていたみたいだが、わたしはてっきり謝罪の気持ちからの申し出だと思ってしまっていた。
......そういえばお母さん言ってたっけ...。美味い話には裏があるって。
こういうことなのかもしれない。
「わっ」
そうこう考えているとフォルロさんに体を抱えられる。
「じゃあ、ジジイ。コイツら連れてくからよ、現場の連中が来るようなら、私はちょっと抜けるって言っといてくれ。」
「そりゃ構わんが、向こうで何を言われても知らんぞ。」
「抜けきる前にコイツら降ろして戻ってくるからよ。それにもし見つかっても、私は森を超えてきた子供たちを善意で送り届けてやるんだ。そう強く咎められることもないだろ。」
「はあ...。全く、好きにせい。」
「おう、サンキュー」
フォルロさんはお爺さんとのやりとりを終えると...
「じゃあ、行くぞ!」
勢いよく走り出し、門を抜けていく。
門の向こう側にはいくつかの建物があったが、そちらに気を取られている間に洞窟へと入って行き、視界が暗くなった。
―――。
「なあ、お前ら何しにここまで来たんだ?」
しばらく暗い洞窟の中を勢いよく駆けていたフォルロさんが、抱えられているわたしたちに尋ねてくる。
「ノーティアに行くんだー」
これがわたしたちの旅の最初の目的地だ。
「ノーティア?......あぁ、確か北の......。」
わたしの答えに薄い反応を示すフォルロさんだったが、少し表情が変わる。
「ん...。そういえばお前ら南から来たんだよな?...エリナって女を知ってるか?」
「え」
「お母さん知ってるの!?」
意外な名前の登場に驚く。
ここまで口を開いていなかったスズネちゃんも驚いているようだ。
「は?お母さん?...お前らあの女の娘か!?」
フォルロさんが驚いた様子で言う。
お母さんと知り合いなのだろうか。
「......私たちの母は、エリナ・プルウィアです。母を知っているんですか...?」
「おぉ...マジなのか...。.........あぁ、昔ちょっとな.........。」
どうやらホントに知っているらしい。
そうなると好奇心が疼く。
「昔のお母さんのこと教えてー!」
「う...。あ、ああ......。」
フォルロさんが少しバツの悪そうな表情をしながらも口を開いた。
「あの女と知り合ったのは...ちょうど私もアイツも今のお前らくらいの時だ......。アイツは強かったが...話を聞けばさらに強くなりに来たんだと言いやがってな。そのために、今のお前らと同じようにノーティアを目指してると言ってたな...。」
お母さんはノーティアでお父さんに出会ったと言っていたが、今のわたしたちくらいの年齢の頃には、もうすでにノーティアの目前まで来ていたようだ。
「お前らも、あの女と同じ理由か?」
「えぇっと...そうだけど、そうじゃないというか...。」
「...私たちは、広い世界を見るためにに旅をしたいんです。そのためにはまずノーティアに行って力をつけろと母に言われました。」
言葉に詰まるわたしを助けるようにスズネちゃんが続けてくれた。
「世界...?お前ら大陸を出るつもりなのか...。アイツも大陸を超えてここまで来ただのと言っていたが、やっぱ子は親に似るもんなのかねぇ...。」
...わたしとお母さんは血が繋がってはいないけど...似てると言われるのは嬉しい。
「お、一度出るぞ。眩しいから気をつけろ。」
いつに間にか前方がわずかに明るくなっていた。
「――うっ」
視界が激しく白み、思わず目をつぶる。
ゆっくりと目を開けると、視界に入るのは岩肌に囲まれた木々や川だった。
「?着いたの...?」
「まさか。ここは山の中にある渓谷だ。街に続く洞窟は一度ここを出てまた繋がってんだ。」
びっくりした。この自然いっぱいの場所がケントルアなのかと思ってしまった。
しばらく自然の景色が続いたが、また暗い洞窟へと入る。
「まあ、ここまで来ればあと半分も無い。一気に行っちまうから捕まってな!」
そう言ったフォルロさんはさらにスピードを上げて洞窟を駆けていく。




